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とある科学部大実験顛末記 前編 「あっ、そのバス待って!」  手を振りながら大声をあげて追いかけた努力もむなしく、バスは走り去った。 「はぁはぁ……ああ、なんてこと……」  息を切らせ、バス停横のベンチにへなへなと座り込み、途方にくれる。  それは私、赤坂千早(あかさかちはや)の家のほうに向かうバスが、あと2時間は来ないからだ。  そう、私が住む田中(たのなか)町は、山あいの田舎町だ。面積はわりと広いのに、中学校は町にひとつしかない。町内に高校はなく、件のバスで町外の高校に通うことを考えると、今から気が滅入る。  そんな私がこの町に引っ越してきたのは、変わり者の両親が田舎暮らしに憧れたからだ。  呑気な父と能天気な母は最初、田舎暮らしの苦労なんて考えてもいなかった。それでも呑気と能天気が度を超えていたふたりは、適当に田舎暮らしに馴染んでいった。  とはいえ、ぶつくさ言いながらもこの田舎で暮らしている私もまた、呑気で能天気な変わり者の両親の血を引いているのだろう。  ともあれ、田舎暮らしに慣れた同級生たちは山道を徒歩や自転車で通っているが、昨年都会から引っ越してきたばかりの私には、そんな体力も気力もない。便数が少なくどんなに不便でも、通学手段はバス以外に考えられない。 「待つしかない……か。明日からゴールデンウィークの連休だし、のんびり行こう」  両親の呑気と能天気を遺伝した私が、ため息をついてリュック式の制鞄を下ろしたとき、何者かが声をかけてきた。 「あれ、赤坂さん?」  その声に振り返ると、三つ編みのおさげ髪に、丸い眼鏡のクラスメート――もっとも、うちの学校には1学年1クラスしかないのだが――がいた。  青山楓(あおやまかえで)。  田舎ならではの閉鎖性ゆえ、都会生まれの転校生の私に距離を置いて接するクラスメートが多いなか、ただひとり親しく接してくれる女の子。  町一番の、いや県内一、それどころか国内有数と言われる資産家の娘。もともと庄屋で大きい家だったのだが、祖父の代に投資した会社が急成長し株式上場。それで大金持ちになった――と、誰かが話しているのを聞いたことがある。  そんな楓は、夢は宇宙旅行という、ちょっとぶっ飛んだ天才少女である。  実際、楓の模試の成績は、県内トップ10に入るらしい。特に得意なのは理系科目で、部員は彼女ひとりという科学部には、私費で購入した大がかりな実験装置まで持ち込んでいる。 「ひどいわねぇ。ちょっとくらい待ってあげたらいいのに……」  私の話を聞いて憤慨し、楓がスマートフォンを取り出した。  ちなみにこの町に携帯電話の基地局は、青山家が費用を負担して設置させたものだと噂されている。 「バス会社に電話して、バスを呼び戻してあげる」 「えっ!? ちょっ、待っ……!?」 「どうして? 2時間に1本しかないんだもの。少し遅れたくらいで置いてけぼりにするなんて、あんまりだわ」 「い、いや、でも……ほら、乗ってるお客さんもいたし、迷惑だよ」  実のところ、バスには運転手以外誰も乗っていなかった。  とはいえ、この路線の運転手はいつも同じだ。楓の青山家パワーでバスを呼び戻したとなると、連休明けが気まずい。 「そうか……それもそうね。人に迷惑をかけちゃいけないわ」  その嘘が功を奏し、楓は思いとどまってくれた。 「それじゃ、暇つぶしに私の実験を手伝ってよ」  そして思い出したようにパンと手を打ち、私の手を引いた。 「で、でも……私なんかに手伝えるかなぁ?」 「大丈夫……てか、赤坂さんが適任なの」  そう言って強引に手を引かれ、思いとどまらせるためとはいえ嘘をついた負い目がある私は、実験の手伝いを引き受けた。 「実験の前に……はい、どーぞ」  科学部の部室で、楓はケーキと紅茶を出してくれた。 「都会生まれの赤坂さんには、珍しくもないものだろうけど……」  そんなことはない。ケーキは一般的ないちごショートだが、味はとてもいい。