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     2 「ふふ、康一くん、ちゃーんと来たね。さあ、入って」 「……う、うん」  笹川扶美香。  緊張。調度品。飴色の扉。  ふんわりとして甘くてやさしい、いいにおい。  泉と森本、そして甘酸っぱいレモンジュースの風味。  笹川の家に辿り着いて以降の、そのほぼ全てが、今朝見た夢と同じように進行した。  そして――驚くべきことに、夢と同様に笹川が誕生日会のことを切り出す。その瞬間、嘘だ、と康一は思った。  それでも、夢の再現はまだ終わらなかった。  バースデーケーキにフライドポテトやチキン。ロウソクにクラッカー。  そして、ハッピーバースデートゥユーの歌。  そんなことあるはずがない、と康一は頬をつねった。  しかし、目の前のそれらは、幻ではなかった。今度こそ、夢でもない。今朝見た都合の良い夢が、今、まさに眼前に蘇っていた。  隣では笹川が微笑む。泉や森本も親しみを込めて話しかけてくる。  漠然とした胸騒ぎを覚えながらも、予知夢、という単語を康一は想起する。とても信じられないけれども、そうとしか言いようがなかった。  もし、そうであれば、と思う。今朝の夢では、最後の最後に失敗して全てがぶち壊しになってしまった。もしあそこで失敗しなければ、今度こそ、本当にこの状況全てを現実のものにできるのではないだろうか。  自分の前に用意された飲み物の中に浮かぶ、氷塊を見つめながら、康一は思案する。そして、その飲み物になるべく口をつけないようにしようと決意する。水分の過剰摂取こそ、心地良い夢が悪夢と化した元凶だった。これに細心の注意を払えばあるいは、と考えたのだ。  康一が二度目の好機を得たつもりで、気を緩めることなく、周囲に目を配っていると――。  じりりりりり、と。  夢の中でも聞いたような音がした。ぎくり、とする。見ると、泉のスマートフォンが立てた音だった。目覚まし時計を模した着信音だったらしい 「お、連絡きたきた。ちょっとごめんねー」泉がスマートフォンを耳に押し当て、誰かと話を始める。「あー、そっち終わった? 迎えに……あ、一人で来れる? おけおけ、笹川お姉ちゃんのところね。うん、早めに来て。こっち、もう出来上がってるから」  何の話だろう。話の内容に、康一は首を傾げた。まだ、ここに誰かが来るのだろうか。他の女子のグループとは自分はあまり関わったことがない。もし、誰かが来るのだとしたら、少し気後れを感じてしまう。内心、不安の影が差したその瞬間――。  あ、と嫌な感覚を下半身に覚える。  康一は悟った。このタイミングでの水分の過剰摂取は、その後の展開と直接の関係はなかったらしい。  でも、問題ない。康一は思う。今度こそ、周囲の面々にこのことを素直に伝えればいいのだ。康一は手を挙げて告げようと思った。トイレに行ってくる、と。  その瞬間、不意に脳裏に過去の光景がフラッシュバックした。『しーしー』『しーしー』と連呼され、嘲笑されながら、決壊を味わったあの後ろ暗い過去の光景だった。  康一は手を挙げる途中の、半端な姿勢で停止した。それから、数秒、逡巡して――結局、そのまま手を下げてしまった。  はあい、来ました。康一くん、早速おしっこ我慢開始でーす。  愛想良く康一をもてなしながら、お腹の中で笹川はほくそ笑んだ。康一が結局、自らの欲求を内側に溜め込んだまま、そのことについて何も言い出せなかったことに深い満足感を覚える。  あぁ、康一くんはかわいいなあ、などとうっとりする。女の子の前だと、こんなちっぽけなことも言い出せない。一言トイレに行くことを告げて、苦しくなる前に席を立てば自分で自分を追い詰めることもないのに。あんなにいっぱい意地悪してあげたのに、もしかしたら、まだ私のこと好きなままなのかなあ。恥ずかしげにお尻をもぞもぞなんてさせちゃって、ばかだなあ康一くんは。 「あっ、ダメだよ、康一くん。飲み物、もっと飲まなきゃ。空気も乾燥しちゃってるし、まだまだ、たくさんあるんだから」  邪な内心をおくびにも出さずに、笹川はさも親切そうに切り出した。