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 セミがけたたましく鳴きわめく、夏真っ盛りの公園。ベンチや芝生には、日焼け目的で上半身裸になった筋肉ムキムキな男たちが、汗を流しながら弁当を食べたり、寝転んだりしている。


「はぁ……、どうしたらいいんだ……」


 そして、ここにも彼らに負けないほどたくましい体をした男が一人──。だが、彼はその大きな両の掌に持った預金通帳に視線を落とし、絶望に打ちひしがれていた。彼の名前は黒原徹(くろはらとおる)。身長180センチを超える恵まれた肉体と顔立ちをしてはいるものの、今はその精悍な顔を歪め、暗い表情を浮かべている。


「くそっ!なんでこんなことに……!」


 徹は通帳を地面に叩きつけようと振りかぶったが、寸前で思いとどまり、ため息を吐いた。


 歳は、今年で四十五。大学生の頃に出会った妻と二人の子供がいる。がっしりとした肉体に、メガネをかけている顔は決して悪くはない。むしろ知的で頼りがいのありそうな、ナイスミドルといった風貌だ。

 しかし、彼の預金残高は数万しか残っていない。勤め先の給料が少ないというわけではない。それどころか、かなり良いほうだ。数年前までは、同年代のサラリーマンよりも遥かに稼いでいたはずだった。だが、その歯車は突然狂いだしたのだ。


 ある日、友人に連れられて訪れた競艇場で、大穴を当ててしまったことがすべての始まりだった。最初はお遊びで一レースだけ買うつもりだったのだが、それが見事に当たり、結局その後のレースにもいくつか賭けた結果、気付けば百万近い金を手にしていた。ビギナーズラックという言葉は知っていたが、まさか自分がそれを経験して、こんな状況に陥るとは思ってもいなかった。


 それからというもの、競艇以外にも競馬・競輪といったギャンブルにも手を染めてしまった彼が、一度味を占めた快楽から抜け出すことはなかった。


 辞めようとは何度もしたのだ。これが最後だと何度も己に言い聞かせて挑み、そのたびに脳内で快楽物質がドプドプと溢れ出す、心地好い感覚から、彼は抜け出せなかった。その負の連鎖に囚われた徹は、そのままギャンブルに手を出し続け、あっという間に預金を使い果たしてしまっていた。


(このままじゃ、生活できない……。子供たちにも苦労をかけてしまう。上の子は、来年には大学受験なんだ。ますます金が必要になってくるっていうのに……)


 再びため息をつくと、徹は預金通帳を閉じた。そのとき、真夏だというのに背筋をゾクリとさせるような冷ややかな風が吹いて、彼の革靴に一枚のチラシが引っ掛かった。『一千万円まで貸し付け可能。利息不要。現在、健康で体力のある方募集中』と書かれている。胡散臭い内容だったが、今の彼にとってはまさに救いの手を差し伸べられたように感じられた。

 徹は、藁をもつかむ気持ちでそのチラシを握り締めると、記された場所へと駆け出した。



***


「審査がありますので、まずこちらの部屋へどうぞ」


 そう言って案内されたのは、トレーニングジムのような運動器具が並んでいる部屋だった。そこには、ランニングマシンに乗っている男やダンベルを上げ下げしている男などがいた。全員が筋骨隆々としており、見るだけで圧倒されるような迫力がある。しかし徹自身も学生時代から鍛えてきた体には自信があったので、臆することなく部屋の奥へと向かった。


「こちらに座ってください」


 男に従って、目の前の椅子に腰を下ろす。彼は値踏みをするように、ジロジロと徹の肉体を眺め回した。恥ずかしさに加えて、気持ち悪さもあったが、それよりも今はお金が必要だったので彼は気にしないことにした。


「えーっと、黒原徹さん……。おお、高校時代にラガーマンとして花園に出場されたこともあるんですね。輝かしい経歴です。その男らしい顔も素晴らしい。若い頃は、さぞかしモテたことでしょう?」


