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「ーーーーー」

帰宅したその子は、笑みを浮かべながら鏡を見つめたー。


「ーわたしは…」

鏡の前で、緊張した様子でそう声を発するー。


「ーーわたしは……わたしはー…」

自分で、何度もそう言いながら、緊張した様子で

綺麗な長い黒髪を触るとー、

ニヤニヤと笑みを浮かべながら鏡を見つめるー。


学校に持って行っていた鞄を雑に放り投げてー、

中身が零れ落ちるー。


だが、今の彼女には、そんなことに興味など全くなくー、

只々、鏡のほうをまっすぐと見つめていたー。


「ーわたしはー…

 わたしはー…絵里香(えりか)ー」


自分の名前を鏡に向かって名乗るー。

一見すると、何の意味もないような奇妙な行動ー。


「ーわたしは…絵里香ー

 わたしは絵里香ー

 わたしは絵里香ー」


そう言うと、興奮した様子でさらに鏡に近付きながら

何度も何度も「わたしは絵里香♡」と、繰り返すー。


自己紹介の練習でもしているのだろうかー。

いいや、そうではないー。


彼女は今ー、

彼女であって、彼女ではないー


「ーわたしは、早瀬 絵里香(はやせ えりか)ー

 くっ…くふっ…ふふふふふふー


 わたしは早瀬 絵里香っっ!」


嬉しそうに叫ぶー。


自分の名前を名乗るだけで、ここまで嬉しそうにする人間は、

世の中全体を探しても、早々、見つからないはずだー。


しかし、彼女が名乗っているのは

紛れもなく自分の名前ー。


彼女はー、”早瀬 絵里香”で間違いないー。


では、何故、自分の名前を鏡の前で名乗るだけで

そんなに興奮しているのかー。


その答えは、一つだったー。


「ーーわたしはーーー…

 佐山 絵里香ー


 な~んて…♡ ぐふっ」


絵里香は”他人の苗字”を名乗ると、

とても興奮した様子で、ニヤニヤと笑い始めたー。


そうー、

彼女…早瀬 絵里香は

”憑依”されていたのだー。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


数日前ー…


「ーーなんか、こうー…”こういう名前”っていいよなぁ」


その言葉を聞いて、反対側に座っていた

友達が、呆れ顔で笑うー。


「ーはははー、お前、ホント、”名前”好きだよなぁ」


そんな呆れ顔の友人に対しー、

彼、佐山 雄太郎(さやま ゆうたろう)は、ニヤニヤと笑うー。


呆れ顔の友人、昭雄(あきお)は、

「人の名前なんて、別にどうでもいいじゃねぇかー。

 俺なんて、全員識別番号だっていいぐらいだー」

と、苦笑いしながら言うー。


「はぁ?ロボットじゃないんだしー…」

雄太郎は、そう言うと、クラスの名簿を見つめながら笑みを浮かべるー。


「いやぁ、ほら、”絵里香”とか”美空(みそら)”とか”麻奈美(まなみ)”

 とかさぁ、こういう柔らかい名前ってさー、

 なんか、名前聞いただけで興奮するじゃんー?」


雄太郎のそんな言葉に、昭雄は真顔で「いやしねぇよ」と、

首を横に振るー。


「ーーえ~~…

 俺なんて昨日、”絵里香”の三文字だけで抜いたけど?」

雄太郎のその言葉に、昭雄は「この変態野郎が」と、呆れ笑いを

浮かべながら言うー。


「ーーいや、お前もやってみー?

 ”わたしは絵里香”とか、”わたしは美空”とか”わたしは麻奈美”とか

 言葉にしてるだけで、滅茶苦茶興奮するからさー」


雄太郎が力説するー。

昭雄は再び「しねぇよ」と、断言すると、首を横に振りながら、

「ー俺にはサッパリ理解できん」と、笑いながら呟いたー。


「ーちぇっ…なんだよ~…

 でもさ、本当は、さー」

雄太郎はそう言うと、昭雄のほうを見つめながら笑うー。


「ー”他人の身体”で”他人の名前”を名乗ってみたいよなぁ~」

雄太郎の言葉に、昭雄は「なんだよそれ?」と、笑うー。


「いや、だからさー、

 例えば、麻奈美ちゃんになって

 ”光月 麻奈美”って、当たり前のように、自分の名前を書いたりさー、

 ”わたしは光月 麻奈美です”って、自分の名前を名乗ったりさー

 そういうことができたら、滅茶苦茶興奮するだろうなぁってー」


雄太郎がそこまで言うと、

昭雄は「ダメだー。もっと話についていけない」と頭を抱えたー。


「ーーいやいや、だ~か~ら~、

 僕が、”光月 麻奈美”って名乗っても、ただの変態だろー?