紅茶は都会の喫茶店でもめったにお目にかかれない、本格的なものだ。 「ううん、とってもおいしい」  私がそう答えると、楓は満面の笑みでうなずき、立ち上がった。 「そう。よかったわ満足してもらえて……赤坂さん、しばらく食事を摂れなくなるから」 「えっ……?」  意味がわからず、立ち上がった楓を見上げる。 「うふふ……正確には『まともな食事を摂れなくなる』だったわ」 「そ、それって……?」  ますます意味がわからなくなり、さらに問い返そうとしたときである。 「ろういうころらろ(どういうことなの)?」  舌がうまく動かず、呂律が回らなくなった。 「あえ、おかひい(あれ、おかしい)……?」  とまどったところで、楓が作業用のパワードスーツを身に着けながら、ニッコリ笑った。 「弛緩剤……いわゆる痺れ薬を、紅茶とケーキに混ぜておいたの」 「ふぇ? なんれ、ほんら(なんで、そんな)……?」  訊ねるあいだに、全身から力が抜けてしまった。 「なんで、って訊いたの? 決まってるじゃない。実験に協力してもらうためよ」 「ほんら(そんな)……ひろい(ひどい)……」  しかし、抗議の声は言葉にならなかった。力が抜けた身体は、椅子に座って手足を投げ出したまま動かせなかった。 「それじゃ、実験の準備を始めましょうか」  屈託のない笑顔でそう言って、作業用パワードスーツを身に着けた楓が、私の身体をひょいと抱き上げた。  全身の力が抜けて動けない私を実験室の大きな机の上に寝かせると、楓は制服のセーラー服を脱がせ始めた。 「おえあい(お願い)……あええ(やめて)……」 「赤坂さんに使った薬は、即効性がある代わりに持続性はないの。だから急がなくちゃね」  私の言葉には聞く耳を持たず、楓は作業を進めていく。  作業。  そう、私のセーラー服のスカーフを外し、胸当てと胸元のホックを外す楓の手つきは、作業としか言いようのないものだった。  袖のカフスのホックを外し、片手で上半身を起こしてサイドファスナーを引き上げ、セーラー服の上衣を脱がせる手つきも、作業そのものだった。  乱暴とか、雑に扱うということではない。あくまで優しく、大切なモノをけっして傷つけることがないような、慎重な手つき。  ただし、それはあくまで『人』ではなく『モノ』に対する態度。  そのことで楓にとって今の私は『大切な友人』ではなく『大切な実験材料』なんだと思い知らされた。  それで暗澹たる気持ちになったところで、制服を剥ぎ取られていく。  左サイドのホックを外され、ファスナーを下され、スカートを脱がされた。校則で白でワンポイントマークのないものと定められているソックスも脱がされた。  残るは普段使いのスポーツブラと、穿き古した股上の深いショーツ。 (こんなことになるなら、新しいのを着けてくればよかった……)  などと変なところを恥ずかしがってしまうが、今の私はただの実験材料。特に興味を示すこともなく下着も剥ぎ取られ、私は生まれたままの姿にさせられた。 (いやだ、いやだ。恥ずかしいよぉ……)  実験室の机の上に裸身を横たえられる羞恥心に、泣きたい気持ちになる。 (こんなことなら、痺れ薬じゃなく眠り薬を飲ませてくれたらよかったのにぃ……)  少々変わった恨みかたをしてしまうのは、両親の血の影響か。  そんな私の気持ちを知ってか知らずか、楓は淡々と作業を進めていく。 「よいしょ……っと」  パワードスーツのおかげでかけなくてもいい声をかけ、私の右脚をふくらはぎと太ももの裏がくっつくように折りたたむと、その形のまま金属製のケースに収めてしまう。 「うん、サイズはちょうどいいようね。固定するわよ」  その言葉の直後、ピッと電子音。続いて折りたたまれた脚が軽く圧迫される感覚。 「拘束装置内部のクッション材に空気を充填しているの。脚全体を圧迫するけど、どこか一箇所だけを締めつけることはないから、かえって健康にいいはずよ」  つまり、圧着タイプのパンストやソックスで、脚のむくみや疲労が軽減されるのと同じ仕組みだ。  