小説 ポニーガールの国 序章&1章 (Pixiv Fanbox)
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2020-02-14 09:46:45
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2023-01-04 23:07:46
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※この物語はフィクションであり、実在の人物・団体等とはいっさい関係ありません。
序章
『ハウスメイド1名。時給・3000円。条件・オドリアド語で基礎的な日常会話ができること。於・オドリアド公国大使公邸』
ある晴れた日の昼下がり、ひとりの女子学生が、そのアルバイト募集を学生課の掲示板で見つけた。
栗原那月《くりはら なつき》、この春から都会の大学に通い始めたばかりの大学1年生である。
高校時代は陸上部に所属。そのためだろう、ひと冬越えてなお、肌に日焼けの跡が残っている。
その特徴がもたらす活発なイメージに、よく似合うショートの黒髪。ファッションもまた、スポーティなテイスト。
黒目がちな大きな瞳がくるくるとよく動く顔は、バランスよく整っているが、いまだ美しさより愛らしさが勝った印象。
そんな那月にとって、件の募集はまさに千載一遇の好機であった。
この募集は、きっと自分のために出されたものだと感じた。
オドリアド公国は、中世都市国家群の名残りともいえる、欧州の小国である。
ドキュメンタリー番組で風光明媚な自然と中世の名残を残す街並みが紹介され、一時期話題になったが、観光業は発達していない。観光目的であってもビザはなかなか下りないし、訪れても観光目的で泊まれる宿もほとんどない。
主な産業は、世界じゅうの財閥と資産家を顧客とする国営の金融業と投資。国庫は常に潤沢で、直接間接かかわらず、国民はまったく税金を払わなくていいどころか、教育費や医療費は無料。そのうえ、日本人の所得中央値なみのベーシックインカムを支給される。
そんなオドリアド公国に、那月は憧れていた。いつか、かの国で暮らしたいと思っていた。
オドリアド大使館にほど近い今の大学に進学先を決めたのも、日本で唯一オドリアド語学科があったからである。
陸上競技に打ち込んできた那月にとって、その大学は難関校であった。部活をしているあいだは練習後、夏の大会後に引退してからは集中して受験勉強に打ち込み、なんとか合格することができた。
那月がそこまでかの国に憧れたのは、もちろんベーシックインカムに目が眩んでのことではない。
そもそも裕福であるがゆえに国民に不満が溜まらず、中世以来の貴族制を基にする社会制度が温存され、閉鎖的なオドリアド公国の国籍を取得するのはきわめて困難だ。
那月がオドリアドで暮らしたいと思うようになったのは、その独特の社会制度のひとつに惹かれたからである。
その社会制度とは――。
(いえ、今は考えてる暇はないわ! 募集はたった1名。もし先を越されたら……)
そう考えて、まだ入学したばかりでオドリアド語が充分話せないにもかかわらず、那月はそのアルバイトに応募した。
閑静な高級住宅地の一角、広大な敷地の洋館を内外装ともに大幅に改装した大使館兼公邸を訪れた那月を、メイド服姿の女性が出迎えた。
「メイド長のフレデリカ・ロゼーヌです」
歳の頃なら20代半ばから後半といったところか。
メイド長という役職にはいささか若すぎる、ロング丈のクラシカルなメイド服に身を包んだ金髪碧眼の美しい女性が、流暢な日本語で話かけて右手を差し出した。
「あ、栗原那月です。よろしくお願いします」
メイド長フレデリカの完璧な日本語に驚き、暗記していたオドリアド語の挨拶を忘れ、日本語で返してしまってからハッとする。
「す、すみません……わ、私……」
「うふふ……オドリアド語はあまり得意ではないようですね?」
「は、はい、実は……」