康一は「あっ、えっと、あの」などとまごまごしているので、相手にせずにすぐに席を立つ。四の五の言わさず、さっさとグラスに飲み物を追加して追い打ちをかけてあげることにする。  部屋を出る間際、泉の方に視線を投げる。泉は器用に片目をつむって、スマートフォンを軽く振ってみせた。手はず通り、『対戦相手』は準備した、ということだろう。  森本はと見れば、康一に若干不自然なほどに距離を詰めて親しげに喋りかけている。不慣れな異性にくっつかれて、康一は傍目にもどぎまぎしてしまっているようだ。  森本さんは優しい。笹川は微笑ましい気持ちになる。康一くんがもっと切羽詰まってしまうまでは、行きたい場所のことをすっかり忘れさせてあげようという親切な心遣いに違いない。  視線の先で、肩が触れ合うほどまでに森本が康一との距離を詰める。森本の小さな手の平が、康一の震える手の平の上に乗る。森本の六年生にしては豊かな胸が、康一の腕に近づいて――あー! と笹川は思う。康一くん、森本さんのおっぱい、腕に当たっちゃう。当たっちゃうよ。そう思う間に、むにゅ、と胸が腕に押し当てられ変形する。あぁ、当たっちゃったあ。  笹川は康一の様子を盗み見る。康一は一目で見て取れるほどに、動揺していた。腰が引けていて、気恥ずかしそうで、それでいて――どこか遠い楽園でも見るように、幸せそうな表情。気になるなら自分から離れてもいいはずなのに、一向に離れようとしない。  あははっ、と笹川は内心で笑った。康一くん、女の子のやわらかいおっぱい、気持ちいい? お誕生日に良い夢見れて良かったね。もう少しだけ、おトイレのことは忘れて、愉しい夢を見ていてね。  ふんわりとやわらかく、そして、あたたかい。  不意に腕にその感触を覚えた時には、どうして良いかわからなかった。すぐに当たってしまったことを謝罪して、距離を取ろうかとも思った。  しかし、当の感触を与えた本人である森本は、一向にそれに気付かない様子だった。あるいは、そういったことには頓着しないだけかもしれない。  だから、康一は良くないこととは知りながらも、そのままにしてしまった。言い訳はいくらでもあった。だけれども、本当に胸が当たるに任せていた理由は、他でもない、ただただ、たまらなく心地良かったためだ。康一の芽生えたばかりの未熟な性は、この状況に歓喜していた。その証拠に、ささやかな局部は、身に着けたズボンの中で隆起していた。隆起とは言っても、元々のサイズがささやかなものであるため、ズボンの表面を押し上げるには至らないごくごく小規模なものだったが、康一にとってはそれが最大の姿だった。森本の胸が腕に当たる感触だけで、自分自身ですら気付かないうちに康一は自身の限界まで大きくしてしまい、今にも達しそうにすらなっていたのだ。  康一を桃色の夢から醒ましたのは、玄関の呼び鈴だった。それを潮に森本が身動きして、触れていた胸が康一から離れてしまう。康一が名残惜しいような気持ちで森本の胸を見るともなく見ていると、飲み物を取りに行ったついでに、来客対応に出た笹川が戻って来た。  その後ろには、二人のどことなく見覚えのある女の子が立っている。女の子達は、康一達よりもずっと背丈が低かった。大人びた表情をしてはいるものの、まだ幼稚園児ぐらいに見える。 「こんにちわ」幼稚園児の一人が言った。年齢のわりに滑舌のはっきりとした、快活な挨拶。「あたし、泉洋子(いずみようこ)っていいます。お姉ちゃんの妹です。五歳です」 「こんにちわ」もう一人の幼稚園児が言った。洋子と比較すると、柔らかい印象を残す女の子。「森本美々(もりもとみみ)です。洋子ちゃん――よーちゃんとは同じ幼稚園の、ええと、お友達です」 「康一くんは初めて会うよね」泉が洋子を指し示して続ける。「言わなくてもわかったかもしれないけど、こっちの子、洋子はうちの妹ね。そっちの子は……」 「私の妹、だよ」森本が後を引き継いで言った。  まだ弾力感に満ちた夢から醒めたばかりの半ば朦朧とした意識状態で、康一はぼんやりと彼女達の姿を眺めた。泉と森本の顔を見つめ、それから、妹と名乗る女の子達の顔にもう一度視線を戻す。確かに姉妹なのだろう。