ひとつの冒険者パーティがオオカミの魔物の腹に収まって全滅するまでを見届けるSS (Pixiv Fanbox)
Published:
2020-11-23 09:53:04
Edited:
2023-07-31 15:04:10
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未熟な冒険者たちがみんな丸呑みされて全滅しちゃうSS(ショートストーリー)です。
久々に文章を書いてみました。
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たとえば、荘厳で美しい山の木々が土石流によってあっけなく押し潰されていく光景。
たとえば、職人たちの手で創られた精巧な建造物が激しい業火で焼け落ちていく光景。
そういった圧倒的で理不尽な破壊は、恐ろしい反面どうしようもなく惹かれる魅力があると思う。少なくとも僕は物心ついた時からそれを感じていた。
「殺さないでっ!! 殺さない゛でください゛ぃ……!!」
大きな毛むくじゃらの手に摘ままれた女の子がブラブラと揺さぶれて弄ばれている。じたばた暴れて彼女は必死に拘束を振りほどこうとしているものの、両者の腕力の差は歴然であった。彼女はこれから己の身に起こる事態をすでに察しているようで、蒼白した顔面にぽろぽろと哀れなほどに大粒の涙が流れ落ちていた。
そしてそんな悲惨な有り様を前にしても彼女の仲間たちはただただ震えながら立ち尽くすだけで、意を決して腕の主に攻撃する勇気もなく、かといって隊の生存を優先して一目散に逃げる合理的な決断も出来ずにいた。彼らはおそらく旅立ってまだ数週間の新米冒険者パーティなのだと察する。実力と経験が身に付いていない新米の時こそ事前の情報収集が命運を左右するというのに、どうやらこの森に凶悪なワーウルフが棲んでいることを今の今まで知らなかったようだ。
「へへへ……元気のお嬢ちゃんだなァ。活きがいい獲物は俺様は大好きだぜ」
「ひぃいい!!いやぁああああ!!!」
あーん、とばかでかい口を開けたワーウルフは、吊り上げた獲物の身体をそのまま降下させる。肉の洞窟から発せられる熱気が白い空気となってむわりと獲物を包む。ごぷっ、ずりゅずりゅ。ゆっくりと足先が粘膜の下に沈んでいくにつれて少女の金切り声もボルテージを上げていき、腰元までオオカミの体内に呑まれる頃には彼女の顔はもはや涙と汗と諸々でぐちょぐちょになっていた。この可憐な彼女もきっと数時間前までは一人前のたくましい冒険者に成ることを夢見ていただろうに。その結末がこれとは随分な仕打ちだ、と思った。
「助けてえ……助けてよぉ……」
もはや自力での脱出は不可能と悟った少女は最期の希望として仲間たちに意識を向けるものの、形ばかり構えただけの彼らの武器はカチカチと音を立てて震えるばかりだ。「ごめん…ごめん…」とリーダー各の剣士の少年がかろうじて涙声で小さく言った。外側から見える彼女の部位はもはや首から上のみ。青空を眺められる機会もこれが生涯最後に違いない。ワーウルフは開いていた顎をいよいよ閉じると、次の瞬間にはゴックンと大きな嚥下を行う。ぼっこりした膨らみがずちゅずちゅ下っていったかと思うと、数秒後には魔物の巨大な胴体へと送り込まれて消えてしまった。
「っはぁ〜うまかった!! ガキんちょ冒険者の良いところは肉の甘みとやわらかさだよなァ」
「う、うぁあ……」
「難点は身体が小せえことだが……それも数で補えば済むことだ」
黄色く濁った双眸が残りの獲物たちを品定めする。いよいよ自分たちに危機が差し迫ったことでようやく我に帰った未熟者たちのパーティは、半狂乱になりながらてんでばらばらの方向に逃げ出し始めた。しかしその決断に至るまでが致命的に遅すぎた。
二番目の昼食となった剣士の男の子は、早々に武器を没収された後は飴のように舐めしゃぶられた。全身余さずくさい唾液に包まれ、平べったい舌にじっくりと味を堪能され、抵抗する体力も気力も根こそぎ失われた彼は、ワーウルフに為されるがままに呑み下された。
二人分の質量をまるまる収めた屈強な腹はなだらかな曲線を描いている。しかし大食らいのワーウルフとしてはまだまだ物足りないようで、三人目である弓士の女の子を捕らえる時はそのまま頭から食らいついて勢い任せに頬張った。突然視界がねばつく口内に変わって泣き叫ぶ少女と、食道をくねらせて強引に体内に引きずり込まんとするワーウルフの筋肉。カブガフと白く吐き出される荒い息はどちらのものだったろう。命を賭けた格闘も、弓士の女の子が酸欠によって意識を失ったことで終わりを迎えた。
「ゲフッ、まだ一人残ってるはずだ。せっかくだから全員残さず喰ってやらねえとな。ゲェエッップ!!」
すでに満腹でありながら『せっかくだから』という理由で食べられる方はたまったものではないが、強者の気まぐれで弱者の命が脅かされるのは世の常だ。残りの一人だけは木々に紛れて上手に隠れたようたが、ワーウルフの研ぎ澄まされた嗅覚を以てすれば探し当てるのは簡単だった。たいした時間もかからず大樹のウロの中で縮こまる小柄の魔法使いの少年を見つけ出した捕食者は、ニンマリと笑いながら彼を引きずり出す。
