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異世界の奴隷性女 第3部 後編  荒縄できつく縛られた灯里が、なにごとかと集まった群衆の中を連行されていく。  縄尻を握るのは、兵士のなかでも特に選ばれた屈強な者。前後を固めるのは、完全武装の騎士と兵士数十人。  ひとりの女の連行には厳重すぎる警備は、灯里が聖女だからである。  折りしも先だってコナベートからほど近いイキーラの町で、聖女の再来とされた女が市中引き回しのあと、凄絶な責めを受けて処刑されたばかり。  それと入れ替わるように現われた聖女の再来に、コナベートの支配階級は神経をとがらせていた。 「ホライゾンタルが邪悪なる者に支配されんとするとき、聖女顕われ、衆生を救わん。其は文字は読めども書けぬ教養なき者ども、卑しき身分の者どもの中より生まれ、暗き路を照らすともしびとならん」  その神経を逆なでするように、群衆のなかからジンバラの伝承が暗唱された。 「何者だ! 黙らせろ!」  騎士が叫び、兵士が群衆をかき分け始めたところで、逆方向からも。 「何度捕らえようとも、何人処刑しようとも、聖女は再び顕われる!」  さらに、別の方向からの叫び声。  いずれも、アントンの手の者である。  そう、すべては彼女の策だった。  帝国全土を震撼させ、大陸エルデ支配を揺るがせる事態に発展させると同時に、灯里の望みを叶えるための、乾坤一擲の作戦であった。  そのために、灯里は覚悟を決め、一芝居打ったのだ。  その覚悟を秘め、灯里は胸を張って引かれていく。  集まった群衆の目に、自分が聖女として映るように、凛として堂々と。  群衆が口々に暗唱するジンバラ聖女伝説と、聖女は再び顕われるとの声を聴きながら。  その頃、アントンは灯里の荷馬車を見つけた場所に向かっていた。 「いまだ、魔法の気配は続いています」  作戦を実行に移す前、送られてきた崩れた岩山を見張っていた仲間の通信。それは岩の下敷きになっている人物がいまだ生きていること、その人物がラウラ・コペンハーデであることの証明でもあった。  アントンがかの地を去って10日以上。鎮痛と治癒の魔法に要する魔力は戦闘魔法ほどではないとはいえ、これほど長きにわたって発動し続けられるのは、帝国広しといえどラウラしかいない。  そう確信したからこそ、アントンは作戦を実行に移したのだ。 「帝国全土を震撼させ、大陸エルデ支配を揺るがせる事態に発展させる……」  それは、作戦のいわば『公』の部分。 「そして同時に、灯里の望みも叶えられる……」  そちらは、『私』の部分。  自分のなかで、公私どちらが優先事項なのか、アントン自身にもわからない。  『公』の望みは、物心ついて以来のもの。彼女だけでなく、つき従う多くの仲間と共有するもの。  対して『私』の望みは、ここ10日ほどの、しかもひとりアントンだけもの。  にもかかわらず、アントンのなかでふたつの望みは、等価で並び立つものになっていた。  それほどまでに、彼女のなかで灯里の存在は大きくなっていた。  とはいえ大事を成す人物は、えてして公利公欲と私利私欲が一致する。公のために成したことが、私を利する結果となり、私のために成したことが、公の利益にもつながる。  そんなアントンの、のちに復興することになる母国で救国の英雄として名を残す戦闘魔法師の、ただひとつの迷いは――。 「皮肉なものね……初めて恋した女の望みを叶えてやることが、その女との別れになるなんて……」  その迷いを振り切るように馬を飛ばし、アントンはその地を目指した。  群衆が集まる旧市街の広場を、全裸に剥かれた灯里が引かれていく。  短く刈られた茶色がかった黒髪。軽装甲冑のものに似た日焼け跡の残る小麦色の肌。あどけなさの残る顔立ちとは不釣り合いな大きい乳房の先端には、乳首を貫いて穿つピアス。 「聖女さま!」  その聖女アーサの市中引き回しを彷彿とさせる姿に、群衆のなかから声があがる。  実のところ、それはコナベートの支配階級が一番恐れたことであった。  そのため、カルラ・ベルンハルトがしたように――実のところ、それはイリアが意図したものであるが――聖女アーサの市中引き回しで使われた拘束具を、彼らは使用しなかった。  