「え?ま、まぁ……」


 確かに高校時代、ラグビーをやっていたときはそれなりに女子からも人気があった。だが、それも大学に入る頃にはすっかり落ち着いてしまった。今では妻以外に女性を知らない。その妻とでさえ、最近は会話が減ってしまっている。徹は一抹の寂しさを覚えたが、そんな感傷に浸っている場合ではないと思い直し、男の次の言葉を待った。


「それで、今日はどんなご用件ですか?」


「実は……、生活費のために融資を受けようと思って来ました」


「なるほどなるほど……。あなたほど恵まれた肉体の持ち主であれば、最高限度の一千万まで貸し付け可能だと思います。ただし、条件がありまして……」


「はあ……」


 それから男が告げた条件に、徹は考えが追い付かなかった。まず、徹のように金を借りたいという人間に対して、融資したいというマッチングパートナーを募る。パートナーが見つかれば、金利なしで一括で一千万円を、その相手が貸してくれるのだという。そして驚くべきことに、融資の代償として、そのパートナーが徹の肉体に憑依し、彼の身体を使用することになるというのである。


「あの……、人の身体に他人が憑依するなんて、そんなSFじみた話、私には信じられないんですが……」


 徹が困惑しながら尋ねると、男は微笑を浮かべながら答えた。


「その点に関しては企業秘密なのですが、心配しなくても大丈夫ですよ。他人に自分の身体を使われるのは不安かもしれませんが、私どもがきちんと管理いたしますので。融資してくださる方々も皆、良識のある方ばかりで、犯罪に手を染めるような愚かな人も一人としていません。それに、あなたの肉体は魅力的だ。きっと、その肉体を使ってみたいと思う方も、すぐ現れると思いますよ。では、いかがなさいますか?」


 その問いかけに、徹はしばらく悩んだ末、了承することにした。他人に憑依されるという話は正直理解しがたいが、背に腹は代えられない。胡散臭い話ではあるものの、一千万円という大金が手に入ることに変わりはないのだ。もし金を借りられず、このまま貯金が底を尽きれば、家族に見放されてしまうかもしれないのだ。それならばいっそ、悪魔との契約でも何でもしてやる。


「わかりました。お願いします──」


「ありがとうございます。それでは早速、この契約書を読んでサインをお願いします」


 てっきり分厚い誓約書でも出されるのかと思っていたのだが、渡されたのはわずか一枚の紙切れだけだった。そこには細かな契約内容、自分が借りられる上限額と先ほど告げられた条件について書かれていて、あとは借用人の名前を書く欄があるだけだ。


「ここに名前を書いてください」


「はい」


 言われるままに名前を記入すると、男がキーボードをカタカタと鳴らし始めた。彼はパソコンの画面を見るとすぐに、満足げにうなずいた。


「おぉ、やはり思った通りです。あなたのパートナーですが、もう見つかりましたよ。一流大学卒業で、資産も豊富。精神鑑定も問題ありません。これで、手続きは完了しました。明日には、あなたの口座にお金が振り込まれるはずです。また、何かわからないことがありましたら、いつでもお電話ください」


「はあ……。よろしくお願いします」


 翌日、会社帰りに銀行へ寄って通帳を確認すると、本当に一千万円が入金されていた。あまりの現実味のなさに、徹は狐につままれたような気分になった。確認するためだからと自分に言い聞かせ、五十万円を下ろして、手に取ってみる。確かに手の中に、札束が握られている感覚があった。


(夢じゃない……。やったぞ!これなら妻や子供たちに苦労をかけずに済む。あいつらに楽させてやれるんだ!)


