Home Artists Posts Import Register

Content

 貴方が男子の身でありながら、女子便所の区画に足を踏み入れた時、校内は昼休憩の真っ只中だった。

 侵入することになったのは、貴方がいつも勉強している教室と同一のフロアにある女子便所。貴方の同級生や、同学年で別クラスの女子達が日常的に使用している施設だ。

 入ってすぐのところにある洗面台の付近には、折良く誰もいない。忍び込んだ貴方はわずかに胸をなで下ろす。同時に、ただ息が長らえただけのようにも思う。すでに貴方は男子禁制の聖域である女子便所に足を踏み入れてしまっていて、もしもここで誰かに見つかってしまえば、もう言い逃れはできない。加えて、物心ついてから、一度として足を踏み入れたことのない禁じられた空間を前にして、貴方は縮み上がってしまっている。いざとなった時に気の利いた言い訳をにわかに考えつく見込みなども、万に一つもない。

 節電の一環で、窓から屋外の光が十分に取れる時間帯に関しては、便所の備え付けの電灯を点けてはいけない決まりになっている。そのせいで、女子便所の中は、昼間でもなお薄暗い。肌に触れる空気もじっとりと湿り気を帯びている。

 曇りガラスを通して射し込む外光を受け、薄桃色を基調とした壁や床のタイルが部分的にぬめりを帯びて輝く。人の気配も物音もなく、女子便所は曰くありげな静寂を以て貴方を迎える。貴方は許可なく気高い女神の神域に忍び込んだような、畏怖に近い感情に囚われる。

 鼻腔に流れ込んでくるこもったような臭気か、身にまとわりつく空気の肌触りか。床と壁のタイルの色が違う以外にも、男子便所とは何かが決定的に異なっているように貴方には感じられる。換気扇は停止している。同年代の女子が体内から排出したものの飛沫や欠片が、肉眼では確認できない微粒子となって、換気されないままに女子便所内を漂っている。それらに含まれる少女達の女性ホルモンが、貴方の無意識に作用しているのかもしれない。

 貴方のか弱い心臓は気を失ってしまいそうなほど懸命に脈打っている。貴方は極度の緊張のあまり、全身が痺れたような感覚に囚われ、呼吸もままならず、酸欠に陥らんばかりの息苦しさを覚える。すぐに回れ右して、撤退してしまいたい。

 でも、すんでのところで、貴方はそうしない。貴方には女子便所で済ませなければならない重大な用件がある。貴方はすでに崖っぷちまで追い詰められている。それゆえの、のっぴきならない事情から女子便所に忍び込んだのだ。

 ひ弱でなよなよとした貴方は、日頃から一部のクラスの女子から見下されている。中でも意地の悪い遠野と河島という女子には何かにつけて、面白半分に無理難題を吹っかけられては迷惑を蒙っている。貴方はこの少女達の慰みのためだけに、今日この日、『女子便所以外使用禁止の刑』に処されているのだった。男子便所に限らず、屋外での排泄も貴方には許されていない。貴方は他ならぬ女子達によって、女子便所以外での排泄を厳しく禁じられている。これは貴方のおよそ男子らしくない外見や意気地のない態度から、押し付けられることになった理不尽な嫌がらせだ。『女子便所以外使用禁止の刑』――本来は男子便所以外使用できないはずの貴方にとって、これは極刑に等しい。

 貴方は朝、学校に来てから、一度も排泄を行えていない。貴方は小便を我慢している。それも、一処にじっとしていられないほど切実に、だ。

 貴方は傍から見れば滑稽でしかないステップを踏みながら、空いた個室を求めて歩みを進める。意地悪な少女達の厳重な監視の下、男子便所に足を踏み入れることを許されなかった貴方は、すでに限界を迎えている。すぐにでも済ませなければ、取り返しのつかないことになってしまう。

 貴方が最も手近な個室に近づいたのとほぼ同時。その隣の個室で、水洗便所の水が流れる音がする。貴方はぎょっとする。貴方以外にも利用者がいたのだ!

