巨大温泉ホテル湯~とぴあ 6話その3「大山 英勝」 (Pixiv Fanbox)
Downloads
Content
地下二階 湯~とぴあフィットネス&トレーニングジム。
ジムの床を一歩踏みしめるたび、臭いと霧は濃くそして臭くなっていった。
ここは一体どれほど広いのだろうか。果てが見えない。もはやミストサウナを通り越して、本物の濃霧のようだ。いつのまにか、鏡張りの壁に手を付けなければ少し先もわからないほどになっていた。
ツルツルに磨き上げられた鏡に手を添え、男たちの気張る低い声を聞きながら、一歩一歩、鼻や視界を覆い尽くすような霧を進んでいく。そうして向かっていると、次第にこの香ばしい臭さに嗅ぎ覚えがあることに気がついた。
このホテルに来てから、何度か味わってきた。
ホテルの廊下で、プールサイドで、そして大山さんの部屋の中で。
――濃い霧の中心、そこに居た人物は紛れもなく大山さんその人だった。
「大山さん……?」
大山さんの巨大なシルエットは、岩から切り出した彫像のように逞しいポージングをしていた。大山さんはトレーニング中ではないようだ。上半身は裸で、腰には分厚いタオルを巻きつけている。鏡のすぐ前で、汗だくの体がテカテカと輝いていた。クールダウン中だろうか。
「ん……おや、キミもトレーニングに来たのかい?」
こちらの声に気がついた大山さんが、穏やかな笑みを浮かべて振り返った。
「いやあここの設備の充実具合は素晴らしいね、筋肉も喜んでいるようだよ」
そう言って大山さんは鍛え上げた上腕二頭筋をグッと強調させた。パンパンに膨れ上がった、いわゆる力瘤が盛り上がる。すぐそばで輝いている鏡をちらりと振り返り、その仕上がりに満足そうに頷くのがわかった。
大山さんの話し方は正常そのものだ。
ここの異常性に気がついていないのも、この濃霧で周囲が見えていないからかもしれない。今も大山さんはこちらに顔を向けながら、その視線までは定まっていない。
「ああそうだ、キミさえよければだが、パーソナルトレーナーのようにアドバイスをさせてくれないかい? 教うるは学ぶの半ば。一度やってみたかったんだが、機会がなくてね」
「あぁ…それはありがたい申し出ですけど……あの、ここって少し……」
「なあに遠慮はいらないさ。私はすでにワンセット終わったところだからね。ほら、パンプアップしているだろう?」
大山さんはそう言って片足を上げた。タオルが少しめくれて、鍛えられたヒラメ筋と腓腹筋が顕になる。霧の向こう側であっても、筋肉の逞しさと男臭い笑顔は際立って輝いていた。
「は、はい、昨日見たよりゴツくなってる……ような」
「ハハハ、いやあ立派な施設なものでね、つい張り切ってしまったよ。今日はたっぷりタンパク質をとらないとなあ」
大山さんは照れと喜びが入り混じった声で笑うと、パチンと自分の肌を叩いてみせた。完全に大山さんのペースだ。なかなか本題に切り込めない。しかし、大山さんの雰囲気に飲み込まれているというのもあるが、改めて言いたいことを伝えようとしても、頭の中で整理がつかなかった。
この施設と、ここを使っている人々が、次々おかしくなっているんです。
なんともオカルトじみている。そのうえ根拠もない。しかし証拠はある。このホテル内の男たちだ。
「あの、トレーニングの前に、ちょっと大山さんに相談、というか……困ったことっていうか……」
「ム? そうか、それで私を探していたんだな。よしよし、なんでも相談してくれ。キミとはまだ付き合いは短いが、私にできることならばなんでもしよう、どんどん頼ってくれていいぞ」
心配は杞憂だったようだ。世の中には、頼られたりすることに喜びを感じる人がいる。大山さんは典型的にそのタイプなのだ。
