母校の制服を着てすごすだけの簡単なアルバイトです 後編(イラスト差分つき) (Pixiv Fanbox)
Published:
2019-12-01 01:04:17
Edited:
2022-04-16 04:03:45
Imported:
Content
被験体チ5号、あるいはただチ5号。
僕に与えられたその呼称には、意味があった。
はじめの『チ』は年度ごとに、イロハ順に割り振られた記号。すなわち、僕が実験の初年度から8年めの被験体ということを表している。
ふたつめの『5』はその年度に、被験体に採用された順番。つまり、僕は今年度5番めの被験体ということである。
チ1号から3号までは、春の被験体。4号からが、この冬採用された被験体。
だから、今この屋敷の3階にいる被験体は、僕を含めて4号から6号の3人。
栗原さんに『チ6号』と書かれたネームプレートを胸に取り付けてもらいながら聞かされた話から、そう判断していた僕の考えは、夕食のために連れて行かれた食堂で裏切られた。
そこにいた女子制服姿の男子学生は、合計9名。チ4号から6号に加え、春の被験体であるはずのチ2号、昨年の被験体ト4号、さらに遡ってヘ3号と5号、ホ1号と3号。
(どうして……?)
すでに契約期間を満了したはずの被験体学生が、ここにいるのだろう。
その理由を誰かに訊ねることもできず、他の学生をジロジロ見ることもはばかられ、黙って席に着く。
僕の世話を栗原さんがしてくれているように、被験体学生にはそれぞれ世話係がおり、ひとりにひとりメイドさんが後ろに立っている。
そこへ、初めて見るメイドさんが、専用の台車に載せて食事を運んできた。
家の人誰かの専属ということではなく、家事全般を行うハウスメイドなのだろう。彼女が一礼し台車を残して去ると、世話係のメイドさんが、トレイに載せられた食事をそれぞれの学生に配る。
主菜と副菜、ご飯に汁もの。昼食を少しだけ豪華にした程度の食事を済ませたときである。
「被験体チ4号、5号、6号は、ここに残ってください」
ほかのメイドと学生たちの前だからか、僕のことも番号で呼んで、栗原さんが口を開いた。
「被験体生活初日を終えて、ここがおよそどういう場所かはわかったと思います」
わかっていた。ここでは結城教授が絶対的支配者。その部下たる世話係のメイドさんも、僕たちにとっては圧倒的強者。
「そのうえで、ここでのルールを説明します。まず、被験体たるあなたたちが自由に移動できるのは、この3階のみです。勝手に2階、および1階に立ち入ることは許されません」
というより、僕たち単独では3階から出られないのだった。
廊下の端にあるホームエレベーターの操作ボタンは、指紋認証機能つき。あらかじめ指紋を登録していない僕たちがボタンを押しても、エレベーターは動かない。
その反対側、搾精室と廊下を挟んだドアの奥は階段室だが、そこには鍵がかけられている。メイドさんは鍵を持っているし、火災等の非常時は自動的に開錠されるが、ふだん僕たちがそこから出ることはできない。
「3階は一応移動自由ですが、ほかの被験体の居室に立ち入るのは原則禁止です。また食堂の利用も、1日3回の食事のときのみとします」
要するに、自由に移動できるのは、自分の居室と廊下のみ。
『屋敷内の許された範囲内なら移動も娯楽も自由です』
結城先生が言った移動が許された範囲内とは、きわめて狭い場所だった。
おまけに許された娯楽とは、テレビと結城先生の著作だけだ。しかも僕の場合、まだテレビのリモコンをもらっていない。
ともあれ、与えられた食事は、味もボリュームも充分なものだった。
それでわずかに体力が回復した僕は、居室に戻るとシャワーを浴びることにした。
とはいえ、問題は貞操帯だ。
肛門に挿入された器具の異物感はあいかわらず凄まじいが、今の問題は鋼鉄のパンツの下をきちんと洗えるのかということ。
『手で強く押したり引いたりすれば、わずかに隙間が作れますよ』
栗原さんに言われたとおりにして、隙間にシャワーのお湯とボディソープの泡を流し込む。
『そうして隙間を作って、指が届くところはそれで洗ってください』
その言葉に従い、横ベルトの下と縦ベルトの後ろ側、肛門の器具の直上までを洗う。
『もちろん貞操帯という装具の性質上、手の届かないところはありますが、そこも泡と水流だけで充分洗えます』
さらにそう言われたとおりにすると、搾精でドロドロのカピカピになっていた部分も、すっきりさせることができた。
(でも……)
