小説 矯正牧場の牛奴隷解放 1 (Pixiv Fanbox)
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2020-10-16 08:02:22
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2021-01
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1
20XX年、ますます凶暴・凶悪化する犯罪に対応するため、従来の刑務所と少年院を統合した矯正収容所が、実験的に設立された。
その収容対象は若年層。建前は犯罪を犯した若者を、いまだ悪に染まりきっていない年齢のうちに労働と教育により矯正、社会復帰を促すというもの。
しかし、その実態は――。
「それでは、矯正収容所送りということで、よろしいですかな」
「ふむ、矯正収容所は若年層の凶暴凶悪犯に特殊な矯正教育を施すためのもの。彼女は年齢的にギリギリといったところではあるが……」
「体力的に優れたところはないようだし、厳しい矯正教育に耐えられるか、という問題もありますな」
「その点は、体力的にきつい調教を行われない第2矯正収容所なら、問題ないでしょう」
「そうですな。あそこはただ、残酷な処置を受け入れ、見せ物にされて暮らすだけの施設ですからな。それに体型的にも、彼女は第2矯正収容所に最適だ」
「それでは、新宮実紗《しんぐう みさ》の収容先は、第2矯正ということで」
「異議なし」
「異議なし」
新宮実紗は、新米弁護士だった。
晴れて弁護士資格を得、勤め始めた法律事務所で、先輩弁護士のサポート役として数件の訴訟を経験。先だって、ひとりで裁判を担当することになった。
それが木戸夏海《きど なつみ》――馬奴隷188番の事件である。
「とりあえず、1敗を経験してこい」
指導役の先輩にそう言われ、かえって奮い立った。
それで事件を詳細に調べるうち、木戸夏海の無罪を確信した。
彼女が学園で乱闘を演じたのは、不良学生に絡まれ、連れ去られようとしていた幼なじみの親友を助けるため。
駆けつけた警備員に抵抗したのは、彼らが不良学生に味方し、夏海だけを取り押さえようとしたから。
そもそもの暴力事件は、親友を救うための、いわゆる緊急避難的行動。その後の警備員への抵抗は、自身を不当な拘束から守るための、いわば正当防衛。
しかし、それを証言してくれる人はいなかった。
夏海が助けようとした親友以外、何者かに圧力をかけられたように、誰も彼女に有利な証言をしなかった。
「これでわかっただろう? 矯正収容所案件は、ふつうの裁判と違うんだ。裁判が始まる前から、俺たちとは関係ない場所で、すでに判決は決められているんだ」
件の先輩にため息混じりに告げられたとき、持ち前の正義感に火が点いた。
判決が裁判とは関係ない場所で決められるなんて、けっしてあってはならない。
しかし毅然とそう告げた実紗を、先輩は一笑に伏した。
「いいか、矯正収容所案件を、裁判とは考えるな。手続き上裁判の形を取った、決定事項だと思え。世の中にはこういうこともあるんだとわからせるため、おまえにこの件を担当させたんだ」
あまつさえそう言って、実紗を諫めようとした。
それがかえって火に油を注ぐ結果となり、実紗の正義感は激しく燃え上がった。
だったら、なんとしても無罪判決を勝ち取ろうと、東奔西走した。
しかし、無駄だった。
夏海の親友による唯一の彼女に有利な証言は無視され、あっけなく矯正収容所送りは決まった。
「有罪判決は避けられそうもない。でも、きっと助けるから、今はおとなしく判決を受け入れて」
実紗にできたのは、夏海にそう言い含めることだけだった。
そして実紗は、弁護士生命を賭して、夏海との約束を守るために動いた。
その運動が弁護士仲間のあいだで少しずつ広がりを見せ始めた矢先、実紗は身柄を拘束された。
具体的な容疑は告げられず、令状も示されず、問答無用で囚われた。
そして、夏海がされたように革手錠と鎖つきの足枷、それに首輪と革の猿轡を嵌められ、事情聴取すらされないまま法廷に引き出された。
そして、猿轡のせいでいっさい抗弁できないまま、矯正収容所送り2年の判決を受けた。
矯正収容所の囚人脱走幇助罪という、身に覚えのない罪状で。