 貴方はすぐにでも手近な個室に飛び込んで錠を掛けるべきだったが、突然のことに、貴方の心臓は胸の内で大きく飛び跳ねる。貴方は愚かにもそこで立ち竦んでしまう。

 直後、後ろで音がする。女子便所の区画と廊下を隔てる扉が開く音だ。そこには、女の子達の意地悪によって男子便所を使わせてもらえず、ついには女子便所に侵入せざるをえなくなった貴方の惨めな姿を眺めようとやってきた遠野と河島がいる。

「あー!」女子便所内に貴方を見つけた二人が色めき立ち、わざとらしく騒ぎ立てる。「たいへんたいへーん! 男子がいるー! 男子が女子便に入ってるー!」

 『ノゾキマ』『ヘンタイ」と大声でまくし立てられ、貴方は度を失う。貴方はこの二人を制止することに貴重な時を費やしてしまう。最大のチャンスが、貴方の手をすり抜けていく。全てを無視してすぐに個室に飛び込めば、それでも、間に合わせることだけはできたのに。

 その間に、隣の個室の扉が開き、貴方は個室の中にいた女子と顔を合わせることになる。彼女は下級生だった。貴方の妹の幼稚園時代の友人で、貴方との面識もある子だ。体操着姿であるところを見ると、次の時間が体育で、体育館に近いこの女子便所を利用していたのだろうとわかる。

 貴方を見つけた彼女は驚きで目を丸くする。

「どうして」と彼女は抑揚のない声で言う。その瞳は確かに、予期せぬ闖入者である貴方の姿を捉えている。

 貴方は心臓が鼓動を止めてしまったように感じる。貴方は答えられない。貴方が女子便所に忍び込んだ理由は、不可抗力に近い確かなものだ。しかし、同学年の女子に『女子便以外使用禁止の刑』に処されている事実を自ら語ることに、それを妹の友達に知られることに、貴方は多大な恥と強い心理的な抵抗を感じている。

 一瞬、やり切れない静寂が場を支配する。女子達が未熟な体内で作り出した排泄物の、その微細な粒子が無数に浮遊する女子便所内に、貴方が身の置き場を見つけることはどうしたってできない。しかし、貴方にはここで引き下がることも、このままじっとしていることもできない理由がある。語ることのできない、切実な理由が。

 貴方の未成熟な性器の先端が、時宜を得ずに熱く痺れる。性欲とは異なる強烈な衝動が、早く早く、と下から貴方を突き上げる。貴方はじっとしていられなくなり、身をくねらせ、謝罪の言葉だけ残して今度こそ個室に飛び込もうとする。

 貴方の試みは、あと少しの所で未遂に終わる。後ろから来た遠野と河島が目の前に立ちはだかり、貴方の進路を塞ぐ。にやにやといやらしい笑みを浮かべる二人の女子に、貴方は訴える。約束が違う、と。

「えー。だって、私らはさせてあげてもいいんだけど、この子がー」笑いを噛み殺しながら、遠野が特徴的な舌足らずの声で言う。

「そうそう。トイレを覗かれたことが許せないって、この子がー」人差し指で指し示しながら、河島も話を合わせる。

 上級生から『この子』として指し示された、貴方の後輩であり貴方の妹の友達でもある彼女は言葉に詰まる。どうしていいのかわからず、困惑の表情を浮かべる。

「この子がー、女子便を使わせてあげてもいいけど、条件があるって」

「そうそう、条件条件」

 遠野と河島が示した条件に、貴方は目の前が真っ暗になったような想いがする。後輩女子が、深い驚愕を顔に表す。遅れて、その口元や眉にちらりと苦笑の色がよぎる。やだあ、あの子のお兄ちゃん、と彼女は思っている。男の子のくせに、女の子達にこんな風にいじめられてるんだあ――。

 条件がどれほどに無茶なものであっても、貴方に残された時間は、もうわずかしかない。貴方には理由がある。彼女達の伝えるおぞましい条件をも、飲まなければならない理由が。

 貴方はその場にいた女の子達と共に、女子便所の個室に入る。

 個室の中にあったのは、年季を感じさせる和式便器だ。本当は今すぐ跨いで、溜まりに溜まった小便を思う存分ぶちまけたいにも関わらず、貴方はそうしない。女の子達に、させてもらえない。代わりに、貴方は便器を覗き込むような姿勢で、しゃがみ込むことを求められる。白い陶器でできた便器の中には、透明な水が溜まっている。ただし、透明であるだけで、その水が汚れを含んでいることは誰もが知るところだ。貴方は遠野と川島の方に向き直り、いやいやをするように弱々しく首を横に振る。二人も首を横に振る。断固として、貴方に厳しい条件を突きつける。

