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 知らぬ存ぜぬで押し通そうとした。証拠は目撃証言しかない以上、他人の空似で押し通せると思った。実際、もう少しで、押し通せそうな気配もあった。  しかし、嘘つき呼ばわりされた洋子が怒りに任せて、「ウソじゃないもん! きっとまだ干してあるから、今からみんなで見に行こうよ! そしたら、どっちが嘘つきかわかるもん!」と言い出した瞬間、康一は言葉に詰まってしまった。これで形勢は逆転した。洋子の言う通り、確認しに行こうとする皆に対して、康一は強硬に異を唱えざるをえなかった。  荷物を置くために家に寄った際、布団がまだ干しっぱなしであったことは確認している。陽が落ちていない今なら、まだそのままになっている可能性が高い。見に行かれたらおしまいだ。全てが露見してしまう。みんなでその様子を見に行くか、正直に不名誉な真実を告げるか。いよいよ、その二択を迫られた康一は、結局、正直に不名誉な真実を告げる道を選ぶしかなかった。 「わ、わかったよ。認める。嘘だよ。僕が嘘をついていた」康一は言った。「今朝、家の前で、洋子ちゃんと美々ちゃんに会ったよ。全部、洋子ちゃん達の言う通りで……その。だからさ、うちに見に行くのは、やめようよ」  何か言い募ろうとする洋子を手で制したのは、笹川だった。そのまま、こちらに身を寄せてくる。悪戯っぽく、囁くように。語りかけてくる。 「……ねえ、康一くん、気をつけて」 「な、何を?」 「だって、ほら、ちっちゃい子の前だよ。嘘をついたなら、まずは、ちゃーんと謝らないと。教育に悪いでしょ。ほら、こうして、きちんと膝をついて……」 「で、でも、僕は……」 「だーめ。謝るのが先。言い訳は後。悪い例を見せて、洋子ちゃんや美々ちゃんが真似するようになったらどうするの? それから、お誕生日の今朝、康一くんがどんな風に目を覚ましたのかもう一度、きちんと自分の口で教えてね。今度は嘘偽りなく、正直に、ね」 「待ってよ。そんなのは」 「言う通りにしないなら、学校で全部言い触らすけど。いいのかなあ?」  康一は沈黙した。康一にとって、それは絶対的な一言であった。内心、一瞬だけ、なおも抵抗を続ける道を探ろうとするも、すぐに観念した。学校で言い触らされるのだけは、なんとしても避けなければいけない。 「さあ、康一くん。悪いことをしたんだから、素直に謝ろ」  にこやかに見守る笹川が求めるままに、康一は硬い動きで女の子達にひざまづく姿勢を取った。そのまま、忸怩たる思いで五人に頭を下げる。 「う、嘘をついてごめん」 「違うよね」すかさず、笹川が訂正を入れてくる。「ごめんなさい、だよね。ちゃんと丁寧な言葉で言わないと」  康一は唇を噛んだ。女の子の言いなりにならざるをえない自分の運命を呪う。言い直す。 「嘘をついてごめんなさい。洋子ちゃんと美々ちゃんの言う通りです。今朝、僕は、誕生日なのに――その、あの」独特の響きを持つその単語をどうしても口にしたくなくて、逡巡する。頭の上からは、くすくすと押し殺した笑い声が響く。ちゃんと言わないとぜーんぶ言い触らしちゃうよー、と念押しする笹川の声も聞こえる。康一は覚悟を決めるしかなかった。康一は告白する。恋心を告白すらしたことのない初恋の女の子に、今朝のあらましの告白を――男の子としてあるまじき屈辱的失態である、『おねしょの告白』を。「僕は、お、おねしょ……を。その、しちゃいました」  瞬間、頭上で爆発したかのように笑いが大きくなった。同級生三人の鈴を鳴らすような笑い声と、幼稚園児二人の甲高い笑い声。続いて、心ない悪意に満ちた言葉が次々に降って来る。 「ええー、康一くーん、本当におねしょしたんだあ!」笹川の声。下げたままの頭を、うりうり、と華奢な指でつつかれる。「もう、康一くーん、ダメでしょー。六年生にもなって、お誕生日にお布団の中でおねしょなんてしたら!」 「ほーら、やっぱりー!」洋子の声。勝利の高揚感にその口調は弾んでいる。「そうだと思った。やっぱり、おねしょの康一ちゃんだったでしょー!」 「ほんとだー。よーちゃん、さすがー」美々の声。そこに含まれる素朴な驚きの感情が、かえって胸をえぐる。「幼稚園でもしてる子なんてもう誰もいないのにねー。まだおねしょ、なんだあ」 「ぷぷっ、康一くん、まだおねしょ治ってなかったんだ」泉の声。