もちれいむSS (Pixiv Fanbox)
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夏の盛りもすぎ、風に涼しさをほんのりと感じるようになってきたころ。
博麗の巫女は縁側を前にして唸っていた。本来、彼女が座るべき縁側には右から左の端っこまで雑貨や調理器具、はては薪割り斧までずらりと並んでいる。そのどれもがひどく古びて、呪符が張り付けてあった。
「おいおい、神社を辞めて古道具屋にでもなるつもりかよ」
背後から聞きなれた声がする。近在の魔法使い、霧雨魔理沙だ。
「話は聞いてるんでしょ?」
霊夢はそう答えると深いため息を吐いた。その視線の先には丸めたゴザ…ではなく簀巻きにされて畳に転がされた二ツ岩マミゾウの姿があった。
「いやいや、霊夢殿。儂としてもこんな大事になるとは思ってなかったんじゃよ」
巻かれたままのマミゾウが弁明する。彼女が人に化けて里を歩くとき、たまたま立ち寄ったの料亭での話だ。その店の品はどれも古く彼女が声をかければ「目覚める」ようなモノばかりだった。気まぐれに行灯に声をかけると案の定「目覚めた」。
生まれたばかりの付喪神はその身にやどした火をちろちろと揺らし…いきなり転けた。
思わず「あっ!」と声を上げてしまったのが良くなかった。彼女の声を聞いた古道具たちは次々と目を覚まし、店の中では皿が躍り、箸が跳ねる、大騒動へと発展したのである。
マミゾウの隣に置かれた行灯がカタカタと音を出す。
「ほら、コイツも反省しているようじゃぞい」
よく見ると取っ手が煤けて焦げが残っている。
「こいつらは私が処分するから」と霊夢が告げるとマミゾウは眉根を寄せてウームと声を漏らす。
「いやー、もったいないのぅ。実にもったいないぞ、霊夢殿」
マミゾウはするりと縄を抜け、古道具の箒の前に腰を下ろす。そして霊夢が声を上げるよりも速くぺらりと呪符を剥がす。いきなりのことに御幣を構える霊夢を手で制すると、箒はひとりでに立ち上がり境内に向かうとザラリ、ザラリと落ち葉を掃きだしたではないか。
「こやつらを使ってた店の躾が良かったんじゃろうな。こんな真面目な付喪神はめったにおらんわ」
気が付くと霊夢と魔理沙は縁側に腰をかけて茶菓子を頬張っていた。手元の皿が空くとひとりでに台所まで飛んで帰り代わりに湯飲みがそろそろと縁側を歩いて来る。そのどれもが付喪神の仕業である。
「へぇ~、こんな便利だなんて思わなかったわ」
「でもちょっと、気味が悪いぜ」
魔理沙の目の前では洗濯板とたらいの付喪神が手際よく衣類を洗っていた。
「外の世界も進んどるが、ここまで出来んからのぉ」
物干し竿の付喪神がぐいっと身を伸ばし、洗い物を通して元の姿へ戻る。
「どうじゃ?詫びとしてしばらくコヤツらを霊夢殿にお貸しよう。飯もいらぬし、時々手入れだけしてやればよい。」
おかわりの羊羹を頬張る霊夢を見ると、返事を聞くまでもないのは明らかであった。
それから一か月がすぎるころ、ひさしぶりに魔理沙は霊夢の元へ訪れていた。あいからわずの貧乏神社だが、境内はきれいに掃き清められ落ち葉一つ落ちていない。縁側へ回ると畳の上で横になった霊夢の後ろ姿が見える。
(…あれ?なんか霊夢がでかく見える気がするな)
魔理沙が声をかけると霊夢が横になったままごろりを身をひるがえす。
「あふぁ、まふぃさ、いらっふぁい」
饅頭を口に頬張ったまま霊夢が返事をする。空いた手で残りの饅頭をつまむと空になった皿の付喪神は土間へ走り去っていった。
「お、おう。貧乏神社から妖怪神社へ鞍替えだな、こりゃ」
走り去った皿の代わりに湯飲みの付喪神が霊夢の手元まで歩いて来る。それをつかむと身を起こしてあぐらを組むと、まだごくりと茶に口をつける。
「失礼ね、付喪神も神様なんだから問題ないわよ」
「そりゃそうだがなぁ」
