Home Artists Posts Import Register

Content

夏の盛りもすぎたのに頬をなでる風はまだ生ぬるい。そろそろ秋風に代わってもよいころだろうに今年の暑気はまだまだ居座るつもりのようだ。月明かりが照らす夜道を姫海棠はたては重い体を引きずるように走っていた。普段ひきこもっているうえ、ここ数年はとみに増した体重のおかげでその足取りは重い。一歩進むごとに全身の肉がだぷだぷと揺れて一層体力を奪っていく。

きっかけは新聞記者仲間である射命丸文の一言だった。久々に外出した先で顔を合わせたはたての体を見るなり「うっわ~、貴女太りすぎです(笑」の一言から始まり体重からスリーサイズ、飛ぶ姿や歩く姿の滑稽さ、極めつけに「烏と言うよりペンギンですね」の一言ははたての心に特に突き刺さった。そんなわけで一念発起した彼女は昼も夜もなく必死に減量に励んでいるというわけだ。

ノブに手をかけるとキィと乾いた音をたててドアが開く。自宅へ戻ると一目散に浴室へ向かい体重計に乗る。以前は目にしないよう物置の奥へ放り込んであったが、最近は覚悟を決めて毎日乗るようにしている。先ほどのドアと違い「ギッ」っと悲鳴のような音をたてて勢いよくメモリが回る。赤い針がさした数値は89.8。「ふう」と一息吐いて鏡に映った姿を確認する。どこもかしこも肉が付き丸みを帯びた体は確かにペンギンのよう。本来くびれるべきウエストに鎮座した脂肪は分厚くでっぷりとせり出している。

ただ、それでも

「よし、90kg切った!」

開始前に3桁オーバーだったころに比べればずいぶんとスッキリとした体つきになっている。毎日運動を継続し、常にストックしておいたお菓子も辞めて生活習慣も改めた。

運動がてらに外へ取材にいくことも増え、それが記事のクオリティアップにも繋がっている気もする。汗でべしょべしょになった衣類を脱ぎ捨ててシャワーで汗を流すと、執筆のためにデスクへ向かう。ひとくぎりまで進めると念入りにストレッチを行い、早めに床につく。そして、早朝には運動もかねて外へ取材へと飛び出すのが日課となっていた。

妖怪の山の自宅から麓の森を抜けて人里へ歩を進める。飛んでしまえばすぐなのだがそれではダイエットにならない。速めのテンポで足をすすめカロリー消費を意識する。景色が流れ流れてやがて人里へと近づくと人家もまばらに見えてくるようになる。道沿いに赤いのぼりを数本たてた茶屋が目に留まる。ふかしたての饅頭の香りが鼻をくすぐり、このところ餌が少なくて不満がたまった腹の虫がギュウギュウと騒ぎはじめる。強いてそちらに目をそらして通り過ぎようとすると、

「あやや、はたてじゃないですか。こんなところで奇遇ですねぇ」

と呼び止められた。

思わず太い首をねじって茶屋の方へ視線を向けると赤い繊毛がしかれた席の上にちょこんと座った同僚の姿。ほっそりとした体とすらりとした手足。つややかな黒髪を肩口で切りそろえられ、頭には赤い兜巾。

「そんなに急いで歩いてどうしたんですか?まさか太りすぎて飛べないとかじゃないですよね」

満面の笑みで毒を吐く。はたてはその場で足踏みを止めずに同僚、射命丸文に答える。

「そ、ふう、そんなわけ、ないでしょ」

「あやや、そんじゃダイエットって感じですかね。大変ですねぇ、体型が不自由な方は」

そのまま手にした団子をぱくりと口にくわえて見せる。

「いやいや、ほんと美味しいですねぇ」

さらに見せびらかすようにもう一口。

「どうです、アナタも一つ」

キラキラの笑顔で団子を差し出す文。その意図(と悪意)を察したはたては踵を返して人里へ向かう。

「あやや、いらないんですか?もったいないですねぇ~」

なんて声も無視。怒りに任せてずんずんと歩いていくとあっという間に人里へ着いてしまった。

(絶対に痩せて見返してやるんだから!)

