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「ーーー誰だ、お前はー」

高齢の男が、病室に入って来た女を見ると同時に、そう言い放ったー。


「ーー…お…おじいちゃんー…わたしだよー…」

いつかは、こんな日が来ると思っていたー。


祖父の幸太郎(こうたろう)は、認知症だったー。


孫娘の花森 千穂(はなもり ちほ)は、

口の中が急激に乾き、身体が震えるのを感じながら、

必死の思いで、そんな言葉を口にしたー。


しかしー


「ーお前みたいな女!俺は知らんぞ!」

幸太郎が叫ぶー。


数年前から認知症の症状が出ていた幸太郎ー。

最初のうちの進行は緩やかだったものの、

高齢であることも重なり、去年の末頃からは、

急激にその症状が悪化していたー。


それでも、今までこんなことはなかったー


”いつかは”こんな時も来るー

そんな覚悟はしていたつもりだったけれどー

いざ、だいすきな”おじいちゃん”に

”誰だ?”と言われてしまうと、そのショックは計り知れないものがあったー。


「ーーー…早く出ていけ!警察を呼ぶぞ!」

幸太郎の叫び声に、落ち込んだ様子の千穂ー。


けれどー

それでも笑顔を浮かべながら

「ごめんねー…また来るからー」と、千穂は

申し訳なさそうに病室を後にしたー。


「ーー今日は、酷かっただろ?」

3つ年上の兄・誠(まこと)が、そんな言葉を口にするー。


「ーーうんー……ごめんね。

 いつかはこんな日が来るって覚悟はできてたつもりだったけどー…

 なんかー……」


千穂はそう言いながら涙を流すと、

誠はポンポン、と千穂の肩を優しく叩いたー。


「ージュース買って来るよ」

誠が気を使ったのか、一度そう呟いて離れるー。


”おじいちゃん”は、千穂が大学に入学した時ー、

とても喜んでくれたー。


いや、大学に入学した時だけではないー。

高校に入学した時も、卒業した時もー

中学生の時もー、

いつもいつも、何かあるごとに喜んでくれたー。


そしてー

”社会人になったら、すっごいモノ買ってやるからな”