神社の周りはどうにも騒がしい。箒は一人で境内を動き回り、裏手では斧だけが薪割りにいそしんでいる。元から少ない参拝者もこの様子ではますます足が遠のくというものだ。
「ねぇ、おかわりー!」
霊夢が声をかけると、しばしして饅頭をたらふく乗せた皿がえっちらおっちらと歩いて来る。
「ね、便利でしょ?」
聞けば、最近はマミゾウが付喪神の様子を見にちょくちょく顔を出しているとのこと。茶菓子の類はその時に土産としてもってくるそうだ。霊夢が饅頭に手を伸ばすと膨れた腹がむにりとスカートの上に乗る。よく見れば以前よりひと回り、いや二回りは肥えたように見える。
「霊夢、お前太ったな」
魔理沙が指摘しても霊夢は少しも動じない。「そうかしら」と聞き流し逆の手で饅頭をもうひとつ。せり出した腹がブラウスの下からちろりと覗き横に潰れたへそがのぞく。丸みをおびた肩とブラウスの袖口がぴっちりと張り付いていかにも窮屈そうだ。
「付喪神まかせで動いてないんだろ。少しは働かないと体が鈍るぜ」
饅頭を食べきると、「ふわぁ」とあくびをすると再びごろりと身を横たえた。
「ざぶとーん!」
霊夢が声を上げると居間の奥から座布団が飛び出して霊夢の頭の下に滑り込む。
「ほんと便利よねぇ。マミゾウに返すのもったいなくなっちゃう」
ご満悦の霊夢を前に(座布団があるなら、まず客人の私に出すべきだぜ)と思わずにいられない魔理沙だった。
秋も深まり肌寒さを感じるようになると、魔法使いである魔理沙も引きこもってばかりもいられない。このところ研究も行き詰まってきたし、なにより雪が積もる前に生活必需品も買い込んでおきたい。久しぶりに箒をまたがり里へ向かう。眼下はすっかり紅葉でそまった幻想郷の森がひろがっていた。
「な、なんだこりゃぁ…!」
里へ下り立った魔理沙は思わず声を上げる。里を行き交う人々にタヌキやキツネが混ざっている。それも、ちらほら、どころではなくかなりの数がいかにも「人でござい」という顔でどうどうと歩いている。
もちろん人に化けてはいるが魔理沙のようにわかるものが見ればすぐにわかる。中には変化が下手なのかちょっとした拍子にしっぽが見えてしまうようなものもいる。もとより人に化けた妖怪が里を訪れることは珍しくはない。ただ、それらはあくまでもお忍びでと言う名目であってこれほど大量に訪れるようなことはあり得ない。何よりこんな目立つようなことをすれば博麗の巫女も黙ってはおるまい。
「奇遇じゃの、魔理沙殿」
振り向くとタヌキの親分であるマミゾウが立っていた。
「我らも冬前に買い出しにの。博麗の巫女が大人しいうちに纏めて仕入れてしまおうに思うてな」
カラカラと笑い、キセルに口をつける。
「…霊夢をどうしたんだよ」
マミゾウを見据えて問う。
「そう睨まんでくれ、怖くてかなわん。我らとて必要な物を買っているだけじゃよ。まぁ多少は木の葉に変わる金がまじっておるかもしれんがね」
口から紫煙を吐きながら笑う。
「まぁ、我らの用事もそろそろ済んだし、霊夢殿へ言いつけに行ってもかまわんぞい。儂としてもそろそろ頃合いかと思ってたからの」
魔理沙は数歩後ずさると箒に飛び乗ると一目散に博麗神社へ駆ける。みるみるうちに遠ざかる魔理沙を見送るマミゾウがぽつりとつぶやく。
「あまりやりすぎるのもかわいそうじゃからのぉ」
博麗神社には人影がない。あいかわらず付喪神が掃き清めているせいか、紅葉の季節にもかからず境内に葉っぱ一つ落ちていなかった。魔理沙は境内に降り立つとそのままの勢いのまま縁側のある裏手まで走り込んだ。
「霊夢!大丈夫か!?」
縁側には見慣れた巫女服の赤と、白い袖。そして記憶の倍以上はあろうかという大きな尻がごろんと転がっていた。
「んあー?なによ魔理沙?」
大きな尻がよじれるように動き、霊夢が起き上がる。
「れ、霊夢、お前…」