判決後すぐ、首輪に繋がれた棒で操られながら裁判所の裏玄関に連れていかれ、矯正収容所側に引き渡される。
夏海との違いは、収監先が第1矯正収容所ではなく、第2矯正収容所であること。
小さい檻に閉じ込められることはなく、窓を金属板で塞がれた護送車の座席に座らされたこと。
とはいえ、棒が繋がれていた首輪の金属製リングを、座席に設えられていた金具に接続され、逃げられないことには変わりない。
その状態でさらにふたりの囚人を乗せ、護送車は第2矯正収容所にたどり着いた。
「降りろ!」
首輪の金具を外されると、看守のひとりが電気警棒で威嚇しながら叫んだ。
そして最後に乗り込んだ囚人から、護送車に乗せられた順番と逆に、拘束されたまま降ろされていく。
そこで、実紗は違和感を覚えた。
はじめ、実紗自身打ちひしがれていて気づかなかった。
職業柄、何人かの凶悪犯・粗暴犯を間近に見た経験はある。
少しだけ落ち着いてきた今、あらためて見ると彼女たちはそれら犯罪者に共通する、殺伐とした雰囲気を持っていない。
ひとりめの囚人は、実紗と同じような、シンプルなビジネススーツを着ていた。ふたりめは、プレーンなワンピース。スタイルはそれぞれだが、いずれも上品そうな印象のもの。
いや、その印象を与えているのは、服装だけではない。髪型髪色その他の雰囲気全体が、知的で清楚なイメージである。
そしてふたりとも、整った顔立ちをしている。加えて、いずれも胸の膨らみが大きい。革手錠の腰ベルトでウエストを締めあげられているから、よりいっそう大きな胸が強調されている。
それら特徴は、実紗と共通するものだった。
彼女自身、自分を美人だと思ったことはない。そういうことを気に留めていては、最短コースで弁護士になることはできなかったに違いない。
だが、学生時代から、言い寄る男は数多いた。それはおそらく、実紗の容姿が彼らの好みだったからだろう。
そして、胸の大きさにはずっと悩まされてきた。大きな乳房は運動の邪魔になるし、肩凝りの原因にもなる。人並みの大きさならよかったのにと思ったことは、1度や2度ではない。
とはいえ、気づいた違和感の理由について、深く考える暇《いとま》は与えられなかった。
「次、おまえだ!」
革手錠で後手に拘束された腕をつかまれ、乱暴に立たされた。
「うッ!?」
痛みにうめき、引きずるように護送車から降ろされる。
すると、ふたりの囚人はすでに1列に並ばされ、首輪どうしを鎖でつながれていた。
その列の最後尾に、実紗も並ばされ、首輪を前の囚人と鎖でつながれる。
そしてさらに、裁判所内を連行されたときと同じように、首輪の後ろ側に連行用の棒を接続された。
その準備が整ったところで、3人1列で歩かされる。
艶消しグレーの護送車から離れ、同じような陰鬱な印象を与える要塞のような建物に向かって。
チャリ、チャリ。
首輪どうしをつなぐ鎖が、揺れてたてる音。
ジャラ、ジャラ。
足枷どうしをつなぐ鎖も、揺れて地面を擦る。
それら金属音が、陰鬱な気持ちに拍車をかける。
チャリ、チャリ。
ジャラ、ジャラ。
陰湿な金属音を聞きながら周囲のようすを視線だけで確認するが、件の建物と護送車のほかに見えたのは、高い壁と青い空だけだった。
敷地そのものは、それほど広くないようだ。護送車が走っていた時間からして、郊外であることは間違いないだろう。とはいえ、人里離れた山間僻地というわけではない。
コンクリートの塀が異様に高いのも、囚人の逃亡防止目的に加え、周囲から中のようすが見えなくするため。
そう気づいて、実紗はあらためて震えあがった。
近年、新設されたり建て替えられた刑務所は、おおむね部外者に閉鎖的な印象を与えないよう設計されている。建物の配置を工夫することで、刑務所特有の塀を廃したものも多い。なかには、模範囚にかぎってとはいえ、囚人が働く一般市民向けの商店まで併設された刑務所まである。
それは、開かれた刑務所を目指しているから。外に向かって開き、中のようすを見られても批判されることのない、人権に配慮された環境が整えられているから。
だが、この第2矯正収容所には、きわめて高い塀がある。
それはとりもなおさず、外に向かって開かれていないということ。中のようすは、外部の人にはけっして見えないということ。