「困った人のため、いつでも活躍できるようにするために鍛えているようなものだからね。ふふ、さあ、どんな困りごとなのかな、おじさんが役に立つような……太刀打ちできる問題ならばいいのだが」
謙虚な事を口にしながら、大山さんの腕はドクンドクンと脈打っていた。ぐい…ぐいと、汲み上げポンプのように伸縮と屈伸を繰り返している。その度、大山さんの顔の赤みは強くなってた。
興奮で発熱しているようだ。おかしなことになってきた。
「そうか……そうか……真っ先に私に頼りに来てくれるなんて、いやあ光栄だなあ……」
言われてもいないことまで呟いて、大山さんはたいそうご機嫌だ。
「ハァ……ふぅ……むぅ……、ま、まあ私は、自分で言うのも何だが、なかなか逞しい、よい身体をしているからね。む、おぉ……!」
声が次第にうわずり、奇妙な『揺れ』が始まった。
喜んでもらう分には構わないと思っていたが、段々とおかしなことになっている。まるでゆったりと体を撫でられているかのように、気持ちよさげに震えている。
「むぅ……フゥ……うぅ、おぉおっ……」
ああ、おかしなことになった。
タオルに覆われているはずの下半身の筋肉が、じわりじわりと隆起を見せ始めた。
逞しい。皮膚を内側から突き上げるような、意思と熱を感じさせる強烈な張りだ。
違う。あれは筋肉ではない。海綿体の膨らみ。雄の興奮。自らの意思ではコントロールできない、男の本能。
あれは、勃起だ。
大山さんのタオルの隙間からは、ニョッキリと太い肉棒が鎌首をもたげていた。まるで岩の隙間から大蛇が顔を突き出しているかのように。他はどこも隠しているのに、一番恥ずかしい場所だけがふてぶてしく突き出ていた。
「ふぅ……ぅ!? ――ああ……」
大山さんは自らの体に起きた変化に気がついたのか、少しバツが悪そうなかおをして腰を振った。現実を確かめるように下半身を揺すった。
その動きはやはり、あまりにも生々しく肉棒に響いた。大きすぎる亀頭でずっしりとしたカーブをつくる巨根が、ブルンと上下に揺れる。大山さんは鏡を見つめて恥ずかしさと気まずと、そしていくらかの誇らしさを感じさせるような表情で、眉毛をヒクヒクとさせた。
「さ、さて、悩みというのは何かな? 恥ずかしがらずにいってみなさい、さあ、恥ずかしがることは、なにもないよ! なにせここは、ほ、ほら、すごいミストだからね、どんなに恥ずかしい姿も――殆ど見えない……だから、たっぷりおじさんに甘えて、頼ってもいいんだよ、だれにも、み、見えないんだからね……!」
そう言って大山さんは、チラチラと鏡とこちらを交互に見つめて、「む……ふぅ」と甘ったるいため息をついた。
どうやら大山さんは、気が付かれていないと思っているのだ。
あんな恥ずかしい勃起をしていることも、それを鏡で見て興奮していることも、霧に隠れてバレていないと思っている。
それか、そのどちらとも判別つかないことに、スリルと味わって興奮しているのだ。
「今日は、私の筋肉の調子も……雄っぷりも絶好調、だからね。きっと、どんな悩みでも、ヒーローのように解決してあげられるよ……おぉッ、そ、そう、そうだ、とっても爽やかに――おじさんが解決、してあげるから、むふぅ♥」
自分の発言に酔いしれて、大山さんの股間がさらに大きくなる。
先走りは本来それほど臭わないはずなのに、はっきりと鼻をつくような異臭がした。
「――う、に、臭い……ああ、マズイ……ッ。い、いや、なんでもない、なんでもないよ……ああ、と、ところで……こ、こっちに近づいてきちゃだめだよ、そこ……そこくらいの距離じゃないと流石に、バレッ……むっぅう、ぬぅう♥」
何もかも丸見えだというのに、大山さんはしらばっくれたことばかりを口にしている。
