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煌びやかな宴の席から廊下へ出る。しこたま飲んだ酒で火照った頬を撫でる夜風が心地よい。烏天狗の射命丸文は宴席を後にして廊下を人気のない方へ方へと歩みを進めていく。妖怪の山に本拠を構える天狗たちの根城は広い。酒とつまみを載せた膳を運ぶ白狼天狗たちがせわしなく行き来しているのを横目に奥へ奥へと足を向ける。

ふと足を止めて周囲を伺い見る。給仕たちの通り道でもなく、厠に立ち寄った酔っ払いが迷い込むような場所でもない、うってつけの場所だ。目の前の襖を開いて滑り込む。中に入るとそこは使われなくなった客間のようだ。畳敷きの部屋には家具もなくがらんとしている。


「あの大天狗め、やらしい目で見すぎですよ」

さきほどの宴席を思い出し、思わず身震いする。たまたま向かいの席に座った相手なのだが、酒を呷るたびにチラリ、また呷いではチラリとなめまわすような視線を投げてきた。最初のうちは愛想笑いで流していた文も、次第に我慢がならなくなり、こうして人気のない場所まで逃れてきたである。

「まぁ、それだけ私が魅力的ということでもありますがね」

もし、この客間に姿見でもあれば自身も確認できただろう。たわわに膨らみシャツを下から張りつめさせる胸、むっちりとした腰から延びる足は女性らしい曲線を描きなんとも官能的だ。もとよりスレンダーだった文であるが、ここ最近は締め切りに追われてカンズメ状態が続いていた。不規則な生活からストレスをせめて食事で発散させていたのが悪かったのだろう。仕事が落ち着くころには彼女の体つきはずいぶんと肉がついてしまっていた。今ではどこもかしこもむっちりと肉がつき、スレンダーからグラマーな体型へ変貌している。

畳に腰を下ろしてゆっくりと息を吐く。ずっと力をいれていた腹部を少しずつ緩めると、たわわな胸の下で隠れていたお腹が徐々にせり出してシャツを張りつめていく。彼女が人目を忍んでこの客間まで来たのは大天狗の視線から逃れるためだけではない。久々の外出に合わせて衣服に袖を通すとどれこもれも小さく、不摂生でせり出した腹を収める余裕がなかったのだ。

無理に留めれば入らないこともないがパツパツに引き伸ばされボタンとボタンの間からは贅肉を蓄えた腹が覗く。もしそんな様子を他の天狗たちに見られでもしたら朝刊の一面に載りかねない。とはいえ、ほかに着るものもない以上はどうにかして誤魔化すしかない。思い悩んだ挙句、結局は力業で常時腹を引っ込めて乗り切ることにした。


「ふぅ」

ひとしきり息を吐いて脱力すると、それまで隠していた腹肉がその存在を強く主張しはじめる。あらわになったウエストのラインにくびれはなくぶ厚い脂肪がスカートの上に載っているのがシャツごしにわかる。ボタンは悲鳴をあげるがごとく左右から引っ張られ、ボタンとボタンのあいだからはぽってりとした腹が前にせり出しているのが見える。行き場をなくした贅肉により段になった腹周りが彼女の体型の変化を如実に物語っている。

「なんとか誤魔化せましたかねぇ」

そろそろ宴もたけなわ。先ほどすれ違った白狼天狗が運んでいたのはシメの飯物か何かだろう。それさえ乗り切ればミッションコンプリートだ。疲弊した腹筋にはもう少し頑張ってもらう必要があるが終わりは見えてきた。宴に戻るために立ち上がろうと姿勢を変える。


ブチッ!!

「んなっ!?」

何かが千切れる音とともに臍回りの肉が震え、圧迫感が失われる。

思わず手を当てるとそこにはふにょりとした肉の感触。本来それを押しとどめるはずのボタンの感触はない。

「そんな、どうして…」

確かに家で着たときはボタンが千切れるほどの無理ではなかった。だが、宴で供された多量の酒、それから料理で膨れた腹となれば話は別だ。限界を超えて引き伸ばされたボタンは弾け飛び、たっぷりとせり出した腹を隠すすべはすでにない。飛んだボタンを探すでもなく、文はただただ呆然とするほかなかった。

「ということが、昔あったのよね」

同輩の烏天狗、姫海棠はたての手には黒いボタン。野暮用で呼びつけられた際に通された客間がたまたま、あのときの部屋だったのだ。部屋の片隅に落ちていたボタンを見つけると、文はその理由を教えてくれた。

「結局、他の天狗に見つからないようにコッソリ帰ったけど、いやいや、誰かに見つかるんじゃないかってヒヤヒヤしましたよ」

ボタンが飛んでしまったのは、いくら腹を引っ込めていても隠しようがない。また、帰ろうとするのを引き留めるような相手と顔を合わせるのもNGだ。行き以上に慎重に、そして素早く、文は宴会場を後にしたのだ。

「あの時に心から思いました。不摂生は良くない。ダイエットしようって」

「ふーん」

得意げに語る文を横目にはたてはボタンを手の中で弄ぶ。

「で、成功したの?ダイエット」

「ええ、もちろん。すぐに体を絞って、10kg近く痩せましたかねぇ。いやいや、我ながらよくやりましたよ」

文が語るたびに、その柔らかそうな頬が震え、手を振ると二の腕が一拍遅れてふるりと踊る。

「なんか、とてもそうには見えないんだけど?」

はたてがジットリとした視線を文に向ける。自称ダイエットに成功したはずの天狗は言葉とは裏腹に丸い。丸々と、太っている。たっぷりと脂肪を蓄えた太い腕、そこにつながる手はぷっくりと丸く赤子のよう。大きな胸は文の頭ほどもあり、シャツが前へ横へと引き伸ばされている。その下の腹はさらに大きく、くびれと逆方向にせり出しているおかげでそのシルエットは丸に近い。大量の贅肉で膨らんだ腹が前へせり出そうとするのをスカートが必死にせき止めている。横から見ればまるでスカートの中にボールを仕込んだかのように丸く膨れた下腹と丸太のように太く脂肪でまみれた足がパツンパツンにスカートを張りつめさせている。かつての彼女がむっちりやぽっちゃりといった程度とするならば、今の姿はデブそのもの。

まるまるとしたフェイスラインからは鋭さなどみじんも感じられない。

「ええと、今はグルメ記事が人気ですから、どうしても、ねぇ?」

文が視線を逸らすがはたての視線はでっぷりと膨らんだ腹に突き刺さったまま。

「かつての最速が今はコレじゃねぇ」

「た、確かに速度は落ちましたけど、記事の作成速度については誰にも負けないと自負はありますよ!」

「そりゃ、あんたみたいにバカスカ食う天狗他にいないからね…」

「ゔっ」

痛いところを突かれたのか逸れた視線が今度は泳ぎだす。

「そ、それよりも、いい店見つけたんですよ。帰りに寄っていきませんか?」

「いいけど…、そろそろダイエットしないと体に毒よ?」

「大丈夫ですよ。その気になれば痩せられますから!」

自信ありげに胸をたたくと、どゆんと全身の肉が揺れる。その様を見ると彼女が痩せるのは当分先になりそうだと感じざるをえないはたてだった。

おわり

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