「何よ?」
霊夢は太っていた。それも半端なく。魔理沙の口を借りれば冬眠前のクマの如くだ。
「そ、その体!」
思わず指をさす。その先はでっぷりとせり出した大きな腹だ。以前のくびれたウエストとは逆方向に円形を描き太腿の上に鎮座する様は鏡モチのよう。本来それを隠すべきはずのブラウスは大きく膨らんだ胸が持ち上げてしまい役目をはたしていない。ビッチリと張りつめてサイズがあっていないのか脂肪で膨らんだボディラインがあらわになっている。脂肪で詰まった袖口から伸びる腕は太く、そして柔らかくたわんでいる。それら上半身を支える足腰は相応に太く、パツパツに張りつめたスカートからはいまにもはちきれそうだ。
驚愕する魔理沙の様子を見て霊夢が立ち上がると、全身の肉という肉が揺られてそのシルエットを変える。腿に乗っていた腹がその支えを失って下に垂れようとするのをスカートのふちが必死に押しとどめ、それまで隠れていた下腹のせり出し具合が見て取れるようになる。
「ん?なにが?」
良く分かっていないのか、霊夢が自分の体を確認する。腕を動かす度にぜい肉がつられて踊り、体をかがめればその大きな尻が突き出され、腹肉がスカートから溢れて踊る。時折スカート越しにあらわになる足の太さはかつてのウエストほどもあるようにも見えた。
「お、お前めちゃめちゃ太ってるぞ!?」
魔理沙が問うも霊夢に響くところはない。恥じることもなく「どこがよ!?」と胸を張るばかり。逆に何を言っているのかと問い返される始末だ。
(これは…もしや…!)
らちがあかないと見た魔理沙は強硬手段に出る。
「霊夢!気を付け!!」
大きな声で霊夢に号令する。思わず気を付けの姿勢を取った霊夢のせり出した腹に思いっきり張り手をお見舞いした。
バッチーン!
景気のいい音を立てて霊夢の腹が波を打つ。
「目を覚ませ!霊夢!!」
じんじんとする手の感触を感じながら魔理沙が叫ぶ。
そして、霊夢は
「痛ったいわね!この馬鹿!!」
とフルスイングの張り手で魔理沙を吹っ飛ばした。
霊夢が正気付いて、その巨体をひっぱるように魔理沙が里に連れていったころにはマミゾウ達はすでに引き払った後だった。化かされた商人もいたようだが、大体はぼったくりやゴロツキどもで、真っ当な商人たちは思わぬお大尽たちの訪問に顔をほころばせるばかり。博麗の巫女としても今更目くじらを立てるわけにもいかず、なによりまるまるとした体を晒して里を回るのはごめんこうむりたい。文字通り重い足取りで神社に戻ると縁側に書置きが一つ。
「霊夢殿へ。ダイエットにご協力いたす」
付喪神たちの姿もすでになく、完全にしてやられたことを痛感する霊夢だった。
「魔理沙、みかん取ってよ」
霊夢がこたつの中から声をかける。すでに秋から冬に季節は移ろい、外では雪がちらついている。
「私は付喪神じゃないんだぜ、霊夢」
といいつつみかんを取ってきてやる魔理沙。騒動からしばらくはダイエットに励んでいた霊夢だったが、1週間もすると元のぐうたらな生活に戻ってしまった。ただ、付喪神がいないため完全に元というわけではなく、その大半が魔理沙に依存している。
魔理沙としてはマミゾウたちのおかげで冬ごもりの仕入れができなかったこともあり、神社での同居には大変ありがたい。ただ、付喪神代わりと言うのは少々複雑である。みかんを頬張る霊夢は以前よりさらに丸く、その上から褞袍を羽織っているものだからまん丸なシルエットになっている。これだけ脂肪を蓄えれば一冬なにも食べなくても越せそうなものと常々思うものの請われればついつい応じてしまう。
(そろそろ鏡餅の準備もしないとなー)と思って振り返ると霊夢が大きな腹を抱えて寝転んでいる。
ふと思いついて、霊夢の腹にみかんを乗せる。
「あら、気が利くじゃない」
少し離れて霊夢を見る。
「今年は鏡餅はいらなそうだなぁ」
おわり。