そしてピーッと長めに電子音が鳴り、脚全体への圧迫が止まると、私の右脚は金属製の拘束装置で固められたようになっていた。 「はい、右脚の拘束終了。次は左脚ね」  さらに左脚も同じように拘束され、同じ素材のバーを連結されて、折りたたんだ脚を軽く開いた状態で固定された。 「ねぇ、赤坂さんは処女(ヴァージン)?」  そこで、楓がとんでもないことを訊ねてきた。 「ぅえ……?」 「都会っ子だからもしかしてって思ったけど……そうよね。自分じゃ答えにくいよね」  私の反応を見てそう判断して、脚と脚をつなぐバーをつかんで、持ち上げる。 「ぅえ……やらやら(やだやだ)、あうかひい(恥ずかしい)ッ!」  脚を折りたたみお股を開いた、いわゆるM字開脚に近い体勢を取らされる恥ずかしさにうめくと、バーに結んだ革紐を首の後ろに回された。  それで動けなくされて、腰の下にクッションをあてがわれて腰の位置を高くされると、私は股間を楓の視線に晒していた。 「いあ(嫌)ぁ……あうかひい(恥ずかしい)……」  しかし逃げ出すことはおろか、脚を閉じることも、股間を隠すことも、顔を手で覆うことすらできない。  消えてしまいたいほどの恥ずかしさは、楓に伝わらない。 「あええ(やめて)……おえあい(お願い)ぃ……」  それでも言葉にならない懇願をしたとき、楓の指が、私の女の子の肉に触れた。 「ぃいい(ひいい)ッ!?」  思わず悲鳴をあげたところで、肉の割れめを指で広げられた。 「うんうん、綺麗な色。それにきちんと膜もある。間違いなく処女だね。そのことを踏まえて、準備するね」 「ぅえ、おえあ(それは)……?」  意味がわからず問い返したところで、楓が透明な液体が入った樹脂製のボトルを手に取った。 「薬の効果で括約筋は弛緩しているけど、ローションは使って挿入するわね」  そして楓はカラオケのマイクを短くしたような形の、片方に開口が、もう片方にノズル状の金具が取り付けられた黒い物体を見せた。  括約筋。弛緩。ローション。挿入。さらにマイク状の黒い物体。それらが頭の中でグルグル回り、ひとつの結論にたどり着く。 「あ、ああか(まさか)……いあッ!?」  その結論が正しいものだと証明するように、冷たいものがお尻の穴に触れた。 (ローション!?)  気づいたところで、それを塗り込められた。  そして――。 「いぃいい(ひいい)ッ!」  ヌルリとなにかが侵入してきて、悲鳴をあげた。 「いぁああ(いやあ)ッ!」  それが黒いマイク状の物体だと気づいたところで、楓の声。 「うふふ、入ったよ。これから膨らませていくね」  あまりにあっけない挿入に驚いた直後、また楓の声。 「簡単に挿入できたのは、括約筋が弛緩しているから。今の赤坂さんは、お尻を引き締めることもできないってわけ」 「おんあ(そんな)……」  さらに愕然とするあいだにも、ゴムのハンドポンプを押し込むシュコシュコという音。  同時に、お尻の中に感じる圧迫感。 「この器具は、三分割で膨張するようになってるの。まずは一番奥、お尻の中の部分」  その言葉のとおり、内部の圧迫感が強くなったところで、また楓の声。 「次はお尻の外の部分。ここも膨らませて、括約筋を挟み込んで器具を固定するの」  そして、シュコシュコとポンプの音。お尻の穴の外の部分だから中ほどの圧迫感は感じないが、それで括約筋の部分が挟み込まれ、器具が固定されていく感じはわかる。 (いやあ……きついよぉ……)  いたたまれずそう言ったが、お尻のきつさはこれからが本番だった。 「最後に真ん中も膨らませて、肛門を拡張するね」 「ぅえ、かうおう(拡張)!?」 「前後できっちり挟み込んでるから、拡張は直径6センチくらいで充分かしらね」 「ぅお、おくえんち(6センチ)!?」  言葉は不明瞭でも、驚き、おののいていることは伝わったのだろう。楓はハンドポンプを押し込みながら、私に声をかけた。 「心配しないで。個人差はあるけど、括約筋が弛緩していれば、肛門は直径10センチくらいまで拡張できるのよ。