 そう思うと、嬉しくなって思わず笑みがこぼれた。しかしそんな彼の頭に、不穏な考えがよぎった。この金を元手にギャンブルをすれば、もっと金を増やすことができるのではないか──。そんな悪魔の囁きが聞こえてきたのである。

 そうだ。この五十万円が無くなっても、まだ金は山ほどあるのだ。 


 徹は口元を歪ませると、競艇場へと向かって歩き出した。




──憑依、一日目。


 私が目を開いた先に映ったのは、見覚えのない天井だった。どうやら、今回も成功したらしい。


 数年前から利用しだした、肉体リース会社。最初は半信半疑だったが、今は感謝している。金を融通するだけで、理想の肉体を使用することが可能になる。これまでにも数十回と利用したものの、残念ながら生活環境などの面で、マッチングは叶わなかった。だが、今回は違う。


 身体を起こし、部屋に備え付けられた鏡に、今の自分の姿を写してみる。そこには、私好みの顔立ちをした中年男が立っていた。四角い顔にヒゲを生やした厳つい顔。元ラガーマンという情報通り、筋肉質な肉体には年相応の脂肪がうっすらとのっていて、それがまた男の色気を醸し出している。


(う〜ん、良い……。すばらしい身体だ……)


 私は精悍な顔を歪めてほくそ笑むと、早速服を脱ぎ捨てた。胸毛の生えた厚い胸板に、デコボコに割れた腹筋。それに、がっしりと太くて長い手脚。すべてが、私の理想とする男性像そのものだ。特に股間にあるモノの大きさは、今まで憑依してきた人間の中でも一番と言ってもいい。硬く反り返った男根には血管が浮き出て、ドクンドクンと脈打っている。


(これが……、【俺】の……)


 ゴクリと唾を飲み込むと、その太い肉棒に手を伸ばした。触ると、熱くて硬い。それに触れる掌も節くれだっていて、なんとも男らしすぎる手だ。そのごつい手で握ってみると、初めて目にする雄の象徴は、まるで別の生き物のように嬉しそうにビクビクと震えた。


「ふぅ……」


 ゆっくりと上下にしごくと、それだけで気持ち良くてたまらない。朝勃ちしていたせいもあってか、あっという間に射精してしまいそうになった。だが、そう簡単にイッては損だ。私はこの肉体の持ち主、【黒原徹】の記憶を探ると、クローゼットの中から取り出したスーツに身を包んでリビングへと向かった。


「おはよう!」


 リビングでは、妻が朝食の準備をしていた。彼女はこちらを見ると、驚いたように目を丸くした。


「あら? あなた、おはよう。今日は早いのね……」


「ああ。たまにはな。今日は気分が良いんだ」


 ニッコリと笑顔を返すと、妻が少し嬉しそうな顔を見せた。学生時代からの付き合いで、ラグビー部のマネージャーだった彼女。年相応の容姿ではあるが、美人と言って差し支えない。熟れた身体つきが、私の性欲を掻き立てる。本質的にはゲイである私だが、ノンケであるこの肉体に宿ったことで、彼女に対してムラムラとした感情が湧いてくる。


「そういえば、昨日は帰りが遅かったみたいだけど、どこに行っていたの?」


「ん? まあ、ちょっとな……」


 記憶を探ってみたところ、昨晩徹は私が貸し付けた金を、ナイター競艇で使い込んでしまったらしい。しようのないやつだ。自分の旦那が、その肉体を担保にして他人に差し出す代わりに、大金を借りてギャンブルに明け暮れていると彼女が知ったら、どう思うだろうか気にはなったが、言葉を濁して彼女の額にキスをした。そして肉付きの良い尻を優しく撫でる。すると、妻は恥ずかしそうに頬を赤らめた。


 私はその反応に、オッと思った。夫婦関係が冷え切っているものかと思っていたが、そうではないらしい。どうやら預金を使い果たしてしまった徹が、後ろめたい気持ちから、彼女を遠ざけていただけのようだ。私は心の中で、ニヤリとほくそ笑んだ。


「もう、やだ……。目玉焼きで良かったら、今から作るから……」


「おう、ありがとな!」


 キッチンで料理をする妻の背後から抱きつくと、私は耳元で囁いた。


「晩御飯は、久しぶりに君を食べたいな……」


 ますます顔を赤くした妻に再び口づけすると、リビングのソファに腰を下ろした。横では、娘がテレビを見ながら不機嫌そうな顔をしている。前日に、徹から週末の外泊を許可されなかったことで、拗ねているらしい。そんな様子が可愛らしく思えて、私は思わず彼女の頭をポンポンと叩いた。