貞操帯で封印された股間を見ながら考える。
ペニスを収める施錠されたドームは、ふだんの僕のペニスよりひと回り小さい。硬い金属がまんべんなく密着している感覚からして、ギュッと押さえつけられて収められているのだろう。
(だから、もし……)
勃起させてしまうと、とてつもない苦しみに襲われる。
その恐怖と、きちんと洗えたことの安堵感がないまぜになった気持ちに囚われながら、入浴を終える。
貞操帯の上に替えのショーツを穿き、ブラを着け、体操服を身にまとう。
その体操服も、制服同様母校の指定品。デザイン自体は男女共通なので、それ自体には特に女子用を着ているという感覚はない。
ただし胸の校章の下、本来なら名前が刺繍されている部分には、ご丁寧に『チ5号』と刺繍されていた。
それで被験体としての身分を自覚させられながら、寝台にドスンと腰を下ろす。
そのときである。
「……ッ!?!?」
肛門を襲った衝撃に、目を剥いて息を飲んだ。
「……ッ、く、あ……」
悲鳴すらあげられず、口をパクパクさせた。
勢いよく腰かけたせいで、器具の部分に体重がかかり、肛門を抉られたのだと気づいたのは、衝撃が落ち着いてから。
「こ、これは……」
思いのほか大変だ。
急で乱暴な動作は禁物。特に腰かけるときには、気をつけなくてはならない。
そう思い知らされながら、ゆっくりと寝台に身を横たえる。
すると、緊張と激しい搾精行為の疲労からか、僕はすぐ眠りに落ちてしまった。
格子ごしにフィックス(はめ殺し)の窓から差し込む朝日に、僕は目覚めた。
目を開けると、昨日と変わらぬ居室の景色。お尻には、器具の異物感。それと接続され、股間周りにみっちりと貼りつく貞操帯。
眠る前、器具に肛門を抉られた記憶が甦り、ゆっくり慎重に身を起こし、トイレへ。
そこで、大きいほうができないことに気づいた。
被験体暮らしの緊張のためか、未体験の責め苦を経験したストレスのせいか、便意は切迫していない。
そのことが救いではあるが、いずれ排便しなければならない時はくる。
(そのとき、どうするんだろう……)
その不安は、小だけ済ませ、設えられた洗面台で洗顔をしてトイレを出、しばらくして解決することになった。
新たな苦痛と屈辱、羞恥とともに。
「おはようございます」
縦横高さ60センチほどの箱に小さなタイヤがついた装置を押して、栗原さんが現れた。
「朝の日課、排泄管理を行います」
「は、排泄管理……?」
「はい、昨日お着けした器具、そして貞操帯の名称をお忘れですか?」
言われて、ハッとした。
肛門に挿入され、固定されたのは、前立腺刺激機能つき排泄管理器具。その器具と接続された貞操帯は、前立腺刺激機能つき排泄管理貞操帯。
「この装置は、貞操帯とつないで排泄管理を執り行うためのものです……さあ、寝台に手をついて、お尻を私に向けてください」
「で、でも……」
前立腺刺激機能つき排泄管理貞操帯と栗原さんが押してきた装置を使い、なにをされるのかがわからない。
僕がそのことを口にすると、栗原さんは装置にホースを接続しながら答えた。
「それは、体験してみればわかります。多少の苦痛はともないますが、昨日の搾精よりずっと、身体への負担は少ないはずですよ」
その声から、僕に拒否権はないことがなんとなくわかった。
それは同時に、栗原さんにもこれからの行為を行わないという選択肢はないということ。それは絶対的支配者である結城教授が決めたことで、栗原さんも従わざるをえないのだということ。
つまり、僕が強固に拒絶すれば、栗原さんに迷惑がかかる。
昨日搾精の責め苦を与えられたにもかかわらず、その後のやり取りのなかで栗原さんへの好意を捨てきれない、いやかえって強くしていた僕は、そう考えて彼女の言葉に従う。
ベッドに両手をつき、高く掲げるようにお尻を突きだすと、栗原さんが体操服のパンツとショーツをずり下ろした。
カチリ。
小さな音が聞こえたのは、排泄管理器具の蓋を開けたときのものだろう。
カチリ。
もう一度聞こえたのは、装置のホースが器具に接続された音だ。
「それでは、排泄管理を開始します」
栗原さんがそう告げた直後、モーターが低く唸る音が聞こえた。
直後、シューとどこかから空気が抜けていく音。
それがホース内の空気が、送り込まれる液体に押されてバルブから抜ける音なのだと気づいたのは、それが肛門内に注入され始めたときだった。
「ひうッ!?」
突然侵入してきた液体に驚き、悲鳴をあげてビクンと跳ねる。
「動かないでください!」
