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ある朝、明けの空に白い龍の姿を見た。

すぐさま白龍の神男に連絡をしたが、過労で倒れ入院しているとのことだった。

辰の日の3日後の朝の出来事だった。


明朝、明応山を下り、積上山へと向かった。

白龍の祠も「龍」についても、本来なればもっと適任の僧がこの世に入るのだが、神男不在となれば仕方がない。

祠に向かう間も、地面を踏みしめる度におよそ現代では考えられないほどの「神気」を足の裏から感じた。22代続く黄金法師の末裔としても、生まれてこの方これほどのものは味わったことがない。


神秘から人を守る、その最大の役目を果たす時がきたのかもしれない。


――だが、その意気は意外な形で裏切られることとなった。


「一体、なんだ、これは……」


あったのは神秘ではなかった。

以前白龍の祠が存在した場所には、巨大な白塗りの建物がそびえ立っていた。


窓はなく、出入り口も正面にひとつあるのみ。近代的で洗練された建築と言えなくもないが、人通りなどないに等しい山奥においてはひたすらに浮いている。

その建物の前には、車が何台か停まっていた。覗いてみたが、どれも長く動かされた形跡がない。一体これはどういうことだ。魔なのか、神なのか、それとも人の業なのか。

確かめなくてはならない。


意を決し、足の裏に力を込めて扉をくぐった。

「………!!」

建物の中に入った瞬間、生臭いまでの濃厚な神気が肌を覆い尽くした。目眩がする。臭気として感じ取れるほどの存在感だ。もはや生命力や、欲望と言ったものに近い。足が緊張感でピクピクと痙攣してしまう。

この中で何が起きているのだ。


ロビーのようなところには、建物の名と思しきものが刻印されていた。

聞いたこともない、理解不能の概念だった。


「雄性、矯正、センター……?」






「こ、ここは……」

目覚めると真っ白な天井が見えた。

衣服は剥かれ、裸であった。身じろぎしようとしたところで、両足が黒いコードに縛られていることに気がついた。記憶が飛んでいる。何故こんな事になっているかがわからない。


「いったい、何が起きた……」

「お目覚めになりましたか」

声に目を向けると、白衣を纏った大男が立っていた。

――会話をした覚えがある。だが、目覚めたばかりで頭がうまく働かない。思い出せない。何故こんな事になっている、確か祠に向かっていた筈だ、いや違う、雄性……センターだとかいう建物に入ったはずだ。

わからない。むせ返るような『臭い』が頭を鈍らせている。


「あなたの存在をもって、我々センターは真の目的へと到達いたします。ご協力感謝いたします」

「いったい、なにをいっている……これほどのにおい……いや、神気――神気だ、人間が管理してよいものではない! 私は、こ、断るぞ、どのような目的で、あれ……」

「我々はあなたの力を必要としています。ですが、あなた自身の承諾なくしては『使えない』ようです。そこで、承諾いただけるまであなたのことを『矯正』させて頂くこととなりました」

矯正。

そう、ここは雄性矯正センターという場所だった。建物に入ると、この男が立っていた。そして――そして、なにか、なにかを聞いた筈だ。思い出せ。大事な話だったはずだ。


「では、開始いたします」

「ヌゥッ!?」

男の合図と同時に、天井から黒いコードが伸びてくるのがわかった。

機械的な物体に、禍々しいまでの神気がまとわりついている。

「ム、グゥゥゥウッ!」

コードが全身に絡みついてくるのがわかった。籠絡しようとしているのだ。その動きに合掌を構えて抵抗を試みた。だが、下半身に力が入らない。頭に血が昇らない。体が重い。下半身が重い。体の中からムクムクと湧き上がってくるのは「力」ではなく「性欲」だった。