オドリアド語をまだ充分に話せないことを告白すると、フレデリカは穏やかに笑った。
「へいきですよ。わたくしを含め、ここのスタッフの大半は、日本語を理解します」
「えっ、でも……」
「募集要項の『オドリアド語で日常会話ができること』という条件は、高い時給に目が眩んだ者が、安易に応募してくることを防ぐためのものです」
たしかに、日本でオドリアド語を話せる者は数少ない。日常会話ができることを条件にしておけば、応募が殺到することもないだろう。
ではなぜ、そこまでしてメイドを高給で優遇するのだろう。
ハウスメイドの仕事の内容は、一般的な家政婦のものだ。大使公邸という特殊な環境とはいえ、時給3000円はあまりにも破格すぎる。
「それは、ここがオドリアド公国大使館兼公邸だからです。ご存知のとおり、大使館の敷地内では、その国の法が適用されますので」
つまり、ここはすでにオドリアド公国領内と同じ制度ということ。
「わたしたちの国の社会制度、知っていますか?」
「は、はい、もちろんです」
オドリアド公国は、中世の貴族制に基づく社会制度――ひいては階級制度が残る国である。
現代の貴族は、国の基幹産業たる金融業と投資を牛耳る超のつく富裕層。国の代表たる大使も、この階級に属する。
その下には、それら事業の現場やほかの者に代えがたい専門職として貴族の元で働く、いわば現代の騎士階級。大使公邸のメイド長を務めるフレデリカは、この階級だ。
そして貴族と騎士階級が産み出す莫大な富により、高額のベーシックインカムで暮らす市民階級。
さらに、働かずとも暮らせる市民に、各種サービスを提供する奴隷階級。
「よくご存知ですね。ですが、オドリアドにおける奴隷の実態は、多くの日本人がその言葉から想起するイメージとはかけ離れています」
それも那月は知っていた。
奴隷階級には選挙権がないが、そもそもオドリアド公国の重要な公職は、貴族と騎士階級による互選。市民による選挙で選ばれるわけではない。
市民が参加できる選挙は、国を動かす貴族を補佐する程度の役割しかない市民代表選挙のみ。
権利的に市民階級との差がほとんどないオドリアドの奴隷は、いわば労働者階級と呼ぶべき存在だろう。
奴隷は労働者であるゆえ、当然給料は支払われる。しかし奴隷、すなわち労働者であるあいだは、ベーシックインカムは停止される。つまり給料がベーシックインカムを上回るものでなければ、誰も奴隷になって働こうとはしない。
大使公邸のハウスメイドの給料が破格なのも、そのためだ。
そしてオドリアド公国の奴隷は、ベーシックインカムを上回る給料を受け取れるし、契約期間を過ぎれば市民階級に戻ることもできる。
「そこまで詳しく知っているということは、那月さんはオドリアド公国に特別な想いが?」
「は、はい……実は……」
そこで那月は思いきって、オドリアド公国に憧れていると告げた。いずれはかの国に住みたいと思っていると告白した。
「そのために、ハウスメイドのアルバイトに応募したと?」
そのとおりだ。少しでもオドリアドの生活風習に慣れることができると考えた。
あわよくば閉鎖的なオドリアドで暮らすための人脈を作れるとも期待した。
その思惑も包み隠さず告げると、フレデリカは少し困ったような、でも真摯な表情で那月に語りかけた。
「ですが那月さん、ひとつ問題があります」
それは、那月がオドリアド国籍を持っていないこと。
そしてオドリア国籍を持たない者は、オドリアド公国では奴隷にしかなれない。
「でも……それでも……」
那月はオドリアド公国に行きたかった。
たとえ奴隷の身分にしかなれなくても。いやむしろ、奴隷の身分にしかなれないから。
オドリアドの奴隷の仕事の大半は、ほかの国では一般的な労働。しかし、なかには他国に例のない、かの国ならではの奴隷の役目もある。
そのひとつが、馬《ポニー》奴隷。
オドリアド公国では、環境問題の観点から、都市部での自動車の使用が厳しく制限されている。