はるかな高みから見下ろす、蔑みのこもった口調。「サイテー。洋子も美々ちゃんもとっくの昔に治ってるのに、赤ちゃんみたーい」 「一年に一度の特別な日だったのに、朝から大変だったのねえ。よしよし」森本の声。声音も、体毛の流れる方向に向かって背中をなでる手つきも優しい。優しいのに、心が落ち着くどころか、まるで心そのものを逆撫でされたように、ぞわぞわと総毛立つ感覚がする。「くすくす、ねーえ、『康一ちゃん』。この年になっておねしょなんて、ママにたくさん叱られちゃったでしょう? お誕生日に神様から素敵なおねしょのプレゼントもらえて、良かったねー?」 「あ、洋子、康一クンとママとのおはなし、ちょっとだけ聞いたよ。恥ずかしい思いをさせるため? に布団を庭に干すんだって言ってた! それが康一ちゃんのためになるんだって! あとねー。ちゃんと学校ではトイレに行くのよ! って注意されてたよ」 「なにそれー。ほんと、赤ちゃんじゃん」  切れ目の見えない嘲りの連鎖に、視線が揺れる。頭全体が熱を帯びる。康一は眉間に意識を集中して、床のカーペットを一心に見つめた。気を抜いてしまうと、涙が込み上げて来そうだった。 「あー、それは多分、あのせいじゃないかな。洋子ちゃん、実はこのお兄ちゃんにはね、おねしょの他にももう一つ、おっきな秘密があるんだあ」森本がやけに愉しそうな声で続ける。その声の弾み具合に、背筋が泡立つような感覚が走る。何か決定的なことが暴露されようとしているような、確かな悪寒がした。「くすくす、とーっても面白いからぁ、洋子ちゃんと美々には特別に教えてあげる。この康一くんねえ、実はこの前、私達と『おしっこ我慢』遊びした時にぃ……」 「ちょ……ちょっと待ってよ!」カーペットを凝視することに集中している場合ではなかった。康一はたまらず顔を上げて、森本の話の続きを遮った。話がとんでもない核心に触れようとしていることを察したのだ。「や、約束が違うよ。だって、その話をしない代わりに、僕はここに……」 「えー、あれは学校でしない、っていうだけの約束だよねー?」笹川が口出ししてくる。 「そうそう、洋子にはちゃんと対戦相手の情報を教えておいてあげないと、フェアじゃないもん。……洋子も知りたいよね? ほらあ、知りたいってー」泉が同調しつつ、自分の妹も使って外堀を埋めてくる。 「ほらー。みんないいって言ってるし。やっぱり話してもいいんだよ。康一くん、私、話しちゃうね」森本が性懲りもなく洋子と美々の耳元に身を寄せて、嬉しそうに耳打ちしようとする。「聞いて聞いて。康一くんってねえ、かっこ悪いんだよお。この前ねえ……」 「ダメだってば!」  康一は慌てて止めようとする。しかし、間に邪魔が入った。笹川と泉が、まあまあ、などと言いつつ押しとどめてきたのだ。 「康一くんったら、怒っちゃだーめ」笹川がこみ上げる笑いを噛み殺しながら言った。「ほらほら、落ち着いて、深呼吸深呼吸。洋子ちゃんと美々ちゃんが怖がっちゃうでしょ。相手は子供だよー?」 「そうそう、スマイルスマイル。幼稚園児相手にマジになっちゃって、大人げないよー。『康一ちゃん』」泉もいかにも人を小馬鹿にしたように、自ら笑顔を作って見せる。  話の中心にいるはずなのに、何についてもめているのかよくわからない様子の洋子と美々は、きょとんとした顔をしている。美々が森本と康一達の方を見比べて、尋ねる。 「えっと……このお兄ちゃん、康一クンがどうかしたの?」 「うん、美々も洋子ちゃんも、お待たせしてごめんね。それじゃ、教えてあげる。このお兄ちゃんね。実はこの前、私達と『おしっこ我慢』遊びした時にぃ……」  森本はたっぷりと間を取って、洋子と美々の幼い好奇心をたっぷりと刺激しようとする。洋子と美々はその手口に誘われて、興味津々で耳をそば立てている。康一は諦めなかった。諦められなかった。最後の手段として、大声を上げ、情報の伝達を妨害しようと試みる。しかし、瞬時に泉に取り押さえられ、笹川に手で口を塞がれた。笹川の女の子らしい柔らかい手が口に触れて、女の子らしい優しくて甘いにおいが、ほんの少しの新鮮な汗のにおいと共に香った。こんな時なのに、先ほど森本の胸で絶頂し損なった余韻だろうか。康一はその芳香に気を取られてしまい、一瞬、抵抗を忘れてしまった。森本はその隙を見逃さなかった。 「このお兄ちゃんね。実はおねしょだけじゃないんだよお。