塀の中でどんな非人道的な行為が行なわれていても、外の人には知る由もないということ。
そのことに恐怖し、身を固くしながら、裏口から建物内へ。
頑丈そうな鋼鉄の扉が開かれると、床も壁もコンクリートにペンキを塗っただけ、天井は配管が剥き出しの廊下だった。
その寒々しい雰囲気が、いっそう恐怖心を煽る。
だが前のふたりがさめざめと泣き始めたことが、かえって実紗に弁護士を目指した動機を思い出させた。
巨悪に虐げられる弱い人を守る。
そのために法曹界に飛び込んだ自分が、巨悪を恐怖するわけにはいかない。
そう思い直し、ただひとり顔を上げ、しっかりと前を見て進む。
やがて殺風景な薄暗い廊下を右に折れると、そこに鉄格子のドアがあった。
「新規の囚人を連行しました!」
看守のひとりがカメラの前に立って告げると、ブザーの音とともに鉄格子が開く。
そのまま一列で中に入ると、背中の後ろで鉄格子が閉まった。
ガチャン、と重い金属音。
それであらためて収容所に収監されたことを思い知らされたところで、一番前の囚人の首輪から鎖が外された。
「入れ!」
そして腕をつかまれ、鉄製ドアの横に入所前処置室1と書かれた部屋に連れ込まれる。さらに10メートルほど歩いたところで、ふたりめが処置室2に。
最後にひとりになった実紗が、首輪に棒をつながれたまま、入所前処置室3に入れられた。
一辺が5メートルほどの、ほぼ正方形の部屋。内装は、廊下と同じ意匠。ただし床の塗装だけは、工場などでよく見る緑色の防汚塗装だ。
天井には縦横に鉄製のレールが走り、そこに電動のホイスト(小型のクレーン)が設えられている。突き当たりの壁沿いに、幾本ものベルトが取りつけられた、奇妙な形の椅子。その隣には、液晶のモニター。
その部屋で実紗を待っていたのは、看守の制服の上に白衣を羽織った女性だった。
「第2矯正収容所の入所前処置担当医官、佐間喜和子《さま きわこ》です」
ほかの看守とは違う柔らかい物腰で、その女性が自らの身分と名を告げた。
医官というからには医師免許か、あるいはそれに準じる資格を持っているのだろう。物腰が柔らかいのは、ほかの看守たちと来歴が違うからか。
とはいえ、けっして安心はできなかった。
これから行われる入所前処置とやらは、そういう資格を持った者でなければできないということでもある。
「新宮実紗……」
そこで、その女性――佐間医官が、実紗の名を呼んだ。
「今、この瞬間から、その名を捨てなくてはなりません。本日より出所する日まで、あなたは226番と呼ばれます」
それは、仕方のないことだろう。実紗自身は人権上問題があると考えているが、多くの刑務所で囚人は番号で呼ばれる。
しかし続く言葉は、穏やかな口調とは裏腹、とうてい受け入れられない内容だった。
「226番と呼ばれるあいだ、名前のみならず、あなたの人権も完全に剥奪されます」
「んぅうんっん(なんですって)!?」
そのありうべからざる言葉に、喋れないとわかっているのに、抗議の声をあげてしまった。
拘束されたまま、佐間医官に詰め寄ろうとしてしまった。
そのときである。
「勝手に動くな!」
首輪につながれた棒を握っていた看守が、その腕に力を込めた。
「んんうッ!?」
女性とは思えない怪力でねじ伏せられ、床にひざまずかされる。
さらに棒で上半身を床に押しつけられ、みじめにも屈服の姿勢を取らされた。
「んぅうぅ……」
その悔しさに口中に押し込められた猿轡の突起を噛みしめて耐えていると、実紗を見すえて佐間医官が言葉を続けた。
「このような仕打ち、けっして許されない……そう考えていますか? 矯正収容所制度そのものを批判しようとした226番ですから、きっとそう思っているでしょうね。ですが……」
そこで、上半身だけ引き起こされると、もうひとりの看守に眼前に電気警棒をかざされた。
直後、バチバチという音。青白いスパークが、電気警棒の上を走る。
「んッ(ひッ)……!?」
その威嚇におののいたところで、佐間医官が冷たい視線で実紗を見下ろした。
「貴女の幼稚な正義感など、ここではなんの役にも立ちません。抵抗しても、いえ抵抗しようとするだけで、圧倒的な力でねじ伏せられるだけです」
脅しなどではない。
佐間医官の視線に、言葉に、なにより今受けている仕打ちに、そう直感した。
(で、でも……!)