厳しい口調で、栗原さんに命じられる。
「ただの浣腸液です。それに冷たくはないはずですよ」
たしかに液体は人肌に温められ、冷たくはない。
ただ、液体の正体そのものが問題だ。
「か、浣腸液……って?」
「グリセリン水溶液です。効率よく排泄を管理するために、まず便通を促す薬品を注入するのです」
「い、いや、待って……それって……」
「はい、浣腸で強制的に排泄させるということです」
「こ、ここで……?」
「そうです。排泄物も含めてそのまま装置に回収されますので、衛生面も臭いの点も、いっさい心配する必要はありません」
いや、僕が心配しているのはそれじゃない。
だがもしかすると、栗原さんにとってはそれが最大の心配事なのか。
そして僕たちが言い合うあいだにも、浣腸液の注入は続いていた。
「も、もう苦しいです」
どんどん強くなるお腹の圧迫感を栗原さんに訴えるが、応えてはもらえない。
「まだ500ccしか入ってませんよ。初めてでも1リットルは注入しないと」
「い、1リットル!?」
「ええ、排泄管理に慣れた人なら、楽に2リットルは入ります。プレイとして行うときには、3リットル入れることもあります」
「ひっ……」
不穏なワードの数々に、おののいて息を飲む。
500ccでも苦しいのに、1リットルなんて耐えられそうにない。さらに2リットルなんて、人のお腹に入るとは思えない。プレイで3リットルに至っては、もう意味がわからない。
恐ろしいことをあっさりと言う栗原さんは、僕に優しく接してくれる栗原さんと同一人物なのだろうか。
もしかしたら、別人が入れ替わっているのかもしれない。
あまりの苦しさにとりとめもないことを考えて耐えていると、栗原さんが口を開いた。
「まだ1リットルには到達していませんが、大量注入が苦しいなら、量を減らしますか?」
そう言って、僕に選択肢を与えてくれた。
「ただし注入量が少ないと、本格的に効果が出るまでの待機時間は長くなりますが……どうします?」
やはり、栗原さんは優しい。
極限状態でそう思わせられて、僕はカクカクうなずく。
「止めて、止めてください!」
ほんとうはどちらが正解なのかわからないのに、迷わずその道を選んでしまう。
「わかりました。それでは、注入を終了します」
僕の求めに応じて、栗原さんが装置を操作した。
直後、注入が止まる。
とはいえ、それで僕の苦しみが終わるわけではなかった。
注入量が500ccを超えたところの苦痛が、強くも弱くもならずにそのまま続く感じ。
そこへ、浣腸液が効能を発揮し始める。
内容物を外に押し出そうと、腸がぜん動運動を始め、お腹がグルグルと鳴り始める。
「ど、どのくらい我慢すれば……」
括約筋に力を込め、肛門で器具を食い締めながら訊ねると、栗原さんの口から絶望的な言葉。
「待機時間は、注入量に合わせて変化します。その判断は装置のAIに委ねられますので、正確には申し上げられませんが……1リットル注入時でおよそ5分ですので、おおむねその2倍でしょう」
つまり、この塗炭の苦しみが10分近く続くということだ。
「そ、そんなに耐えられない……」
絶望感に囚われ、苦悶しながらつぶやいたときである。
「耐えなくてもけっこうですよ」
栗原さんが、予想外の言葉を口にした。
「えっ、今なんて……?」
「耐える必要はない、と申し上げました」
「そ、それは、どういう……?」
「お忘れですか? お尻に挿入された管理器具は完全固定され、肛門は隙間なく密封されております。そしてその器具に、装置は専用のホースで接続されています。装置のAIが排泄開始を判断しないかぎり、逆流はしませんし、外に漏れる恐れもありません」
言われて、ハッとした。
『衛生面も臭いの点も、いっさい心配する必要はありません』
浣腸が開始されたときの、栗原さんの言葉。その真意は、こういうことだったのだ。
とはいえ、栗原さんに好意を抱く僕は、彼女に騙されたなどと思うことはできなかった。
そもそも、これは栗原さんが望んでしていることではないのだ。規則で決められ、命じられたことを実行しているだけなのだ。
500ccを超えて注入された浣腸液の苦しさと、それがもたらす猛烈な排泄欲求に悶絶する僕は、栗原さんの顔に酷薄な笑みが浮かんでいることにも気づけず、そう考えてしまう。
「5分経過しました」
栗原さんが、時間の経過を告げる。
つまり、もし1リットル注入を受け入れていれば、すでに排泄を許されていたということだ。