この前、私達と『おしっこ我慢』遊びした時にもね」康一の一生隠しておきたかった恥ずべき秘密が、ついに森本の口から伝達された。「おズボンの中でぇ、『しーしー』、しちゃったんだあ」  あああああ、と。我に返った康一は言葉にならない声を上げる。口を塞がれていて意味のある語を発することができない分、笹川の手の中で絶叫する。  ええー、と二人同時に高い驚きの声を発して。泉洋子が、森本美々が、あどけない瞳を大きく見開いて、康一を見る。その頬は、うっすらと上気している。康一は彼女達のあどけない大きな瞳の中に、まだ未分化で原始的な形でありながらも、はっきりとした軽蔑の色を見た。おねしょのことだけでは飽き足らず、おもらしの秘密までこんなに小さな女の子に知られてしまった――そう思うと、改めて、全身の血が顔の方に上ってくるのをはっきりと自覚した。康一は幼稚園児達の好奇の視線に堪え切れず、目を逸らすしかなかった。幼稚園児の女の子におもらしの秘密を知られて、情けなくも赤面して。その現実全てを直視できずに、目を逸らして逃げることしかできない自分の行動が、たまらなく子供じみて感じられた。もう、女の子の手の柔らかさも、においも、何の慰めにもなってはくれない今になって、笹川の手の平がようやく口元から離れた。 「『しーしー』って……」美々が信じられない、とでも言いたげにその幼児語を繰り返す。 「うん、そうだよ。美々の想像通り」森本が心優しいお姉さんのように、大きく頷いてみせる。「このお兄ちゃんね、夢の中でもやっちゃったみたいだけど、眠ってない時でもやっちゃったんだあ。おトイレね、うふふ、間に合わなかったの。間に合わなくてね、我慢していたおしっこ、おトイレの前でぜーんぶおもらし、しちゃったの。信じられるー? 六年生にもなって、しー、しー、ってかっこわるーい音を立ててね。あはははっ、ぜーんぶおズボンの中におもらし、しちゃったんだよ。男の子なのに、私達女の子に大笑いされてね。やあいおもらしおもらしーっていっぱいはやし立てられながらね。この家のトイレの前の廊下に、六年生にしか作れないような、おっきなおっきな水たまりを作ったの。おしっこくさーい、はずかしーい、おもらしの、水たまりをね」  康一の脳裏に過去の記憶が蘇る。忌まわしい、この家に最初に来た際の記憶。目の前にあるトイレ。長い長い、十秒間の『おあずけ』。事が始まってしまった瞬間の、女の子達のはやし立てるような歓声――。  こんなのはずるい。康一は抗議の声を上げたかった。森本は嘘を言ってはいなかった。でも、本当のことも言ってはいなかった。あの時、自分はただ単純に、我慢できずにおもらしをしたのではなかったのだ。尿意を訴える自分に対して、笹川達が陰湿な嫌がらせをたくさんしたのだ。そうでなければ、自分だって、六年生になってまであんな大恥を掻くことにはならなかった。それなのに――。 「ぷっ、あははははっ、うそー、おもらしだってー」と洋子がまず嘲りに転じた。「みーちゃん、聞いた? えー、康一クン、おもらししたんだあ。おトイレ、間に合わなかったんだあ。きゃはは、赤くなってる赤くなってる。ほんとなんだあ。お腹痛い。笑っちゃう」 「ちっ、ちがうよ。そうじゃなくて……」康一は歯がゆい想いがした。自分の言い分にだって、正当性はあるはずなのだ。それなのに、どうして、自分の言葉はこんなに嘘っぽく聞こえてしまうんだろう。 「お兄ちゃん、もうおっきいのに……」あたふたする康一を、くすっ、と笑って。森本美々は姉によく似た表情を浮かべた。両眉をハの字にひそめているのに、口元は微笑を形作っている。苦笑によく似た表情。嘲笑、だった。最初に礼儀正しく挨拶してくれた時と比べると、口調に侮蔑の色が混ざっているように聞こえるのは、決して気のせいではなかった。「おもらし、したんだあ。わたしとよーちゃんも、お姉ちゃん達と何度かガマン遊びはしたことあるけど、一度もそんな失敗しなかったのに。お兄ちゃんは、しちゃったんだあ。もうおっきい男の子なのにぃ。……ふふ、康一クン、かっこわるーい」  語尾を伸ばしたからかうような物言いに、息が止まった。息の根すらも止まったかのごとく感じられた。ああ、と思う。笑われてしまっている。出会ったばかりの幼稚園の女の子に、それも控えめな性格に見えた美々ちゃんの方にまで、おもらしの失敗を、馬鹿にされてしまっている。  