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地下二階 湯~とぴあフィットネス&トレーニングジム。

トレーニングジムの中のスチーム。男たちの湯気は歩けば歩くほど、進めば進むほど濃くなっていった。全ての輪郭が黒い影のようにしか見えない中で、筋骨隆々の男たちが唸り声を上げているのだけがわかる。

「ふぅん! うぅ゛……んんんんッ!」

一層大きな声のする方に向かって進んでいると、湯気と臭いはいよいよ激しくなった。

目眩がするほどの汗の臭いを抜けると、そこにいた大男には見覚えがあった。

というか、忘れるわけがない。

先日大山さんとプールに行った際に、自分の肉体を見せつけ、股間を晒し、どちらがデカイか逞しいかととんでもない勝負をしていた、あの隈谷さんだ。


「ヌゥぅう……フゥッ!!! ん? なんだ、いつぞやのキミかッ」

隈谷さんがこちらに気付いて視線を向けてきた。

汗で光る肌に負けないくらい白い歯が、がっしり蓄えられた黒い髭の下で輝いている。

(ああ……これは……)

その姿に言葉を失った。

隈谷さんは、巨大なバーベルを両手でがっしりと掴み、筋肉の塊のような肩の上に掲げていた。

デッドリフトとは少し違う。あの大きさ、あの姿勢、これはトレーニングではない。重量挙げ、パワーリフティングと呼ばれる競技だ。

鍛え抜かれた腕と、逞しい肩、それを支える石柱のように太い脚が、戦いの最中のようにブルブルと震えていた。

大袈裟ではなく、神話の中の登場人物のような迫力があった。

(でも、ダメだ……。ああ、もうこの人も、手遅れなんだろうか……)

そんな姿勢でありながら、隈谷さんはピッタリとしたシングレットの中に巨大な肉棒を隆起させていた。

鮮やかな色の生地に、太く長い立派な雄棒が食い込んでいる。あきらかに汗ではない汁が、先端の場所を目立たせるかのように染みを作っていた。


「なんだぁ、キミも、トレーニングかぁ? ふんっ! いい心がけじゃねぇか……この俺みたいな体になりてえんなら、どんどんガンガン鍛えてこうぜ」

論調はあくまで、ちょっと暑苦しい体育会系の親父というものだが、その発言の最中にもシングレットの中の勃起がヒクヒクと動いている。

こんな極限状態なのに、自分を誇るだけで股間が勃起し、先走りを出し、射精しそうになっている。

隈谷さんが異常な状態であることは疑いようもなかった。

「ふぅ……ぬぅっぅうっ!」

隈谷さんはなにかに怒るかのよう顔中の筋肉を力ませ、獣のように喉で唸っていた。

紳士的な髪型に、紳士的な髭の整え方、それなのにシングレットを身に着けた暴力的なケダモノのような猛々しさがあった。


「隈谷さん、その姿はおかしいです。ここはホテルないとはいえ公共の場です。その……勃起を晒してトレーニングをするのは如何なものかと思います」

コミュニケーション能力を図るように、一つ一つ、問題点を洗い出して語りかけた。

しかし、隈谷さんは恥じることも、怒ることもなく、強いて言うなら少しばかり面倒臭げに顔をしかめた。

「なんだ頭の硬え野郎だな、ここのトレーナーだか、責任者に聞かなかったか? テストステロンにイイんだってよ。……こうやって男しながら筋肉使って、男を吸って、男をキメながら鍛えると、俺の中の男――筋肉だとか、チンポだとかに、すげぇ効果があるって聞いたんだよ」

語りながら隈谷さんの顔はまた笑顔にもどった。

自分の語りの『男らしさ』に大層興奮してしまったようだ。シングレットの中央の染みがトロり……と竿の形に垂れていくのが見えた。

隈谷さんはこの意味のわからないメリットに、デュオさんと同じく本気で感激しているようだ。

やはり元凶はホテル関係者なのだろうか。

「隈谷さん。失礼ですがあなたは騙されてます。このホテルの他の利用者もみんな……」

「それがなんだっていうんだよっ、見てみろこの重量! 新記録だぜ! こんな馬鹿デケえもんも持てるようになってんだ。力が溢れてたまらねえ、ああ、すげええいい気分だッ、騙されてるわけねえだろ! いや、騙されてたって構いやしねえよ、ウォォォオ!!」