1リットル注入されていたら、苦しみはもっと大きくなっていただろうと考えることもできず、僕は後悔の念に苛まれる。
栗原さんが当初決めていた1リットル注入を、受け入れなかったことを悔いる。
つらい、つらい。
苦しい、苦しい。
搾精と同じくらい、いや、もっとつらくて苦しい。
でもそれは、僕が誤った道を選択してしまったからだ。
栗原さんの決定を受け入れて、素直に従っていれば、すでに苦しみの時間は終わっていたのに。
実のところ、そう思わせられるよう、僕は栗原さんに仕向けられていた。
どちらを選んでも、装置による浣腸には搾精とは別の苦痛があった。というより、栗原さんは苦痛を味合わせるつもりだった。
『多少の苦痛はともないますが、昨日の搾精よりずっと、身体への負担は少ないはずですよ』
浣腸前にそう告げたのも、搾精より苦しいのは僕が選択を誤ったからと思わせるためだった。
とはいえ、それはのちに思い出してわかったこと。
そのときの僕は、栗原さんの思惑に気づけなかった。
(だ、だから……これからは、栗原さんの決めたとおりに……)
気づけなかったため、これからはすべて栗原さんに従おうと心に決めてしまった。
そのことを、耐えがたい苦痛のなかで、うわごとのようにひとり言ちたとき――。
ピーッ、と電子音。
「排泄が開始されます」
栗原さんが告げた直後、お腹がわずかに楽になった。
しかし、排泄物が肛門を通過する感覚はない。
注入時より勢いよく排泄されるせいか、金属製の器具の振動を感じるのみ。
その振動のせいだろうか。肛門内の一点に、なにかが当たる。
貞操帯前面の小さなドームに閉じ込められたペニスの奥が、キュウンと締めつけられるような感覚。
器具先端付近の黒い突起が前立腺に当たっているのだと気づいたところで、あらためて貞操帯の名称を思い出した。
前立腺刺激機能つき排泄管理貞操帯。
つまり、これが前立腺刺激機能なのだ。排泄の勢いで器具が振動することで、その機能が発揮されているのだ。
はたしてそれは、偶然の産物なのか、計算づくのことなのか――。
僕のなかで結論が出ないうちに、排泄が終わった。
「引き続き、洗腸を行います。浣腸液と同量のぬるま湯を注入し、すぐに排泄させます。苦痛はずっと軽いはずですよ」
腸内に液体を入れられることに慣れたせいか、その言葉のとおり注入は先ほどより楽だった。ただのぬるま湯ゆえ腸のぜん動運動も起きず、待機時間もなく、注入完了後すぐ排泄を許された。
再び前立腺への刺激を感じながら排泄を終え、器具の蓋を閉められて施錠され、ショーツと体操服のパンツを直してもらう。
「それでは、装置を片づけて参ります。すぐに朝食の時間ですので、制服にお着替えのうえお待ちください」
そしてそう言うと、栗原さんは装置を押して部屋を出ていった。
「ふぅ……」
と息を吐き、肛門を器具に抉られないよう、ゆっくりと寝台に腰を下ろす。
少しずつ器具が馴染んできたのだろうか。装置を片づけて戻ってきた栗原さんに、食堂に連れていってもらったとき、昨夜より肛門の異物感は小さくなっていた。
同時に、それが常に緩い快感を生んでいることに気づいた。
それはおそらく、昨日時間をかけて肛門性感を開発されたからだろう。性感を開発されたそこを、絶えず器具で押し拡げられているからだ。
そして器具が生む肛門の快感は、歩いているときいっそう強くなった。
貞操帯に固定された硬い器具は、微動だにしない。対して、それを挿入された僕の肛門の肉は柔らかい。
柔らかい肛門の器具は一歩足を運ぶたびにつられて動き、硬い器具に擦りつけられた。
その刺激が、じっとしているときより、いくぶん大きい快感を生んでいるのだ。
とはいえ、あまり快感を覚えすぎてはいけない。
でないと、貞操帯の小さい金属製ドームに閉じ込められたペニスが、勃起してしまう。
そう考えて、僕は少しでも刺激が小さくなる歩き方を模索した。
できるだけお尻の筋肉に力が入らないよう、脚を大きく動かさないように。足を高く上げず、遠くまで運ばず、手もあまり振らず、内股ぎみに、ちょこちょこ歩くイメージで。
そうしてたどり着いた食堂では、ゆっくり椅子に腰を下ろした。
それでもわずかに体重がかかり、ほんの少し強く肛門を刺激し始めた器具から意識を逸らすため、内股に力を込めて膝をそろえることに集中した。
そして今も、僕はその座りかたをしている。
(でも……)
ぴったり揃えてスカートの布に覆われた脚の上に、軽く握った手を置いた自分の姿を見て、ふと思う。
(これって、女の子の座りかた……?)