灯里の腕を後手に縛るものは、鉄の枷ではなく荒縄。  鉄の首輪も用いられず、代わりに施されたのは木製の軛《くびき》。  自決と勝手な発言を封じるために噛まされた轡は、ラウラの口枷とは違う形状。  公開調教じみた鞭打ちも施さず、軛につながれた荒縄を引くのは、調教師ではなく帝国公教会の巫女。 「聖女さまの再来だ!」  そこまで配慮してなお、群衆からその声があがるのは、灯里の容姿があまりに聖女アーサに似ているから。  乳首に嵌められたピアスの効果により、聖女アーサと同じように、性的に昂ぶった状態に貶められているから。  アントンの仲間による扇動とも相まって、人々のあいだに聖女引き回しの記憶が蘇る。  そのせいで群衆が口々にジンバラ聖女伝説を暗唱し、灯里に聖女と声をかけるなか、一行がたどり着いたのは、急ごしらえの木製の台に乗った帝国公教会神官の前。  コナベート支配階級は、灯里を通常の裁判ではなく、公教会による宗教裁判にかけると決めた。  それは、逮捕連行時の新市街市民の反応を知ったからである。  義賊として人気の出始めた聖女の再来を裁くことによる市民の不満を、自分たちではなく帝国公教会に向けさせようとしたのだ。  それもまた、アントンの工作によるものだった。コナベート支配階級に食い込んだ彼女の仲間が、そうするよう進言したのだ。  そして帝国への忠誠心より、帝国最大の経済都市の支配者という自らの立場を守ることに汲々とする彼らは、その進言を受け入れた。  さらにアントンは、宗教裁判における、公教会の最高刑を知っていた。 早々に火消しを図ろうとするコナベート支配階級が期待し、その期待に応えるというより、押しつけられた面倒事をさっさとかたづけたい公教会が出す判決を予想していた。 「ミネヤマ・アカリを晒し放置処刑に処す!」  その予想どおりの判決を、神官が灯里に言い渡した。  晒し放置処刑。  その判決を即座に執行するため、かつては軍事的な要衝であった町を守るための、今は旧市街と新市街を隔てるための、高い城壁の上に組まれた仮設の櫓の上に灯里は立たされていた。  その中央部には、ひと抱えほどもある太い柱。その柱を背中で抱くように、灯里は後手で縛られていく。  公教会による晒し放置処刑とは、被害者を何人たりともけっして手を出せない場所に拘束、絶命するまで放置するという残酷な処刑である。  刑を受ける者が生きて解放されることは絶対にないし、拘束が緩んだからといって縛り直しに行くこともできない。そのためか、刑吏の縛りかたは残酷きわまるものだった。  全身のなかでも一番肉が薄いはずの手首に、太めの荒縄が半ば埋まるほどきつく巻き、ギュッと固く結ぶ。それから反対側の手首も同じようにきつく縛り、また元の手首。  それを何度か繰り返し、灯里が柱を背中で抱いた状態から動けなくして、刑吏は新しい縄を手に取った。そして乳房の下あたりで柱ごと灯里の胴体を縛ると、あらかじめウエストのあたりで柱に巻きつけられていた縄を手に取った。 「少し脚を開け」  刑吏はそう言うとニヤリと笑い、その縄を灯里の両脚のあいだに通し、乳房の下の縄にくぐらせて――。 「ふぐぅううッ!?」  ぐいっと引き上げられた縄が股間に食い込み、灯里がくぐもった悲鳴をあげた。 「ふグゥううッ!」  もう一度。 「ぅグゥううッ!」  さらにもう一度。  股間に食い込む縄を引き絞られるたび、灯里が苦悶する。割れめに縄が食い込み、反動で乳房のあたりにかけられていた縄が、おへそのあたりにまで下がる。 「うグゥああッ!」  少しでも食い込みを和らげようと、自然と踵を浮かせる。 「ぅぎぁああッ!」  踵を浮かせたぶん、刑吏がさらに股間の縄を引き絞る。  そして灯里がつま先立ちになったところで、刑吏は再び脚のあいだに縄を通し、背中側で縄止めしてしまった。 「ぅぐぅうぅう……」  ふたつ折りにした縄を往復2回、都合4本の太い縄が割れめに埋まるほどきつく股間を縛られ、灯里が苦悶する。  しかし、拷問じみた残酷な拘束は、それで終わりではなかった。  頭の上あたりで柱に縄を巻きつけ、固く結んだ残りの縄を、刑吏が灯里の首に巻きつける。  