団子をほおばる文の姿を思い返して決意を新たにする。文の誘惑のおかげでその日は甘味処が目について仕方がなかったが、なんとか腹の虫をなだめすかして取材を終え、家路へつくことができた。

眼下の木々が赤く染まり始め、秋本番も間近といったところ。ゆっくりではあるが体重の減少はつづき昨日は85kgを切ったところ。ブラウスに押し込むように詰め込んでいた腹周りの贅肉は心持ち大人しくなり、腹に食い込むようなスカートの圧迫感もここのところ

だいぶ楽になった。全盛期の彼女と比べれば2回りほど細くは見えよう。今日は紅葉間近の山の様子を撮影するため、久々に翼を使って空を駆けていた。以前に比べると格段に動きやすく頬を撫でる風が心地よい。山の様子を一通り撮り終えたころ、ふと向けた視線の先、はるか遠くに同僚の姿を見つけた。(げっ!)っと思ったのもつかの間、瞬きする間にも彼我の距離を詰めて現れたのは射命丸文である。

「あややややや!久しぶりですね!今日もダイエットですか!?」

まったくこの女、遠慮というものを知らない。言うが早いかカメラを構えはたての姿を収めようとする。

「ちょ!いきなり!?」

翼を打ってカメラのフレームから逃れようとするも、文の姿はすでにない。思わず振り向いたところでカシャリとシャッター音。はたての移動先に既に移動していた文がニヤリとわらう。

「ふぅ、なかなかいい動きでしたよ。おデブちゃんにしては」

カメラを片手に、もう片方には袋いっぱいに詰まった蒸し饅頭のつつみ。

カメラを仕舞い、ひょいと饅頭を取り出すしてパクリと口へはこぶ。

「うぅーん、美味しい。お一ついかがです?」

「アンタねぇ…」

ジト目で睨みつけるはたてにかまわず、手にのこった饅頭を口へ運ぶ文。

「あいかわらず、おデブちゃんですねぇ。まぁ、それでもちょっと痩せましたかね」

「そういうアンタは…ちょっと…太った…?」

ニヤついた文の顔が一瞬固まり、一気に紅潮しはじめる。

「んなっ!何をバカな事を…!!」

「いや、だって、なんか丸くなったでしょ、文」

はたての指摘に青くなったり赤くなったり忙しい。たしかにははたてに比べれば、いや一般人と比べても文の体型は肥満とは程遠い。だが、ブラウスから延びる腕はふっくらとやわらかく、スカートから除く太腿はほっそりというよりやや肉感的な印象。スリムな体型に比して大きめだったバストは明らかに大きくブラウスを張りつめさせている。腹周りはブラウスやシャツに隠れてわからないが、相応に成長していると考えるのが妥当だろう。

「ひっ、人の体型をどうこう言う前に自分をどうにかすべきじゃないですか!」

「まぁ、それはそうだけど…」

「フン!私はおデブ天狗と関わってる時間なんてないんですよ。これから記事の執筆があるので!」

とあっという間に視界から消える。

「なんなのよアイツ…」

紅葉の盛りを迎えたと思えば、葉の落ちきらぬうちに雪が舞い、あれよあれよと言う間に冬本番となっていた。ジョギングをするには道は雪に埋まり、天候も悪く、運動もままならない中、はたては地道にダイエットを続けていた。天候が悪いときは自宅でエクササイズ、外が晴れれば雪かきをしてまわった。特に屋根の雪下ろしは空を飛べぬ河童たちには殊に喜ばれ彼らとの繋がりが新たな記事につながることもあった。

厚手のコートについた雪を払い、家のドアを開ける。脱いだコートをハンガーに掛けて浴室へ向かう。コートの下の体は夏に比べればずいぶんと細くなりせり出した腹の山もなだらかになりつつある。あいかわらずギシギシとうるさい体重計は75の数値を指す。

(よし!順調ね!)

雪の降り始めのころは停滞気味だった体重も、ここ最近は順調減少を続けている。雪下ろしのお礼と河童からもらった運動器具のおかげで屋内でも十分な運動ができるのも大きいだろう。鏡に映る姿も細くなっているのがわかる。普通体型以上ではあるものの、おデブからだいぶぽっちゃり寄りの体型になってきている。さっと汗を流すと服を着替えて再び外出。今日は里へ取材の予定だ。

厚手のコートとマフラーで完全防備を固めたものの身を切るように冷たい風が肌を刺す。真っ白に雪化粧された木々の上を飛び里を目指す。左手側斜め前方に同じように空を飛ぶ烏天狗の姿。ゆっくりと飛んでいるのは寒さに耐えかねてであろうか。はたても速度を抑えて凍えぬように気を付けながら飛んではいるがそれにしても遅い。気になってその姿を追うとあっけなく追いついてしまった。

