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まだらに生えた竹林の中、獲物を追って駆ける。狩人から逃げる兎のように、それ以上に速く地を蹴って駆ける。

ところどころに仕掛けられた落とし穴を避けながら、着実に獲物に追い詰める。

獲物の白い背が十分に近くなり、手を伸ばして襟首をつかもうとした瞬間、大きく飛び上がった。

「かかった!」

追手の足元が大きくわたみ、下に崩れだす。さっきまでの小さな落とし穴はブラフ。この特大落とし穴こそが本命。もうもうと立ち込める土煙にまぎれ、追手の姿はもう見えない。

「へへ、月の兎も大したことないね」

土煙を前に満足げにつぶやいた。落とし穴の中は泥をたっぷり貯めておいたから、健脚の兎といえども一息に脱出することは不可能だ。あの鼻もちならない月の兎が泥まみれで、さらに荷物までなくしたと、どんな顔をして師匠に報告するのだろうか。それを考えると今からニヤつきが止まらない。

「その言葉、そっくり返すわ。地上の兎」

不意に後ろから声がする。

「んなっ!?」

そこには平然とした顔で、あの月の兎「鈴仙・優曇華院・イナバ」が立っていた。


思わず後ずさるが背後は自分が用意した大穴。逃げ道はない。

「ど、どうやって…」

「児戯ね。大きなピットを隠すために強度の高い枝を使ってあったから。崩れ切る前にそれらを蹴って穴を超えただけ」

簡単に言うがまともな人間、いや妖怪にできることではない。

「兎の妖怪相手にこんなものが通じると思った?それとも地上の兎はこんなものも避けられないのかしら」

竹林から覗くわずかな月光が追手の姿を照らす。長い髪、無駄な肉など一切ない、それでいてしなやかな体。頭から伸びる長い耳は地上の兎とは明らかに違う。暗がりの中、その赤い目がぶれたかと思えばその姿はわずかな土煙を残して消えていた。

「それじゃ、師匠の荷物、返してもらうから」

背後から声がする。

「ま、まつウサ!おまえはコレがなんなのか知ってウサ?」

「ええ、知ってる。里の美濃屋のだんごでしょ」

「そ、そうウサ!予約半年待ちの!激ウマ団子ウサ!」

背後から呆れたような吐息。

「呆れた。地上の穢れたものを食べたがるなんて。やはり地上の兎はレベルが低いわ。

さ、それをさっさと返して…」

不意に獲物が体をひねる。手にした荷物を、いやその荷物を包んでいた風呂敷を鈴仙へ向けて投げつける。視界がほんの一瞬風呂敷で塞がれる。

(油断した…!)

