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「あなたも床下生活を始めませんか」  そんな広告が、私のスマホに表示された。  いわゆるポップアップ広告である。  案の定その広告をタップしてしまった私は、すぐにブラウザバックしようとした。  しかし、遅かった。  表示されたのは、真っ黒な画面。そこに『今日から始まる床下生活』という文字が浮かびあがり、やがて明滅し始める。  呆然とそのさまを見ているうち、意識が朦朧としてきた。 (なにこれ……催眠アプリ的な……?」  噂に聞いたことのある、悪いしかけのことを思い出した直後、耐えがたい眠気に襲われ、私は――。  目覚めると、白い天井が見えていた。 (ここは……?)  私の部屋じゃない。  なにが起こったのか、さっぱりわからない。  それを確かめようとしても、あお向けに寝かされたまま、手足はまったく動かせない。  腕や脚のみならず、首を起こすことすらできない。 「んぅんん、んむぅ(いったい、なにが)……」  思わず声をあげかけて、それが言葉になっていないことに気づいた。 「んんぅ(これは)……?」  口になにかを押し込まれ、そのうえで厳重に塞がれているのだ。  いや、塞がれているのは、口だけではない。  目と鼻の周り以外、口の上と同じような圧迫感を覚えているのは、頭全体を覆うフードのようなものを被されているのか。  とはいえ、口中に押し込まれた異物にチューブが貫通しているのだろう、口呼吸はできる。  頭全体への締めつけも、きつすぎて血流を阻害していることもない。  そして締めつけがきつすぎないのは、頭部以外も同じ。  きをつけの姿勢のまま、床に縫いつけられたように動けないこと。そしてお尻の穴とおしっこの穴に妙な異物感があることを除けば、不快すぎて耐えられないというほどの――。  そこで、人の気配を感じた。 「目覚めたようですね?」  女性の声とともに、足音が近づいてきた。 「ほんとうは眠っているあいだに収納してもいいんだけど、最後に自分がどういう運命を辿るのか、教えてあげるのが私のやり方」  そう言いながら、ヴェネツィアのカーニバルのような仮面を着けた女性が、私の傍らに立つ。 「あなたはこれから、床下に収納され、無期限に閉じ込められて暮らすることになります」 「ぅう(えっ)……?」 「そしてこれは、あなた自身が望んだことです」 「ん、んぅうむぅ(そ、そんなこと)……」  私は望んでなんかいない。  喋れない口で言いかけたとき、女性が唇の端を吊り上げた。 「わたくしどもの広告は、インターネットの閲覧履歴をAIが分析し、こうなることを望んでいる女性にしか表示されませんので」 「……!?」  告げられて、ハッとした。  たしかに私は拘束、それも絶望的な完全拘束の世界に興味を持っていた。スマホでそういう指向のサイトにアクセスし、画像や動画を閲覧したりしていた。 「わかりましたか? あなたは心の奥底で、こうなることを望んでいたのです」  いえ、違う。望んでなんかいない。ただ少し、ほんのちょっとだけ、興味があっただけだ。  しかし、そう抗議することすらできない私に、女性がカード型のリモコンを見せる。  ピッ。  小さな電子音と同時に、私の身体が音もなく沈み込み始めた。 (床下に落とし込まれてる……!?)  そうと察したところで、再び女性の声。 「水分の補給は、栄養補給を兼ねて、このチューブを介して行なわれます」  その言葉を証明するように、身体が沈みきった直後、口のノズルにチューブがカチリと接続された。 「排泄を管理する設えも、すでに整っています」 「ぅう(えっ)……?」  一瞬意味がわからなかったが、お尻と尿道の違和感の正体が、その『設え』のせいなのだとすぐ理解した。 「もちろん、その他の健康管理、身体のメンテナンスは万全ですので、ご安心ください。ただそれらはすべて眠らせたうえで行われますから、あなたが外の景色を見ることは二度とありませんが」 「んむぅ、んむむ(そんな、ひどい)ッ!」  抗議も虚しく、完全拘束の私を収納した穴に、金属製の蓋がかけられる。  だがその時点ではまだ、天井を見ることはできた。金属板の顔にあたる部分に、鉄格子状にスリットが開けられていたのだ。  しかし、その上に床材の木の板が置かれると、なにも見えなくなった。  とはいえ、真っ暗になったわけではない。木の板にも小さな穴が無数に穿たれていて、そこから光が漏れている。  その穴が鉄格子の部分と被っているため、光は漏れても、ものは見えないのだ。  そうと気づいたところで、床の上で物音。私の床の上に、家具が置かれているのか。  わからない。もうわからない。  それを訊ねることもできない。  ただ私は、床下に収納されてじっとしていることしかできない。  そうと思い知らされながら、いつ終わるともしれない私の床下生活が始まった。

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この絶望感……凄くいいです!