加えて社会制度のみならず、市街地も中世以来の伝統が残るため、制限されていなくても自動車の使い勝手は悪い。
そして貴族および騎士階級の多くは、市街地に住んでいる。
彼らの交通手段として、かつては馬車が普及していたが、オドリアドは馬の産地ではない。
各国の富裕層は裏ではオドリアドの金融業と投資業の世話になっていても、現代の国際社会で貴族制と奴隷制度の残る国と大々的に貿易するわけにはいかず、馬の輸入が困難になった。
そこで馬に代わって馬車を引くことになったのが、奴隷階級の人である。
その名称は、男性ならポニーボーイ。女性ならばポニーガール。
那月の最終的な目的は、ポニーガールになることだった。
とはいえ、彼女はもともと、オドリアド関係でポニーガールという言葉を知ったわけではなかった。
それは高校受験を終え、暇を持て余していた時期。
なにげなくネットサーフィンをしていて、とある画像に偶然出逢ったことだった。
「……!?」
その画像を見て、思わず息を飲んだ。
全身に這わされた革ベルト――それがハーネスと呼ばれるものだとはのちに知った――で肉体を締めあげられ、馬車を引く女性の姿に、なぜか目が釘づけになった。
口に噛まされた轡――そのときは馬銜《はみ》という名の馬具だと知らなかった――の隙間から涎を垂らす惨めな顔を、なぜか美しいと感じた。
動悸が激しくなり、身体が熱く火照った。
それが、女の子が性的に昂ぶっている証だとは知っていた。
(なぜ……)
自分はそうなってしまうのか。
(どうして……)
性体験はおろか、男の子を好きになったことすらないのに。
そのことを疑問に感じつつも、那月は馬車を引く女性――ポニーガールに惹かれ、その世界にのめり込んでいった。
そしていつしか、自分もポニーガールになりたいと思うようになった。
中学で終わりにしようと思っていた陸上競技を高校で続けたのも、馬車を引く体力を維持するためである。
とはいえ、ポニーガールは職業ではない。
オドリア以外では、ポニーガールはポニープレイという、フェティッシュかつ性的な遊戯のなかでしか成立しえない存在だった。
そのことを知り、落胆しつつもポニーガールへの想いを断ち切れないでいるうち、オドリアド公国の存在を知った。
そこには今でも奴隷の身分があり、ポニーガールが奴隷の職業として存在しているというという知識を得た。
以来、那月はオドリアド公国でポニーガールになりたいと思うようになった。
そのことも、那月はフレデリカに告白した。
なぜ、そうしたのかわからない。
本来、ハウスメイドとしての経験を積み、認められてから然るべき時期に告白しようと思っていたのに。
フレデリカの紺碧の瞳に見つめられているうち、引き込まれるように、問われるまま那月は胸の中に秘めてきた想いをさらけ出していた。
「そうですか……」
そんな那月の話を聞き、フレデリカが口を開く。
「那月、あなたの望みはわかりました」
それまで『さん』づけだったのが、呼び捨てにして。
瞳に妖しい光を灯し、わずかに頬を紅潮させて。
「その望みを叶えるには、ふたつ方法があります」
どこか感情の昂ぶりを感じさせる、それでいて真摯な表情で。
「まずひとつめは、ここでハウスメイドとして働き、オドリアドのために貢献した実績を作ること。それによって、ワーキングビザを取得しやすくなるでしょう。あるいは大使閣下に気に入っていただければ、帰国する際に同行させてもらえるかもしれません」
それは、那月が当初考えた方法だった。
というより、これしかないと思っていた方法だった。
それでは、フレデリカが考えふたつめ方法とは、いったい――。
「その、もうひとつの方法は……」
それまで真摯だったフレデリカが、唇の端を吊り上げて嗤った。
「それは、今すぐこの場で、わたくしの奴隷になることです」
「……!」
刹那、雷に打たれたような衝撃を受けた。
「……ふぁ」
直後、蕩けて吐息を漏らした。
思えば、フレデリカは現代の騎士階級だ。自身の判断で奴隷を持つことができる。
(でも、ほんとうにそれでいいの……?)
