バーチャルRTA走者の放送事故 (Pixiv Fanbox)
Published:
2024-01-21 07:06:23
Imported:
2024-02
Content
「はいボス来ましたねー。ここは瞬殺バグあるんでサクっと行っちゃいましょー!」
ネット上に数多ある、ゲームのプレイ動画。
その中でもとりわけ大きなジャンルを築き上げているのが、ゲーム配信だ。
ゲームのプレイ画面を配信し、視聴者にリアルタイムで共有する。それによって視聴者はその進み具合を現在進行形で視聴でき、それに対してコメントを送ったりすることができる。
そしてその配信の際、プレイヤーが実況を行なうことでさらに場を盛り上げるようなこともある。実況配信の際には当然、プレイヤーはゲームそのもののプレイスキルは勿論そういった喋る技能をも要求されるのだ。
そしてそんな実況配信の中にあって、さらに高度な技術を要求される世界がある。
リアルタイムアタック。通称RTAと呼ばれるそれに、自身の声を当てながら配信する。
リアルタイムアタックとはその名の通りタイムアタックであり、つまるところそのゲームをどれだけ早くクリアできるかを競う一種の競技である。
しかし本来数時間から数十時間かけてクリアするようなものであるゲームを、競技として成立するレベルで時間を短縮する。そのためには当然、高度なテクニックを要求される。
それを実況しながら行うというのは、無謀に等しい行為だと言って差し支えない。
だが、それに挑む一人の少女がいた。
「はい撃破ー。いい乱数引ければ中盤ボスと言っても1マクシームあたりで殺れるんですけどねー。やっぱ多段は正義」
画面上に映るかわいらしいアバターと、そのキャラクターに合った甘やかな声。
俗にバーチャル配信者と呼ばれる姿で、彼女はRTAの実況プレイに臨んでいるのだ。
そのキャラクターの名は「有丁 エイラ」
極めてシンプルに「アールティーエー」の響きをもじった安直なネーミングだが、翻ってそれはわかりやすさにも繋がる。
「いやーしかし、喋りながら走るのは初めてですけども……やっぱりちょっとむつかしいですねえ。皆さんどうです?暇だったりしません?」
だが実はこの有丁エイラ。初めからバーチャル配信者として活動をしていたわけではない。
元々はかつて人気を博したゲームのRTA走者であったのが、一念発起してそのゲームのタイムアタックをしながらバーチャル配信するという行動に打って出たのだ。
その背景にはRTA走者としては珍しい、若い女性である個性を活かすという思惑が大いに含まれているのだが……
しかしこの度、慣れないバーチャル配信に挑んだがため、彼女はとびきり恥ずかしい目に遭うこととなる。
「さーて次行きましょうか次!シナリオ的にはもう中盤入るくらいなんですけど、RTA的にはまだまだ気が抜けないとこですからねー」
20秒もかからずにステージのボスを屠るなり、すぐに次へ行こうとするエイラ。
それ自体はRTA走者として極めて真っ当であるのだが、しかし
視聴者には見えないところで、彼女を急かすもう一つの理由が鎌首をもたげていた。
「……っ」
(ああ、もう……っ!やっぱ気持ちが焦ってる。ガバムーブ多い……!)