ああ、もうこの人も、完全にこの施設に囚われている。
「大山さん、あの……こっちからだと――その、見えてるん、です」
「!? な、なに、ハハッ、『少し』見えているのかな、いや、実はこの……タオルが少しばかり、私の大きな腰を包み切るにはサイズが足りなくて、ちょっっっとだけはみ出ているかな、いや、みっともないところを見せて申し訳ない、ねッ……だ、だが、私のキミへの誠意は変わらないから、安心して相談事、困りごとを言ってくれたまえ……!」
鏡写しになった二人の大山さんが同時にヨダレまみれの笑顔を見せつける。
そして、二本の肉棒も先走りまみれの亀頭を見せつける。
バレてない。バレているはずがない。
その妄想のセーフティネットのなかで、大山さんは露出行為を楽しんでいる。
こうなった人に相談もなにもないのだけれど、もはや頼れる人もいない。
「――大山さん、落ち着いて下さい。ここのジムはおかしいです、きっと大山さんも何か影響を受けて、それでこんなことを……」
「こ、こんなこと……!? それはいったい、な、なにかな、私はなにもしてないよ、ちょっと、筋肉の仕上がりをチェックしていただけで……それで、少しばかり興が乗って、男性的にも仕上がってしまっているだけなんだ、なにも、変なことはしていない……!」
「大山さん!!」
「大丈夫、大丈夫だ、さあ、なんでも、頼りにしてくれ、ほ、ほら、ここなら、私が二倍になっているから、キミの苦労も二倍スピーディに解決してあげるよ。この逞しい筋肉が二倍、この見事な男の塊が二倍……、あ、ああ、そう、二倍、ここも……ここも……♥」
とろんとした顔をしたまま、大山さんはいやらしい笑顔をさらに歪めた。
そして、信じがたい光景へと変わった。
脳の興奮がゆったりと絶頂にいたったのか、大山さんの勃起からは、触ってもいないのに精液が迸ったのだ。
「ふぅうぅう♥♥ よ、ようしぃ絶好調だあ♥今日も私の、メンズエナジーは、トレーニングで、絶好調ッ♥ハァハァ……ああ、まるで、英雄のような、この姿、そ、それはもう頼られるのも……無理ないことだなあ♥♥」
頼られたという事実が大山さんを興奮させた。そして、その歓びが脳を満たしきってしまった。
自分の姿がより美し見えたのだろう。そして、そんな己にさらに酔いしれてしまったのだろう。それこそ、射精するくらいに。
「大山さん………」
彼は幸せそうだったが、その姿は他の誰よりも強い影響を受けているとも言える。
今の大山さんは完全に変態だ。変態の露出親父で、男性性の塊、雄性の暴走体だ。
このジムが悪いのか。この温泉がおかしいのか。
いったいどうすれば助け出せるのか、なにもわからない。
「とりあえず……ここを出ないと、まず、一緒にここを出ましょう、大山さん!」
「むぅ!?」
一歩、大山さんのいる位置に近づいた。
「あ、ま、待ってくれ、ち、近寄られると……!お、おぉぉ、ミストが、ミストが揺れて、あ、あ、あ、見えてしま……ううう!!」
一歩。
たった一歩近づいただけ。
だけれど、その一歩が大山さんの理性にとっての致命の一撃になった。
この距離ならば大丈夫に違いない。
そう定めていたルールが破られた。
大山さんはついにそこで『初めて』自分の勃起姿を鏡に見せつけていたことを他人に知られてしまった。
よりにもよって、射精しているその瞬間を。
「ああ、私の……お、大山英勝の秘密がバレてしま――あああっ、おぉぉお!!!」
大山さんの肉棒は、そこで萎えるどころか激しく強く脈打った。
「おっ、おぉぉおっ――おおぉおおお――――!!!」
大山さんは悶え、大きな声を張り上げた。
タオルから突き出た肉棒はビンとまっすぐ突き上がり、自分を写す鏡に向かってより激しく精液を噴き出した。その衝撃と肉棒の脈は凄まじく、腰に巻いていたタオルがバサリと床に落ちてしまった。