僅かに焦る。風呂敷を振りはらうと獲物はもういない。思わず振り返るとそこには何かを構えた獲物がいて

「食らえウサ!」

突起物が顔に、いや口内へ押し込まれる。そして…

「おいし~~~い!!」

もっちりとした食感とその中から脳をとろかすような甘味。はなから穢れたものとして口にしなかった鈴仙にとって衝撃と言うほかない美味しさ。

「どうウサ?これでも地上の穢れたものと言うつもりウサ?」

獲物、因幡てゐが問うも返事はない。

「おい、鈴仙?…おーい?」

月の兎は恍惚した表情で団子を咀嚼している。やがてそれを全て飲み込むとてゐの手から荷物を奪い一心不乱に団子を貪り始めるのだった。

この一件が鈴仙の行く末を大きく捻じ曲げ、因幡てゐに大きな後悔を生むことになる

時は夏、ジワジワと蝉が鳴き、入道雲が背を伸ばす中、鈴仙は里へ向かって歩いていた。

「ふぅ、今日も暑いわねー」

汗をぬぐいながら思わず声が漏れる。だが、暑いのは気温のせいだけではなさそうだ。「穢れたもの」と避けていた

地上の食の美味さを知ってからは、ヒマさえあれば買い食いや外食へ時間を費やすようになっていた。それにつれて彼女の引き締まった体にも徐々に脂肪が溜まりはじめ、今ではだいぶ丸丸とした体型に変化している。彼女の心を表すようにキュっとひきしまったフェイスラインはまるく、バストは大きく膨らみブラウスを圧迫している。くびれと逆方向に張り出したウエストはスカートに押しとどめられて丸い曲線をえがき、彼女についた脂肪の量を隠そうともしない。スカートから伸びる足はやわらかく歩くたびにぷるん、ぷるんと振動している。これだけの重みを身に着けて歩けば、夏の暑さもきつかろうというものだ。汗をぬぐった手をそのまま腰に回すと腹周りに力を入れてスカートをずり上げる。せり出した腹の圧のおかげでしばらくするとスカートが下がってきてしまうのだ。


「はあーあ」

腹の脂肪の柔らかさを感じながら思わず息を吐く。おもむろに荷物の中から包みを取り出すと中の団子を取り出した。先ほど、道の茶屋で買ったものだ。あのときの団子ほどではないが、疲れた体には甘味は染みる。

「ああ、おいし」

思わず笑みがこぼれる。団子を口に放り込むと、水筒の中の茶で流し込む。思ったより喉が渇いていたのかごくごくと飲み干してしまう。

「げふっ」

と、げっぷを一息。下品かなと思うが、周りには誰もいないし…。

団子と水筒で膨らんだ腹は、ブラウスを押し広げ肌の色をちらりと見せている。

ずり下がったスカートを直した拍子にお腹のボタンが飛び散ったのは里に入ってすぐのことだった。

「ねえ、月の兎は冬眠するのかしら?」

木々が赤く色づき、肌寒さをかんじるころ、鈴仙とてゐは竹林を歩いていた。てゐが軽やかに歩くのに対して、鈴仙の足取りは重い。ふぅふぅと息がきれ、汗がほほを伝う。

「す、ふぅ、するわけ、ないでしょ」

歩きながら答えると、どうしても息があがってしまう。

「じゃあ、なんでそんなに脂肪をため込んでいるウサ?」

てゐがそう聞くのも無理はない。夏がすぎ、秋が深まるにつれて鈴仙の体は加速度的に丸くなっていた。真っ赤に紅潮した顔は饅頭のようにまんまるで、つかめばモチモチと柔らかい。首と顎の境界は消えかけて首を傾げれば容易に二重になってしまうだろう。

本来ゆったりとしたデザインの薬屋の衣装はパツパツに張りつめて鈴仙にため込まれた脂肪の量を主張する。大きく張り出したバストはてゐが今まで食べたどの西瓜よりも大きいし、その下からせり出した腹は太鼓のよう。その下から伸びる足は太くぶよぶよで、鈴仙が歩くたびに波をうつように変形する。ドスドスと足音を立てて歩む鈴仙を遠くから見たら熊か、饅頭の化け物が迫ってくるように見えるだろう。


「ふぅ、ちょっと、きゅうけーい!」

鈴仙が道端の石に腰を掛ける。

「もう、さっき休んだばっかりウサ!」

抗議をよそに鈴仙は荷物から包みを取り出し饅頭を頬張る。

「あー!」

「なによ?」

鈴仙が手にしたのは永遠亭のみんなが食べるためのオヤツである。すでに複数回の休憩で本来鈴仙が食べる分のものは彼女の胃に収められているのに!