(で、でも早く終わらせないと……まだこの後最速で行っても2時間以上あるし、ミスるとそのリカバリーでなん十分も……)
(ああもうっ……!なんで配信前にトイレ行くの忘れるかな……)
バーチャルであるがゆえに見えない、本物の自分。
音声しか向こうには伝わらないのをいいことに、脚をゆさゆさと揺さぶって「それ」に耐える。
配信前に済ませるのを忘れたがため、ひっそり溜まってきている尿意に。
彼女が最後に済ませたのは朝起きてすぐの時。それから朝食を済ませ、タイムアタック前の慣らし運転を行い、10時ごろに配信を開始して今はお昼前。
ざっくばらんに数えても、最後に済ませたのは5時間ほど前だ。そして彼女はその間、タイムアタックに臨む間の集中を維持するための甘いカフェオレやエナジードリンクなどを飲んでしまっている。
普段ならとっくにトイレへ駆けこんでいるレベルの尿意を抱えたまま、これからミスの許されないタイムアタックに挑む。
タイムアタックであるがゆえ、画面から離れることなど許されない。RTAに「ポーズ」などはあり得ない。
新人バーチャル配信者の、密やかなる死闘の幕が開けた。
______________
RTA開始から2時間……
「ぅおっしゃ見たかオラぁ!…………ぁっと、えー……やりましたぁ!」
『本性出てて草』
『猫被り切れてないよw』
『初々しい感じすき \2,000』
「ちょっとー!今のはなかったことにしてくださいよーw」
こうしたゲーム動画には付き物の、システムの隙をついたスーパーテクニック。
その実行には1秒の何分の1、あるいは何十分の1というレベルの精密な精度の動作を要求されることもある。プレイヤーにとってある種、最大の見せ場。
それを成功させるというのには当然、やりこんできた者ならではの喜びというものがある。
だがまだバーチャルとしての自分に慣れていないゆえ、その喜びはバーチャルな自分のキャラクター像とは乖離してしまうこともある。それをコメントに指摘され、少しばつの悪い心地になる。
ただでさえ実況と、競技レベルのスーパープレイという二足のわらじを履いているのだ。猫を被り続けるのに要する集中力は多大なものがある。
それに加えて今はもう一つ、その集中を阻害する要素が……
(や……っばかったぁ……!今のミスってたら軽く20分ロス、どころか壁のはるか向こうすっ飛んでゲーム落ちてたかもしれなかったから、思わず素が出た……!)
(だって今から再走なんてなったら……)
机の下でもじもじと腰を揺する、バーチャルではない本来の自分。
他でもない。ただでさえ急ぎに急ぐ走者の中でも、とりわけ急がなければならない理由が彼女にはある。その崇高な目的の前では、猫を被るという配信の鉄則すらも霞む。
無事に競技を終え、トイレに行くという崇高な使命の前では。
「さて、これでダンジョンの仕掛けほとんどスキップできましたから、あとは軽く壁を抜けてボスを倒せばオッケーですね。気合入れていきますよー!」
『壁抜けを 軽くと言い切る その巧み 誉れの高きに 惚れにけるかな ¥3,000』
『↑平安貴族いて草』
『↑短歌詠んでんじゃねえw』
『妖怪みたいな物言いで草』
『変態だーーーーーー!!!!』
(……全体の行程としては、これでやっと半分……ここから難度が上がってリカバリも効かなくなってくるから、本番はここから……)
(ぜったいミスれない……!)
タイムアタック開始から2時間。折り返しを迎え、何度も高くなる終盤戦へと舞台は移り変わる。
エイラは果たして、最後まで戦い抜くことができるだろうか。
RTA開始から2時間半……
「あっ、あっ!やばっ……!あ゛あ゛あ゛!!!!!」
『濁声の 響く配信 聞き惚れる 休みの昼の 癒しなるかな \5,000』
『↑また平安貴族おるwwwww』
『↑ガチ恋勢おって草』
『きったねえ声www』
『きたない声たすかる ¥2000』
『ふつうにやられてて草』
終盤戦に差し掛かったダンジョンの最後、ボス戦にて事件は起きた。
本来ダンジョン攻略において一番の難所は道中の謎解きにあり、ボスとの戦いはタイムアタック的な観点で言うなら比較的楽な部類に入る。
というのもタイムアタックにおいて最大の敵は「時間」そのものであり、基本的に時間がかかるものほど大きな困難として認識される。すなわち面倒な仕掛けほど厄介なものであるのだ。
タイムアタックにおいてはこれらダンジョンのギミックをいかにして素早く解くか、あるいは無視するための技術を用いるかが問題となり、ボスはおおむね単なるおまけとして認識される。
行動パターンが読みやすく、倒し方さえ知っていれば万人が倒せるように調整されているボス敵など、タイムアタックをする領域にあるレベルのプレイヤーにとっては物の数ではない。それが普通であった。