冷静な自分が現われ、熟考を求めたのは一瞬。
なぜ、オドリアドの奴隷への、ポニーガールへの憧れを、フレデリカに告白したのか。
(それはきっと、彼女を見た瞬間、無意識のうちにこうなることを期待していたから)
どうして、フレデリカは告白した私に、こんな提案をしたのか。
(それはたぶん、彼女も私を奴隷にしたいと期待したから)
そう気づいた那月に、迷いはなかった。
「は、はい……」
夢うつつの気分で、那月はフレデリカに答える。
「よ、よろしくお願いします」
するとフレデリカが那月を指差し、その指を動かしてぶ厚い絨毯が敷かれた床を示した。
それだけで、那月はフレデリカの意図を理解する。
ネットでかいま見た知識から奴隷の作法を思い出し。
「ぁあ……」
小さく甘い吐息を漏らし、膝を折る。
そしてフレデリカの足下に平伏し、彼女の靴にキスするかのごとく頭を下げて。
「どうか私を奴隷に……ポニーガールにしてくださいませ」
美しき女主人《ドミナ》に、奴隷堕ちを懇願した。
ハウスメイドのアルバイトに応募してきた那月を見た瞬間、フレデリカは彼女の愛らしく可憐な容姿に惹かれた。
採用を決める前に充分アドリアド語を話せないと告白した正直さに、さらに惹きつけられた。
実のところ、大使公邸のハウスメイドには、相応の語学力が求められる。募集要項の条件は高い時給に目が眩んだ者が安易に応募してくることを防ぐためと告げたのは、那月をそのまま返したくなかったからだ。
フレデリカは、自身女性でありながら、同じ女性を愛する指向を持っていた。
とはいえ、まだこの時点では、ただ気に入った女の子を手元に置きたいという一心だった。
那月を恋人にしたいとは思いつつ、手元に置いてハウスメイドの作法とオドリアド語を教えつつ、ゆっくり自分を好きになるよう仕向けていこうと考えていた。
その気持ちが変化したのは、那月が奴隷とポニーガールへの憧れを口にしたときである。
(この子は……!)
自分にぴったりのパートナーだと直感した。
フレデリカは、ただ女性の恋人を求めているだけではなかった。
同性を愛する性向に加え、加虐性癖《サディズム》をも併せ持つ彼女は、将来は好みの愛玩用奴隷を持ち、ポニーガールとして使役しながら愛でたいと考えていた
(たぶん、いえきっと……)
那月が本来初対面の人物に話すべきではないポニーガールへの憧れを告白したのは、おそらく自分に加虐性癖者《サディスト》の匂いを感じ取ったからだ。
彼女自身は自覚していないだろうが、加虐性癖者の匂いを敏感に感じ取った那月は、間違いなく被虐性癖者《マゾヒスト》だ。
理屈ではなく本能の部分で確信したフレデリカは、思いきって自分の奴隷になるよう誘った。
そしてその思いきった行動は、功を奏した。
『どうか私を奴隷に……ポニーガールにしてくださいませ』
足下に平伏し、奴隷堕ちを懇願する那月を見下ろしながら、フレデリカは背すじがゾクゾクするような高揚感を覚えていた。
1章 首輪と貞操帯
それから那月は服を脱がされ、身体の各所を測定された。
「那月はお屋敷のメイドではなく、わたくしの奴隷になったのだから、お仕着せのメイド服を着せるわけにはいきません」
つまり、それはフレデリカの奴隷の装束。表向きは、彼女の下で働く使用人としての服が用意されるのだ。
「それにポニーガールの装備は、1頭1頭専用のものが使われます」
つまり、那月専用のポニーガール装備が誂えられるということだ。
フレデリカの言葉で、ポニーガールになるということは『1人』ではなく『1頭』と数えられる存在に貶められたのだと悟りながら、部活をしていた頃の日焼け跡がうっすら残る裸身を測定される。
フレデリカの前で全裸になること自体に、思いのほか恥ずかしさを感じなかった。
もちろん、人前で裸になることに慣れているわけではない。那月は女の子として、平均的な羞恥心を持ち合わせている。
とはいえ、今は同性であるフレデリカとふたりきり。裸であっても感じる恥ずかしさは薄い。
そのうえ、那月は彼女の奴隷になると誓ったばかりだ。その高揚感と大使公邸の重厚な内装の非日常感に酔わされて、羞恥心を感じることを忘れていたという側面もある。
そんな状態で手、腕、肩周りに胸、ウエスト、腰骨のあたりを測定されてから。