 でも、麻奈美ちゃんの身体で”わたしは光月 麻奈美”って名乗れたらー

 やべぇじゃん!?すげぇじゃん!」


興奮した様子で力説する雄太郎ー。


「ーわりぃ、俺、急用を思い出した!」

雄太郎の話についについていけなくなった昭雄は

そう叫ぶと、苦笑いしながら早足で立ち去っていくー。


「あ~…逃げたな?」

雄太郎はそう呟きながらも、

「可愛い名前を名乗るのって、興奮するじゃんかー」と、

一人、静かに呟いたー。


がー…当然、自分は”佐山 雄太郎”であり、

それ以上でも、それ以下でもないー。


”早瀬 絵里香”なんて可愛い名前にはなれないし、

”水野 麻奈美”なんて可愛い名前にも、なることはできないー。


いやー…

別に自分の名前が嫌いなわけではないー。


ただ、ただー、

”わたしは早瀬 絵里香”だとかー、

”わたしは水野 麻奈美”だとかー、

そんな風に名乗ってみたいのだー。


そんな可愛い名前を”僕の名前”として何かに書いてみたいのだー。


「ーーーまぁ…そんなことできっこないけどー」

雄太郎は、少し残念そうに、そんな言葉を口にするー。


人間は、生まれた時から”名前”に縛られているー。


結婚したりして、苗字が変わる可能性はあるしー、

正当な理由があれば、名前を変えることはできるー。


だがー、

それでも、雄太郎が”早瀬絵里香”とか”水野真奈美”とか

そういう名前を手にすることはできないしー、

雄太郎がしたいことは、そういうことじゃないー。


”可愛い子になって、可愛い名前を名乗りたいー”

それが、雄太郎の願いー。


「ーあぁ~……僕ってば本当に名前フェチだなぁ~」

ニヤニヤしながら雄太郎は一人、そんな言葉を口にしたー。



”僕の夢は、所詮、夢ー

 僕が可愛い子になって、可愛い名前を自分で名乗るなんて

 できっこないー”


そう、思ってたー。


この日の、夜まではー



「ーーーーーーーできるじゃんーー」

雄太郎は、部屋のパソコンでとあるサイトを見つめながら

呆然としていたー。

”可愛い子になって、可愛い名前を名乗りたい”