隈谷さんは激しく叫ぶと、そのままバーベルを高く掲げた。

彼は「また新記録だぜ……」などと呟いて、うっとりと恍惚の表情を浮かべた。

そんな彼の喜びに呼応するように、股間が大きく一度跳ねて……そこから一筋の汁が垂れた。

汗とは違う生臭さを放ちながら、レスリングシングレットにハッキリと白い染みが浮かび上がった。

彼の行動はおかしなことばかりだったが、パワーリフティングとしてもメチャクチャだった。

それほど詳しくはないのだが、ラックもなければ、介助するトレーナーも存在していない。あまりに危険なように見える。

これだけ豪華な施設なのに、装置は随分とちぐはぐだ。――まるでここで筋力を鍛える男は、失敗や不安、限界など存在しないとでも言うかのようだ。

「ふぅー! んんんん! ふぅうーん! ぬぅんんんん!」

そんな奇妙な仮説は、現実に目の前で繰り広げられている。

血管を浮かび上がらせる筋肉は、苦痛などないかのように高重量のバーベルを持ち上げ続けている。

この状況におかれた利用客は暴走する性欲と共に身体能力、筋力も異常な状態になまで引き上げられているのかもしれない。

「なんだぁ、見てるだけかぁ、それかそうか、さては俺に……見惚れちまったな」

隈谷さんはさっき以上に得意げな笑顔になると、アマレスシングレットに擦り付けるように股間を突き出した。


「へへ、ようし、フィニッシュまで見せてやる。見たいだろ、スゲエぜ、俺のフィニッシュだ」

フィニッシュ。

この状況からして、この言葉の意味することは一つだ。

「そ、そんな、あの、大丈夫なんですか、危険だと思います」

「馬鹿野郎ビビんじゃねえよ男だろ! そうだ、オイ、男だ、男。オマエも男なら、惚れちまった俺っていう男を最後まで見届けやがれ、なあオイ、いくぜ、さあイクぜえッ!!」

隈谷さんは止まらなかった。

余計な手出しをすることも出来ず、ただ彼の暴走を見守り、祈るしかなかった。それこそ本当に、彼の『男』に頼るしかなかった。

「さあ、カウントだぁ、こんだけの重さを……ガッツリ持てる男がいるかぁ! おうぅぅう………10ゥゥ!!」

彼は髭の口を大きく開けて、カウントダウンを開始した。

「んぅ9! んぉお8ぃ! 7ぁあ! 6ぅうう!」

競技本来の定められたルールから大きく逸脱した、じっくりとした長いカウントが始まった。

数字が進むだけではない。一つカウントが進むたび、トレーニングでもするかのようにあの重量のバーベルを持ち上げている。

衝撃は二の腕を苛め抜き、支える僧帽筋は破壊され、足の裏に恐ろしい負荷がかかっている。その筈だ。

だが、それでもなお隈谷さんは汗だくになりながら笑っていた。シングレットの中の肉棒は激しくセンズリをしているかのようにビクビク蠢いていた。

「ん5ぉ! お!! んふぅぅぅぅッ! よ、4んんん! さ、さ3……! お゛っ! おぉぉおお゛男すぎるぅうぅう゛!!」

快感が彼を焼く。

隈谷さんの雄々しい英雄のような上半身に反し、下半身が軟弱な変質者のように回りだした。あまりにも気持ちいいときの男がするような動きだ。

チンポを中心に渦ができある。狭いシングレットの中で肉棒が右に左に激しく揺れて、その度に隈谷さんは官能的な雄叫びを上げた。

「にっぃぃぃい、おっ駄目だぁ! 出る、出る出る出る出ちまうぅぅぅぅぅううおおおぉぉ!!! 男ぉおおおおおぉぉおっぉお゛!!!」

カウントダウンの意味はどこかに飛んで消え去った。

同時に隈谷さんの股間の堪えも吹き飛んだ。


「ふぉおぉおおおお! キてるぜ! のぼって、んぎぎいいぎいい! 負けるかぁちくしょおおおお!! おほぉぉおおおお!!」

これまでの射精とは違う。シングレットの中で収まっていた射精とはまるで違う。激しく勢いがついた精液がシングレットから飛び出した。

その快感で顔は歪み、汗も弾け、隈谷さんは知性の感じられない凄まじい喘ぎ声を……、いや、文字通りの雄叫びを上げた。

脱力するかもという危惧も消し飛ばして、隈谷さんの筋肉はより一層の激しさでバーベルを上下させた。


「お!!! おおおーーー!! おどごぉぉぉだ俺はぁあああ!!!」

上下する度に精液が吹き出し、まるでポンプ運動のようだった。

彼は狂った彫像のように同じ動きを連続しながら、ひたすら射精をリフティングを続けた。それは、床が真っ白になり、湯気が全て精液から立ち昇っているかのようになるまで続いた。

「ほおぉぉぉ………、ほぉぉぉお……ほひぃぃぃぃ……………。たっまんねえぜテストステロンんぅ…………」


精液の全てを吐き出したところで、隈谷さんはようやく静かになった。

激しいセックスの後のように余韻に浸りながら、しかしそれでもバーベルは掲げたままだった。

あの怪力、やはり尋常なものではない。

不安感はもうなくなっていた。

おそらく、この後何時間でもこの姿勢を続けられるだろう。

そんなことが直感的にわかった。

何時間も彼はあの姿勢を続けて、また精液が溜まった頃に自分の「男」を証明し始めるに違いない。

コミュニケーションは不可能だ。

遠い目をしてよだれを垂らす隈谷さんに掛ける言葉も見つからず、コーナーを後にして大山さんの捜索を再会した。

ジムで出会った二人とのやり取りは無駄ではなかった。彼らの発言からわかったことがいくつかあった。

まだ正常であれば……大山さんにも意見を求め、助けてもらわなければならない。

このホテルに囚われた人々を、できれば早く開放しなくてはならない。精神だけではない。このままでは肉体もどんどん過激に、そう……男になっていく。

「大山さん、無事だといいけど」

あの人はこの中で、マトモでいてくれるだろうか。

正直なところ自分の中での希望と不安と……そして欲望のバランスは計りかねていた。

心が結論を出すより早く、ジムの中から強い臭いが漂ってきた。他の男たちの臭気に負けない、この独特の濃さと臭さ。足の臭い。鼻を押さえていても感じるこの強さ。

臭いを濃くなる方向に進むと、やがて光の反射が見えた。おそらく鏡だ。

――そこに立っている黒い影は、間違いなく大山さんその人だった。


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