「ちょっと、触らないでよね!」


「ハハ、すまん。……昨日は悪かったな。あれから考え直したんだが、お泊りは許可するよ。お詫びといってはなんだが、これをお小遣いにするといい」


 ポケットから財布を取り出すと、そこから一万円札を抜き取って彼女に手渡した。


「えっ!? 本当に……? パパ大好き!!」


 現金なもので、途端に上機嫌になった娘の態度に苦笑する。教育上は良くないかもしれないが、金で釣れるなら安いものだ。家族関係を良好にすることに成功した私は、妻の作ってくれた朝食を平らげると、これから勤めることになる会社へと出勤することにした。




 会社でも、上手く立ち回るのは容易かった。人間関係の構築は、昔から私の得意分野だ。仕事内容も、大したことはない。だが、働いているうちに、どうしても高揚感が抑え切れなくなった。憑依一日目は、いつもこうなってしまう。他人の肉体に憑依し、その肉体の人間らしく振舞っていると、興奮して堪らなくなるのだ。特に、この肉体の場合はそれが顕著に現れた。


「うっ……、ふぅ……♥」


 トイレに駆け込んで個室の扉を勢いよく閉めると、洋式便器に跨がって、下着ごとスラックスをずり下ろす。すでに痛いくらいに勃起したペニスを右手で掴むと、私は激しく上下にしごいた。左手ではスマホのインカメラを作動させて、映った今の自分の顔や上半身を眺めながら自慰行為に励む。


「うっ……、くっ……!」


 たくましい身体に負けないほどの、巨大な男根。他人の肉棒を慰めているような、他人に慰められているような倒錯的な感覚に、ゾクゾクと身震いしてしまう。先走り汁がダラダラと垂れて、それが竿を伝う刺激にも感じてしまうほど敏感になっている。

 スマホの画面には、精悍な顔を歪めて快楽に浸る自分の姿が映し出されていて、それにまた興奮を覚えて手の動きが速くなる。


──ヌチャッ、グチュッグチャ……


「はぁ……、はぁ……、はっ……♥」


 口から発せられた野太い喘ぎ声が、耳に届いて、頭の中がカーッと熱くなる。次第に呼吸が荒くなり、心臓の鼓動がバクバクと高鳴っていく。全身が火照って汗が滲み出し、身体中から雄の臭いが立ち込めてうっとりとしてしまう。


(イク……、イキそうだ……♥♥)


 これまでに感じたことがないような快感の波が押し寄せてきて、私は我慢できずに絶頂を迎えた。竿の先端からは濃厚な白濁液が飛び出し、ボチャボチャと音を立てて便器に溜まった水の中に吸い込まれていく。その快感に身を委ね、私は股座に挟んだ便器を締め付けながら、最後の一滴までドロリとしたザーメンを絞り出した。


「はあ、はっ……、ふうぅ……♥」


 しばらく余韻を楽しんだあと、私はトイレットペーパーを手に取ると、濡れた亀頭と手を拭いて立ち上がった。


「さすがは、元ラガーマンだな……」


 鍛え上げた肉体は、伊達ではなかったようだ。普段の私では考えられない量の精子を、睾丸から吐き出したというのに、まだまだ満足できないというように、下半身でヒクヒクし続ける竿は再び硬度を取り戻している。しかし、子種は夜の妻とのセックスのために残しておかなければ……。

 名残惜しみながらツンと立った乳首を指先で弄ると、私はボクサーパンツとスラックスに足を通し、仕事に戻った。




「あ、あれ?!」


 スマホを手にした徹は、画面に記された今日の日付を見て声を上げた。知らぬ間に、一日が過ぎている。きっとマッチングパートナーが、自分の肉体に一日間憑依していたのだ。そう考えて、彼の背筋をゾクリとしたものが駆け上がった。他人によって自分の身体が操作され、その記憶が自分には残っていない。それがこんなにも気持ち悪いものだとは思わなかった。パートナーに選ばれるのは良識ある人間だけだと男は言っていたが、それでも徹は怖くなった。