そして首が絞まる寸前の強さで縛り、縄を留めてしまった。  もう、つま先立ちの状態からピクリとも動けない。  少しでも足の力を抜けば、首が絞まってしまう。  実際には力を抜いても股縄が体重を受け止めてくれる。そのため呼吸や血流が止められるほど首が絞まることはないが、そのぶん割れめにいっそうきつく食い込んでしまう。  それでもまだ飽き足らないのか、残った縄を使いきらないと気が済まないのか、刑吏は緊縛の手を緩めない。  乳房の上、その下、さらに腕。それぞれの箇所で荒縄を食い込ませられるだけ柔肌に食い込ませ、灯里を柱に固縛してから、ようやく刑吏が櫓を降りた。  そこから、仮設櫓の解体が始まる。  刑吏が立っていた台の部分。それを支えていた支柱。数十人の兵士の手で、仮設櫓は灯里が縛りつけられた柱とつま先立ちの足を乗せる部分を残し、瞬時に解体されてしまった。  ぼんやりと他人事のように、足下を見る。  足の位置から、城壁の上まで数メートル。城壁の下の地面までなら、十数メートルの距離があるだろう。  その高さで柱に縛りつけられて放置され恐怖を感じないのは、肉体が乳首ピアスの淫なる魔力に侵されているからだ。  淫なる魔力に侵された状態で、股間に荒縄をきつく食い込まされたからだ。  いや、鞭の痛みすら快感に変換してしまうピアスの魔力が効いているのは、股縄だけではない。  手首も、腕も、胸も、首の縄ですら、硬く太い荒縄が柔肌に食い込む痛みが、快感に変換されている。 「んふぅうん……」  そのせいで、吐息に甘みが混じる。 「んぅううん……」  口奥深くに侵入し、舌を顎に押さえつける構造の轡を噛まされた口から、涎が溢れる。 「んぁああん……」  荒縄が食い込む割れめから、熱い蜜が溢れる。  そしてそれは、十数メートル下の群衆には伝わらない。  彼らの目には、煩悶とする灯里の姿は、地獄の責め苦に苦悶する聖女の姿としか映らない。  そのため、群衆――支配階級に虐げられてきた新市街の住民たちのあいだに、帝国そのものに対する憎しみが生まれ始めた。  それは、アントンの思惑どおりの事態だった。  貴族や金持ちから奪い、貧しき者に分け与える義賊の聖女に対する感謝。  その感謝の対象を残酷に処刑するコナベート支配階級、すなわち帝国貴族と、帝国公教会への不満。  さらに、アントンの仲間によって広められた、ジンバラの聖女伝説の一節。  ――ホライゾンタル《水平世界》が邪悪なる者に支配されんとするとき――。  帝国こそ、その『邪悪なる者』ではないのかという思いが群衆のなかに広がっていく。  ここでなにかひとつ、聖女が奇跡を見せれば、群衆は――。  とはいえ灯里の状態が群衆に伝わらないように、快感に酔い始めた灯里にも、群衆の空気は伝わらない。  それどころか、高まる性感のせいで、群衆そのものが見えなくなっていく。 「ぅう……ぁあ、あ……」  全身を食い締める荒縄の刺激で、恍惚の状態に貶められていく。 「ぃう、あっ……ッ!?」  ときおりよろめき、バランスを崩す。  股縄が割れめにいっそうひどく食い込むとともに、首縄が絞まってハッとする。  しかし、それは一瞬のこと。  割れめに食い込み、首を絞める縄の刺激すら新たな快感に変換され、灯里はますます昂ぶらされる。 「あぅ、あぅ、あぁう……」  轡を嵌められた口から漏れる声は、もはや喘ぎ声以外のなにものでもない。 「あぁう、あっ、あぁ……」  轡の端から溢れる涎を、気に留めることもできない。  顔が火照る。肉が疼く。瞳が潤んで視界がぼやける。頭が蕩けてぼうっとする。 「あぅ……あグゥぅうッ!?」  そこでまたバランスを崩し、股縄が割れめに食い込んだ。首縄が軽く絞まった。 「あぅあぁああッ!」  それで今回はハッとする前に、快感が襲ってきた。 「あぅああぁああッ!」  大波のような快感に襲われ、一段高いところに押し上げられた。  それで脚から力が抜け、再び股縄と首縄に責められる。 「ぅグゥああぁあッ!?」  さらに大きい快感に襲われ、もう一段押し上げられる。  あられもなく喘ぎ、悶絶しながら、ビクンビクンと身体を上下に跳ねさせた。  