などと、一昨年、大学に入学した際には言ってくれていたのだー


それがー

今ではー。


千穂は、涙を拭くと、戻って来た兄の誠にお礼を言いながら

ジュースを受け取り、それを飲み始めたー


「まぁ、認知症は、さー

 日によって症状に前後があってー

 今日、千穂のことを忘れていても、明日には覚えているかもしれないー

 だからー……”また”おじいちゃんに思い出してもらえるさー」


誠はそう言うと、

「この前なんて俺、”俺だよって…さてはお前…オレオレ詐欺だな!”とか

 言われたしさー」と、笑いながら言葉を口にしたー。


そんな誠の言葉に、千穂は

「ー確かにお兄ちゃんは、好青年の雰囲気が強すぎて

 胡散臭いかもー」と、少しだけ笑顔を浮かべながら答えたー


「なんだよそりゃ!慰めようとしてるのにー」

兄・誠が笑いながら言うと、

「ありがと」と、千穂は慰めてくれた兄に対して

嬉しそうに言葉を口にしたー。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「そっかー…

 おじいさん、そんな状態なんだねー」


大学の昼休みー

千穂の彼氏、瀧野 悟志(たきの さとし)が

千穂からの話を聞いて、そう呟いたー。


「ーー俺のおじいちゃんも、そうだったからー

 気持ちはよく分かるよ」

悟志が悲しそうに言うー。


悟志の祖父は悟志が高校生の頃に亡くなっているがー、

今の千穂の祖父と同じような状況だったことから、

千穂の気持ちはよく分かっていたー


「つらいよなー

 知らない人みたいに言われるのー」


悟志がそう言うと、千穂は「うんー」と、

寂しそうに頷いたー。


「ーーーーー」

しんみりとした空気が流れてしまうー。


そのことに、千穂が気付いて、

「あ、ご、ごめんね!せっかくのお昼休みに!」と、

慌てた様子で言うと、

悟志は「いや、いいさー全然。」と笑いながら首を振るー。


「ーー俺に出来るのは、

 千穂の話を聞いてあげることぐらいだからなー。

 いくらでも、聞くさ」


悟志の言葉に、千穂は「ありがとう」と、微笑んだー。


「ーーー本当はー」

千穂のお礼に少し照れくさそうにしながら

悟志は、千穂のほうを見て笑うー。


「ー俺に、千穂のおじいちゃんを回復させる魔法でも

 使えたらいいんだけどなぁ」

悟志のそんな言葉に、千穂は笑いながら

「ーーー今からでも覚えてよ~」と、冗談を返すー


「ーははは~じゃあ、頑張っちゃおっかな~」

そんな悟志の言葉に、

千穂は、お兄ちゃんに、悟志にー、

周りにいるのが優しい人ばっかりで、本当によかったー、と

心が温かくなる気持ちを感じるのだったー。


・・・・・・・・・・・・・・・・・


週末ー。


千穂が再び病院を訪れると、

祖父の幸太郎が「千穂ー」と、嬉しそうに笑ったー


「ーおじいちゃんー」

千穂は嬉しくなって思わず涙を浮かべるー。


「千穂ー?」

不思議そうにしている”おじいちゃん”ー。


だが、そのおじいちゃんに対して

”この前、わたしのこと忘れてたよ”とは、言わなかったー。

いや、言えなかったー。


実際に、”大好きなおじいちゃん”の

死期が近いー、そんな状態を目の当たりにしたら、

そんなことは言えなくなるー。


「ーーーううんー。

 おじいちゃんと会えて良かったー」

千穂がそんな風に言うと、大学での出来事を色々と幸太郎に

話していくー。


だが、話をしている最中にー

”幸太郎の中では千穂はどうやら中学生”であるということに気付くー。


今日はー、千穂のことは認識できているようだったが、

千穂のことは”中学生”だと思っているようだー。


「ーーー小学校の頃の友達とはうまくやってるかー?」

幸太郎が穏やかに言うー。


「ーうん。うん。仲良くやってるよー」

千穂は、”おじいちゃん”に話を合わせるー。


たとえ、”偽り”の雑談であってもー。

もうすぐ”それすら”できなくなるー。

だから、周囲から見れば何の意味もない

こんな会話でもー

それが出来ていることが、嬉しかったー。


「ーーーあ、おじいちゃんー

 わたし一度、お手洗いに行ってくるねー」


そんなことを言いながら、千穂が一度病室から出るー。

寂しそうに涙を拭いながらぐっとそれをこらえるとー、

深呼吸をして、もう一度病室へと戻るー。


”おじいちゃんにはもう、”今のわたし”が見えていないー”