巨悪に虐げられる弱い人を守る。
弁護士を志した動機を思い出し、必死で気持ちを奮い立たせる。
(私が巨悪に屈してしまえば、誰が弱い人を守るというの!?)
その思いを胸に、強い力を込めて佐間医官を見返す。
「ふっ……」
そこで、佐間医官が唇の端を吊り上げた。
「いい目をしますね。ですが、まったく意味がありません。もし囚人を馬として調教する第1矯正収容所の看守なら、調教しがいのある囚人だと喜んだでしょう。しかし、あいにく私は、226番を見せ物にするための処置をするだけですから」
また、ありうべからざる言葉を聞かされた。
調教。矯正収容所で行われるのは、矯正教育ではないのか。
見せ物。囚人を見せ物にするというのは、どういうことなのか。
厳重な猿轡のせいで問いただすこともできずにいると、佐間医官が実紗を見下ろしたまま告げた。
「いいでしょう。これから、明日の226番の姿を見せてあげます。それを見て絶望して諦めるか、それとも心折れずに今のような目を続けられるか……反応を見て、このあとの対応を決めましょう」
そして目配せすると、看守のひとりが壁に設えられた液晶モニターのスイッチを入れた。
数秒後、平均的な女性の身長ほどの高さの木の柱が床に設置された部屋が、そこに映し出された。
「これは今朝、収容所内で行われた、搾乳のようすを録画したものです」
「んぅ(えっ)……?」
再び、矯正教育のための収容所にはありうべからざる言葉だ。
今、搾乳と言ったのか。それとも、発音が近い言葉と聞き間違えたのか。
とはいえ、その疑問が些細なことに思える映像が、モニターから流れてきた。
まず画面に映り込んだのは、看守の後ろ姿。
その看守にわずかに遅れ、彼女が手にした革のリード紐に引かれて現われた女性の衣装を見て、実紗は息を飲んだ。
はじめに映ったのは、看守と同じくその後ろ姿。だから、ただの牛柄のレオタードを着、ニーハイストッキングを履いているのかと思った。
「これが、第2矯正収容所における、標準囚人服です」
それ自体、異様なことである。
しかしその数秒後、実紗はさらに異常な光景を目にした。
看守に連行され、ぎこちなくヨチヨチ歩いてきた囚人が、柱を背に立たされる。
その身体の前面が、モニターに映し出される。
「んぅう(これは)……!?」
はじめ、わが目を疑った。
モニターから視線を外し、もう1度凝視して、見間違いでもなんでもないと悟った。
囚人が着せられたレオタードは、胸の部分に生地がなかった。
彼女の胸は、レオタードの光沢ある生地――質感的に、それは布ではないのかもしれない――に覆われていなかった。
(んぅう(そんな)……んんう(ひどい)……)
愕然とし、呆然とする実紗の視界のなかで、囚人が柱に縛りつけられていく。
身体の前側でつながれていた手枷の金具がいったん外され、その腕を柱の後ろに回され、再び接続。
柱を背負うような態勢を取らせてから、柱に設えられていた革ベルトで、身体各所を固定されていく。
乳房の上下、お腹、二の腕。足首を、柱の側面で。さらに首輪につながれていたベルトを柱の後ろに回して、首も。
そうして囚人の身体を柱に縫いつけてから、看守が天井からぶら下がっていた器具を手にした。
乳牛の牧場で使われる、搾乳機を小ぶりにしたような――。
そう考えて、ハッとした。
『これは今朝、収容所内で行われた、搾乳のようすを録画したものです』
先ほどの、佐間医官の言葉。
(まさか……!?)