「脚を軽く開いて」
それからしゃがみ込んだフレデリカにおへその少し下にメジャーの端を押し当てられ、股間周りを測られた。
間近でそこを見つめられ、あらためてフレデリカにすべてをさらけ出しているのだと思い出す。
「ぅう……」
急に恥ずかしくなり、くるおしくうめいたところで、女の子の場所に冷たいメジャーが触れ、身体がピクンと震えた。
「じっとしていなさい」
「は、はい」
フレデリカに命じられ、気を引き締めたところでもう一度。
「んふっ!?」
「うふふ……これではなかなか測定できませんね」
「す、すみません」
「いいんですよ。那月がとても敏感な体質だということがわかりました。そしてそれは、愛玩用奴隷として、とても大切な資質です」
「あ、愛玩用……?」
「そうです。那月はわたくしの愛玩用奴隷です」
そう言い合ったところでフレデリカが立ち上がり、那月の首に触れた。
「わたくしに愛玩用ポニーガールとして生涯飼われる暮らし、嫌ですか?」
「はふぁ……」
その言葉を聞き、一瞬で蕩けた。
「わたくしが大使閣下にお仕えしているあいだはここで、任期が終わってオドリアドに戻ってからはかの地で、那月は生涯わたくしの下で暮らすのです」
さらに言われて、身体の芯が熱くなった。
そうしたい。いや、そうされたい。愛玩用ポニーガールとして、生涯フレデリカに使役されて暮らしたい。
その思いが心に満ち、言葉として口から溢れ出しそうになったときである。
「ともあれ、勤務用の服を用意するのに数日、ポニーガール装備の誂えにはさらに長い期間を要します。それまでのあいだ、今から用意する装具を身につけ、自宅で待機していてください」
そう言うと、フレデリカは測定結果を控えた用紙を手に、部屋を出ていった。
「それでは、まずこれを着けてもらいます」
そう言って、フレデリカが革のベルトを取り出した。
「奴隷の証、首輪です。この意味、わかりますね?」
わかっていた。
本来オドリアドでは、奴隷という言葉は労働者階級を意味する。それは、かの国の長い歴史のなかで、言葉の意味が変質してきたからである。
とはいえ、その言葉が本来の意味で使われることもある。
それは、フレデリカが口にした愛玩用奴隷の身分。中世以来の社会制度、ひいては階級制度が残るオドリアドでは、自らの意思で愛玩用奴隷に堕ちる人もいる。
首輪を着けるという行為は、その道を選ぶことなのだ。
そして今、那月は本来の意味での奴隷、フレデリカの愛玩用ポニーガールになることを望まれている。
そのことを理解したうえで、那月はうなずいた。
「はい、お願いします」
その言葉に応え、フレデリカが那月の背後に回る。
幅5センチほどのぶ厚い革が、首に触れる。
フレデリカの手で温められていたのか、冷たくは感じなかった。冷たいどころか、ほんのりと温かみすら感じた。
そして、見るからに武骨な印象とは裏腹、革質は柔らかい。肌に触れる面の革の角は絶妙に面取りされ、硬さはいっさい感じない。
それで上質な革が使われていると悟りながら、首に革を巻きつけられる。
うしろ髪を巻き込まないよう、少し持ち上げてバックルにベルトの端を通し、ゆっくりと締め込まれていく。
「うッ……」
軽く首を絞められてうめいたところで、バックルの金具を留められると、締めつけがわずかに緩んだ。
「きついですか?」
「は、はい」
「苦しいですか?」
「いえ、苦しくはありません」
訊ねられて素直に答えると、背後から手を伸ばして南京錠を見せつけられた。
「じゃあ、鍵をかけますね?」
正直、施錠までされるとは思っていなかったので一瞬とまどい。
「はい」
それでも施錠してほしいという意思を込めてうなずくと。
カチリ。
金属どうしが噛み合う小さな音とともに、那月の首輪に鍵がかけられた。
「次はこれです」
続いてフレデリカが取り出したのは、ピカピカに磨きあげられた金属製の――。
「パンツ……ですか?」
那月が思いついた言葉を口にすると、フレデリカが穏やかに告げた。
「これは、貞操帯です。知りませんでしたか?」
知っていた。ポニーガールの画像を探すうち、貞操帯を着けた女性の画像も目にしたことがあった。
とはいえ、実物を見るのは初めてだ。