そのたびに、一段ずつ性の高みへと追い上げられる。  残酷きわまりない晒し放置処刑のなかで、性の快楽の虜になっていく。  もう、脚に力が入らない。  縄目を割れめに食い込ませ、首を絞められ。 「ぅんぅグゥああッ!」  ビクンと上に跳ねて、そのまま下に落ちてまた縄に責められる。  そして、さらに何度か脚から力が抜けたとき――。 「あッッ……ッ!?」  股縄と首縄に責められたまま、全身の筋肉がこわばった。 「グ、んグ(イク)ゥうううッ!」  こわばった身体が、ガクンと震えた。  痛いのに、苦しいのに、つらいのに、気持ちよくてイッてしまう。  憐れで、みじめで、凄惨な境遇のなかで、絶頂に達してしまう。  数千人に達しようかという群衆の視線に晒されながら、灯里は――。 「ラウラ・コペンハーデか?」  魔法を駆使して慎重に岩をどけ、下敷きになっていた女の顔だけが露出したところで、アントンが声をかけた。  すると、消耗を感じさせる弱々しい声で、だがしっかりと女が答えた。 「人に名を訊ねるときは、まず自分から名乗るのが礼儀ですわよ」  その言葉で、女が帝国随一の魔法調教師ラウラであると確信し、アントンは胸に手を当て、帝国軍士官が帝国臣民に接する態度で口を開いた。 「失礼。私はアントン・ヘルト。元帝国正規軍一級戦闘魔法師よ」  その言葉に、ラウラの表情がわずかに緩む。  正体を知って安心したから、というわけではない。  それは、アントンが元一級戦闘魔法師と聞き、その身に宿る魔力の気配を感じたから。  ラウラは超一級の万能魔法師ではあるが、戦闘魔法の専門家ではない。魔法戦になれば、一級戦闘魔法師には敵わない。  そのことを知り、ラウラは臨戦態勢を解除し、警戒を解いたのだ。 「わたくしを助けるか、このまま始末するか……交換条件があるんでしょう? 早く仰っていただけないかしら?」  その言葉を聞き、今度はアントンが唇の端を吊り上げた。 「さすがはラウラ・コペンハーデ、話が早い……」  そして、それが成功すれば帝国全土を震撼させ、大陸エルデ支配を揺るがせる事態に発展すると同時に、灯里の望みを叶えられることになる交換条件を口にした。 「ミネヤマ・アカリを元の世界に、オーブに戻していただきたい」  そこで、ラウラが驚いたような表情を見せた。  しかし、なぜとは問わない。問うたところで、アントンは答えないと判断したから。  そして拒否すれば、瞬時に強力な攻撃魔法を発動させることも、今の自分にはそれを防ぐことすらできないとわかっているから。 「いいわ」  そう答えて、ラウラが薄く嗤った。 「でもほんとうに、そうしていいの?」 「なに……?」  その言葉に、アントンがわずかにとまどう。 「ほんとうに、このままアカリをオーブに戻していいの?」  さらに念押しされて、考える。  ラウラは、アントンの灯里への気持ちに気づいているのか。  灯里をこのままオーブに還していいのか。いまだ残るわずかな迷いを感じ取っているのか。  いや、違う。ラウラの言葉には、もっと意味深なものを感じる。 (でも……!)  オーブに帰りたいとは、灯里自身が望んだことだ。そしてアントンは、その望みを叶えてやると決めた。 (だから……!)  アントンは瞳に強い意志を込めて、きっぱり告げた。 「いいわ、やって頂戴」  その言葉に、ラウラが瞳を細めて嗤った。  そして目を閉じ、精神を集中して――。 「異世界より我に召喚されし憐れな女よ、弱き者よ、元の世界に戻れ……奴隷召還」  呪文を詠唱し、魔法を発動させた。  それで、アントンは灯里が元の世界に還《かえ》ったことを確信した。  コナベートの広場に配置した仲間に実行されたか確認するまでもなく、立ち上がり、踵を返す。 「岩をどかしてやれ」  そして仲間たちにそう告げると、再び馬に跨り、ひとり立ち去った。 「グ、んグ(イク)ゥうううッ!」  晒し放置処刑に処された聖女が、こわばった身をガクンと震わせた直後、その身体が燐光に包まれた。 「な、なにごとだ!?」  城壁の上にいた帝国公教会の神官がとまどいの声をあげる。巫女が、騎士が、兵士が、怖れを感じおののく。 「聖女さまの奇跡だ!」  