「楽しい楽しいかくれんぼも終わりだなァ?」
「あ、ぁ……みっ、みの、見逃してぇ……おねがい……!!」
「オイオイ冷たい奴だな、お友達はみーんなこの中でお前を待ってるんだぜ」
「ヒッ……うあああぁああああああああ!!!!」
そんな最後の彼の待遇は悲惨だった。じゅぽっじゅぽっと喉の穴に入れられては出され、入れられては出されを繰り返されて延々と遊ばれていた。獲物の体で食道が無理やり押し広げられる感触がワーウルフにとっては面白いのだろう。クゥルルルル…といかにも機嫌の良さげな唸りを上げている。だが中の少年の方はどうだ。
「かはっ……!」
ぶちゅる、ずちゅっ
「ぅあ゛っ……!」
ぐちぐち、がぽっ
「も、やめっ……!!」
喉の筋肉は柔軟だが同時に力強い。最初はかろうじて抵抗を見せていた体も、終わりのない肉筒のねぶりに耐えかねてビクビクと痙攣している。ニヂッニヂッと粘液のねばる音がここまで聴こえてくるほどだ。あの状況では魔法詠唱をして反撃することも叶わないだろう。しかしそんな遊びにもやがて飽きてきた身勝手なバケモノはあっさりと最後のデザートの生命を呑み込むことにした。本日4度目の膨らみが下がっていく。もう彼は声すら上げられない。すでに胃袋はパンパンに膨れあがっていたが、「ブヂュリュッ」という豪快な音を聴く限り、少年の身体はすでに満員の空間へ半ば強引にねじ込まれてしまったようだった。こうしてひとつのパーティの冒険が一体のワーウルフの腹の中で全滅を迎えてしまった。
「喰った喰った…」
ワーウルフはひとりごちると、巨大な腹をゴポンゴポンと揺らしつつ巣穴へ帰っていく。
……彼の目と鼻の先に平然と立ち続け、この惨劇を間近でずっと観測していた『僕』に最後まで気づくことはないまま。
──僕は生き物が食べられるのを見るのが好きだった。僕は生き物が食べられる様子にいつからか劣情を抱いていた。僕は生き物が食べられる様子を間近で見たかった。特に人間が魔物に喰われる様を常に望んでいた。
日々燻るその想いを叶えるために、僕はたった一つの魔法をひたすら勉強することにした。そう、『自分以外のいかなる生き物にも存在を認識されなくなる魔法』を。それは習得するまでに想像を絶する過程と訓練が必要であったが、ようやく使いこなせるようになってからはその努力に見合うだけの良質な『光景』をたくさん目にすることができた。もっと他に有益な使い道がある魔法だろうに、我ながら末期だなぁ、と思う。なぜこんなことに歓喜を抱くような人間に生まれてしまったのだろう、とも思う。だが僕は今日も静かに野生の大地で観測を続ける。弱肉強食の掟をひたすら目に焼き付けるために。
「グアアアァ……グゴオオオォ……」
ワーウルフは食後すぐに眠ってしまったようだった。妊婦よりもさらに丸々と膨張した腹を抱えてよくそんな幸せな顔で眠れるものだと呆れた。僕にとっては好都合だけれど。我が物顔でその腹に抱きついた僕はそっと耳も当ててみた。
すると中からは断続的に「いやあ゛ぁ…!」「うぅ…!」「出じで…」と少年少女たちの潰れた声が聞こえてくる。まだ幾分か意識が残っている者がいるようだった。しかしただでさえぎゅうぎゅうに詰め込まれた袋の中、胃液の分泌と蠕動による押し潰しの目に会っているのだから、内部の地獄は想像するに余りある。
ギュルコゴゴ、ブヂュッ、グチュルル…ゴボボォオッ…
消化活動の音が本格的に大きくなるにつれて、彼らの反応は正反対に薄くなっていき、やがて完全に途切れた。僕は目を閉じる。オオカミの腹の皮を隔てたこの先で、彼らの肉体がどんどんとろけて失われていくのを感じる。肉食獣の強力な酸にかかれば人間の柔肌はあっという間にどろどろのスープになり、剥き出た骨も、瑞々しい内臓も、容易く侵食していくだろう。彼らが旅立ちの前に苦労して集めた武器も、想い入れのある数々の装備も、同じように無情に溶けていくのだろう。そしてそれら全てはこの恐ろしい狼のバケモノを生かすための栄養になるのだ。
ズギュゴゴゴゴゴ、と空気も震えるほどの一際凄まじい音で我に返った。眼前の腹はいつの間にやら一回り小さくなっていた。先ほどの轟音は四人分の成れの果てを腸へと流し込みはじめた動きによるものに違いない。四人の身体が丸々溶け終えるまで僕は浸っていたのか、とさすがにあまりの時間経過にたじろいてしまった。この魔法は無制限に効果が続くわけじゃない。早急に立ち去らねば。最後にもう一度ワーウルフの方を見れば、彼は最初と変わりなく実に心地よさそうにぐうぐうと眠っている。泣く子も黙る恐ろしい捕食者の怪物にまさか一人の人間がずっと寄り添っていたことなど、彼は一生気づくことはないだろう。
──僕は恐ろしい死の森の中を帰っていく。明日も明後日も僕は人里離れた野生の地に静かに佇み、生き物が生き物に食われてゆく様を見守り続けるのだろう。残酷とも狂気とも表現されようが決して終わることはない。その行為でしか僕の心の深い部分は満たされないのだから。