泉洋子ははっきりした目鼻立ちが、森本美々は柔らかい印象を残す顔立ちや髪質が、姉のそれと似通っている。だけれど、気になるのは、そこではなかった。泉洋子と森本美々、二人が並んでいる姿に、不思議な既視感があったのだ。よーちゃん、という呼び方も引っかかる。どこかで聞いたような――。  今にも正解に辿り着けそうで辿り着けないもどかしさを抱えて、康一は二人の顔をじっと見つめる。その時、不意に泉洋子がこちらに視線を向けた。目が、合った。泉洋子の丸い瞳が大きく見開かれた。 「あー!」そして、素っ頓狂な叫び声を上げた。康一の方を小さな手で一生懸命に指差して、はっきりと告げる。「みーちゃんみーちゃん、見て見て! この人、おねしょのお兄ちゃんだよ!」  その恥ずべき単語を耳にした瞬間、康一も瞬時に閃いた。既視感の真実に辿り着いた。今朝、家の前で会った子達だ!  同時に、戦慄した。尻に火がついたかのごとき、強烈な焦燥感が湧き上がってくる。この子を、自由に喋らせてはいけない。今すぐ黙らせないと。  しかし、洋子の発した単語で真実に辿り着いたのは、康一ひとりだけではなかった。森本美々が子供らしい興奮を隠し切れない様子で声を発した。 「――わっ、ほんとだー! 今朝、美々達から逃げたお兄ちゃん! ええと、こう、なんて言ったっけ」 「康一ちゃん、だよ。おねしょの康一ちゃん!l  早急に彼女達の証言を打ち消す必要を、康一は感じた。本当は腕力に訴えてでも黙らせたい気持ちを抑え、康一は強いて何のことだかわからない、という顔をした。 「な、何のこと? 僕、わからないよ」  重ねて、口でも言ってみる。  その態度が気に入らなかったのか、洋子も美々もまるで納得しない。 「あー、ヒキョーよヒキョー。しらばっくれてる! わかった。お姉ちゃん達に、おねしょのことバレるのがはずかしいんでしょー」 「お姉ちゃん、聞いて聞いて。このお兄ちゃん、康一ちゃんでしょ? 康一ちゃんはおねしょなの。今朝、おねしょしてたの! ほんとだよ!」  幼稚園児二人の言葉足らずの力説に、かえって好奇心をそそるものがあったのか。  興奮する妹達の代わりに、泉と森本が動く。無言のまま、左右を押さえるようにして、両脇に身を寄せてくる。無言の圧力を感じて、康一が正面に視線を向けると、いつの間にか、すぐ目と鼻の先に笹川がいる。康一は無意識に後ずさりしようとした。しかし、その動きは、両脇でそれぞれの腕を絡め取る泉と森本に押しとどめられる。両腕それぞれに、大きさの異なる柔らかな感触があった。先ほど味わった桃色の夢が、一瞬だけ頭の中をかすめて過ぎる。でも、それを愉しむ余裕はもはやない。 「逃げちゃだーめ」首を思い切り伸ばせば、お互いの唇を触れ合わせることもできそうな距離で、笹川がにっこりと笑う。「康一くん、この子達、こう言っているんだけど。何のことだか、ちゃーんと教えてくれる?」

Comments

あおほ

逃げ場がない康一君がどうなっていくかいつもながら今後が楽しみすぎます。

無能一文

コメントありがとうございます。 楽しみにしていただき嬉しいです。続きは乱雑な書き殴り状態のままになっているものがあるので、頑張って推敲しまーす。

エックス

とてもすばらし…! 体はしっかりと警告してくれていたのにね…

無能一文

コメントありがとうございます。 楽しんでいただけているようで幸いです。まあ、体はいつでも正直ですからね……。

Anonymous

ばれたら自殺もんの屈辱…でもばれて𠮟られて様な…

Anonymous

私がその立場だったら絶対死んでますよね

Anonymous

想像したくもない…でも想像…

Anonymous

無一文さん…お話…続けてください(*- -)(*_ _)ペコリ

Anonymous

週末…もう一つのお話不浄奇談 …読みたいけど我慢します!! こちらのお話の完結後の楽しみにしたいので\(^o^)/

Anonymous

その方が面白そうですので(^_-)-☆

無能一文

コメントありがとうございます。 楽しんでいただけているようで幸いです。 ただ、無能、遅筆なので……完結には時間がかかる、かも……。