「ねぇ、どうしたの?具合でも悪い…って、アンタ!」

コートにマフラー、帽子と完全防備で固めて漂うように飛んでいたのは射命丸文だった。はたての声に気が付くとくるりと振り向くと

「ん?その声は、ふぅ。はたてですか?」

内心(失敗した)と思いつつも

「いや、なんかやたらゆっくり飛んでたから、なんかあったのかなって」

「へぇ、幻想郷最速の私を、ふぅ、ゆっくりとは、随分な自信ですねぇ」

「い、いやそういうわけじゃないくてね…」

「この私のどこがゆっくりなんですかねぇ」と言うが早いか翼を一打ち。ぎゅんと加速してはたての後ろに回る。

「はぁ、はぁ、ど、どうです?ふぅ」

「アンタが速いのはわかってるからさ、なんか…大丈夫?」

「ふぅ、全然!どこも大丈夫ですよ!」

と額を流れる汗を拭う。

「そうならいいんだけどさ…」

そう言いながら、違和感がぬぐえぬはたて。目の前の文が防寒具を着こんでいるのはわかる。だが、それでも

「ねぇ、文。アンタ太ってない?」

文の顔が赤いのは先ほどからだが、はたての声でりんごのように真っ赤に変わる。

「い、いや、これはコートが厚いからそう見えるだけですよ!」

確かに文が来ているのはもこもことした厚手のコートだ。だがサイズが合わないのか肩や二の腕はパツパツに張りつめてその太さは隠しきれていない。前を閉じるボタンもキツキツで体を少し動かすたびに下のブラウスが覗く。腹周りは特にきつそうで、くびれているはずのそのラインは逆方向に張り出している。そこからにょっきりと延びる足も太く、ここからは見えないもののお尻の大きさも相当なものだろう。

「大体、ふぅ、貴女が人のことをどうこう言える体型ですかね!?」

確かにいかに太ったといえど、それでも文の方がまだ細い。ぽっちゃり寄りのおデブがはたてなら、文の体型は普通よりのぽっちゃりと言ったところ。それでも飛んでいるだけでも息が切れ切れになる様子からしてその増量具合や、その増量に体力が追いついていない様子が見て取れる。

「私が言うのもアレだけどさ、太りすぎは体に良くないわよ?」

文の顔がより赤く染まる。さっきまでは羞恥、今では怒りから。

「大きなお世話ですよ!このペンギン!」

翼を打つを文が飛び去って行く。それでも

(あらら、大分遅くなってるわね…)

以前の文であれば、気が付けば見えぬほどの速度で飛び去っていたであろう。今はかなり離れてはいるものその姿がまだ確認できる。やがて文の姿が見えなくなると、はたても里へ向かって飛び去って行った。

あの日の取材の帰り、里で見つけたのは文の文々。新聞の特別号だった。「グルメ特集号」と銘打たれたそれは里中の甘味処や飲食店、ぼかしているものの妖怪向けの店舗にいたるまで、大量のグルメレビューで埋め尽くされた特集号である。

文の体型について「このせいか」と納得できるほどの大量のレビューは、そこそこ人気を得たらしく、はたてが手にしたのは既に第5号だった。あの日以来、顔を合わせてはいないが時折、新版が出回ってるのを見ると文も里へ来ているのは間違いないようだ。

季節は春を迎え、冬の名残は軒下に残った解けかけの雪ばかり。少し肌寒いものの、分厚いコートの出番は終わり、行き交う人々の装いも春めいたものに入れ替わりつつある。70kgを切ったころからせり出した腹もバストの下に隠れて目立たなくなり、なだらかながらもウエストもくびれだしてきた。普通体型とは言えないものの太り気味、ないしはぽっちゃり程度に収まる程度である。人込みに紛れても目立つような体型でもないのが普通に嬉しい。体が軽くなったのもあり、最近は人里にまぎれて歩いて回るのがとても楽しい。そしてそこから新たな記事ネタの仕入れにつながることもあり、まさに趣味と実益を兼ねたものとなっている。

道行く人々の流れのなか、でっぷりと太った女性の姿が見える。自分もかつてはああだったのかと思うと、なんだか恥ずかしいような気持ちなってくる。太い体をえっちらおっちらとゆするように歩いてくるその姿はかつて自分が言われた「ペンギン」を彷彿させる。何の気なしにその姿を目で追っていると相手も気が付いたらしく視線が交差する。思わず目を逸らすはたてだが、相手はそれ以上に驚いて踵を返して逃げるように走っていく。

もっともその体では大した速度も出ずにドスドスとした足音ばかりが大きくてろくに前に進んでいないような感じではあるが。

(今のどこかで見たような…?)