そんな風に思いながらも、

それでも、”わたしは最後までおじいちゃんの前では笑っていよう”と、

そう、改めて決意するー。


「ーーおじいちゃんー」


しかしー、

病室に戻った千穂に、冷たい言葉が浴びせられたー


「ー誰だ?」

幸太郎が言うー。


「ーーえ…だ、誰ってー…

 さ、さっきまで一緒にいたじゃんー」

千穂が、寂しそうにそう言うと、

「知らん。千穂はどこだ?」と、幸太郎が声を上げるー。


「ーーーち、千穂は…わたしー」

千穂がそう言いかけると、

「ー俺の孫になりすますつもりか!」と、幸太郎が怒りの形相で

無理矢理立ち上がったー。


「ちょ、ちょっと、おじいちゃん!ダメだってば!」

幸太郎は、もう、まともに歩くこともままならない状態ー。

一応、立つことはできるのだが、歩くのも難しい状態で、

すぐに倒れてしまうー。


必死に幸太郎を、ベッドに戻らせようとするもー、

幸太郎は「千穂を隠して何のつもりだ!」と、大声で怒鳴るー。


千穂は慌てて、ナースコールのボタンを押そうとするも、

幸太郎が突然、千穂の腕をぐいっと引っ張りー、

ボタンを押したと同時に、引っ張られた千穂がバランスを崩しー、

元々、足腰がかなり弱っている幸太郎もそれにつられてー

そのまま二人は盛大に、ベッドの近くの机に激突、

転倒してしまったー


・・・・・・・・・・・・・・・・・


「ーだ、大丈夫ですか!?」


駆け付けた女性看護師が、

幸太郎と、孫娘の千穂が倒れている現場を見て叫ぶー。


「ーーだ、大丈夫ー、大丈夫、ですー」

千穂がそう言いながら起き上がると、

すぐに「え…あれ?」と、自分の口元のあたりを

触り始めたー


「あ…あ…あーーー、あ…

 え…声が変だぞー?」

一人でボソボソ呟く千穂ー


「ーーこ、これは…ど、どういうことだー?」

千穂が奇妙な言葉遣いで看護師のほうを見つめるー


看護師が「だ、大丈夫ですかー?」と

今一度戸惑いながら確認すると、

今度は倒れていた幸太郎の方が起き上がったー


「い、いたたたたた…」

幸太郎がそう思いながら、自分の身体を起こすー。


だが、やはり幸太郎も自分の”声”に違和感を感じた様子を

見せながらー、

「え……ーーー」と、呆然と手を見つめているー


そしてーーー

驚いた様子で幸太郎は、千穂を指差しながら

「も、もしかしてー…おじいちゃんー?」と、

言葉を口にしたー


「ーーー?????」

困惑する女性看護師の視線に気づきー。

千穂と幸太郎は「だ、大丈夫ですー」と、慌てて大丈夫だと伝えると

後片付けを手伝ってくれたあと、

女性看護師はそのまま病室を後にしたー


・・・・・・・・・・・・・・・・・


二人はーー…

倒れた拍子に”入れ替わって”しまっていたー。


「ーー本当に、すまんー」

千穂(幸太郎)が何度も何度も謝罪するー。


「ーーーううんー…大丈夫ー」

幸太郎(千穂)は驚いた様子で、そう呟くと、

千穂(幸太郎)は、「本当に、本当に、すまないー」と

悔しそうに声を上げるー。


「ー孫のことを”お前誰だ”なんて言ってー

 本当にーー…すまなかったー」

千穂(幸太郎)は目に涙を浮かべているー。


千穂の身体になったことで、

”千穂の若い脳”を使うようになった幸太郎はー

急速に意識も記憶もハッキリしてー、

千穂のことをしっかりと思い出したー。

もちろん、千穂が大学生になったことも含めて、だー。


そして、今までの自分のことを呪ったー。

千穂に、酷いことをしてしまったー。

何度も何度もー。


いいや、千穂だけじゃないー

千穂の兄の誠にも、本当に酷いことをしてしまったー


「ーーーーあ、すまんー」

千穂(幸太郎)は、意図せず、千穂の胸に触れてしまいー、

慌てて手を離すー。


幸太郎(千穂)は「いいよー…

そんなことより、おじいちゃんと、また話せて良かったー」と、

嬉しそうに呟くと、

「でも、おじいちゃんの身体ー…こんなに辛いなんてー」と

呼吸を苦しそうにしながら

「わたし、おじいちゃんのことー…何も分かってなかったー」と、

”想像以上に高齢の身体は辛い”ことを

入れ替わったことで実感するー。


「ーーーとにかく、元に戻る方法を探さんとなー」

千穂(幸太郎)がそう言うと、

幸太郎(千穂)は「それよりおじいちゃんー…わたし、喉がすごい乾いたー」と

言葉を口にするー。


幸太郎の身体の喉はカラカラだー


「わ、わかったー

 じ、じゃあー…」

恥ずかしそうに立ち上がる千穂(幸太郎)ー


相手が孫娘とは言え、

いきなり女子大生の身体になってしまうのはドキドキするー。


それに、”若い身体”の動きやすさにも

改めて感動を覚えるー。


そんなことを思いながら、

千穂(幸太郎)は病室をいったん出て、自動販売機で

飲み物を買うー。


「そういえばー…

 長い間忘れてたなーこの感覚ー」


自由に、歩くことができるー。


かつては、幸太郎にとっても当たり前だったこの感覚ー。

それは、何だかとても懐かしい気がしたー。


自動販売機で、

飲み物を選ぶ際に、少しだけ迷う千穂(幸太郎)ー


”俺の身体だと、お茶のほうがいいのかー?”だとか、

”千穂が好きなのはジュースだった気がするけど”だとか、

色々頭を悩ませるー


そもそも、入れ替わった以上、味覚はどっちのー?


悩んだ挙句、とりあえず無難なお茶を購入して、

病室の方に戻る千穂(幸太郎)ー


「ー千穂、これで良かったかなー?」

千穂(幸太郎)がそう言いながら、お茶を机に置くと、

幸太郎(千穂)が少しだけ不思議そうな表情を浮かべながらー

言葉を吐き出したー。


「ーーー…誰?」

とー。


「ーーーーえ?」

千穂(幸太郎)が表情を歪めるー。


幸太郎(千穂)は、そんな千穂(幸太郎)に対して言い放ったー


「ーどちら様ですか?」

とー。


千穂(幸太郎)は、唖然とするー


”認知症である幸太郎の身体”と入れ替わってしまった千穂はー

急速に何もかもが分からなくなりつつあったー…



②へ続く


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


コメント


認知症のおじいちゃんと入れ替わってしまうお話デス~!

続きはまた次回を楽しみにしていて下さいネ~!


今日もありがとうございました~!

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