つい十数分前の穏やかな時間からの落差もあり、胸の奥が軋みを上げているのがわかった。強烈な負荷を受けた脳が、めちゃくちゃに働いて、熱暴走を起こしそうになる。暴力的なまでに衝動が高まって、今すぐに何らかの行動をしなければいけない気になる。でも、小さな女の子相手に、衝動に任せて暴力は振るうわけにもいかない。怒鳴ったりするわけにも、いかない。結局、急激に高まったにも関わらず、どこにも行き場を見つけられなかった激情は、羞恥の表現である赤面と、涙腺の緩みに反映された。 「ちっ、ちがう、のに」ダメだ。康一は再び眉間に意識を集中する。涙を抑えようとする。六年生にもなって、幼稚園の女の子に、よりにもよっておもらしを馬鹿にされて泣き出すなんて。絶対にダメだ。しかし、どんなに眉間に力を入れても、高まる感情を制御しきることはできなかった。揺れる視界に映る、女の子達の侮りに満ちた顔が、ついにぐにゃり、と歪む。「ぼ、僕、だって……ぐすっ、したくて、したわけじゃ……」 「あらら、康一くん、泣いちゃいそう」目敏く気付いて、最初に声を上げたのは笹川だった。「ほらあ、頑張らないとダメだよー。幼稚園の女の子に、六年生の男の子が、泣かされちゃっていいの? 今日はお誕生日でしょ? おねしょは治っていなくても、もう十二歳でしょ?」 「あはっ、がんばれー、康一くーん」 「泣かないでー。おもらしする康一くんも、かわいくて好きだよー」  森本と泉がふざけ半分で声援を送ってくる。同級生の女の子三人に揃って慰められて、康一はより一層情けない気持ちになった。情けなさを自覚すると同時に、胸の奥がきゅう、と縮こまって、こみ上げてくる涙の気配も色濃くなる。  同級生三人のわざとらしい声援に混ざって、小さなかわいらしい声が囁き合うのがかすかに耳に届いた。 「ぷくく、見て見てみーちゃん。もうおっきいのに、おもらしのことからかわれて泣いちゃいそう」 「ねー。もうおっきいのにぃ。おもらしやおねしょもするし、ちっちゃい子に色々言われただけで泣き出しちゃうし、ママが心配するのもわかるよねー」  僕はおもらしやおねしょばっかりなんてしていない。どっちもしたのは一度きりなんだ。陰口を叩く幼稚園児達に、康一はそう叫びたかった。でも、もうそれは満足な声にならないまま、ただの嗚咽になってしまった。小さな胸の中で一杯になった口惜しさが、すぐにも溢れそうになる。目蓋に溜まった涙が、今にも零れそうになる。そして、ついに堪えきれなかった一滴の涙が、頬をつうっと伝った。あーあ、泣いちゃったー。女の子達の弾んだ声が一斉にそのことを指摘した。やあい、康一くんの泣き虫ー。  もう、何も考えられなかった。激情の濁流に呑み込まれて、康一は声を殺して泣いた。  幼稚園児二人の会話が、物を考えることもできない状態に陥った康一の鼓膜を、ただ震わせ続けていた。意味は、わからなかった。 「わたし、このお兄ちゃんになら勝てるかも。よーちゃんはどう思う?」 「ゼッタイ勝てるよ! おもらしくんやおねしょくんになんて負けたら、コケンに関わるもん」 「ねー。関わるよねー。……よーちゃん、ところで、コケンってなに?」 「しらなーい」

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とてもすばらし…! 順調に追い詰められてますね…少しの間だけでもおしっこのことを忘れられて良かったね…

あおほ

凄く良かったです。大勢の女の子にひたすら辱められるの本当に最高です。

無能一文

コメントありがとうございます。 誕生日会周辺で数少ないアメのフェーズをまとめて消化した結果、後にはムチのフェーズばかりが残ってしまった感がありますねw

無能一文

コメントありがとうございます。 お気に召したようで何よりです。 そうですねー。無能も女の子側が複数人の方が圧迫感があって好きです。まあ、一対一の方が好きな人も多いかもしれませんけどね。

Anonymous

無一文さんの新作…最初から読み返してきます\(^o^)/

Anonymous

私は好物は最後に堪能したいたちなので数日間かけて最後に堪能させていただきます(^^♪

Anonymous

まだ読んでません…絶対好物だの思うので

無能一文

コメントありがとうございます。 よろしくお願いします。 無能はその間に、次の更新の準備をしておきますね!