それは、聞き違いなどではなかった。
腕を柱の後ろに回され、足首を柱の側面に固定されたせいで、胸を前方に突き出すような体勢を強いられた囚人の乳房に、小型搾乳機が取りつけられる。
搾乳機のカップが落ちてしまわないよう、天井から下りていた細いチェーンで吊って固定される。
それから、看守が囚人から離れた。
同時に、カメラが囚人の足元をズームアップした。
モニターの画面サイズがそれほど大きくないこと、実紗との距離が3メートルほど離れていることと相まって、はじめは見えなかった囚人服の細部が映し出される。
そして少しずつ、上方にパンアップされていく。
囚人が脚に履かされていたのは、ニーハイストッキングではなかった。それは牛の蹄を象った、踵のない超ハイヒールのニーハイブーツだった。
彼女の歩きかたがヨチヨチとぎこちないものだったのは、その靴のせいだったのだ。
その牛柄のブーツが切れたところで、むっちりと張りのある太もも。それから、ハイレグのレオタード。
その股間部分に、金属製のプレートが見えた。そこに、小さいノズル状の突起があったような気がした。
(あれは……?)
しかし、詳細を確認することができないまま、画面はさらに上方へ。
レオタードごしに、革ベルトが食い込むお腹。
同じベルトでふたつの肉塊を絞り出すように、上下を締めあげられた胸。その先端に取り付けられた搾乳機。
首輪は実紗が今嵌められているものより、はるかに幅広。囚人が顔をわずかに上向け、前方を見すえたまま首を動かさないのは、その上端が顎の上にまで達しているからか。それで頸椎コルセットを着けられたように、首を固定されているのか。
その少し上。口には金属製の轡が噛まされている。そのせいで口を閉じることができず、溢れた涎は垂れ流しだ。
さらに額にも、鉢巻のような革ベルト。その側面には、牛の角のような飾りが取りつけられている。
その角の下。髪の間から覗く番号が書かれた黄色いタグは、耳に着けられたイヤリングだろうか。まるで、ほんとうの乳牛がされているもののように見える。
(なんて……)
ぶざまで、憐れで、みじめな姿なのだろう。
だがそれは、明日の実紗の姿でもあるのだ。
(でも……)
なぜ、こんなことをするのか。
ぶざまな衣装を着せ、憐れな状態に拘束し、みじめに搾乳することが、矯正教育になるとは思えない。
そう考えたところでカメラが少し引き、映像が顔のアップからバストアップに切り替わった。
直後、搾乳機のカップがブルリと震える。
搾乳が開始されたのか。
その直後から、女性の瞳が少しずつ潤み始めた。頬が火照り、朱に染まっていった。轡を噛まされた口から、溢れる涎も増えた気がする。
(まさか……?)
彼女は性的に昂ぶっているのか。
(でも……)
なぜ、搾乳されているだけで。
そもそも、妊娠も出産もしていない女性が、母乳を出すことがあるのか。
その疑問を抱きつつ、視線を外すこともできずモニターを見ていると、やがて搾乳機が止まった。
横から伸びてきた手が、カップを外す。
すると女性の乳首から、白い液体がひとすじ溢れた。
(これは……!)
あきらかに母乳だ。
彼女はほんとうに、搾乳されていたのだ。
ではなぜ、こんなことをするのか。それをなぜ、映像として残しているのか。
そこで、再び佐間医官の言葉を思い出した。
『もし囚人を馬として調教する第1矯正収容所の看守なら、調教しがいのある囚人だと喜んだでしょうが、あいにく私は226番を見せ物にするための処置をするだけですから』
つまり、そういうことだ。
弁護を担当した木戸夏海が収容された第1矯正収容所は、囚人を馬に見たてて調教する施設なのだ。
実紗が連れてこられた第2矯正収容所は、囚人を乳牛のように搾乳し、それを見せ物にする場所なのだ。
映像を撮っているのは、おそらく配信するため。
もしかするとカメラの後ろ、あるいは横には、観客がいるのかもしれない。
矯正教育のための収容所とは名ばかり。矯正収容所の実態は、いわば矯正観光牧場。
女性が牛のように搾乳されるさまを、喜んで見る人がいるとは、にわかには信じられないが。
ともあれ、囚われの身の実紗には、どうすることもできなかった。
革手錠と鎖つき足枷で拘束され、首輪につながれた棒で制御された身体では、抵抗も逃亡もできない。
革製の厳重な猿轡に言葉を奪われた口では、抗議の声もあげられない。