「このデブ兎ー!」

鈴仙から饅頭を取り上げて後ろに回る。荷物箱から残りの饅頭が入った包みを素早く抜き取ってさらに、ひとまわり。

てゐとつかもうと振り返った鈴仙が勢い余って腰かけた岩からごろりと転がり落ちる。

「きゃ!?」

まるで雷が落ちるかのような大きな音を立てて彼女が尻もちをつくのと同時にてゐが脱兎の如く竹林を駆けだす。

「へへーん、悔しかったら追ってきなよ!デブ鈴仙!」

竹林の中に入ってあかんべえ。のっそりと相手が起き上がるのを見てから再度駆けだす。

「コラ!てゐ!待ちなさい!」

鈴仙がてゐを追って駆けだす。多少太ったとはいえ誇り高い月の兎。今度も捕まえてその鼻をへし折ってやろう。

どったどたと走る鈴仙に対しててゐは軽やかに竹林を駆けてまわる。ところどころに仕掛けられたトラップを避けて、誘導するように鈴仙を追わせている。対する鈴仙もすでにてゐの目論見に気が付きつつも

「ちょっと、てゐっ…まちなさっ…わっ!」

飛び越したつもりの落とし穴に飛距離が足りずに落ちかかる。幸いせり出した腹がひっかかったり、大きな尻がつっかえて落ちきることはないがその様子をてゐが愉快そうに眺めたり、時折指を指して笑っている。しばらくすると足もロクにあがらなくなり、足元に張ったワイヤーを飛び越えるのも一苦労という様子。もともと余裕のなかった衣服は運動とトラップの2重ダメージに耐えきれず、ところどころから鈴仙のぜい肉があふれ出し、

帯がちぎれた上着はでっぷりとした腹を晒して隠すものがない。

「うひひ、鈴仙ったらブザマね」

息が切れて近場の竹によりかかる鈴仙にてゐが近づく。鈴仙の重みで竹はミシミシとたわみ、傾いていく。

「今の鈴仙が寄り掛かったら竹だって折れちゃうよ」

以前の意趣返しとばかりに満面の笑みでてゐが話しかける。

「竹が、ふぅ、たわんでるんじゃ、ふぅ」

「え?なんだって?」

てゐがもう1歩

「わざと、たわませてたのよ!」

鈴仙が勢いよく飛び出す。体力面での敗北を誘った鈴仙はてゐを油断させるために芝居を打っていた。さらに確実にてゐを捉えるために竹の勢いを利用し、限界以上の速度でとびかかることも計略のうちだ。一度つかまえてしまえば、今の対格差では(不本意ながら)鈴仙の圧倒的有利。この一瞬を待っていたのだ。

勢いよく飛び出した鈴仙の手がてゐのワンピースにふれ…むなしく空を切った。

「多少勢いあっても、今の鈴仙じゃねぇ」

ドスドスとてゐの脇を通り過ぎると勢い余って転倒する鈴仙。そのままゴロリと回転し、

「あ、やっべ」

てゐの顔が青ざめる。

さらにもう1回転すると鈴仙の周りがミシリとへこんだかと思うと鈴仙ともども地中に飲まれていった。

もうもうとした土煙が収まるころ、てゐは恐る恐る大穴を覗き込む。そこはかつて鈴仙に回避された落とし穴。

「おーい」

声をかけるも返事はない。

あわてて永遠亭の兎たちを呼び集め、鈴仙を引き上げる。ここに至って騒動が師匠の耳にはいることになり、てゐにはきついお仕置きがまっていたのであった。

ギシギシと悲鳴をあげるベンチの上で鈴仙は饅頭を堪能していた。あれから医者でもある師匠にみてもらったところ失神と膝の軽い打撲程度で大きなけがなどはなかった。治療に専念するため鈴仙が行っていた里への薬売りの仕事や、雑用の類はてゐを筆頭とした永遠亭の妖怪兎たちが代行することになっていた。