しかし今、そこで大きなミスをしでかしてしまった。
タイムアタックで用いられる技術の中に「ダメージを受けた際のノックバック」を使った移動手段を用いるものは多く、速さと引き換えに体力を消耗して突き進むことはかなり多い。
そして回復に手間をかけることを嫌う走者は、ボス戦をノーダメージで済ませることを前提に瀕死のまま挑むことも少なくない。それは今回も例外ではなく……
一撃でやられるような体力でボスに挑んだエイラは、ボスを瞬殺するバグを発動しようとして失敗。飛んできた反撃を回避し損ね……
元より瀕死であったエイラ操るプレイヤーは倒れ、あえなくゲームオーバーとなったのだ。
ゲームオーバーになれば当然やり直しとなり、時間を大きくロスしてしまう。もはやRTAとしては致命傷に近く、やり直しもちらつくレベルであるが……
「も、もう一回!もう一回だ!!あンの野郎ブチ殺したらァ!!!!」
『けだものの ごとくな本性 ちらつかす 君の御姿 愛しぬるかな ¥10,000』
『↑平安貴族ニキwwww』
『↑短歌詠むのやめろwwwww』
『↑しょうもない内容を雰囲気でごまかすな!』
『↑愛しぬるとかいう存在しない日本語』
『猫被ってないほうがすき \1,000』
『こっちのキャラで売れよwwwww』
後に引けないエイラはそのまま、コンティニューをすることを選んだ。
確かにRTAは人間がやるものである以上どうしてもミスはあり、そこからどう巻き返すかも含めて走者の技量が問われる競技。ひとつのミスそれのみを以て、やり直しが決まるわけではない。
極論を言えばミスをしたとて、この後一切のミスがなければそれなりの記録はできる。その記録を超す人間が現れなければいいだけなのだ。
むろん、エイラの記録が現在の世界記録を越えられればの話であるが。
それに何より、せっかく初めての配信がやり直しなどという憂き目を見るのは避けたい。意地になっているのにはそうした理由もある。
だが一番大きいのは……
(む、無理、無理……!今から再走とか絶対無理、我慢できない……!)
(トイレで配信中断とか絶対やだし、なんとしてもやり通さないと……)
ある意味一番切実な事情。今からやり直しをしていられるような状態ではないという、一番切羽詰まった事情。
止められない貧乏ゆすりをしながらもコントローラを握り、ボスとの再戦に闘志を燃やすのだ。
コントローラがきつく握られているのは果たして闘志の故なのか、それとも。
RTA開始から3時間……
「いゃ、あっ、や、だめ、あっ、ああぁっ……!」
『やられ声 蕩ける耳の 心地よき 感謝の心の 示しなるかな ¥30,000』
『↑平安wwww貴族wwwwニキwwwww』
『↑かな ってつけときゃそれっぽくなると思ってんじゃねえwwww』
『かわいい声たすかる ¥4,000』
『きたねえ声はどうした!?』
『ダミ声がない -1145141919点』
『おまえらwww』
終盤戦に入ってからしばらく。エイラの動きはどこか精彩を欠き、細かなミスが増えてきていた。
タイムアタックにおいては珍しくない、高速移動テクニック。それはゲームによって多々存在するが、基本的に何らかの妨害を受けると中断されてしまうことが多い。
故にこうした場においては雑魚敵を華麗に躱したり、建造物や段差などに引っかからないよう操作するのは基本として多くの走者が注意を払っているのだが……
(や……ばい……!早く終わらせたいのにミスしまくってる……焦ったらいけないのに……!)
(ト……トイレぇ……!)
既に集中を大きく欠いているエイラは、雑魚の攻撃によって転ばされたり壁に引っかかったりといった細かなミスを連発していた。
それによるロスは馬鹿にならないレベルで、全て最適に行動した場合と比較すれば数分か下手をすれば10分ほど離れてしまっている。通常であれば先のゲームオーバーと合わせて再走を検討するレベルだ。
事実この配信がバーチャル配信者によるRTA配信でなければ、とうに視聴者が離れてしまっていただろう。それがないのはこの配信が単なるRTAではないため。バーチャル配信者 有丁エイラの配信を見るという目的が視聴者側にあったというのが大きい。
だからこそ配信の中止や、再走という選択を採るわけにはいかなかった。タイムアタックとしての出来は駄作でも、せめてプレイ動画としての体裁くらいは整えなくてはならないから。
(あ、あとたぶん3割くらい……時間にしたら1時間ちょい……!)
(が……我慢してみせる……っ!)
RTA開始から3時間半……
「……っ」
(ああもう……!こんなムービーなんかどうでもいいからはやくスキップさせてよ……!なんでできないかな……!)