わが身を待ち受ける凄惨な運命を、否が応でも受け入れるしかない。
「さすがは聡明な元弁護士さんですわ。反抗的なだけの阿呆なら、泣き喚いて無駄な抵抗をするところでしょうが、もはや逆らっても無駄と諦めましたか?」
佐間医官の挑発的な言葉が、心が折れかけていた実紗を奮い立たせた。
弱者を守る弁護士の矜持を思い出させ、顔を上げさせた。
その顔を見、佐間医官が唇の端を吊り上げる。
「どうやらまだ、素直に運命を受け入れる気にはなれないようですね……わかりました」
薄く笑ったまま、館内電話で誰かに告げる。
「226番には、厳しい管理措置が必要です。標準囚人服に加え、一級管理装具を用意してください」
そして表情を引き締め、ふたりの看守に指示した。
「囚人服と装具が届くまでに、洗浄と検査を行ないます。囚人をいつものように吊り上げてください」
首輪につながれた棒を引かれ、立ち上がらされる。
その棒を握る看守が、いつでも実紗を引き倒せるよう身構えたところで、もうひとりの看守が革手錠を外した。
とはいえ、拘束から解放されるわけではない。
すぐさま新たに手枷を嵌められ、その手枷を長さ60センチほどの金属棒につながれた。
それからホイストが下ろされ、両端に手枷をつないだ金属棒の中央部に設えられた金属製リングに、先端のフックが引っかけられた。
ホイストのフックには外れ止めの金具が設えられている。それは指で押せば容易に外せる仕組みだが、実紗の両手は棒の左右の端。
自力ではフックを外せないことを実紗に確認させたうえで、看守がホイストのリモコンを操作した
軽やかなモーター音とともに、フックが巻き上げられていく。同時に、肩幅より少し広く開いた状態で、実紗の両手が吊り上げられていく。
「んっ、ぅう……」
両腕が真っ直ぐ伸びた。
だが、ホイストは止まらない。
さらに巻き上げは続き、背伸びをするような体勢を強いられた。
「んぅう(止めて)」
しかし、言葉にならない懇願は聞き入れられなかった。
斜め後方によろめき。
「んぅうぅ……」
手首を枷に吊られて苦悶する。
とはいえ、よろめいたせいで、身体がホイストの直下に入ったのだろう。
背伸びをしていれば手首に体重がかからなくなったところで、ホイストの巻き上げが止まった。
両手をバンザイする形で、高く吊り上げられてしまった。
その状態で、足枷どうしをつないでいた鎖を外された。
その代わりに看守が取り出したのは、手枷につながれたのと同じ金属棒。
「足を開け」
そう言われても、開けるわけがない。
実紗は足を揃えた状態で、背伸びしている状態なのだ。足を開いてしまうと、手首に手枷が食い込んでしまう。
しかし、看守に容赦はなかった。
ふたりがかりで、無理やり足を開かせられる。
シンプルなスーツのタイトスカートがピンと張り、わずかにめくれ上がる。
「んぅうっ!?」
手首に体重がかかり、苦悶したところで、足枷を棒の両端につながれた。
必死に背伸びし、つま先立ちを維持しても、手首に手枷が軽く食い込む状態。
とはいえ、血流が止められていたりはしない。神経が圧迫され、痺れたりもしない。手枷の革が柔らかく、また角が丸く面取りされているおかげで、食い込む場所が痛んだりもしない。
ギリギリ身体を傷めない範囲で、なおかつその場から1ミリたりとも動けなくさせる絶妙な吊り上げ具合。
そのことで、看守がこの作業に慣れていることがわかる。
これまで何人もの女性が、同じ目に遭わされてきたことが偲ばれる。
そのことで暗澹たる気持ちになった実紗の前に、佐間医官が立った。
「首輪と猿轡も、もう必要ないでしょう」
そしてそう告げたところで、看守が首輪のバックルに手をかけた。
長く実紗の首を軽く締めつけていた首輪が外され、次は猿轡。
後頭部でバックルを解かれ、頬への食い込みが和らぐ。
口中に押し込められていた猿轡内側の突起が、抜き取られる。
そこで溜まっていた涎が、口からゴポリと溢れた。
「ぁううっ!?」
溢れた涎を吸い上げようとしてうまくいかず、糸を引いて垂れた涎はスーツの胸に落ち、すぐに布地に吸い込まれた。
「ぅうぅ……」
不甲斐なく涎を垂らしたことを恥じ、くるおしくうめくが、実紗以外の者はそのことを気に留めていないようだった。
つまり手枷の吊り上げ同様、これもまた彼女たちには慣れた作業。