素直にそう答えると、フレデリカが手にした貞操帯を間近で見せてくれた。
全体の形は、ヒップハングのTバックパンツといったところか。
おそらく前側、3次元のカーブを描く横のベルトと、おしゃもじのような形の縦の板が交わる部分で、丸い金属カバーがついた南京錠で止められている。
「本体の材質は、ステンレススチールです。それに裏側と表側の縁部分に、当たりを柔らかくするゴムが貼られています」
つまり長く着け続けても、本体はステンレススチールなので、錆びたりする心配はない。ゴムのおかげで、硬い金属で肌を痛めることもない。
「南京錠は真鍮製なので、けっして錆びないわけではありませんが、相応の期間は使い続けられます」
その南京錠の直下には、もうひとつの南京錠で止められた、本体からわずかに浮かせて取りつけられた金属板。それには針で突いたような小さな穴が、無数に穿たれている。
「この小さな穴は、小水排泄用のものです。この自慰を防止するための板の奥の本体部分は、女性器の形と大きさに合わせた溝になっています」
言われて内部を見ると、貞操帯本体の裏側には、内張りのゴムごと細い溝が切られていた。
そこからうしろの部分は、まさにTバックパンツの形。ただ一部、おそらく肛門の位置に合わせて丸く膨らみ、その膨らみに合わせて円形にくり抜かれている。
「この部分が、大きいほうの排泄孔です」
那月が予想したとおりの説明をして、フレデリカが貞操帯本体を留める南京錠に鍵を差し込んだ。
カチリ。
小さな金属音とともに南京錠が開錠され、貞操帯が3つに分かれる。
「お屋敷では使用人どうしが間違いを犯すことがないよう、女性使用人に貞操帯を着けることを義務づけています。那月はわたくしの奴隷ですが、お屋敷で働く以上は、同様に貞操帯を着けなくてはいけません」
そう言われると、否を唱えることはできなかった。いや、そもそも、那月にはフレデリカが命じることに否を唱えるつもりはなかった。
「わかりました。貞操帯を着けさせていただきます」
そう答えると、フレデリカがにっこり笑って横のベルトを開いた。
「では、測定のときと同じように、脚を開いてください」
そして貞操帯を手にしたまま、那月の前にしゃがみ込む。
測定されたときと同じ、女の子の場所の正面にフレデリカの顔がくる姿勢。
恥ずかしい。でも身体の芯は熱を持って火照っている。
「は、早く……」
貞操帯を着けてほしい。
それは熱く火照るそこを隠したい一心で、羞恥心が言わさしめた言葉だった。
「貞操帯を着けられたら、わたくしの許可なく外すことはできなくなります。そんなに早く、そうなりたいですか?」
しかしその言葉を、フレデリカは違う意味に受け取った。
それはほんとうに誤解したのか。それともあえて、そう告げたのか。
わからない。わからないが、フレデリカの言ったとおりだ。貞操帯を着けられ、鍵をかけられてしまえば、二度と自力では外せなくなる。
(それでも、かまわない……いえ、むしろそうなりたい)
そう考えて、フレデリカの間違いを指摘することもなく、しっかりとうなずく。
「はい、着けてください」
自ら貞操帯装着を懇願すると、フレデリカが腰周りに抱きついた。
「……!?」
一瞬驚き、心臓の鼓動が激しくなるが、すぐに貞操帯を着けるための行動なのだと思い直す。
それでもドキドキは治らない。身体の芯の火照りは、いっそう強くなった。
その熱が女の子の場所に向かって染み出したような気がしたところで、左右の横ベルトが仮留めされた。
うしろは尾てい骨の少し上あたりから、横は腰骨の上端あたり。そこからわずかに下がって、前はおへその下。那月の柔肌にみっちり貼りつきほんの少しだけ食い込む横ベルトは、固定しなくても外れることはなかった。
それを確認してから、次は縦の板。
軽く開いた脚のあいだにぶら下がっていたそれが、ゆっくり持ち上げられる。
Tバック状のうしろ部分が、お尻の肉を割っていく。
丸くくり抜かれた大きいほうの排泄孔が、窄まりの周りに軽く押しつけられる。
おしゃもじ形の前側の板が、女の子の入口に触れる。
硬く冷たい金属板に切られた細い溝に、そこの肉が嵌まり込んだ気がした。
「はぅ……」
その奥に熱いなにかがジュンと染み出し、思わず吐息を漏らしてしまった。
「うふふ……」