『静寂の 声なき配信 それはそれ けれどもやはり 声が聞きたし』
『↑平安貴族ニキがお布施してない!!?』
『↑貴族おこで草』
『でも貴族の言うこともわかるわ。明らかにさっきから喋ってないし』
『まあムービーでなんかいう事あるかって言ったらね?』
『それをなんとかするのも実況の技量じゃん』
『新人じゃけ大目に見いや沈めんぞ』
『ヤクザまで来とるやん』
『平安貴族VSヤクザ……こいつァ銭が取れる戦だぜ……』
『コメントの方が面白いの草だけど草じゃない』
「あ、ああみんなゴメンね!さっきからミス続きだったから、少しヘコんでました……」
『ならばよし 厳しい言葉 お詫びします 気持ちばかりの スパチャをどうぞ ¥5,000』
『もう短歌じゃなくて草』
『雰囲気もへったくれもねえwwww』
「みんなゴメンねー!ムービーって最初は面白いけど、私なんか何十とか何百回も見てるからさあ……」
(あぶなかった……!そうだよね、実況なんだからお話しなきゃ……)
ゲームに於いてはつきものの、操作不可能なムービーの時間。
ただのやりこみ勢レベルであってもこういった時間は退屈そのものである。それは当然のことで、ゲームをやる度同じ内容のムービーを何度も見ているのだから。
そしてエイラはその中でも最上級のやり込み数を誇るタイムアタッカー。そのムービーなど、さっさと飛ばしてくれたらどれほどいいかと思うほど見飽きている。
しかし彼女がムービーに対して敵意を向けているのは、そうした事情だけではない。
ムービーの間はどうしても止まってしまうゲームの進行。それはつまりタイムアタックがそれだけ延びてしまうということを示し……
翻ってそれは、彼女がトイレに行くのがそれだけ遅くなるということでもあるのだ。
そのムービーに対する怒りが故か、口数が減っているのを指摘されて慌てて取り繕うも、もう実況RTAとしての体裁が崩れつつあるのは明らかだった。
今はまだ気を取り直すこともできるが、時間が経つほどその二足のわらじはほつれていく。
「……っ、さ、さあ次がラスト一個前のダンジョン!この橋をね、ホントはイベントこなして直さないといけないんですけどね、そんな時間ないのでダメブで飛び越していきますからね。皆さん見ててくださいね」
「そいやああっっ!!!!」
そしてそれから10分ほど経った時、ついに事件は起きてしまった。
終盤も終盤。最後から一つ前のダンジョンへと向かう道中にある、深い谷。
本来はその谷の間に橋をかけるイベントや、橋を渡るためのアイテムを取得してから行くのが正道。
なのだが極まったタイムアタッカーともなると、そのイベントの手間やアイテム取得にかける手間をも短縮しようとしており……
ダメージを受けた際のノックバックを悪用。ジャンプした空中で自爆することによって吹き飛び、対岸へと飛び移るテクニックが開発されていたのだ。
当然エイラもそのテクニックを練習しており、普段なら8割ほど成功するようになっているのだが……
慣れない実況プレイ、尿意を我慢しながらの配信。これら要素によって集中はごりごりと削られており、空中で自爆して派手に吹き飛ぶはずがそのまま落下。エイラ操るプレイヤーは谷底へと落下していった。
しかも悪いことにこの谷は落下した後、ダメージを受けはするが元いた場所に戻れるようなタイプの谷ではなく、谷底から元の場所に自分で戻るタイプの谷なのだ。
そしてそのためには、本来ならここに来るまでに取得しているはずのアイテムが必要で……エイラはそれを取得していない。
技量でごり押しをするということは、失敗した時恐ろしいことになると言う事でもあるのだ。
「………………え」
『失敗に 落ち込み沈む 君の声 元気を出して 落ち込まないで ¥6.000』
『↑平安貴族ニキのやさしさに涙』
『↑ネタ切れ起こしてんじゃねえよw』
(う、うそ、うそうそうそうそ……!やらかした、ここからリカバリ……無理!だって谷底からよじ登るアイテムないし、川流されて湖行って……そっからここまで戻ってくんの!?)
(というか今失敗したし、次もやらかしたら……どうする!?橋直すよりはアレ取ったほうが……いやでもそれにだってなん十分も……!)
(ああダメだ、頭はたらかない……!トイレ行きたいぃ……!)