 貴方の置かれた窮地を、貴方の身体は斟酌してくれない。貴方に上から圧力をかけてくる遠野や河島と同様、貴方の身体は、貴方を下部から何度も何度も執拗に突き上げてくる。早くしなければ、貴方は年齢不似合いな大惨事を巻き起こしてしまうことになる。

 遠野と河島が、期待と好奇心で目を輝かせている。

 後輩の女子が、息を詰めて見つめている。

 昼休憩も終わりが近い時間、ついに貴方は決意を固める。貴方は和式便器に向き直る。そうして、長い年月の中で数多の女子が跨ぎ、可憐な排泄物をぶちまけてきた歴史を持つ便器を覗き込む。顔を、近づけていく。視界の中で女子便器が大きくなっていき、ついには視界一杯の大迫力で広がる。近づくにつれて、細かいところに目が届く。奥の方の、水が深くなっている辺りには黒ずみが見える。便器の縁のすぐ真下、掃除の手も行き届かず、流れる水にも触れない辺りには汚らしく茶褐色の物質がびっしりと大量にこびりつき、凝固している。

 貴方の理性が強い拒否感を示す。あってはならないことをしようとしている。そう、警鐘を鳴らす。呼吸が乱れ、全身に間断なく震えが走り、血の気が引いて、立ちくらみがする。それでも、貴方はこの年になって、女の子達が見ている前でズボンを濡らすわけにはいかない。

 貴方は自らの舌をおすおずと口から出す。女子便所という神域のケガレに満ちた本尊である和式便器に対し、貴方はその舌を近づけていく。

 いやあ、と悲鳴じみた歓声が上からやってくる。

 貴方の舌が、女子便所の便器に、触れる。排泄物が触れることのあまりないであろう、金隠しの上辺りに触れる。ひやり、と。冷たい感触を、貴方はその舌ではっきりと味わう。

「いやーん、なめたなめたー。きったなーい」頭上で笑い声が弾ける。

「あ、でもでも、この子がそれじゃダメだってー。ちゃんと、便器の中の、水の溜まってるところをなめないと。この子が納得できないって」さらなる要求が降ってくる。

 貴方にはもう本当に時間がない。貴方は心を無にして、身体を動かすことに専心する。貴方は舌を突き出し、拒否感との激しい葛藤の中で、舌先を便器内に溜まった水に浸そうと努力する。便器に溜まった水のにおいが鼻に触れる。残り数センチの距離を縮めるために、貴方は多大な努力を払う。貴方は瞼をきつく閉じる。見えない女子便器に向けて、貴方は舌を差し出す。

 そして、ついに。舌先にぬるい、水の、感触がする。数十年もの間、毎日のようにこの年頃の女子が放つ排泄物を受け止め続けたまさにその部分に、貴方はついに舌先を接する。味はない。波打つ水と、便器にこびりついた女子の小便大便のにおいだけが、貴方の鼻腔をかすかにくすぐり、瞼を閉じた貴方に貴方がなめたものの正体を教えてくれる。

 後輩女子が息を呑む。きゃー、と意地悪な女子達が揃って黄色い声を上げる。その気配が、その声が、貴方の胸の内に生まれた重い鉛のような絶望感をより強固なものに育てる。

「やったあ! なめたなめたー! あはっ、さいってー! ばっちーい!」

「うえー、やだあ、ほんとに舐めてるー。わかってるのー? そこ、うんちが落ちる所だよー。うふふ、でも、女の子のうんちと間接キスできて本望なんだよね? ずうっと、本当は女の子うんちにキスしたかったんだよね? そうでなかったら、誰に言われても、こんなこと絶対にしないもんね」

「そうなんだー。気付かなくてごめーん。だったら、ほら。もっと、もっと、犬みたくペロペロなめなさいよぉ。女子うんちとディープな間接キスしなさいよぉ。でないと、おトイレさせてあげないんだからあ」