「お、おはよう……!」


 彼は慌ててリビングの扉を開けると、いつもはしないあいさつを家族にした。


「あら、どうしたの? 今日も早いのね。朝食作っておいたから、よかったら食べてね……」


 こんがりと焼けたトーストにベーコンエッグ、それに香しいコーヒーの香りが鼻腔をくすぐる。徹はホッとして、席に着いた。


「あ、ああ……。ありがとう……」


 礼を言うのも、懐かしい気がする。 何だか気恥ずかしくて、徹は照れ隠しにトーストに齧り付いた。朝食を妻に用意してもらうなんて、いつぶりだろう。


「……美味いよ!」


「もう、急に褒めないでよ。調子狂っちゃうわ」


 妻は顔を赤らめて、ぷいと横を向いてしまった。徹は久しぶりに家族の会話が弾むのを感じながら、幸せを噛み締めた。

 テレビを見ていた娘にも一言二言声をかけると、いつもとは違って返事が返ってきた。明らかに様子が変わっている。自分に憑依していた人間が、プラスに働くような何らかの影響を与えてくれたに違いない。徹はそう確信し、複雑に思いながらも心の中で感謝した。


 久しぶりに妻に玄関で見送られての、一日ぶりの出社だ。何かミスがなかっただろうかとビクビクとしていたが、むしろ同僚との仲が好転していた。いつもはヒソヒソと陰口を言う女子社員たちも、何も言わずとも茶をいれてくれるようになったし、上司からもお叱りの言葉が飛んでこなかった。仕事が捗るうえに、昼休みには一緒に昼食を食べようと誘ってくれる人まで現れた。


「黒原君。良かったら、これから飯でも行かないか?」


「は、はい……」


 普段からは考えられないような上司の反応に、戸惑ってしまう。


「それで、どこへ行きましょうか?」


「そうだなぁ……。せっかくだし、ちょっと奮発していい店でも行くか?」


「はい、ぜひ!」


 連れていかれたのは、昼食で行くレベルではない高級店だった。普段はファストフードか弁当くらいしか口にしない徹は、恐縮しながら料理を口に運んだ。


「あの、ごちそうさまでした……」


「いやいや、気にするなよ。こちらこそ、いつも色々とありがとうな」


 どうやら、パートナーに一日肉体を預けていた間に、彼だか彼女だかわからない人物は、部下だけでなく、上司のポイントもかなり稼いでくれたようだ。お金を貸してくれるうえに、同僚との間も取り持ってくれるとは、ありがたいとしか言い様がない。

 良識のある人間しか認められていないとは言っていたものの、自分にあてがわれたパートナーは、有能と言うしかない人物だった。彼は心から、そのパートナーに感謝をしたいと思った。


 それから数週間、徹は自分の肉体が借りられるたびに感心した。始めは、他人に自分の肉体を操られるなど気持ちが悪いとしか思えなかったが、今ではすっかり心変わりしていた。無利息で金を貸してくれた挙句、人間関係を円滑にしてくれるパートナーがいるのだ。こんなにありがたいことはない。そう思うようになっていた。




──憑依、X日目。


 【黒原徹】の肉体を使用するようになってから、両手で数えられないほどの回数が過ぎた。最初こそ憑依している際に、違和感を覚えたものだが、今となってはその感覚もほとんどなくなっている。この肉体でいるときは、生まれたときから【黒原徹】だったのではないかと錯覚してしまうほどだ。


「はぁ……、はあ……♥♥♥」


 俺は荒く息を吐きながら、眼下に広がる自分の体を眺めた。相変わらず、惚れ惚れするような筋肉だ。汗に濡れた胸板と腹筋が、呼吸に合わせて動いている。そしてまた、股間に太々しくそそり立つ男根。もはや見慣れたチンポが、全身を上下させるたびにネットリとした先走りを撒き散らして、揺れている。ケツの中が燃えるように熱い。それも当然だ。いま俺の尻の穴には、極太のチンポが挿入されているのだから。