とは言っても自分にはあんなに太った知り合いはいない。うーむと首をひねっても一向に思い当たらない。となれば本人に聞けばいい。幸い相手の速度は歩くのに毛がはえた程度。以前ならいざ知らず、今のはたてでも十分追いつける相手である。

ドスドスと走る(?)相手の後ろを悠々と歩いて追いかける。見るからにサイズの合わないジャケットは背中にぴったりと張り付いてその丸みを隠すことがない。ジャケット越しに見えるその背中はこれまたサイズが合わないブラのおかげか肉の段がはっきりと見える。みっちりと肉が詰まっているであろう袖は腕を振るたびにぶるぶると震え、張りつめた縫い目に一層の負担をかけている。本来はゆったりとしていたであろうキュロットはスパッツのように体に密着して大きな尻が右へ左へ踊っている。キャスケット帽に肩口あたりでざっくり揃えられた黒髪。汗のせいか脂のせいか濡れたような艶をしている。そこからちらりと覗く耳は

(…天狗?)

やがて体力が尽きのか走るというより歩くような姿勢となり、最後にはその大きな腹をせり出すかのようにしてのそのそと歩みを進めるばかりとなった。

頃合いを見てはたてが声をかけるものの、無視しているのか、あるいは息が切れてその余裕すらないのか返事もない。ぜえはぁという激しい吐息を繰り返すばかり。それならとばかりにぐるりと正面へ回ると慌ててキャスケット帽で顔を隠す。

「ふぅ、ぜぇ、ひ、人違いです!」

その声でピンと来た。

「もしかして、文!?」

びくりと体を震わすものの相変わらず顔を隠したまま。キャスケット帽がずれて天狗のとがった耳があらわになっているというのに、これでは頭隠してなんとやらだ。

はたては相手へ手を伸ばし

むにょり。

と腹の肉をつかむ。でっぷりとせり出したそれはジャケット越しでも十分にやわらかく、分厚い。反射的にはたての手を振り払うと顔を隠していたキャスケット帽がはらりと落ちる。その下の顔はだいぶ丸くなってはいるものの、射命丸文その人であった。

「ちょっと油断しただけ」「痩せようと思えばすぐ痩せれる」とは文の弁ではある。一方、経験者であるはたてからすればその認識はかなり怪しいと思わざるとえない。すでに文の体型はぽっちゃりを通り越して完全にデブの領域に足を踏み入れている。おそらくは3桁オーバーは確実だ。後ろから見ただけも相当な増量ぶりであったが、正面から見ると改めてひどい。既に胸よりおおきくせり出した腹は太鼓のように大きく、ジャケットのボタンをぎゅうぎゅうに張りつめさせている。その下のブラウスは無理やりなのか引き伸ばされたボタンとボタンの間から肌色が覗く。キュロットに収まり切らない脂肪がベルトのラインを越境し、それを覆い隠す。膨らんだ下腹部がパンパンに詰め込まれた

キュロットに一切の余裕はなく、これでは足を少し上げるだけでも一苦労といった風情。丸太のような足には締りはなく、姿勢を変えるたびに脂肪がふるんふるんと流れてその形をかえている。目鼻立ちは依然と変わらぬ整った配置ではあるが太くなった首がブラウスに押し上げられた首の肉が2つ目の顎を形成し、以前はほっそりとした頬のラインはたっぷりとついた脂肪によりゆるやかな曲線に変わっていた。

「だ、だいたい、ふひぃ、デブ天狗の、ほひ、はたてに、ふぅ、言われる筋合いは、はひぃ、ありません!ふぅ」

文が太い腕をあげてはたてに抗議する。確かに半年ほど前ならばその通りだっただろう。だが今ではまるで状況が違う。デブ天狗は文の方だ。

「い、いやいや、別にそういう事を言いたくて私は追って来たわけじゃないんだけど」

と言っても文は聞く耳を持たない。相変わらず、ちょっと太っただけだの、貴女ほどじゃないだのを繰り返すばかり。(私も太ってたころ、あんなんだったんだろうなぁ)とかつての自分を思い出す。