そんな夢、絶対に叶わないと思っていたー。


でもーーー


「できる!できる!できる!できるじゃん!!!」

雄太郎は、ネットで偶然見かけた”憑依薬”と呼ばれる薬を見つけて

激しく興奮しながら、嬉しそうに自分の机をバンバンバンと叩くー。


「あはは!これで!これで!えへへへへー!」


”憑依薬”なんてものが本当にあるのかも分からないしー、

そのサイトが信用できるサイトなのかも分からないー。

普通だったら、疑って当然のそのサイトを、

何故かあっさり信じ込んだ雄太郎はー、

何の迷いもなく”注文”ボタンをクリックしたー。


「ーーえへへへへへへー」


それがーーー…

”今”の状況に至るまでの”理由”だったー。


・・・・・・・・・・・・・・・・


「わたしは早瀬 絵里香ー」


そして”今”ー。

絵里香に憑依した雄太郎は、

絵里香の身体で、”早瀬 絵里香”と繰り返し名乗って、

この上ない快感を、何度も何度も味わっていたー。


「ーーえへへへー…ちょっと、

 ”色々”アレンジしてみようかなー」

ニヤッと笑う絵里香ー。


「ーーーーーあた……」

そこまで言って、少し恥ずかしそうにしながらも、

すぐに息を吸って

「あたしは絵里香ー」と、言葉を口にするー。


普段は、一人称が”わたし”の絵里香に

”あたし”と言わせて、名前を名乗ってみるー。


「ふひっ…こりゃいいやー」

ニヤッとする絵里香ー

そんな姿が鏡に映りー、

絵里香はすぐに「おっとっとー、おじさんみたいな

笑顔にさせちゃダメダメー」と、深呼吸をするー。


「ーあたしは絵里香ー

 あたしは絵里香ー

 あたしは絵里香ー


 んふふふふふっ♡」


そこまで言って、”あたし”に満足すると、

今度は「僕は絵里香ー」と、言葉を口にするー。


「んんん~…早瀬さんがボクっ娘にー

 うへへ‥たまんないや」


絵里香は顔を真っ赤にしながら、

今度は何度も何度も、

「僕は絵里香ー

 僕は早瀬 絵里香ー」と、言葉を口にするー。


さらにー

”わざと”低い声で

「僕は早瀬 絵里香だよ」などと、クールに言い放ってみるー


「うへへへぇ…アニメとかに出て来そうな感じぃ…」

”わたし”に、”あたし”に、”僕”ー。

3つの一人称を堪能した雄太郎は、さらにエスカレートしていくー。


「ー俺は絵里香」

「ー俺は絵里香ー」

「ー俺は早瀬 絵里香だって言ってんだろ」


睨みつけるようにしながら、そう言い放ってみるー

鏡の中の”怖い絵里香”は、普段学校で見る

”早瀬 絵里香”とはもはや別人だったー。


この上なく興奮する、凄すぎる光景だー。


「ーーわしは絵里香ー

 わしは、絵里香じゃー」


”似合わね~!”と、思いながら

”わし”も試してみるー。


「ーおいらは絵里香ー

 ミーは絵里香ー

 吾輩は絵里香であるー」


色々な一人称を口にしながら

最後に絵里香はニヤッと笑うとー、


”まぁ、興奮するのは”俺”ぐらいまでかなー?”と、

心の中で呟くー。


あまり、脱線した一人称になってくると、

もはやゾクゾクするというか、

お笑いになってくるー。


「ー小生は絵里香ー

 某は絵里香ー

 我は絵里香なりー」


最後に、そんな一人称も呟いて

フッと笑うとー、

「ーわたしはえ・り・か」と、嬉しそうに鏡を見て微笑んだー。


絵里香自身ー、

今までの人生でこんなに自分の名前を繰り返し繰り返し

口に出して名乗ったことはなかっただろうー。


それをさせているという現実に、

喜びを感じながら、

「あ!そうだー」と、絵里香は手を叩くー。


「ーーゆ、ゆ、ゆーー…

 雄太郎くんの彼女の、絵里香です♡」

甘い声とあざといポーズをしながら、

”勝手に彼女”にして、自己紹介をするー。


激しくドキドキしながら、

続けてー


「ゆ、雄太郎の妻のーー絵里香ですー」と、

大人っぽい雰囲気で自己紹介してみるー。


「えへっ…えへへへへへ うへへへへぇ…」

興奮しすぎておかしくなりそうになりながら、

自分を抱きしめてベッドの上を

コロコロと転がると、

しばらくして、ようやく起き上がった絵里香は

「そうだ!今度はーー」と、

適当な紙を探して”早瀬 絵里香”と、名前を

書いてみたー。


「ーはぁぁー…

 今は”人の名前”を書いてるんじゃなくてー

 自分の名前を書いてるんだー」


”早瀬 絵里香”と、いう文字を見て

思わず苦笑いするー。


「あぁ~…字は僕の字だなぁ…」

絵里香はため息をついたー。


絵里香に憑依すれば、

見た目も、声も絵里香のものになるー。

だから、”わたしは絵里香”と名前を呟くと、

他人の身体で勝手に、他人の名前を名乗ることができて、

とても興奮するー。


しかし、絵里香に憑依しても、

筆跡までは変わらないー。

そのため、絵里香の身体で絵里香の名前を書いても、

なんとなく”ただ単に僕が勝手に人の名前を書いている”と、

そんな状況にしか感じないー。


「ーーう~ん…うわぁ…早瀬さんの字、綺麗だなぁ…」

教科書の裏に書かれた、絵里香本人が書いた字を見つめながら、

「これを真似して書けるようになればー…もっとドキドキできるかもー」と、

笑みを浮かべるー。


がー…

この筆跡を真似するのには相当時間がかかるだろうしー、

自然にそれを習得するのは不可能に近いー。


そんなことを思うと、今一度「わたしは早瀬絵里香ー」と、呟いて

ニヤニヤと興奮しながらー、

「あ…なんか身体が変な感じにー…早瀬さんが滅茶苦茶興奮してるー」と、

他人の身体を勝手に興奮させたことに、笑みを浮かべながら、

雄太郎はそのまま、絵里香の身体から抜け出したー。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


翌日ー


「次は誰に憑依しようかな~…」


そんな風に思いながら、雄太郎が学校に登校すると、

少し間を置いてから、絵里香が雄太郎の方に近付いて来たー。


普段、雄太郎が絵里香と話をすることは滅多にないー。


雄太郎は、そもそも、あまり女子とは縁のないタイプの

男子生徒だからだー。


「ーーーあのー」

絵里香が申し訳なさそうに近づいてくるー。


「ーーえ…?」

急に話しかけられてドキッとする雄太郎ー。


「ーーー”昨日の”どういうことー?」

絵里香が困惑した様子でそう言葉を口にするー。


雄太郎は「えっ??えっ??き、昨日ってー?」と、

首を傾げると、

絵里香は顔を赤らめながら

「ーー…わたしの身体を勝手に動かしてたのー…

佐山くんだよねー…?」

と、言葉を口にしたー。


「ーーー!!?!?!?!?!?」

突然の絵里香のそんな言葉に、雄太郎は驚いて、

その場で泡を吹いて、失神しそうになってしまったー…。


②へ続く


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


コメント


憑依して”名前”を名乗りたいー…

そんな夢を叶える(?)憑依のお話デス~!


わたしは〇〇…と、他人の身体で、他人の名前を名乗る…★

そんなドキドキゾクゾクを味わうお話ですネ~!☆


続きはまた次回デス~!!★

今日もありがとうございました~~!

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