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 ヒトイヌ。  それがかつて、秘めたるフェティッシュなプレイとして行なわれていた行為だったと知る者は、若い人のあいだでは少ない。  かく言う私、前山奏恵《さきやま かなえ》も、黒狗学院に入学するまでは、ヒトイヌに暗い歴史があったことなど知らなかった。  とはいえ、今やヒトイヌとヒトイヌ調教師は、職業のひとつとして定着している。  私立黒狗学院は、そんなヒトイヌとヒトイヌ調教師を育成するため設立された、全寮制女子校である。  私を黒狗学院に誘ったのは、幼なじみで同級生、そして恋人だった玖堂多美《くどう たみ》。  基本的にヒトイヌ科と調教師科の学生が教室でも寮でもペアを組み、3年間の課程をこなす学院において、私と多美はヒトイヌと調教師として、それぞれトップの成績で卒業式を迎えた。 「いよいよ、卒業だね」  調教師科成績1位の学生にしか着用を許されない金モールの式典用制服を身につけた多美が、私に語りかける。 「くぅん」  成績1位であっても、ほかの学生と同じラバー製装具しか認められないヒトイヌの私が、目を細めて鳴く。  口中に金属製の筒を押し込め、被装着者の口をただの穴に変えてしまう、開口式口枷つき全頭マスク。ヒトイヌ科標準装具のそれを被されたまま、犬に近い声で鳴くことは、とても難しい。  でも多美が根気よく躾けてくれたおかげで、私はその技術を身につけられた。  いや、多美が躾けてくれたのは、犬の鳴き声だけではない。  全頭マスク同様に標準装具のラバースーツの奥で2穴を占拠するディルドにも、手足を折りたたんで拘束する四肢拘束具を装着しての四足歩行にも、多美のおかげで慣れることができた。 「カナエ……」  私を一人前のヒトイヌに調教してくれた多美が、追加装備を手に私の前にしゃがみ込む。  それは、全頭マスクの目の開口部に取りつける遮光レンズと、口と鼻の上に着ける犬口マスク。  前者を取りつけられると、私は視界を極端に制限され、目の前の地面くらいしか見られなくなる。  鼻の位置に小さな呼吸孔と下部に涎抜きの穴しかない後者を装着されると、私の呼吸は制限される。  加えて、首輪にぶら下げられた身分証以外、私は個性を奪われてしまう。  だが、それでいい。いや、それがいい。  私は、多美のヒトイヌ。  卒業後、故郷に戻りヒトイヌ調教師として独り立ちする多美の所有物として、愛しき飼い主の調教技術を顧客に知らしめるための専属ヒトイヌになるのだから。  私に個性なんて必要ない。  そんなことを考えているうち、遮光レンズと犬口マスクの装着が終わる。 「カナエ!」  立ち上がった多美が、自分の左太ももをパンと叩く。  飼い主の左につけという合図だ。 「あぅ」  ヒトイヌとして返事し。  カッ、カッ、カッ。  肘と膝の部分に設えられた金属カバーを鳴らしながら、折りたたまれて拘束され、短くなった四肢を駆使して彼女の左につく。 「行くよ、カナエ」 「あぅ」  歩きだした多美に合わせ、私も手足、いや前足と後ろ足を動かす。  カッ、カッ、カッ。  四肢先端の金属カバーで床を叩きながら。 「はっ、はっ、はっ」  ほんものの犬のように、涎を垂らして息を吐きながら。  カッ、カッ、カッ。 「はっ、はっ、はっ」  前山奏恵ではなく、ヒトイヌ・カナエとして、愛しき飼い主たる多美につき従う。  カッ、カッ、カッ。 「はっ、はっ、はっ」  短い四肢を使って進むほどに、標準装備のラバースーツの中に熱がこもってムンと蒸れる。  お尻を振り振り歩くほどに、2穴のディルドが私の感じるところを抉る。  カッ、カッ、カッ。 「はっ、はっ、はっ」  それで、肉が火照る。火照った肉が、熱い蜜をトプンと吐き出す。  高まる官能に頭が蕩け、ものごとを深く考えられなくなる。  カッ、カッ、カッ。 「はっ、はっ、はっ」  だが、多美の手で徹底的に調教された私の歩みは、けっして乱れない。  むしろ蕩けて思考能力を失うほどに、余計なことを考えず、ヒトイヌとして従順になれる気がする。  そうして、たどり着いた学院の講堂。  私たちは成績1位のペアとして、皆に拍手で迎えられた。

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