「んっ……♥ ふぅ……、うっ……! ああっ、気持ち良いよ、Kさん♥」


 前立腺を太い肉棒でゴリゴリと擦られて、快感で脳みそが溶けてしまいそうだ。目の前では、赤銅色に日焼けしたヒゲ面のドカタ親父の顔が、気持ち良さそうに歪んでいる。筋肉隆々の身体には濃い体毛が生え揃い、玉のような汗を流しながら、雄臭いフェロモンをムンムンと漂わせている。


「へへ……、そうかい。そんなに気持ち良いなら、もっと激しく突いてやるよ!」


「うお゛おッ……!! は、激しすぎる……、イイ゛ッ……♥♥」


 彼もまた、俺と同じように他人に金を貸し付けて、その相手の肉体に憑依している人間の一人だ。大っぴらに発展場で雄セックスをするわけにもいかない我々の要望に合わせ、金融会社側が同じ性癖を持った相手を見つけて紹介してくれたのだ。互いにイニシャルくらいしか知らないが、それがなんとも背徳的で興奮する。


 俺は男臭い中年男の分厚い唇に貪りつくと、舌を絡めてぐちょぐちょと唾液を交換した。ヘビースモーカーの彼の口内は、ヤニ臭い。しかし、その味と匂いがたまらなく好きだ。

 俺の薬指にも、彼の薬指にも結婚指輪が光っている。既婚者同士。互いに、長年連れ添った妻がいる身でありながら、こうして雄同士で不貞行為を働いていることに、どうしようもない罪悪感と快楽を覚えてしまう。


「ああ……、イクッ! ノンケの身体なのに、ケツにチンポハメられてイッちまうぅ♥♥ Kさんのザーメン、俺のケツマンコの中にたっぷり注いでくれぇ!!」


「おお、出してやるよ……♥ 俺の金玉の中の濃いやつ、たっぷり飲んでくれや!!」


 どぴゅっと音が聞こえそうな勢いで、腸内に大量の精液がぶちまけられるのを感じる。熱くてドロドロとしたマグマのような液体が、俺の直腸内を満たしていく。


「はぁ……、う゛っ……! はぁ~……。最高だったよ、Kさん……」


「うはは! Tさんもなかなか良かったぜ。どうやら、俺たちの身体の相性は抜群みたいだ。また機会があったら頼むよ!」


 ガチムチドカタ親父のKさんと別れると、俺は我が家へ帰った。迎えてくれるのは愛する妻と、二人の子供だ。もはや彼女らは、俺の掌の上の存在と言っても過言ではない。風呂からあがると、俺は肉感たっぷりの妻の肉体に、早速チンポを挿入して腰を振り始めた。今日一日、Kさんにケツマンコをグチャグチャになるまで弄ばれた鬱憤を晴らすように、妻のマンコの中にいきり立ったチンポを何度も何度もぶち込んでいく。


「ああんっ♥ あなた、すごいぃ~……♥」


「ぬうっ……、はぁ……。どうだ? 気持ち良いか?」


 愛する妻。仮初のツガイである彼女。だが、今は紛れもなく俺の女だ。【黒原徹】の妻を寝取っているという事実に、興奮が止まらない。彼女の体内に出し入れするチンポも、疼いて疼いて仕方がない。


「ええ、すごく気持ち良いわ……♥ あなたのおちんちん、太くって長くって、私、大好きよ……♥」


「そうか、嬉しいよ……!」


 彼女の言葉で俺のチンポが、膣内でさらに大きさを増した。【黒原徹】となった【私】。その【私】のチンポが、【黒原徹】の妻のマンコの中を掻き回している。普段はゲイの【私】がノンケの男の肉体に憑依して、女性との性行為で快楽を得ているのだ。その状況に興奮しないわけがない。チンポを出し入れする勢いは、ますます速くなり、肉同士がぶつかり合う乾いた音が大きくなる。


「ああ、出るぞ……!」


「出して! 私の中に……、いっぱいちょうだい……♥」


──どくどくっ、びゅーーっ!! びゅるるるるーーーー!!!