そう思って気づく。
(そういえば、さっきの歩きかたも、女の子の……)
そして、顔を上げると、昨日読んだ結城教授の著作の背表紙が視界に入った。
『服が女を作る』
その説は、おそらく正しいのだろう。
そしてもしかすると、僕に嵌められた貞操帯は、その心の動きを促進する効果があるのかもしれない。
この実験は服が女を作る効果が、男子大学生に働くのかどうかを確かめるためのものであると同時に、貞操帯もそれに寄与するかどうかの実験ではないのか。
今行われている行為の目的を知らされていない僕は、呑気にもなんとなくそう考えていた。
結城教授と、ひいては栗原さんの真意を深く考えようともしないまま。
ひとり居室に取り残された僕には、小さな後悔があった。
それは特に深刻なことではなく、テレビのリモコンがないと栗原さんに告げるのを、忘れていたこと。
とはいえ、昨日と同じように、それだけで栗原さんを呼びだすのははばかられる。
結城教授が絶対的支配者と知った今、彼女の著作を読むのは精神的にちょっとつらい。
そこで僕は、お昼までの時間つぶしに、廊下に出てみることにした。
そして、居室のドアを開けたときである。
偶然同じタイミングで向かいのドアが開いた。
「あ……」
そこから現れた、紺のブレザーと青系チェックスカートの学生と目が合い、変な声を出してしまった。
「おはよう……と挨拶するのも変かな、さっき食堂で会ったものね」
にっこり笑う学生のネームプレートに書かれた番号は、ホ3号。イロハの順番からして、3つ年上の4年生だ。
しかし、目の前のホ3号さんは、僕より年下にしか見えなかった。
食事のときは後ろで束ねていて気づかなかったのか、髪は背中の半ばまで届くサラサラのロングヘア。眉は綺麗にカットされ、まつ毛は美しくカールして目はぱっちり。まるで、ほんものの女子高生のよう。
「どうしたの? ボクの顔になにか付いてる?」
そう言う声は高く、女の子のものとしか思えない。一人称の『ボク』も、漢字の『僕』ではない感じ。
ともあれ、僕は彼女――いや彼の顔に見惚れて呆けていたようだ。
「あ、いや……かわいかったので、つい……」
そこで思わず本音を口にしてしまってから、ハッとする。
「す、すみません。先輩に向かって、かわいいだなんて……」
しかし僕が非礼を詫びると、ホ3号さんはほんものの女子高生がするように、胸の前で両手を振った。
「ううん、全然へいき。てか、かわいいと言ってくれてありがとう……でも、チ5号ちゃんもかわいいよ」
「えっ……?」
それは、思いがけない言葉だった。
「ううん、かわいいというより、女の子としてかっこいい感じ。髪もまだ短くて、なんかこう……運動部の憧れの先輩って感じでさ」
「えっ、えっ……ほんとう、ですか?」
信じられなかった。
同時に、なぜか嬉しかった。
ほんものの女子高生かと見まがうほどのホ3号さんにそんなことを言われ、告白されたような気持ちになった。
とはいえ、ホ3号さんは、ほんとうは3つ年上の先輩男子大学生だ。今はセーラー服を着ているが、僕も男子学生だ。
そのことを思い出したのか、ホ3号さんがぷっと吹いた。
つられて僕も、くすりと笑った。
ともあれ、それでホ3号さんと打ちとけることができた気がして、昨日から気になっていたことを思いきって訊ねてみる。
「ホ3号さんは、なぜ被験体を続けてるんですか?」
そこで、ホ3号さんが一瞬キョトンとした。
「なぜって……契約を延長したからだよ」
そして、さもあたりまえのことのように告げた。
「契約を……延長?」
「うん、短期アルバイトと同じ条件で、卒業までの長期契約に切り替えたの」
短期アルバイトと同じ条件。すなわち日給3万円。1年365日で――。
頭のなかで総額を計算して、息を飲んだ。
「おまけに、さ……」
そこで声の調子を落とし、ホ3号さんがさらにすごいことを教えてくれた。
「結城教授の噂がほんとうだということは聞いた?」
「は、はい」
「そのお力で、被験体の学生は、ここにいるだけで卒業の資格が得られる。そのうえ卒業後の進路の希望があれば、たいていのことは結城教授が叶えてくれるんだよ」
ふつうなら、にわかには信じられない話だが、結城教授の真実を知った今なら納得できる。
とはいえ、契約延長した学生はホ3号さんを含めて6人。全員同じ条件だとすれば、とてつない出費だ。
結城教授には想像を絶する権力財力があるとしても、どうしてそこまで――。