「な、何故だ――」


抑えていた性欲が目覚め、欲望が膨らんでいく。コードの艶めかしい動きに目を奪われ、あらぬ期待を抱いてしまう。

駄目だ。利用されるわけにはいかない。

これほど濃縮された神気、悪手を踏めばどんな事態が起きるともわからない。父から受け継いだ「黄金法師」としての霊力だ、利用されるわけには断じていかない。

「修行を重ね、破戒も辞さぬ……これぞ黄金法師の力であるッ!」

合掌の形を保ち、薄れかけていた霊力を再び滾らせる。コードの動きが止まった。

「期待通り、期待以上です。御見逸れいたしました。簡単な刺激ではあなたは屈しないでしょう」

「ハァハァ、当然、であるッ……!」

「ですので、別の手段を用意いたしました」

男の再びの合図に、今度は赤色のコードが天井から伸びてくるのが見えた。


「なっ!? 何ぃっ!?」

赤色のコードの先端から輝く毛が伸び、むき出しの足裏へと取り付いた。このんなもので一体何ができる。何をしようというのか。

「あなたは足の臭気も規定を上回る数値ですね。さすがここまで徒歩で来て頂いた甲斐もあるというものです」

「一体何を!!」

「では――開始致します」




「―――ヌ」



「お―――」



「ぬははははっっ!!? んぎっぃぃい、や、やめっ! んなはははハハハハァッァァァアアアッッ!!」

緊迫した状況に不釣り合いな笑い声が小部屋にこだました。


「……人が最も耐え難いのは『くすぐり』だという話もあるそうです。果たして、どれだけ保つことか……『力』を開放して頂ければ矯正は終了とします」

「ひっ、ひっ、ひははははは! そ、そんな、このようなことで、ひとを―――は、はひ、きひぃっ、きひひいっ! むひぃいいひひひひひ!! グハハッハッハッハッハハハハハハッッ」


対話を拒絶するように、男の姿が消える。

拷問だ。これは痛みの一切ない拷問だ。

何故だ。いったいどうして。

あの男は何が目的なのだ。

この力をなににつかうつもり――


「ヒャハハハハハハ ヌアハハハッ!! バハハハハアハハハアッッ! やめ、やめ、くすぐッ!!! ブァハハハハハアッ!!」

思考も記憶も吹き飛ぶような馬鹿笑いが勝手に口から出る。体がビクビクと痙攣し、右へ左にのたうち回る。呼吸が苦しい。くすぐったい。痒い。気持ちいい。くすぐったい。くすぐったい。わけがわからない。


屈するわけには行かない。だが、これがいつまでも続くというのか――?

薄れていく理性と意識の中で、幼い頃の記憶がまるで走馬灯のように蘇ってくるのが分かった。


あれは、下の毛も生えていないような頃だった。

兄弟達とふざけ合って足裏をくすぐられたことがあった。

普段触れられない場所であり、鍛えようもない場所を触れられ、のたうち回ったのを覚えている。

弟には真剣にやめてくれと訴えたが、声が笑っているからか取り合ってもらえなかった。畳の上でもんどり打ちながら、やめてやめてと言いながら、ついにガチガチに勃起してしまったのだ。


早熟だった私はその時分には精通を迎えていたのだ。

ふざけあっているつもりが勃起してしまい、幼い弟に指摘され、あまつさえそれを父に報告された。

恥ずかしさに身悶えした。

だが、その日から私の「癖」は始まった。


黄金法師としての教え、破戒僧として性豪でなくてはならぬという教えのもと、日に何度も繰り返す自慰の際みずから、つい足裏をくすぐり絶頂に至る。

土踏まずの柔らかい皮膚が良い、踵の堅い感覚、臭いのつまった指の股がたまらない。

写経に使う筆を持ち出し、自涜の限りを尽くしてしまった。

元ある素質と繰り返しの毎日で、ついにそこは第二の性感帯を作り上げるまでと至った。

僧としての修行を収め、痛みにも陵辱にも耐えられただろう。

しかしここだけは、足裏だけは駄目だった。

ここだけは黄金法師唯一の弱点。それを今責められている。


「ああぁぁぁぁぁぁぁ~~ふぅ~~ふっふっふっ、ひひひひひっ……んぉ、ふほっははははは!! ひはははあ、ひはっ、ひはっ、うひひひひひひ!!!」

次第に笑い声が色を帯びていくのが自分でもわかる。

触れてもいない魔羅棒から先走りがとめどなく溢れる。

自分ではついぞ超えられない限界の壁、予測もつかないくすぐり、こちょこちょという感触、他人に求めることなど出来なかった、それが今叶えられてしまっている。


「ひゃははは、やめ、やめっ、ひゃめめえてくれえええ、そんあ、あひゃひゃひゃひゃッッ!!」

やめてくれと言いながらも勃起は収まらない。目覚めてしまう。完全にこの快感に目覚めてしまう。苦痛を感じながら、それを遥かに上回る幸福を感じてしまう。

イキたい、このままぶっ放したい、足裏だけで射精したい、臭い足裏くすぐられて、屈服の証のように精液を噴き上げてしまいたい。

……駄目、だめだ、そんなことしたら、もうおしまいだ。この気持ちよさで射精したら、もう戻れなくなる。これでなくては駄目になってしまう。この快感のためならすべてを投げ出してしまうようになってしまう。


黄金法師としての使命も、世の平穏も、すべて足裏のくすぐりのために投げ出して――


「ひゃははははっ、そんな、こんなことで、あひゃひゃひゃ!! ぬひゃひゃひゃひゃッッ!!!!」

そんな馬鹿げたことがあるものか。それこそ爆笑ものの冗談だ。

ああ、でもとまらない。おさまらない。

ただでさえ危うい状況が、覆されてしまう、負けてしまう。

でもこんなくすぐりに勝てるわけがない。

耐えられるわけがない。いやちがう、きっと耐えられなくなるまで続くんだ。ならば抵抗は無駄ではないか。それにここで負けたとして、何もかも終わるってわけじゃない、かもしれない。いやしかしあれだけの神気が、いやでもイキたい。イキたいんだよ、私は精液出したいんだ。