それに外側を6センチくらいまで膨らませないと、充分に内径を確保できないの」  おそらく、それは私を安心させるための言葉だったに違いない。しかし直径10センチやら充分な内径やら、不穏なワードを並べられて、安心できるわけがない。  そして私がどれほど不安を感じていても、楓に実験を中止するつもりは毛頭ない。 「うう、うぅう……」  お尻の穴をこじ開けて拡張される圧迫感に私がうめいても。 「うふふ……括約筋は弛緩しているから、痛くはないはずよ?」  楓はそう言って、ハンドポンプを押し込み続ける。  たしかに痛くはない。しかし、本来すぼまっているはずのお尻の穴を押し広げられる圧迫感は、相当なものだ。 「そろそろ5センチに近づいてるかしら。あと少しだから、我慢しようね」  そのことを知ってか知らずか。おそらく知ったうえで、なだめるように声をかけ、眼鏡の奥の目に嗜虐的な光をたたえ、楓は私の肛門を拡張し続ける。 「あぅう……ぅあぁあ……」  そうしようとしていないのに、口から苦悶の声が漏れる。全身から、脂汗が吹き出してくる。 「6センチ……そろそろいいわね」  そこで、ようやく拡張が終わった。  とはいえ、それで実験そのものはおろか、準備すら終わったわけではない。 「後ろの準備は終わったから、前の準備をしようね」  そう言うと、楓はお尻のものを小型化し、ノズルの代わりにチューブを取り付けた形の器具を取り出した。 「おえあ(それは)……あぁか(まさか)……」 「大丈夫よ。処女を奪ったりはしないから。それはまた、別の機会に、ね」  また不穏なワードである。別の機会とは、どういう意味なのだろうか。  いやそれ以上に問題なのは、言葉の前半だ。  処女を奪うわけではないということは、その器具が狙うのはもうひとつの穴。女の子の穴ではなくそこに挿入するには、それは太すぎる。 「だから大丈夫だって。筋肉は弛緩しているし、ローションで潤滑させるし、念のために塗布式の麻酔剤も使うから」  私の心配をよそに、楓はその器具を女の子の穴の直上、ふだんなら液体が一方通行で出ていくだけの小さな排泄孔にあてがった。 「いぁあ(いやあ)……あえれ(やめて)ぇ……おあえひゃう(壊れちゃう)ッ!」  しかし、その小さな穴が壊れることはなかった。  お尻の穴のときと同じように、ヌルリとした挿入感。 「ぅあぁあぁ……」  ローションで潤滑されているうえに、麻酔剤のおかげもあり、痛みは感じない。  とはいえ、小指より細い器具がもたらすものとは思えないほど猛烈な異物感が、私を苦悶させた。 「ぅあぁあぅ……」  目を剥き――いや、目を剥いたつもりで、苦悶する。  手足に力を込めて――いや、込めたつもりで、猛烈な異物感に耐える。 「ぅあぅああ……うぅ」  やがて、挿入が止まった。  そのことで、わずかに異物感が和らいだところで、楓が器具にハンドポンプをつなぐ。 「うふふ……膀胱の中でバルーンを膨らませて、器具を固定するね」  そして薄く嗤いながら、ポンプを押し込んでいく。 「あひぃ……あええ(やめて)ぇ……」  不明瞭な発音で懇願する私を、嗜虐的な光を宿した瞳で見下ろして。 (そういえば……)  最初はモノを扱うように淡々としていたのに、いつから楓は、こんな表情をしていたのだろうか。  脚を拘束し始めたあたりか。それともお尻の器具を着けている頃か。自分のことで精いっぱいだった私には、わからない。  わからないが――。 「ねえ、千早ちゃん……」  そのとき、なぜか楓が姓ではなく、下の名前で私を呼んだ。 「ねえ、わかってる? 千早ちゃんはもう、おしっこもうんちも、勝手にできなくなったんだよ?」  わかっていた。器具の形と厳重な固定の仕方からして、そんな気がしていた。 「私はもう、おしっこもうんちも、させたいときに千早ちゃんにさせられるんだよ」  それもわかっていた。なぜこんな器具を着けるのかを考えたら、そうするためとしか思えなかった。  とはいえ、わかっていることと、覚悟できていることとは違う。 