 貴方は股間にわずかな温もりを感じている。貴方は便器をなめさせられた心理的なショックも相まって、すでに小便をちびり始めてしまっている。貴方には迷う時間など、もう寸刻も残されていない。貴方はズボンの上から、自らの性器をきつく戒める。貴方は言われた通り、女子のゆまりが叩きつけられる箇所に、固形の排泄物がひり出されて一時的に堆積する箇所に、、接吻し、丹念に舌を沿わせる。貴方は自分の心臓が、もうとうの昔に動きを止めてしまったように感じる。貴方の心は胸の中で、凍りついたように冷たくなっている。

「ぷっ、やあい、便所なめ便所なめー。あはっ、なにかの妖怪みたーい」

「やだあ。ペロペロピチャピチャいってるー。夢にまで見た女子便のお水の味はどうですかー? おいしいですかー?」

「これから毎日なめなめさせてあげてもいいんだよー。そうだ。明日から女子便のお水以外、飲むの禁止にしてあげよっか?」

「あ、それいいー。お水を飲みたくなったら、毎回、女子便のお水をペロペロなめて飲むの。じきに口から女子便の味がするようになりそう。あはは、便所なめくんにはお似合いー」

「そうだ、妖怪くん。そこもなめなよぉ。そう、そこの、端の下辺り。茶色ーく、びっしり、こびりついてるところあるでしょー? ぷぷっ、これ、何年ものだろ? きっと、熟成されてて、とっても美味しいよぉ。ほらあ、なに固まってるの。なめなってばぁ」

 遠野が弾んだ声で指し示した辺りは、貴方が先ほども一度注意を向けた、便器の中でも特に汚れがひどい箇所だ。嵌め込まれた便器の縁の真下、上から見ると影になっている地点。便器の形状から人目につきにくく、したがって掃除の手も届きにくい、流れる水に接することさえない、いわば暗黒地帯ともなっている部分だ。

 そこを視認して、貴方は明確な吐き気を覚える。色は茶色とは言いつつも、一定ではない。黒に近いところもあれば、黄色じみた地点もあり、だんだら模様を描いている。へばりついたものの色や形状の不均質さが、その汚れがただの水垢や泥ではないことを貴方に教えてくれる。使用者ごとそれぞれの、個性や体調、摂取した飲食物などが反映された色と形状なのだ。

 顔を近づけた状態で、貴方は逡巡する。しかし、何度も繰り返す通り、何をしようにも貴方には絶対的に時間が足りない。貴方は女の子達の言う通りにするしかない。貴方にはその理由がある。

「ほーら、早く早くう。急がないと、この年になってまで、おしっこおもらししちゃうぞお?」

「ペロペロだけじゃダメだよぉ。ペロペロ、ゴクン、までだからね。あはっ」

 聞き慣れた同級生達の声。それとは別に、くすくす、と忍び笑いが聞こえる。やだぁ、と鼓膜をかすかにくすぐる呟きが聞こえる。それが妹の友達のものであることが、貴方にははっきりとわかる。貴方は突然、無性に恥ずかしくなる。瞬間、尿道のわずかな隙間を熱水が勢いよく通り抜ける。熱水が、股間に広がる。貴方はもがく。崖っぷちで、突き落とされそうになりながらも、必死に片足の爪先のみでバランスを取る。

「あはっ、なあんか、変な声出てるけどぉ。ねえねえ、おちっこちびってんじゃないのお?」

「いいよぉ。おちっこ、ここでおもらししちゃっても。便器をいっぱいなめなめして女子便の味をもっと味わうか、自分のおしっこのあったかさをズボンの中でいっぱい味わうか。好きな方を選びなよー?」

 貴方は小便を少しずつ下着の中に漏らしながら、懸命に和式便器に顔を差し入れる。そして、便器の縁の下部にこびりついた茶色と黒と黄色の混合した汚れに、顔を、舌を寄せる。長年月、女子の誰かが使用する度、排出された小便大便の飛沫がひっかかり続け、それらが混ざり合いながら、次第に蓄積されて出来上がったその汚れにはこの和式便器の全ての歴史が集積されている。この学校に通い、この便器を使用した全ての女子生徒のエッセンスが、そこには凝縮されている。