思わず視線を落とすと、フレデリカが那月を見上げて薄く嗤っていた。
妖しく輝く紺碧の瞳と目が合い、ドキリとしたところで、横ベルトの交差部分に縦の板が重ねられる。
その上端の穴から飛び出したピンに、円形の金属板をツルに被せた南京錠が――。
「この鍵をかけると、那月はもう自分の意思で貞操帯を外せなくなります」
そこで、もう一度念押しするように告げてから、フレデリカがしなやかな指に力を込める。
その直後、カチリと金属どうしが噛み合う小さな音とともに、那月のそこは封印された。
「ふう……」
ワンルームマンションに戻り、入口のドアを閉めて、那月は小さく息を吐いた。
あれから――フレデリカの手で首輪を嵌められ、貞操帯を着けられてから、那月は服を着るよう命じられた。
「ポニーガール装備は、すべて特注品になります。外国製の安い既製品もありますが、那月にはよいものを誂えたいのです」
帰される前のフレデリカの言葉は、那月のことを大切に思うゆえのものだろう。
「それが完成するまでは、わたくしの仕事を手伝っていただきます。とはいえ、メイドのお仕着せは、このお屋敷のもの。わたくしの使用人の那月には、別の制服を用意しなくてはなりません」
その言葉も、筋が通っている。
「あと、さまざまな手続きや根回しも必要ですからね。そのあいだ、数日自宅待機してください」
そしてそう言われ、通信アプリのIDを交換してから帰された。
「ふう……」
もう一度大きく息を吐いたのは、ここまでのは道のりでずっと、貞操帯の存在を意識していたからだ。
那月の腰周りから股間にかけて、ぴったりと隙間なく密着する貞操帯が、苦しかったり痛かったりすることはない。
詳細に、かつ慎重に測定してサイズを選んだ成果だろう。肌に密着して軽くつけられているものの、どこかにきつく食い込んだりはしていない。
板やベルトの形状が工夫されているからか、歩いたり座ったり屈んだり、日常の動作はふつうにできる。
全体としては、それがもたらす違和感は、晴れた日に屋外に干してゴワゴワになったデニムのショートパンツを履いたときより軽いくらい。
とはいえ、ステンレススチールの貞操帯はきわめて硬い。対して、それが密着する那月の肉は柔らかい。
歩くだけで那月の柔らかい肉は動くが、硬い貞操帯は動かない。歩くたび、硬い貞操帯で柔らかい肉が擦られる。
おまけに、ふたつめの南京錠を介して本体から少し浮かせて取りつけられた、無数に穿たれた小水排泄孔を備えた金属板の奥にある、女の子の位置に合わせて切られた溝だ。
ほかの部位と同じく、その溝の奥でも肉が動く。一歩足を運ぶたび、入口の肉が溝からずれたり、またそこに嵌り込んだり。
身体のなかで最も敏感な場所だけに、それが気になって仕方ない。
それが排泄のためには絶対に必要なものだと理解しているが、歩いていたあいだは、その存在が煩わしかった。
とはいえ、なんとかマンションにはたどり着いた。しばし貞操帯を気にせず、休息を取ることができる。
そう考えて、キッチンの脇に鞄を置き、手を洗おうと洗面台の前に立ったときである。
「……!?」
鏡に映るわが身を見て、愕然とした。
面接であることを意識し、手持ちのなかで一番フォーマルっぽい服と思って着ていったブラウスの襟元。
そこから、フレデリカの手で嵌められた首輪が覗いていた。
「こ、これは……」
上質ではあるが、見た目は武骨なぶ厚く幅広い革。そこに左右3つずつの鋲で止められた短い革を介して取りつけられた、頑丈そうな金属リング。
とうていチョーカーだなどと言いわけできそうにない、いかにも拘束具然とした奴隷の装具。
貞操帯に気を取られて気づかなかったが、那月は自分が奴隷の身分であると見せつけながら、大使館からマンションまでの道のりを歩いてきたのだ。
道ゆく人の好奇の視線を感じなかったのは、都会人独特の他人への無関心ゆえか。それとも、貞操帯を気にするあまり視線を気に留める余裕がなかったのか。
わからない。わからないが、そうと気づいた人も多いだろう。首輪を嵌めた那月を見て、内心軽蔑していた人もいたに違いない。
そう考えたところで、なぜかズクンときた。
貞操帯の緩い刺激で火照りっていたそこの肉が、ジンジンと疼き始めた。
(ど、どうして……?)