そのとき、群衆のなかから声があがった。  もちろん、アントンの手の者である。 「聖女さまが奇跡を起こされたのだ!」 「この世に邪悪のあるかぎり、聖女さまは何度でも復活なさる!」 「聖女さまは、常に我々とともに在る!」  すべて、アントンの仲間の扇動である。 「黙れ! 静まれ!」  騎士が大剣を振り上げて叫んでも、焼け石に水。 「聖女さま!」 「聖女さまの奇跡!」  数千の群衆が口々に叫ぶなか、燐光が消えると――。  そこにはもう、灯里の姿はなかった。 「ぅん……」  低くうめいて、灯里は目覚めた。  目を開くと、真っ白い天井。その中央に埋め込まれた照明器具。 (ここは……?)  まだ覚醒しきっていない頭でしばし考えて、ようやく気づく。 (ここは、病院?)  そうだとすれば、腑に落ちる。  アントンの計画が、うまく運んだのだろう。  そしてそれが、淫なる魔力を込められた乳首ピアスの効果で、縄責めのなかで絶頂したタイミングだった。  それで気を失ったまま、元の世界――おそらく水着を選んでいたスポーツショップに還され、発見されて救急車を呼ばれ――。  そこで、ハッとした。  ホライゾンタルに召喚されたとき、身に着けていた制服とスクールバッグも一緒だった。  目覚めたときはすでに裸に剥かれ、縄で縛られていたが、制服もスクールバッグもすぐ近くにあった。  つまり召還時も、身に着けていたものは一緒に送られている。 「で、でも……私、あのとき……」  衣服は剥ぎ取られていた。全裸に乳首ピアスだけの姿で、轡を嵌められて柱に縛りつけられていた。 「ま、まさか……」  その姿のまま、スポーツショップの店内に還されたのか。 「そ、そんな……」  愕然としつつ、手を上げてみる。  病院着の袖から露出した手首には、包帯が巻かれていた。 「たぶん、縄の痕が……」  つぶやいて、胸の先端に触れてみる。 「はっふぁ……」  ジーンと痺れるような快感。  同時に、乳首を穿ち貫く金属の存在を感じた。 「ああ、やっぱり……でも!」  自分は戻ってきた。  異世界に連れ去られ、魔法調教師に身も心も奴隷に堕とされた状態から、元の世界に戻ってきた。 「だから……!」  瑣末なことには気を取られず、強く生きていこうと決めた灯里は、気づいていなかった。  いまだ、乳首ピアスに込められた淫なる魔力が健在だということに。  ピアスの魔力が健在ということは、ラウラにかけられた他の魔法も健在だということに。  気づかないまま、病室のドアが開く。白衣の看護師が姿を現わす。  灯里が覚醒しているのを見て一瞬目を見開き、すぐに笑顔を浮かべて口を開く。 「○☆▽♪%¥△?」  しかし看護師の口から吐き出されたのは、意味不明な音声だった。 「な、なにを言っているの?」  灯里の問いかけに、看護師は聞いたことのない外国語を聞いたときのように、キョトンとした表情を見せた。  そこで灯里は、召喚されてすぐ、ラウラにかけられた言葉を思い出した。 『アカリには、母国語を自動的に水平世界のエルデ共通言語に強制翻訳する魔法がかけられているの。今のアカリはエルデ共通言語を母国語のように喋れる代わり、本来の母国語は理解不能な異世界の言語にしか感じないということ』  乳首ピアスの淫なる魔力が健在なのと同じように、その魔法もいまだ有効なのだ。  そのことを思い知らされ、灯里は異世界に連れ去られてもう戻れないと感じたときと同じ――いや、それ以上の絶望に囚われた。 「そろそろ、アカリは気づいている頃かしらねぇ」  薄く嗤ってグラスを傾けながら、自宅兼調教所に帰還したラウラ・コペンハーデはひとり言《ご》ちた。 「気づいて、絶望している頃かしらねぇ」  そしてそう言うと、ラウラは椅子から立ち上がり、魔鏡の前に立った。 「アカリ、特別に選ばせてあげるわ。淫なる魔法のピアスを着け、色狂いの状態で、言葉も通じぬオーブで生きていくか。再び、私の下で奴隷調教を受けるか……好きなほうを選ばせてあげる」  そして唇の端を吊り上げて妖しく嗤い、帝国随一の魔法調教師は、呪文を詠唱した。 (了)

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