 この学校における女子便所の歴史が凝り固まったモノに、貴方は恐る恐る舌先をつけようとする。何度か迷い、惑い、そして――。

 舌に慣れない、硬い、感触。そのまま舌先で押すと、表面が溶けて破れて、柔らかいものがどろりと溢れてくる。

 今度は無味ではなかった。

 女子達の悲鳴と嬌声が貴方を包む。貴方はこみ上げる嘔吐感をこらえる。涙をこぼしながら、便器を使用したことのある全ての女子の味を口中で味わい、嚥下する。

「きゃはははは! ほんとにしたほんとにした! 女子便うんちとディープキス! 女の子のうんち、一生懸命ペロペロして、呑み込んでやんの!」

「この学校に通ったたっくさんの女の子が出したおしっことうんち、一緒にごっくんした感想はどお? ええー? 泣くほど美味しいの? それじゃあ、おトイレ使う前に、もっとペロペロしていいよぉ」

 貴方はさらに苦渋と呼ぶのも生やさしい、口に苦いものを味わい続ける。

 長い長い年月を経た酸味混じりの苦味が、貴方の口内に広がる。

 比較的現在に近い新しい過去の奥に、より古い過去が広がり、さらにその先にはより年を経たものが眠っている。女子排泄物により形成された地層に貴方は接吻する。唾液と舌で地層を表面からなめとる。すると、たちまち複数の少女が過去に排出した小便大便のカクテルが、貴方の口の中で次々に誕生し、そのえぐみで貴方を嘔吐かせる。

 つい数日中に、遠野や川島や貴方の妹や妹の友達がひり出したモノの一部が。ひりだすと同時に、品なく、前の孔からも迸らせた液体が。

 一年前に、日頃は冷静な少女が我慢の限界を超えた液体を大慌てで下着の中に溢れ返らせつつ、床と便器に撒き散らしてしまった恥ずべき小便の残滓が。

 五年前に、当時学校中で最も容姿端麗で、誰からも愛された少女の尻穴から出し抜けに出現し、その巨大さから便器を大きくはみ出し、果ては便器を詰まらせるまでに至ったトグロを巻いたものの名残が。

 十年前に眼鏡をかけた品の良い少女の尻から勢いよく飛び散って、ねっとりと大量にへばりついたペースト状の軟便が。

 便器にこびりついた全ての歴史上の少女と、貴方は間接的な関係を持つ。幼少の頃から女子に軽んじられ、女子に玩具にされることの多かった貴方は、年の近い女子と直接的どころか間接的な口付けすら交わしたことがない。貴方はこの瞬間、生まれて初めて、年の近い女子との間接的な口付けを交わす。便器の小便大便を介して、貴方は年の近い女子の下半身に備わった二つの孔と間接的にキスをする。

 便器にこびりついた全ての歴史が貴方の口中から喉を通り、昼食時に貴方が口にした食物と一緒になって胃の腑の中に落ちていく。

 貴方は猛烈に小便をしたい。しかし、貴方にそれは許されていない。過去とに女子達が気持ち良く撒き散らした小便の残滓を、過去に女子達がえも言われぬ排泄の快感に震えながらひり出した大便の名残と一緒に口中で味わい呑み込むことのみが、貴方には許されている。

 貴方は小便を許されるまで、便器の地層をなめ続ける。この便器を使った経験のある全ての女子の排泄物を、貴方は胃の腑に収める。

「あはははっ、止まらなーい。すっごいなめてるー。うんち、美味しいんだあ。カチカチ熟成女子便うんち、ネットリ濃厚女子便うんち、どっちもやみつきになっちゃったんだあ?」

「……ふふ、それじゃあ、そろそろ許してあげよっか」

「えー。うーん、でも、そっかあ。あんまりいじめちゃかわいそうだし、そうしよっか。はーい、お待ちかね。――ね。ここでおしっこ、してもいいよ」

 不意に訪れた優しい許しに、貴方が希望の光を見出した時。すでに遠野の手が音もなくひらめいている。

「ほーら、やっちゃえー」

 遠野の手の平は、勢いよく貴方の尻に向けて打ち下ろされる。貴方は小便を布団の中で失敗して罰を受ける幼児のごとく、同級生女子の平手を尻に叩きつけられる。手の平が乾いた衣類を叩く音がする。予期せぬ衝撃が貴方の全身を襲う。小便を許されたと思って油断していた貴方は、この衝撃に「あ」と吐息か苦悶の声か判然としないものをこぼす。「あ」は尾を引く。「あ、ああ。あああああ」と。

