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久しぶりのお絵描きメモになります。

ふだんは絵や創作の取り組み方や備忘録になってますが、

今回はイップス克服へのかなり大きな手掛かりを見つけたので、その備忘録と参考として書き連ねていきます。まとめるのが苦手で長々と拙いです。

※自分のイップスについて未見の方はこちらの雑記から:

2020.9雑記と進捗 https://matsukitchi12.fanbox.cc/posts/1427420

2020.10雑記と進捗 https://matsukitchi12.fanbox.cc/posts/1540122

2パートに分けます。

1…『内なる読み手』について

2…自分自身の事例で絵柄振り返り

■1、『内なる読み手』の存在

先日リツイートで回ってきた記事が興味深い内容とアプローチでした。

書くことは何故苦しいのか? スランプを破壊するいくつかの方法

https://readingmonkey.blog.fc2.com/blog-entry-753.html?sp

その記事を要約すると、

自分が書く(描く)とき、それを直したり推敲する別の受け手視点「内なる読み手」がいる話と、それに対するアプローチでした。

今回この「内なる読み手」に注目してみたいと思います。

この存在は、自分が理想や上位とする考え方や思想の持主(あえて呼ぶなら【上位思想】)、『上位者』とも言えるものに思えます。


つまり推敲するというのは、その思想に乗っ取って、ということになります。

自分の思想が推敲させている。

思想とも言えるし信念とも言える。

絵描きには、それぞれ皆違う信念がある。

つまり何を一番に目指すか。

まだ見ぬ至高の表現か、他者の評価や褒められることか、自己評価や納得度か、対価や売り上げ金額・売れることか、いいねの数か、理想の絵描きに近づくことか、ただ単に見てもらうことか…

自分自身は、この数年で環境が移り変わり、その環境のたびに(無意識に)上位思想・内なる読み手が変化していたことに気づかされます。


上位思想の変化は、知らず知らず自分の最初の思想や信念を捻じ曲げ、

遂にはイップスを誘発する原因になるのではないのか。

■2、自分の絵の変化を振り返り、イップス原因となる環境の変化と思想の関係性を探る

自分の環境の移り変わりは、下記のような変遷をたどります。

①山形にいた頃(ニート創作絵描き)2009~2013年

➁東京に来た頃(ゲーム会社絵描き)2014~2017年 イップス前兆期

➂現在(東京、個人絵描き)2018~2020年 イップス期

それらの時期で【自分の中で良かった絵】をピックアップして、

絵柄の変化を見てみましょう。

①山形にいた頃(ニート創作絵描き)2009~2013年

上位思想→人気や評価では測れない孤高の創作者たちと交わる・己の表現を追求する(コミティア等)


➁東京に来た頃(ゲーム会社絵描き)2014~2017年 イップス前兆期

上位思想→評価やチェックで舐められないように一部のスキを見せずしっかりと塗り込む(ゲーム絵的考え)


➂現在(東京、個人絵描き)2018~2020年 イップス期

上位思想→ブレブレ…なんとなく売れそうな塗りや描き方にする、ウケそうな感じにする(信念薄く流行に流された意識)

ピックアップした絵は、その中でかろうじて本来の思想が抽出された感じ


おそらく他者から見ればどの時期の絵も悪くないかもしれないけど、

傾向が分かれてるのが目に見えるでしょうか。

②の商業的傾向が、結果的に自分の初期の信念を多少なりとも曲げてしまったように思います。

それでもその中において自分の本来の信念と混ざり合って、危ういバランスを保っていたのかもしれません。

しかしその傾向が強すぎた結果、「塗り込まなければいけない」「きっちり描き込まなければいけない」という強迫観念に今は縛られた気がします。

自分がイップスを克服するには、商業的価値観を一度忘れ、お金や数字で測れない創作の価値を思い出す必要がありそうです。

そのカギを握るキーワードは「仲間」と「無形」の2つかもしれません。

「仲間」。同人とはまさに世間的な価値観を離れ刺激しあうもの、自分にとって仲間の場です。

そして自分の中のかつての『上位者』はそういった仲間でした。

(余談としてこれはかねてより思っていることですが、同人活動の場は商業への登竜門ではありません。

企業が優秀な人材を刈り取る農場でもありません。

同人は同人で完結している、かけがえのない交流の居場所と捉えています。)

今は配信等を通して支援者の方も温かく見守ってくださる「隣人」「仲間」と思っております。とてもありがたいです。

そして「無形」。

商業絵とはカタチをつくり完成させること。

しかし、カタチばかり追えば追うほど滑稽なほどに信念や思想は崩れていくこともあります。

自分はもともとカタチにならないエモーショナルなものを感じた時、それを表したくて絵を描いてました。

形のないものを追い、それを形でもってつくる。無形を追う。

悲しい気持ちも、胸の奥にあるつかえも創作になりうる。

まだまだ本当のイップス克服への道や結論は見えないですが、

そういった思いを少しづつ心に刻み込んでいきたいものです。

似たような悩みを持つ方への参考に、少しでもなれば幸いです。

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Comments

Anonymous

以前から此方のお絵描きメモ拝見しておりますが、思考のロジックがまとまっており参考になるほか、自分自身を考えてみるいいきっかけになっております。ありがとうございます。

matsukitchi12

ナダレさん コメントありがとうございます!少しでも意義があればこういう発信も続けたいと思います。一口にイラストといってもあまりにも体系化、共有されていない事例や注意点(トラップ)、解明されていない事象がありすぎて皆が気を付けなきゃいけないとこで皆罠に落ちてる感もあります。できるだけ避けたいものです。