「おほぉぉお全裸になってしまッ! なってしまっったあああ!! ああああ、なにも隠すことができないいぃいいッ!!!」
裸になった。その事実がさらに大山さんの脳を絞り上げる。興奮を、ツボを、恥ずかしさを、一つも逃すことなく精液に変換して吐き出させるように。
間抜けな顔をした大山さんは、自分の肉体にたっぷりと精液を塗りたくるように、鏡に向かって写生した。
「おぉぉお、射精が、射精が見られている、鏡の私のダブル射精がっ、み、見られているぅぅうう……!!」
大山さんは隠すことなく、その恥ずかしい姿を晒し続け、素っ裸で射精し続けた。
―――大山さんはトレーニングを終えていたのが良かったのかもしれない。
激しい射精ととてつもない痴態を見せつけながらも、大山さんは他の人のように変態性を高めることなく、それこそ射精で落ち着きを取り戻したかのように正常なコミュニケーション能力で語りかけてくれた。
大山さんは自分の精液を拭うと、場所を移そうと顔を真赤にしながらも提案してくれた。
「みんな、おかしくなってしまうんです。このホテル、温泉、プール……とにかく、この建物に入ってから、次々……性的なことや、雄々しい行為を、まるではばかることなく……みんな……」
これまで見たことを包み隠さず伝えると、大山さん自身にも記憶や思い当たる節があったようだ。
「あれは……そ、そうか、全て実際に起きていたこと……だったのか……ハハ私はてっきり……いつもの――あ、いや。とにかく、ああ、私も妄想か何かだと思っていたよ」
大山さんは言葉を濁していたが、そこは申し訳ないが踏み込んで聞かせてもらうことにした。
大山さんはこの事態に巻き込まれた人間なのだから、決して恥じることではないと何度も念入りに伝え、あの時どうしてあんな行為に至ってしまったのか、なにか思い当たる原因はないか、究明のためにしつこいくらいに詰め寄った。
「き、キミもなかなか、私に負けず劣らず正義漢だな……。よ、よし、私も、覚悟を決めよう、なんでも協力すると、決めたのだからね……う、うむ」
大山さんは股間をもぞもぞとさせながらも、観念したようにポツポツと語りだした。
このホテルに付いてから、見られていないところでも数多く卑猥な行為をしてきた、という話だった。
そのどれも、大山さんは……自分の夢だと思っていたそうだ。
なぜか、それは、どれも大山さんの長年妄想していたような、興奮するシチュエーションだったからだそうだ。
自分の男らしい部分を往来の場でアピールすること。
雄を強調しすぎて、恥ずかしいことになること。
ヒーローのように振る舞う姿をじっくりと観察されること。
そのどれも、大山さんが長年思い描いていた妄想であり、しかし実行してしまえば社会的な問題や犯罪になるため我慢し続けていたことだった。
だが、ここにいる間は、自分と同じような行為をする男を幾人も見てきたし、また若者に見せつけても彼は拒絶するどころか興奮してくれたため、いくらでも気持ち良いことを実行できた。
そう、この数日間は夢のように幸せだったのだという。
――語るうちに完全に勃起してしまった大山さんを見つめながら、混乱していた。
………長年。
このホテルに付く前から……?
それはおかしくはないだろうか。
このホテルの水や温泉に薬物が混ざっていたり、なにか怪しげな催眠をかけられたとしても、ずっとそういう妄想をしていたと言われたら辻褄が合わない。
それだけ深く常識から改変されているのだろうか。
いや、それだとしたら、大山さんが持ち込んだというあのヒーロースーツがおかしなことになる。
――これは、いったいどういうことだ?