 俺は妻の子宮口に亀頭を押し付けたまま、盛大に射精した。愛する妻を孕ませようと、俺の睾丸で生成された精子たちが、我先にと子宮内を目指して泳ぎ回っている。妻はその感触にぶるりと震えながら、絶頂を迎えたようだ。俺も俺で、普段とは違う女体とのセックスの感覚に酔っていた。チンポを抜くと、妻の愛液と混ざった白濁がどろっと溢れてきた。


「ねえ、もう一回しましょうよぉ♥」


 まだ満足していないのか、妻が甘えた声で誘ってくる。


「もちろんだ。今夜は寝かせないぞ……♥」




 自分の肉体に憑依したパートナーが、妻とセックスしている。その予想はすぐについた。だが、徹にはそれを止めることができなかった。徹自身も、妻から久方ぶりにセックスの誘いを受け、それに乗っていたからだ。何よりも、憑依されることになってから家族関係も仕事関係も万事順調になったことで、恨みに思いようもなかった。それよりも今問題なのは、彼が貸し付けられた一千万円をギャンブルですべて使い果たしてしまったことだ。


(一千万をポンと貸してくれた金融会社なんだ。もう一回くらい融資を頼んでも大丈夫だよな……、そうに違いない)


 徹は金融会社に訪れると、ヒクヒクと口端を歪めて再度の融資を頼み込んだ。しかし、彼の期待に反して、担当者の反応は芳しくないものだった。


「申し訳ありませんが、これ以上の融資は厳しいですね……」


「そこをなんとかお願いします! どうしてもお金が必要なんです……!!」


 必死に頭を下げる徹だったが、担当は首を縦には振らなかった。それどころか、彼の口から出たのは驚くべき言葉だった。


「この書類によると、黒原さんには返済能力が無いようですね。よって、当社ではこれ以上の貸付を行うことはできません。あなたの肉体は差し押さえになり、その身体は契約通り、貸し付けていただいた方に所有権が移ります。ご了承ください」


「えっ?! ちょっと待ってくれ! な、何を言ってるんだ?!」


「こちらとしても、非常に残念ですよ。またの機会がありましたらよろしくお願いしますね。まあそのときは、あなたの中身は【あなた】でなくなっていますが……」


「ま、待て! 待ってくださいっ! 頼むから……!!」


 床に手と頭を擦り付け懇願していた徹の肉体が、ビクンと跳ねた。


「あっ、がああ゛あ゛ぁぁっ!!!!!」


 悲痛な叫び声をあげ、その場に倒れ込む徹。頭を抱え、床で転がり回ると、断末魔のような絶叫を上げて静かになった。しばらくしてムクリと起き上がった彼は、憑き物が落ちたかのような表情で自分の肉体を見回した。


「ふぅ……。ようやく、この肉体が【私】のモノになったんだな♥」



***


「よお、Tさん。お疲れ様」


「おぉ、Kさん! そっちも、今日からその肉体を自由に使えるようになったんですか?!」


 徹にKと呼ばれた中年男が、嬉しそうに笑みを浮かべた。


「ああ。これで晴れて、今日からこの身体は俺のモンだ。もう制限時間なんて気にしないで、あんたといつでも濃厚雄セックスを楽しめるってもんだぜ! まあゲイだった俺に、嫁さんやガキができちまって面倒事も増えちまったが、愛する家族ができて嬉しいって気持ちもあるんだよな。変な感じだぜ」


 その言葉に、徹も首肯した。ゲイだった自分に突然できた妻子。最初は戸惑ったが、今では大切で愛しい妻と子供たちだと思っている。彼女たちのためにも、これからも頑張ろうという気持ちになれるのだ。それに──