「わ、私は忙しいんです!ふぅ、執筆があるので!」

文は一通りまくしたてると太い体をドタドタと走らせて翼を広げると空へと飛び去る、いや飛び去ろうとした。

バサバサと翼を必死にはばたかせてもゆっくりとしか上昇しない。丸い体もあいまって風船がふんわりと空へのぼるかのようだ。ただ、風船と違い右へ左へ、さらには下へとヨタヨタとかなり危なっかしい。はたても地を蹴ると宙に身を躍らせる。ヨタヨタと漂う文の元へすぐへ追いつくと

「大丈夫?」

と声をかける。それを聞くと文はより一層顔を紅潮させてバサバサと翼をはばたかせる。

速度はあいかわらずではあるが徐々に人里を離れ高度も上がっていく。高度が上がればその分空気が薄くなるわけで

「ふぅ、ふひぃ、ひぃ、はひぃぃ」

文の呼吸がみっともなく乱れる。文としてはもう恥も外聞もなくただただはたてを引きはしたいところではあるが、それはかなうはずもなく。以前ペンギンと馬鹿にした相手を引き離すことさえできず、幻想郷最速のプライドはすでに崩壊寸前である。やがて、聞

き苦しいほどの息切れが限界を迎えると、そのプライドもぼっきりとへし折れた。

空を打つ翼はその巨体を支えるだけの力を失い徐々に降下、やがて落下に近い速度で地面へと進んでいく。

「ちょっ!文!!」

はたてが慌てて文をつかむものの100kgを超える重量である。地面が危険な速度で2人に接近し、次の瞬間あたりに重たい音が響き渡った。

文が気が付くとそこはベッドの上だった。確か自分は空から落ちて…と思い出し体を起こそうとする。

「いたた…」

途端に体の節々に痛みが走る。とはいえ骨が折れたりということはなさそうだ。

「ああ、目が覚めたの?良かった」

声の方へ顔を向けるとはたての姿。

「文ったら一日中寝たままだったのよ」

あのとき、はたての必死のはばたきによって致命的なダメージからはなんとか回避できた。それでも相当な勢いだったうえ、文が気を失っていたので自宅へ運び込み永遠亭の先生にも見てもらったこと。その後はたてが看病していたことを文は聞かされた。

「なんで…そんなに私にしてくれるんです?私はあんなに意地悪したのに」

「んー、なんでだろ?」

手にした皿にスプーンを添えながらはたてが答える。

「文の言葉が私が痩せようと思えたきっかけだし、なにより」

「なにより?」

「太っててツライ気持ちは私が一番わかるからね」

「…だから私は太っていませんってば」

文が答えるものの、言葉は以前と違って弱弱しい。

「はいはい、今日はこれ食べてゆっくり寝てなさいね」

文の手元におかゆが差し出される。

「…これだけですか?」

「永遠亭の先生が言っていたわ。怪我そのものよりも太りすぎの方が深刻だって」

「そ、そんなことは…ある…かもですが…」

「だから、文が寝ている間にお菓子の類は全部処分しておいたわ!白狼天狗や河童たちに分けて食べるようにって!」

「んええっ!?」

「みんな大喜びだったわね!明日から私と一緒にダイエットするからそのつもりでいてね!」

「う、キュウニカラダガイタクナッテキマシタ」

「はいはい、お大事にね」

はたては意に介せずといった風に聞き流すと文の自宅を後にした。

「ふぅ、はぁ、ちょ、ちょっと休憩…」

「まだまだ!さっき休んだばっかりじゃない!」

でっぷりと肥えた文の後ろから追い立てるようにはたてが声をかける。滝のような汗を流す文の視界の先、赤いのぼりが目に留まる。いつかはたてに声をかけた茶屋ののぼりだ。

「そ、そうだ!はたて、あそこの茶屋で休憩しましょう。あそこの茶屋の団子はですね、ほんと絶品で…」

「もう文ったら間食禁止だってば!」

文の丸い体の向きを茶屋の方から逸らす。その方はたっぷりとした脂肪に覆われて、とてもやわらかい。

「なるほど、この先の甘味処で休憩ですね。確か大福と葛切りが名物で、最近はあんみつも人気なんですよ」

思わず「はぁぁ」とため息が漏れる。この同僚が痩せるのは前に自分が、やつれ切ってしまう方が先かも?と思わずにはいられなかった。

おわり。

Files

Comments

No comments found for this post.