実紗には一大事でも、佐間医官や看守にとっては、ただの日常業務。
そのことを痛感したところで、佐間医官が腕時計で現在の時刻を確認しながら、看守に訊ねた。
「226番の裁判は、何時頃始まったのですか?」
「我々が引き渡しを受けたのが午前11時頃でしたので、10時頃ではないかと推察されます」
問われた看守がそう答えたところで、佐間医官が目を細めて嗤った。
「そうですか……留置場から連行され、開廷を待っていたとすれば、かれこれ半日以上は、トイレに行っていないということでしょうか」
そしてそう言うと、実紗の下腹部に手を置いた。
「だとすれば、相当溜まっているでしょう?」
それはもちろん、小水のことである。
そして、そのとおりである。
これまで極度の緊張状態を強いられていたため、尿意を忘れていた。それを、佐間医官の言葉で意識させられた。
実紗の尿意は限界に近づいており、あと何十分耐えられるかという状態だった。
「ちょうどいいわ。洗浄を行なう前に、ここでこのまましてください」
「えっ……?」
「どのみち、226番が現在身に着けている衣類は、すべて廃棄されます。だから、このまま放尿してください」
「そ、そんなこと……」
できるわけない。
「と、トイレに……」
行かせてほしい。
しかし、その願いが聞き入れられることはなかった。
「聞こえませんでしたか? 今、ここで、このまま、放尿してください」
もう1度、指示される。
「すぐさま、放尿しなさい」
さらに、きつい口調で。
それでも実紗が放尿できずにいると、佐間医官が看守を見て告げた。
「226番は今、私の指示に3回従いませんでした。減点3を記録しておいてください」
「ま、待って……減点って?」
そのことを訊ねると、佐間医官が薄く嗤って答えた。
「第2強制収容所では、囚人の評価に加減点制を採用しています。職員の指示命令に逆らえば減点、率先して従えば加点。それをひと月集計し、判定会議で刑期の短縮、あるいは延長を決めるのです」
「そ、それは……?」
「226番は入所前処置の段階で、すでに減点3を受けたということです。そして判定会議では、集計された点数の上位半数が刑期短縮、下位半数が延長となります。減点を受ける囚人はあまりいないので、226番はもう大きなハンデを背負ったということですね」
つまり、次の判定会議で、実紗の刑期延長が決まる可能性が高いということだ。
「そ、そんな……」
「とはいえ、減点を受ける囚人がいないわけではありません。この先加点していけば、順位を挽回することもできます。また判定会議の刑期延長・短縮も、累積されていきます。次の会議で延長されても、そのまた次で短縮を勝ち取れば、相殺されるのです」
それはきわめて巧妙、いや狡猾な制度だった。
加点されたか減点されたか、自分のことならおおよそわかる。だが、自分以外の囚人が、今何点なのかはわからない。
そして判定会議は、絶対的評価ではなく相対的評価。仮に自分がプラス点であっても、それ以上の点数を取った者が半数以上いれば、順位は半分より下。刑期延長の対象とされる。
そのため囚人は常に順位に敏感となり、少しでも加点しようと、率先して指示命令に従おうとする。
結果、従順な囚人ばかりになる。
さらに、判定が相対的評価によるもので、自分以外の囚人の点数も順位もわからないということは、順位を恣意的に操作することも可能ということ。
刑期延長を先に決め、あとからそれに見合う順位を与えたとしても、そうされた囚人はほかの囚人の点数を知らないから、恣意的な操作に気づくことができない。
それがきわめて狡猾なやりかただと、ふだんの実紗なら気づいていただろう。
しかし今は、極度の緊張状態。そのうえ、ひっ迫する尿意に追い詰められている。
そのために、ものごとを冷静に考えられない実紗に、佐間医官があらためて迫った。
「もう一度言います。今、ここで、このまま、すぐに放尿しなさい」
しばしの逡巡。
これ以上の減点は、おそらく致命的だ。
だが、服を着たまま、人前で放尿なんてできるわけがない。
しかし、放尿しないと減点される。
でも――。
そこで、佐間医官がふうとため息をついた。
「仕方ありませんね……やってください」
そして、実紗の傍らに立っていた看守に告げると、腰のあたりになにかか押し当てられた。
バチッ!