「妻と子供がいる状態での男同士のセックス。こんなに興奮することは、ゲイのままだとなかったかもしれませんね……♥ さあ、早速やりましょう。今度はKさんのケツマンコも使わせてくれますよね?」


「おうよ。Tさんが満足するまで、俺の処女マンコ、たっぷり犯してくれよ……♥」


 厳つい顔つきの二人。そんな彼らがお互いの股間を膨らませながら、舌なめずりをする。肉厚な身体を絡め合い、徹は初めて女性以外の尻穴に挿入する快感に酔い痴れた。抵抗をみせながらも、ズブズブと自分の硬くなった肉棒を飲み込んでいく、Kさんのすぼまった穴。ギュウギュウと締め付ける腸壁の動きは、女の膣内とは比べ物にならない。


「おおっ、すごい……♥ 最高ですよ、Kさん……♥」


「んむ゛っ、ぐっ……! そ、そうか……? こっちはケツん中ゴリゴリされて、せっかく俺のモンになったばっかの脳みそがおかしくなっちまいそうだけどなっ……!」


 苦痛に強面を歪めながら、歯を食い縛るKさん。だが、その野太い声色からは確かな快楽の色が混じっている。徹は彼の反応に気を良くすると、さらに激しく腰を振り始めた。

 お互いに、ガチムチの筋肉質な男になっての淫らなセックス。体毛がたっぷりと生えた二人の肌からは、汗が噴き出して室内はムワリとした熱気が充満している。鼻を摘まみたくなるような雄臭い匂い。しかし、彼らにとってその匂いは、性欲を高める媚薬となっていた。


「お゛っ、オオッ……!! イクッ! イグッ♥♥」


 先に絶頂を迎えたのは、徹のほうだった。彼の脈打つペニスから吐き出された精液が、Kさんの直腸内を満たしていく。熱く粘っこいザーメンを流し込まれて、彼もまた射精をしたようだ。びゅるっと飛び出した白濁が、割れた腹筋を汚していく。初めてのところてんに、彼は目を見開いて驚きを隠せない様子だった。


「うおっ、うぉぉ……!? これがところてんってヤツなのか……?! なんか、ションベン漏らしたみてぇで恥ずかしいな……」


「大丈夫ですよ。すごく可愛いです……♥」


「か、かわいい……? 俺みたいなゴツイ野郎がか……? そう言われると、なんだか照れ臭くて仕方ねぇな……へへ」


 頬を掻いてはにかむKさんに背を向けると、徹は四つん這いになってヒクヒクと収縮を繰り返す自身のアナルを見せつけた。チンポをぶち込まれて喜ぶ彼の顔を見ていると、自分の中にもチンポを入れられたくなってきたのだ。


「ほら、次は俺の番です。早く入れてくださいよ……♥」


「ああ……。いいぜ、Tさん。あんたが望むなら、いくらでもやってやるよ! 何発でもヤリ合おうぜっ!!」


 徹の尻を掴むと、Kさんが反り返った剛直を突き入れた。



 ほんの二、三か月前までは、女性としか性行為してこなかったたくましい男二人。そんな彼らの肉体は、これからは男同士で絡み合うのが当たり前になるだろう。


「ああっ! すごいっ♥ 気持ち良いっ! もっと突いてくれっ、Kさん♥♥」


「お゛っ♥ おおっ! 任せろっ、Tさん!! あんたのケツマンコ、もっともっと俺色に染めてやっからよぉ♥♥♥」



(了)

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Comments

黒竜Leo

やはり借金は良くないことですね(笑) でも一応等価交換?のようになったから、体の価値が人それぞれですね。 たぶん若い体育生とか、バイトの名義で短期間に体を貸し出して大金稼ぎたいやつもいるでしょう~

ムチユキ

借金は良くないです。甘い話には罠があるのです 🤭 お金を少しずつでもきちんと返済すれば、安全な金融業者なので、うまく利用している人もいるでしょうね