 しょわわわわー、と情けない音と共に貴方の小便が始まる。貴方の小便は、チャックを下ろすことも、ズボンや下着をずらすこともできないままに、着用したままの衣服の中で始まる。貴方の小便は常とは異なり、放物線を描くことはできない。下着にぶつかって、爆発するかのごとく、中で四方八方に飛び散る。貴方の小便は紺色のズボンを水浸しにして、内腿を伝い、貴方の尻の下に水たまりを作る。女子便所の床にできた水たまりの端は広がっていき、件の和式便器に達すると、便器の縁を伝って便器の中へとこぼれ落ちていく。

 貴方はこうして新たな歴史となる。女子から小便我慢のいじめを受けて、女子便所で便器をなめさせられたあげく、結局は小便漏らしを喫してしまった初の男子として。下着の中を通り、ズボンから漏れ出し、床を伝って便器へと至った貴方の尿は、小便漏らし男子の尿として便器の縁の下部に記録される。貴方が漏らした小便は、女子便所の便器に形成された地層の一部となる。

「あー! やってるやってる! 漏らしてやんの! 女子便で間に合わずにおもらし! きゃははは、なっさけなーい! やあい、ションベンもらしションベンもらしー! みんなに言ってやろーっと」

「ぷぷっ、お尻叩かれたぐらいでおもらししちゃうんだあ。ちゃんと我慢を覚えないとダメだよぉ? はずかしーいションベンたれくん」

「あーあ、こんなに垂らして、服も床も汚しちゃって。我慢できないなら、学校にオムツしてきたらぁ? 私達がションベンたれオムツ交換したげるよ、みんなの前で」

 貴方は同級生女子達に好き勝手に言われ、笑われる。

「……ちゃんのお兄ちゃんって」妹の友達である少女が、貴方の妹の名を呼ぶ。口元を押さえ、貴方の醜態をおかしそうに見つめている。訳知り顔で言葉を続ける。「クラスの女の子に、こんな風にいじめられちゃってるんだあ。全然知らなかった。ふふっ、なあにこれ。女の子におもらしまでさせられちゃって。面白いから教えちゃうね、……ちゃんに」

 貴方の妹の耳に貴方の小便漏らしの報が届くのは、そう遠いことではないだろう。貴方の妹は小生意気だ。自分よりも年長でありながら、小便漏らしの失態を演じた兄の貴方を軽蔑し、貴方を見下してくるだろう。貴方は年下の妹にも同級生にも馬鹿にされる、小便漏らし男子としての日々をしばらくは歩むことになる。

 女子便所という神域に忍び込んだ貴方は、今、神域の本尊である和式便器の前で頭を垂れている。神域を冒した貴方を、神域は罰した。貴方が男子の身でありながら、女子便所の区画に足を踏み入れた抜き差しならない事情などは一切考慮されなかった。

 貴方の小便漏らしにも、致し方ない理由がある。しかし、それは同様に顧みられないどころか、理由を知った者がより貴方を軽んじる原因にしかならない。男子は女子よりも強くあるべきとされている。女子に小便我慢いじめをされ小便漏らししてしまうなど、それ自体が男子の身にとっては大きな恥なのだ。

 便器の前で便器を使うことを許されず、衣服の中での小便漏らしを続ける貴方の口内には、女子排泄物の苦さが根強く残っている。時を経て腐敗劣化した嘔吐を催す女子排泄物の酸っぱさ混じりの苦さは、小便漏らしの記憶と混ざり合い、貴方の内にいつまでもいつまでも残り続ける。


(了)

Comments

エックス

とても素晴らしいです

あおほ

新境地だった気もしますけど途中から良いと感じました。

無能一文

コメントありがとうございます。 色々な意味で攻めた内容になってしまいましたが、受け入れていただきありがたいです。

無能一文

コメントありがとうございます。 どうも、こう、無能の場合、一回きりの短編となるとインパクト勝負、切れ味勝負に走る傾向がありまして……。 受け入れていただける方々がいて、良かったです。