直後、衝撃に襲われた。
電気警棒の一撃だ。とはいえ、そうと気づいたのはのちのこと。
「……ッ!?」
わが身になにが起きたのかわからないまま、悲鳴すらあげられず、一瞬身体から力が抜ける。
尿道を引き締めていた筋肉からも、力が抜ける。
ジワッ。
そんな感じで、下着が濡れた。
「……ッ!?」
慌てて力を入れ直そうとしても、手遅れだった。
文字どおり堰を切ったように、下着の中に温かい液体をぶちまける。
「いやぁああッ!」
叫んで首を横に振っても、状況は変わらない。
「見ないでぇえ!」
懇願しても、聞き入れられるわけがない。
ショーツとパンスト、2枚の薄い布で奔流を止められていたのは一瞬。
2枚の薄布に濾された液体は、そのまま床に落ちる。一部はパンストを穿いた脚を伝い、靴を濡らして足下に垂れる。
それら水流が作る水溜まりがひとつになった頃、ようやく羞恥と屈辱の放尿が終わった。
「ぁ、ぁあぅう……」
放心したように、いや実際放心して低くうめく実紗。
そんな哀れな囚人を冷たい視線で見すえ、佐間医官が口を開いた。
「ただの反抗なら減点1ですが、看守による懲罰は減点3です。今、226番はマイナス6点になりました」
そして冷酷にそう言い放つと、実紗から離れて看守に指示した。
「汚れた身体を洗ってください。丁寧に、じっくりと、時間をかけて」
ジョキ、ジョキ……。
音をたてながら、大きな裁ち鋏で、濡れて水滴を垂らす衣服が切り裂かれる。
ジョキ、ジョキ……。
スーツのジャケットが、タイトスカートが、ブラウスが、布切れに変えられていく。
あれから――。
羞恥と屈辱の放尿をさせられたあと、ホースで水をかけられた。
頭に、顔に、身体に、容赦なく水をかけられ、汚れを洗い流された。
実のところ、それはただの洗浄などではなく、水責めであった。
それで息も絶え絶えになり、背伸びしてつま先で立っていられず、手枷に体重を預けてぐったりしたところで、衣服の裁断が始まった。
もはや、抵抗する気力も体力もない。
人前で裸に剥かれることに、お気に入りのスーツをズタズタに切り裂かれることに忸怩たる思いはあっても、狼藉に抗議することすらできない。
そんな状態の実紗を見すえて、佐間医官が告げた。
「素直になりましたね。加点1です」
「ぅ、え……?」
「聞こえませんでしたか? 素直に処置を受け入れたので、1点加点されました」
そうなのか。
ここでは気力体力を失い、無抵抗でされるがままになっていれば、評価され加点されるのか。
逆に確固たる意思を持ち、信念を貫き通せば、評価を失い減点されるのか。
そうと気づくことで、これまで生きてきた社会とは違う常識が、ここにはあるのだと思い知らされた。
(だとすれば……)
己の意思を包み隠し、無気力に、無抵抗に従ったほうがいいのではないか。
それで刑期短縮を勝ち取り、1日でも早くここを出るのが得策ではないのか。
ふだんの実紗なら、そんな思いを抱いたりしなかっただろう。
だが今は、極度の緊張状態で強制的に放尿させられ、そのうえで凄絶な水責めを受け、肉体的にも精神的にも削りつくされた状態。
さらに搾乳映像を見せられた直後、佐間医官の言葉に反発し、心を奮い立たせたことも効いていた。
つまり実紗は、低いところからさらに低いところに落とされたのではなく、いったん高く持ち上げられてから落とされた状態。
落差が大きいほど、落ちたときのショックは大きい。
そのせいで、実紗は第2矯正収容所の狡猾な評価制度の罠に絡め取られてしまった。
それが、自分にとって最善の選択であると思い込んだまま。
スーツとブラウスに続き、下着もすべて断ち切られて奪われても、靴を脱がされても抵抗しない。悲鳴や抗議の声すらあげない。
そうして全裸に剥かれた実紗を前に、佐間医官がふたりの看守に告げた。
「標準囚人服を着付ける前に、226番に一級管理装具を取りつけます。いったん拘束を解き、処置椅子に固定してください」