そう考えたのは、わが身に起きている現象がわからなったからではない。性体験はのない那月でも、それくらいのことはわかる。
(これは、女の子が性的に昂ぶったときの……)
那月がわからなかったのは、そうなってしまう理由だった。
(なぜ……どうして、私……?)
それは、フレデリカが見抜いていたとおり、那月が被虐性癖者《マゾヒスト》だからである。
とはいえ、那月はフレデリカの思惑を知らない。
オドリアの奴隷に、ポニーガールの身分に憧れていながらも、自身の秘めたる性癖に気づいていない
それゆえ奴隷の証たる首輪を衆目に晒したと知ったことで、性的に昂ぶってしまう理由がわからない。
気づかずわからないまま、火照り疼く肉を貞操帯で封印された那月は、頬を朱に染めた自らの顔を鏡で見ていた。
那月が貞操帯の奥で肉を火照り疼かせていた頃、フレデリカは仕事の手を止めて彼女のことを思い出していた。
フレデリカにとって、那月は理想の愛玩用奴隷だった。
できることなら、このまま手元に留め置き、二度と離したくなかった。那月もそれを望んでいるとの実感もあった。
だが、それでもあえて、那月をいったん返した。
フレデリカは、生来の加虐性癖者《サディスト》である。
彼女の責めは、たとえそれが愛ゆえのものであっても、多少被虐性向がある程度の女性では耐えられないほど過酷なものである。
その責めを受け入れ、なおかつ悦びに変換できるのは、自ら奴隷堕ちを望んだ生粋の被虐性癖者《マゾヒスト》だけだ。
那月が生粋の被虐性癖者《マゾヒスト》であることは間違いないが、できることなら、熟考したのち自ら奴隷堕ちを志願させるのが望ましい。
つまり、覚悟をさせるということだ。
とはいえ、その試みは賭けでもある。最高の奴隷として那月を手に入れられる可能性がある代わり、数日のあいだ冷静に考えさせた結果、彼女を失う恐れもある。
(ですが……)
フレデリカは、那月は必ず戻ってくると確信していた。
那月は、生粋の被虐性癖者である。同時に、羞恥心と感受性が強い被虐性癖者である。
測定のため全裸にさせたとき、あまり恥ずかしがらなかったのは、感受性が強いため大使公邸の雰囲気に飲まれていたからだ。けっして羞恥心が薄いわけではない。
その証拠に、わが身が置かれた状態に気づいてからは、激しく羞恥を感じ始めた。
早くそこを隠したい一心で、貞操帯装着を急かしたりもした。
そんな精神を持つ那月が、嵌められた首輪が隠しようもないものだと気づいたとき、どうなるか。
加えて、那月の肉体は性感に敏感だ。
その証拠に、そこにメジャーが軽く触れただけで、彼女は甘い吐息を漏らした。
そんな肉体を持つ那月が、火照り疼く肉を貞操帯で封印されたらどうなるか。
(那月は、必ず戻ってきます……私が望む、最高の愛玩用奴隷として)
あらためてそう確信して、フレデリカは唇の端を吊り上げた。