そして失敗した彼女に強いられる、事後対応。
失敗するリスクを承知でもう一度同じことをするか、安全策をとるか。どちらにしてもタイムアタック的には致命傷だが、最後まで配信をやり遂げるうえでは大事な選択だ。
しかしもう彼女に迅速な判断をできるだけの能力は残っておらず、思考の多くを占めているのはゲームとは別のこと。
トイレに行きたいという、生理的な欲求の訴えだった。
結局エイラはその後震える手でもう一度同じ手段を敢行し、なんとか成功。ダンジョン攻略へ取り掛かるのだった。
RTA開始から4時間15分……
もぞ……もぞ……
「…………っ」
(トイレ……トイレ、トイレ行きたい……!トイレ、トイレぇ……!)
終盤も終盤。ラスト一個前のダンジョンの主と繰り広げられる壮絶な死闘。
普段の彼女であればスーパーテクニックの数々を駆使し、易々と倒してのけるのだが……今はそうもいかない。
集中が乱れに乱れた彼女はそのことごとくに失敗し、むしろ普通に倒した方が早いくらいに苦戦していたのだ。
コメント欄を埋め尽くすアドバイスや罵詈雑言を見ている余裕さえないのは、逆に幸いであったかもしれない。
もうRTAどころか実況動画としての体裁さえも保てていない体たらくであっても、ゲーマーとしての最後の意地を通さんとエイラは戦っていた。
巨大な敵に対し果敢に立ち向かい、華麗なスーパーテクニックを放つために呼吸を整えて……
(ここだ。ここで倒す!)
迫りくる攻撃を躱しざま、弱点に対して多段バグを駆使した攻撃を、今。
ぞくぞくぞくぞくぞくっっ!!!
「~~~~~~~っっっっっ!!!?」
「ぁ、いや、あ、や、あっ……!」
しゅ、しゅしゅっ……
だがそれは、叶わなかった。迫りくるボスの攻撃を躱そうとした刹那、ぱんぱんの膀胱が急速に収縮し、猛烈な尿意を訴えてきたのだ。
それは身体的には当然の防衛反応。身体にとって不要な老廃物を無理に溜め込まず、排出しようという当然の生理反応である。
ただそれが、最悪のタイミングで訪れてしまったというだけで。
高まったそれはエイラの防波堤を少しではあるが突き抜け、下着に不快な生温かさを刻む。
(う……そ、今、出て……!?)
それはエイラに、もう猶予がないことを何より雄弁に伝えてきた。
画面に映し出されるゲームオーバーの文字。余りにも時間がかかり過ぎた記録。
乱れきった集中。スーパーテクニックにかかるリスク。思わず震えてしまう声。
やるしかなかった。もうRTAプレイヤーとしてではなく、バーチャル配信者としてではなく
ただの一人のゲーマーとして、残りを攻略する。
普通のやり方なら、何百何千何万と繰り返してきた「普通」の立ち回りなら身体に染みついているから。
残るボス二体とエイラとの最後の戦いの幕が上がった。
RTA開始から4時間と55分……
それからエイラは、磨き抜かれてきた技量を存分に発揮して戦い抜いた。
タイムアタックに用いられる技術と言うのは往々にして速さと引き換えに多大なリスクを伴うもの。それをあきらめ、ただ純然たる極まった基本を武器に戦うという選択。
それはRTA的な異常な強さでこそないものの、それでも最高水準のパフォーマンスを発揮。今まさにラストボスの喉元にまで食らいつこうとしていた。
していたのだが……
「ふ……ぅ、ふうぅっ……!」
(や……ばい、やばい、でる、でる、でるでるでるでるでるゥ……!)
最後と言うこともあってか、決戦前に流れる長いムービー。因縁の相手と交わす最後の会話シーン。
その最中、エイラは思い切りその身を縮こめて内なる衝動を耐え忍んでいた。
もうムービーを見るとか会話を進めるとかそういった次元ではない。今にも溢れ出てしまいそうなそれを渾身で押しとどめなければ鎮まらないのだ。
ゲームと同様、こちらの戦いも最終局面を迎えていた。
(はやく、はやく話終われぇぇ……!終われば倒すっ……!すぐ倒す……!)