「それはね……」
その疑問に、ホ3号さんが声をひそめて答えかけたときである。
「そこまでです!」
エレベーターの扉が開き、現れた栗原さんが、大音声で叫んだ。
「ホ3号、おしゃべりが過ぎますよ! 今すぐ居室に戻りなさい!」
そしてホ3号さんに毅然と命じてから、僕に向き直り。
「この続きは、搾精室で私がお話しします」
厳しい口調で告げた。
「ホ3号のおしゃべりにも困ったものです」
搾精室に入ると、ため息混じりに栗原さんが口を開いた。
廊下で厳しく告げたのは、ホ3号さんの手前、そうせざるを得なかったのだろうか。今はもう、そのときの険はもう消えている。
「彼には担当のメイドから罰が与えられるでしょうが、一応新見さんにも、形ばかりのお仕置きをしなくてはなりません」
そう言うと、栗原さんが棚から縄の束を取り出した。
「これはいったん外しておきましょう」
そして、制服の胸のネームプレートを取り外し。
「両手を背中に」
縄束のひとつをほぐし、ふたつ折りにした縄を、背中で組んだ僕の手首に巻きつける。
ひと巻き、ふた巻き、力を入れれば抜けてしまいそうなほど緩く、僕の手首を縛る。
手首の縄の緩さで、言葉どおりこれは形ばかりのお仕置きなのだと思ったところで、手首を縛った縄の残りを胸に回される。
「実のところ、ホ3号の言葉は、すべて事実です」
言葉を続けながら、襟のV字の下端あたりで、制服ごしにみっちりとふた巻き。そこでいったん縄を留めて、新しい縄を結びめに絡めて足す。
「短期の被験体アルバイトで特に優秀と認められた者には、契約満了後、結城教授から卒業までの長期契約への切り替えが提案されます」
そう言いながら、最初の胸縄の10センチくらい下で、さらにふた巻き。
そのあたりから、縛りに厳しさが増してきた。
背中側で絡めて留めた縄の残りを腕と胴体のあいだから身体の前側に引き出され、その縄を胸縄に絡めて再び背中側に戻してキュッと絞られる。
閂《かんぬき》という縄目――その名前は、ずいぶんあとに教えられた――を施されてからは、上半身が固められたように動かせなくなった。
(もしかして……)
その頃から、僕は疑いを持ち始める。
手首に縄をかけられたときは緩いと思った縛りが、縄を足されるほどにどんどん厳しくなっていった。
それと同じように、形ばかりとして始められたお仕置きも、どんどん厳しくなっていくのではないか。
だとしても、栗原さんが最初からそのつもりで、僕を騙したというわけではないだろう。
たぶん栗原さんは、そういう性指向をっているのだ。好きになった男の子に女子制服を着させて責めるうちに昂ぶり、さらに厳しく責めてしまう性癖なのだ。
昨日の搾精、今朝の排泄管理、僕を責めているときの彼女の表情を思い出し、そうではないかと思った。
でもなぜか、嫌だとは思わなかった。
むしろ心のどこかに、女子制服を着せられたまま、栗原さんに責められたいという気持ちが生まれていた。
それほどまでに、僕は栗原さんに惹かれているのか。それとも僕が、もともとそういう性指向を持っていたのか――。
漠然と考えていると、栗原さんが僕の縄尻を引いた。
「こちらへ」
緊縛の身の僕を、奥の壁近くの柱の前に立たせ。
「これは搾精柱です」
使途不明だったそれの名前を告げ、僕の縄尻を柱に結びつける。
それだけで僕は、柱を背負った状態で動けなくなった。
しかし、拘束はそれで終わりではなかった。
「うふふ……」
薄く嗤った栗原さんが、僕の首に縄を巻きつける。それで締まらない程度のきつさで首を縛り、残った縄を柱に結びつける。それでもまだ余った縄で、柱ごと額を縛る。
これで、僕の頭は柱に縫いつけられた。
だがそれでも、栗原さんは満足しなかった。
「うふふ……」
妖しく輝く瞳で僕を睨《ね》めつけ、新たに取り出した縄を柱に結ぶ。
それから上側の胸縄に重ねるように柱ごと胸を縛り、残った縄を左肩から右わき腹へ。再び柱に絡めて、今度は右肩から左わき腹へ。僕の上半身でX字を描くように、僕の上半身を柱に縛りつける。
「うふふ……」
嗤いながらさらに新しい縄を取り出し、めくり上げたスカートごと腰のあたりを縛る。
それで貞操帯の上に穿いたショーツを露出させるとともに、腰も柱に縫いつける。
そこでまた新しい縄を手に、僕の前にしゃがみ込んで――。
栗原さんが、にやりと嗤って僕を見上げた。