わからない。なにが危ないんだったっけ。

思い出せない。あの男は何を。

ああでも思い出せないということはたいしたことじゃなかったかもしれない。


「むひゅ――ふひゅ―――ブハハハハハアッ! グハハッハッハッハッハハハハハハ!!! まず――まずいぃぃ、これいじょうはぁぁァ!! はやひゃひゃひゃ!!!」

耐えてもすぐに爆笑してしまう。体の痙攣が収まらない。

くすぐりの苦しみ、伴う快感、それらによって思考回路は潰され抵抗の意思も術も失われていく。限界だ。もう来る。もう出る。もう無理だ。


「あああああああ!!! ひゃひゃヒャ!! 出る、出るぅぅぅでちま、ひゃひゃ、ふひひひひっひっひっ、イクイクイクうふうううう!!」

ついに下半身の栓は緩みきり、詰まっていたものが爆発するように魔羅から精液が噴き出した。


「アァァアアア! いぐぅぅうきもちいぃいひゃひゃひゃひゃ!!! がひゃッ!? はははははははははぁ!! あぁぁあ止まらな――そん、な、ヌハハハヒャヒャヒャハハハハハッ!!!」

止まるどころか、射精を合図に足をくすぐっていた毛の動きがより高速となった。

くすぐりは止まない、射精も止まらない。


肉体が屈しただけでは許されないのだ。


そう悟った瞬間、限界を迎えた。


「やめっ、やめてくれぇへへへへへへへ!! ごめんっ、ごめんなさいっ、ひっひひひっひひひひっひ! なんでも、なんでもしますッ、ヒャヒャヒャ、だ、だから一旦、一旦止め、止め、ヌハハハハハッッ!!!」

合掌を構えたその手が、そのまま懇願を表すものへ変わった。

爆笑しながら、すべてを差し出した。

それと同時に赤いコードの光が増し、法師の「霊力」を吸い上げていく。


「あはっ、しまっ、やっちまっ……たはははははははは! ひっ、すわれる、る、うひひひひっひはあぁあぁ!!!!」

それでも笑いは止まらない。

後悔してももう遅い。

馬鹿げた笑い顔のまま顔に貼り付けたまま、力のすべてが移り変わって行くのを見るしかない。


「悔やむことはありません。一子相伝の黄金法師とは、父から子へ、その子がまた父になることで続いてきたシステム。雄性矯正の当センターの前ではあなたは無力なのです」

「ダハハハハハッ!! じゃ、じゃあムリッ、ムリすぎッッ、ヌヒヒャヒャヒャ!! スマン皆の者ォォォォオッッダッハッハハハハハハッ!!」







「雄性、矯正、センター……?」

「はい、そうです。ここは雄性を矯正させるための施設。雄性矯正センターです。しかし今日、あなたの来訪をもってここは『雄性転生センター』へとその名を変えることとなります」

「雄性、転生……? 貴様、一体何を言っている」

「この世界はどうやら『☓☓☓☓☓』を基準に存在していたらしいんです。その神が神たり得なくなり、この世界は否定された。存在してはいけないと、消える定めとなったわけです。」

「一体、何を……?」

「神様――、一番偉い神様はどうして『☓☓☓』なんでしょうね。不思議に思ったことは有りませんか? もしそれが誰かの意思によるものだったら、そんなことは考えたことはありませんか?」

男の低い声が無機質な空間で響いている。

「世界が消える定めとはいえ、俺たちだってこの世界を生きている。抗いがたいと願って行動することにも権利がある、だからこの世界に残っているあなたが必要なんです。」

「この私に一体何を……?」

「神気を繋げる結び目、その要となって頂きます」






ごうん、ごうん、ごうんごうん。

センター全体が鳴動する。

センター中の男、雄性が一つところに集まりだした。

凝縮し、煮詰め、雄を構成する要素をパズルのように集めていっても存在を再現するのは至らなかった。足りないものが「霊力」であった。

センターの存在する積上山、その地下空洞に存在する膨大なエネルギー。

それは零落した神そのもの。

白龍として定義し、神であることを否定し鎮めてきた現代に残る神秘の残り香。

そのエネルギーをセンターに集めた「雄の形」に結びつけ、当てはめ、この世界に神を転生させる。

そのためには霊的な力が不可欠であり、消えようとしている世界に唯一残った黄金法師のみがそれを有する人物であった。

最後のマスターピースの入所を以て、ついに「神」がこの世界に蘇る。

「なんとか……世界が消えるまでには間に合いましたね」

センターへ収容された雄たちが躍起する。勃起する。


今こそ世界を孕ませる時。



雄性矯正黄金法師f

F.E.C_GoldenMonk_ENGtext


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