「ああっ、あ、終わったっ!はやくっ、はやく、殺すうぅっ……!!!」
ようやく長いムービーが終わり、とうとう始まる最終決戦。
最終ボスだけあって高いステータスを持つ強敵ではあるが、しかし戦い慣れしたエイラにしてみれば目隠しをしても倒せるような相手。
RTA用のハイリスクハイリターンな技を使うのでもなければ、まず負けないような相手。
もちろんそうした技を使うのに比べれば断然遅くはなるが、それでも世間一般よりはよほど早く敵を追い詰めていく。
相手を怯ませる度片手を離し、出口を思い切り押し付けて尿意を鎮め、次の攻撃に備える。エイラの戦いぶりは神がかってさえいた。
戦闘開始からそれほど間を空けず、あと一撃というところにまで来るほどに。
「勝てる、勝てるっ……!まにあう、あと一回……っ!」
きゅぅぅうううぅんっ……!
「い゛あっ……!」
今、まさに主人公がボスに留めの一撃を放たんという時、エイラの下腹部がぴくぴくと引き攣り、今までで一番大きな波が襲い掛かる。
「ぇあ、いっ、あ、だっ、出……!」
「っっっっっっあああああああああああああ!!!!!!」
最後、コントローラのボタンを押すなりすぐエイラは駆け出した。これで終わりと確信して、画面を見ることもせず。
ただ一目散に、点々と雫を垂らしながら、待ち焦がれた楽園に。
「はぁ、あ、といれっ、おしっこ、おしっこぉぉっ!」
がちゃん、ばたん。乱暴に扉を開け閉めし、じっとり湿った下着ごと一気にスウェットを引きずりおろし……
びたんと便座に尻を叩きつけるなり、我慢を重ねたエイラの限界オシッコが解き放たれた。
RTA開始から5時間5分
【有丁 エイラ 1050/620 169%】
びしゅうううううううううーーーーーーーー!!!!!しゅいしゅいしゅいいぃいいいいいいいーーーーー!!!!!
「っっっはっ……!?あ、あ゛っ……!」
「うぁ、はあああぁ……!!」
けたたましく鳴り渡るエイラの排泄音。放尿の音はなんとも小気味よい音を奏で、ぼやけた脳にじんわりと染み渡っていく。
先ほどまでの痛み苦しみが嘘のように晴れ、びりびりとした気持ち良さを味わいながら、エイラは深いため息をつく。
なんとも熱く激しく便器を打ち付ける水流を、ぼーっと見つめながら。
みるみる萎んでいく膀胱を少し名残惜しくさえ感じながら、エイラはオシッコを絞り出すのだ。
勢いの良さに比例して高まる快楽を少しも逃さぬように、一滴残らず。
普段の何倍も長く続いた放尿が終わる頃には、エイラは便座の背にもたれかかってぐったりとするのだった。
_______________
それからしばらく。放心状態から戻ったエイラは後始末を終えてパソコンの前へと戻ってきたのだが……
「………………え」
そんなエイラを出迎えたのは画面中心に表示されたゲームオーバーの文字、そして……
次々と流れて消える、恐ろしいまでのスパチャの数々。
『放水の 音鳴り響く 配信の 滾る陰茎 シコなるかな ¥50.000』
『もう一度 聞かせてほしい 君の音 鉄砲水の ごとくなるかな ¥50.000』
『まだ足りぬ 感謝の心 何度でも 奏でし音の 胸を打つなり ¥50.000』
『ただ一度 漏れ出た本音 シコれすぎ 童のごとくに 叫ぶおしっこ ¥50.000』
『↑平wwww安wwww貴族wwwwニキwwwww…………ゥッ ¥10.000』
『↑シコゥッってんじゃねーよハゲ! ¥5.000』
『46秒 ¥4.600』
『↑数えたのナイス』
『↑長いのすき 濃いの出るっ ¥4.545』
『耳が幸せになった ¥5.000』
この時になって、やっと気づいた。
配信のために買った、高精度の無線ピンマイク。喋る声を録音するため襟につけていたそれは、慌てるあまりそのままトイレの中にまで着けてしまっていて……
高級さがそのまま品質に繋がった高性能な集音性は、視聴者にはっきりとその音を聞かせてしまったのだ。
勢いよく放たれる限界オシッコ。その大きな大きな放尿音を。
「……え、あ、や、え、うそ、ぜんぶ、聞かれ……!?」
湧き上がる羞恥に顔を真っ赤に染め上げて
バーチャルRTA走者有丁 エイラのはじめての配信は終わるのだった。