「少しですが、精液を漏らしていますね。ショーツに染みができていますよ」
「えっ……?」
「排泄管理のときですか?」
たぶん、そうだ。
排泄のとき器具が振動して、それで前立腺が刺激され、ほんの少しだけ射精してしまったのだろう。
「やはり新見さんは、被験体としてすごい才能があるのですね」
そして語りながら、栗原さんは僕の脚を縛り始めた。
「前立腺の感度には、個人差があります……」
そう言いながら、まず足首をひとつに縛り、閂の縄目を施してから柱に縛りつける。
「人によっては、どれだけ前立腺を刺激しても、射精に達しない人もいます。そうじゃなくても、はじめのうちはペニスの刺激を併用しないと、射精に到達しないことが大半です」
それで昨日、栗原さんは僕に亀頭マッサージも併用したのだ。
「そして一度の搾精責めで、前立腺だけで射精できるようになるケースは、それほど多くないのです。にもかかわらず、新見さんは今朝、排泄時の器具の振動による刺激だけで、わずかに射精してみせた」
そこで、僕の太ももを柱に縛りつけ終えた栗原さんが立ち上がった。
そして唇の端を吊り上げて冷たく嗤い、妖しい光を宿した瞳で僕を見すえた。
「この実験の当初の目的は、女子制服を着用させ続けることで、男子大学生の態度やしぐさも女子のものに変化するかを確かめること。とはいえその結果は、すでに出ています」
それは、ホ3号さんを見れば理解できた。
3年以上毎日女子制服を着続けた彼女、いや彼は、もはや女子高生そのものになっていた。
ではなぜ、結城教授は新たな被験体を募り、こんなことを続けようとするのか。
「その目的は、搾精です」
「えっ……?」
「女子化させた男の子を搾精して得た精液を毎日摂取することで、若さと美しさを維持できる。結城教授はそうお考えなのです」
「そんな……まさか……」
「信じられませんか? でも実際、教授は若さと美を維持しておいでになります。それになにより、ここでは結城教授のお考えがなにより優先されます。そして……」
そこで黒目がちな瞳をいっそう妖しく輝かせ、栗原さんが新たな縄を手にした。
「私は、新見さん……いえ周くんのようなかわいい男の子を女子化させ、苛めながら搾精責めするのが、大好きなのです」
それは、昨日栗原さんが言いかけてやめた言葉だった。
『新見さんのことを、ただの被験体と思えなくなったからです。私は……』
その続きの言葉だった。
厳重に緊縛され、柱に縫いつけられた僕を前に、栗原さんが本性を顕わす。
「うふふ……」
嗜虐的な笑みを浮かべ、手にした縄の真ん中ほどに結びめを作る。
「あーんして」
そう言って開かせた僕の口に、縄の結びめを押し込む。
そして柱ごと縛って縄の猿轡を噛ませると、栗原さんは僕の肩に手を置いた。
その手を縄のかかる二の腕へと動かす。
「うふふ……うふふ……」
愉しそうに嗤い、僕の身体を制服ごしに撫でながら、再びしゃがみ込む。
柱に縛りつけられた僕の前にひざまずき、前立腺刺激機能つき排泄管理貞操帯を覆うピンク色のショーツを、鋏で断ち切ってしまう。
「契約延長後は、搾精した精液はすべて容器に採集され、結城教授の元に届けねばなりません。ですが、試用期間である短期契約のあいだは……」
そして僕にメイド服のポケットから取り出したリモコンを見せつけながら、白魚のような指でスイッチを押し込んだ。
その直後――。
「ぅあぁあああッ!?」
器具先端付近の黒い突起に前立腺を叩かれ、僕は目を剥いて叫んだ。
「んぅんぁああッ!」
貞操帯のドームに窮屈に閉じ込められたペニスの奥がキュウンと締めつけられて、もう一度。
そこで、栗原さんが貞操帯のドームを口にふくんだ。
「あぃお(なにを)……?」
その行為に驚いたところで、さらにもう一撃。
「んぁあぁあああッ!」
あられもなく喘いだ瞬間、身体の奥から熱いなにかが流れ出た。
小さいドームの中で縮こまったままのペニスから、ドロリと射精。
それがドームに切られたスリットから溢れ出る。
溢れ出たそれを、栗原さんが舐めすする。
「あぁ、ぅいぁあぁん(栗原さん)……」
その声には答えず、ドームに口をつけたまま、栗原さんが再びスイッチを押した。
「あぅうぅうううッ!」
くるおしく喘いで、また射精。
ドームのスリットから溢れた白濁液を、栗原さんがすすり、喉を鳴らして飲み下す。
「美味しいわ、周くん」
いったん口を離し、僕を見上げてそう言って、さらにもう一度。