「うーん、これも美味しいわね」

新しい饅頭に手を伸ばす。すでに2か月はすぎており、師匠の見立てではすでに完治している頃合いであるのだが…。

「おい!この玉兎(たまうさぎ)!仕事をするウサ!」


てゐは日々の激務でだいぶやつれた様子。対する鈴仙は依然にもまして、まるまるとしている。前回ボロボロになった薬屋の服は新調し、鈴仙が着てもゆったりとした余裕が残るように採寸した。にもかかわらずてゐの前の鈴仙は、いたるところからぜい肉をはみ出すように着こなしている。まんまるな顔は饅頭を咀嚼するたびにたぷたぷと波うち、すでに首の境目は消失している。二の腕はてゐの胴まわりほどの太さがあり、肩口にみっしりと肉がつまってはちきれそう。大きく膨らんだ胸は前に合わせた衣類を左右に押し広げようと張りつめて深い谷間がのぞく。胸の重さに押し広げられるように潰された腹の肉が太腿の上にでっぷりと鎮座し腰で締めるべき帯を胸の下まで押し上げている。大きくせり出した下腹が腿に押されて前へせりだし、いびつな形でその存在を主張する。

巨大な尻を収めるべきズボンも限界まで張りつめて、縫い目が裂けるのも時間の問題だ。

「”たまうさぎ”じゃなくて”ぎょくと”ね。はむっ、まだ、ホラ、膝がね、あむっ」

「もう、完治してるはずウサ!」

「まだ、痛いもの。嘘じゃないわ」

鈴仙は2か月の間、ずっと静養、要はくっちゃ寝していた。そのおかげてますます体重が増加し、膝への負担も強くなり…完治が遅れているのだ。多分。

「ほら」

鈴仙が体をゆする。どうも立とうしたらしい。今の肉まみれの体では判断しづらい。

「イタ!イタタタ…」

鈴仙の手が腿のあたりをなでている。以前はちゃんと膝に手を添えられたが今は肉が邪魔してそれもままならない。

「鈴仙、そこは腿ウサ…」

てゐが呆れた目で肉山を見下ろす。

「え?」

鈴仙が膝に手を伸ばそうと体をゆする。腹肉を持ち上げたり、足を持ち上げたり、前後にゆすってみたりするうちにベンチはギシギシと悲鳴をあげ

やがて、

ベキッ!

あっけないほど鈴仙の尻の下の板が折れ、そのまま鈴仙も尻もちをついた。

「イタタタ…」

てゐの目はまるで養豚場へ送られる豚を見るかのようだ。

「あ、あはは…」

笑ってごまかすも気まずさは変わらない。てゐが黙って差し出した手を握り立ち上がり、尻についた残骸を払う。尻肉を伝って振動がぶるりを全身を駆け巡る。

「鈴仙、痛いところはない?」

「え、ええ、大丈夫。どこも痛いところはないわ」

「…わかったウサ」

てゐがほほ笑む。ただのほほ笑みではない。だいぶ邪悪なヤツ。くるりと回って駆けだすと

「師匠ー!鈴仙もう痛いところないってー!」

「え!?ちょっ!?」

駆けるてゐを追って鈴仙は走るも、全身の肉がぶるぶるとゆれるばかりで前にすすまない。それでもやっと追いついた所にはてゐだけでなく師匠も居て…

「それだけ動ければ今日から働けそうね、ウドンゲ。それにあなたはちょっと痩せた方がよさそうね」

師匠の笑みに鈴仙は身が引き締まる思いだし、ついでに実際に引き締まってくれれば楽なのになぁって思ったり。

「いやいや、ひどい目にあったウサ」

久々に雑用から解放されたてゐ。その視線の先はまるまるとした鈴仙の後ろ姿だ。

「あの1本がなければこんな面倒なことには…」

まさか、たった1本の団子から鈴仙が崩れに崩れ、玉兎どころか肉玉兎になりはてるとは。鈴仙が歩くたびにだぷんだぷんと尻肉が躍る。

「まぁ、あのいけ好かない玉兎よりは今の鈴仙の方がマシかな」

そう心の中でつぶやくと、鈴仙のでか尻を思い切りひっぱたく。

「ちょっと!てゐ!」

鈴仙が追ってくるがその走りは遅い。

「ダイエット付き合ってやるウサー!」

今日も2匹の兎は竹林を駆ける。一人は軽やかに。一人はドスドスと。

おわり。

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