「おんあ(そんな)……ひおいよぉ(ひどいよぉ)……」  わかっていたことをあらためて告げられて、悲しい気持ちになったところで、楓が次の器具を手に取った。 「貞操帯のように見えるけど……」  楓はそう言うが、私は貞操帯なんか見たこともなかった。 「これは、股間の拘束具。おしっことうんちの穴に挿入した器具と組み合わせて、排泄と快楽の完全管理をするための装具よ」  落ち込む私とは逆に、ますます高揚してきたようすの楓が鉄のパンツのような拘束具を3つに開く。 (どうやって……?)  着けるのだろう。ふと気になったところで、机から浮いたお尻の下に、開いた股間拘束具の蝶番側をあてがわれた。 「位置はこんなもので……」  そう言って、腰骨に引っかけるように、楓が縦の金属帯で私の股間を覆っていく。  カチリ、と金属どうしが噛み合う音とともに、お尻の器具にごく軽い衝撃。 「今、お尻の器具のノズルと接続されたわ」  楓がそう言った直後、もう一度カチリ。 「おしっこ穴の器具との接続も完了。あとは……」  カチリ。  股間を覆い尽くした縦帯の幅広の板に、半分くらいの太さの横の帯が接続された。まず右。続いて左。  私の股間が完全に金属のパンツに覆われると、ピッ、ピーッと電子音。内部のクッション材が空気圧で膨張し、パンツが股間に密着する。  それから楓は脚の拘束具と首をつないでM字開脚に近い体勢を強制していた革紐を解き、変形ヘルメットと呼ぶべき形状の器具を取り出した。  おそらく頭頂部から後頭部を覆い、首から顎にかけての前部分で固定する仕組みだろう。その意味では、ヘルメットというより頚椎ギプスに近いかもしれない。 「これを着けたら、首が楽になるからね」  枕なしに硬い机の上に寝かされ、後頭部と首に軽く苦痛を感じて始めていた私は、その言葉で少し安心した。  この状況で安心というのも変な話だが、そのとき私はたしかに安心していた。  それは、変わり者かつ呑気で能天気な両親から引き継いだ性格のせいか、あるいは――。  漠然と考えているあいだに、耳穴になにかをねじ込まれた。 「千早ちゃん、聞こえてる? 今耳に入れたのは、イヤホンを兼ねた耳栓だよ」  耳穴の中に直接声をかけられたところで頭を持ち上げられ、後頭部を器具に収められた。 「髪の毛を挟むと痛いからね」  そう言って器具からはみ出していたショートの髪も収められて、首から顎にかけての前部分を閉じられる。  カチリ。そしてピッ、ピーッ。  すると、ほんとうに頚椎ギプスを装着されたときのように――もっとも、私にその経験はないのだが――首から頭にかけてが固定されて安定した。 「これで移動させても、首がカクンとならないよ」  そして楓はパワードスーツの力をかりて再び私を抱き上げ、実験室の壁のほうへと運んでいく。  楓が向かう先に設えられていたのは、壁かけの金具。  全体の形としては、消火器の壁かけ金具に近いだろうか。ただし、それよりはるかに大がかりだ。  幅30センチ、高さ1メートル、厚みは3センチほどの金属の板に、なにかを固定するための部品が取り付けられている。  その部品に固定されるモノとは――。 「よいしょ……」  と声をかけ、楓が脚の拘束具を、一番下の部品に引っかけた。  カチリ、と金属どうしが噛み合う音のあと、背中を金属板に押し付けられた。  続いて肩から胸の下にかけて、幅広のハーネスのような形状の部品で、上半身を金属板に縫い付けられた。  さらにカチリ、と変形ヘルメット、あるいは頚椎ギプスの首部分に被せるようにいちばん上の部品で固定し、楓はいったん私から離れた。 「もう、楽でしょう? と訊ねても、まだ答えられないね」  たしかに、楽だった。 「これを着けると、もっと楽になるからね」  両腕ごとお腹も固定されると、言われたとおりもっと楽になった。体重を分散されて支えられ、まるでフワフワと宙に浮かんでいるような感じ。 「この装置はね……」  そして私に語りかけながら、楓は次の準備を進めていく。 