「あぅうぁあああッ!」
艶めいて喘ぎ、射ち出した精液をすすられながら、僕は不思議な幸福感に包まれていた。
(栗原さんが……美しく気高い栗原さんが……)
ドームのスリットに直接口をつけ、僕の精液を飲んでくれている。飲んで、美味しいと言ってくれる。
そのことが、嬉しくて――。
いや、違う。
栗原さんが精液を飲んでくれることが嬉しいんじゃない。
彼女の手で厳重に拘束されて、いいように支配されて、思うさまに責められることが、僕にとって至上の悦びなのだ。
その悦びさえあれば、ほかになにもいらない。
ペニスの刺激なんてなくても、栗原さんの責めだけあればいい。
性器で得られる快楽なんて、この悦びに比べたら児戯に等しい。
延々と前立腺を器具で責められ、繰り返される強制射精のなかで、僕は朦朧としながらそう考えるようになっていた。
そのあと栗原さんの推薦もあり、卒業までの長期契約を結城教授に打診された僕は、迷わずその申し出を受けた。
そして3年。
卒業まであと数ヶ月という冬のある日、僕は居室のテレビを見ていた。
そこに映るのは、監視カメラが捉えた廊下を挟んで向かいの居室内の映像。そのなかで、昨日短期の被験体アルバイトに入った女子制服姿の男子学生が、居室から出るためにドアに歩み寄る。
それを確認してテレビを消し、彼が廊下に出るタイミングを見計らっってドアを開ける。
「あ……」
廊下で僕と鉢合わせになった、襟カバーつきセーラー服の学生が、変な声を出した。
「おはよう……と挨拶するのも変かな、さっき食堂で会ったものね」
3年前、ホ3号さんが僕にかけたのと同じ言葉を、新規の被験体学生ル6号にかけると、彼は目を見開いて僕を凝視した。
「どうしたの? 僕の顔になにか付いてる?」
僕に見惚れたような表情のル6号ににっこり笑って訊ねると、彼がドキマギして答える。
「あ、いや……かわいかったので、つい……す、すみません。先輩に向かって、かわいいだなんて……」
「ううん、全然へいき。てか、かわいいと言ってくれてありがとう……ル6号ちゃんもかわいいよ」
そういえば、彼の反応はあのときの僕と同じものだ。
彼に返した僕の言葉も、ホ3号さんと同じものだ。
「えっ……?」
かわいいと言われてとまどう、まだ髪の短い彼に、またホ3号さんと同じ言葉を返す。
「ううん、かわいいというより、女の子としてかっこいい感じ。髪もまだ短くて、なんかこう……運動部の憧れの先輩って感じでさ」
「えっ、えっ……ほんとう、ですか?」
その言葉にも、彼はあのときの僕と同じ反応を示した。
そしてそのあと、やはりホ3号さんがしたように、長期契約の話をしたときである。
「そこまでです!」
エレベーターの扉が開き、ル6号の世話係のメイドさんが現れた。
「チ5号、おしゃべりが過ぎますよ! 今すぐ居室に戻りなさい!」
「もうしわけありません!」
最敬礼で詫び、居室に戻って、ふぅと大きく息を吐く。
そこで、栗原さんが居室の扉を開けた。
「うふふ……上出来でしたよ」
彼女がほほ笑んでそう言ってくれたことで、有望な短期被験体を長期契約に導く一助ができたことを確信し、胸を撫で下ろした。
「ところで、周くん自身のことですが……ほんとうにいいんですか?」
それは、先だって希望した卒業後の進路のことだ。
「この屋敷で、メイドとして働くなんて……」
僕がそうすると決めた理由は、あのときの栗原さんの言葉。
『私は、新見さん……いえ周くんのようなかわいい男の子を女子化させ、苛めながら搾精責めするのが、大好きなのです』
「卒業後も屋敷でメイド服を着てメイドとして働けば、僕は女子化したままでいられるでしょう? 栗原さんは、女子化した僕を苛め続けられるでしょう?」
僕がそう言うと、栗原さんは少し照れたように笑い、僕をギュッと抱きしめてくれた。
「ほんとうに、いいのですか? もしそうなったら、一生前立腺刺激機能つき排泄管理貞操帯を嵌められたままですよ?」
抱きしめられながらかけられた言葉に、彼女の腕の中でコクンとうなずく。
「一生男の子としての快楽は与えられず、私にすべてを管理され、苛められて暮らすんですよ?」
その言葉にも、迷いなく。
すると栗原さんはいっそう強く僕を抱きしめてくれた。
そして、僕の耳元でささやいてくれた。
「わかりました。望みどおり、周くんを一生支配して、管理して、苛め抜きながら、搾精してさしあげます」
(了)