「恒星間航行をする宇宙船の、乗員生命維持装置の試作品なの」  正直、なにを言っているのか、わからなかった。 「うちの財力では、宇宙船そのものの開発は無理だから、せめて生命維持装置だけでも開発して、宇宙開発に寄与したくてね」  そこだけは、なんとなくわかった。 「SFでワープ航法とか出てくるけど、あれは夢物語。現実には、移動する物体は光速を超えられない。それゆえ、恒星間航行は、短くて数年単位の旅になる。そのうえ恒星間航行宇宙船は、その体積の大半を推進装置と推進剤に占められ、乗員の居住スペースは極端に制約され……」  またなにを言ってるのか、わからなくなった。  ともあれ要約すると――。 「つまりこれは、人をいかに狭いスペースで効率よく完全拘束・完全管理するかという実験なの」  そう言って、楓が壁にかけられた私の下に、金属製の装置を置いた。 「そ、それは……?」  思わず声をあげて、きちんと喋れた。 「うん、計算どおり。拘束がほぼ完了したところで、弛緩剤の効果が切れたようね」  言われてみると、筋肉に力を込めることもできた。  しかし、すでに拘束具にガッチリ捕らえられていた身体は、ピクリとも動かせない。 「残念だね。弛緩剤が切れても、もう千早ちゃんは動けないよ。なににも触れられないよ。そしてこれから、千早ちゃんは見ることも、聞くことも、匂いを嗅ぐことも、自分の意思ではできなくなるんだよ。食事や排泄や呼吸の自由すら、奪われるんだよ」  どこか恍惚としたようすで口走りながら、楓が金属製のマスクを手に取った。 「このマスクが、ある意味この装置の要……千早ちゃんを管理するとともに、身体精神の状態を確認するのモニターにもなるの」  それは、マスクの額に設えられた、今はなにも表示されていないディスプレイのことだろうか。 「それじゃ、マスクを被せるよ」  妖しくほほ笑みながら、楓が私の顔にマスクを近づける。  目の部分に不透明の黒いレンズが嵌められ、口にあたる部分に先端が開口した丸い突起がある以外は、表面と同じ金属製。  それを被せられてしまうと、なにも見えなくなる。 「お、お願い……」  首を横に振ろうとして、できなかった。 「や、やめて……」  マスクを払いのけようとして、手を動かせなかった。  そのあいだに、マスクがどんどん近づいてくる。  視界の大半が、マスクの内側に占拠された。 「うふふ……」  妖しく嗤う楓の顔も、もう見えない。マスクの内側以外のものは、なにも見えない。 「い……いや……」  どうしようもない恐怖に囚われ、私は声を張りあげる。 「いやあぁああッ……あがッ!?」  そこで、マスク内側の突起が、口中に侵入してきた。 「あがッ、ングぐぐ……」  侵入した突起が、舌を下向きに押し付けながら口中を占拠した。  マスクの金属が、顔に密着してきた。視界は完全に、闇に閉ざされた。  そして――。  カチリ。  やけに大きく金属音が聞こえると、私の顔にマスクが固定された。 「ングぅうううッ!」  真っ暗闇の中で顔全体を圧迫されて、反射的に悲鳴をあげる。 「ごめんごめん、やっぱり暗闇は怖いよね」  すると耳栓兼用のイヤホンから楓の声が聞こえて、少しだけ視界が明るくなった。 「目のレンズは、透明度が調整できるようになってるの。映像を投影することもできるけど……それは全部終わってからにするね」  レンズの透明度を濃いめのサングラス程度に調整して、楓は作業を進める。  カチリ、とまた下のほうから金属音。  首は動かせないし、マスクで視野が半分くらいに制限されているため見えないが、股間の拘束具に新たな装置が接続されたのだろう。  カチリ、カチリ、とさらに聞こえたのは、さらになにかを接続したのだろうか。 「さて、これをつないだら、実験の準備は終わりよ」  そして薄暗い視界の中に現われた楓は、マスクの口部分に黒いホースを接続した。 とある科学部大実験顛末記 後編に続く

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