肉の日のニ久宮さん (Pixiv Fanbox)
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肉屋さんが一階に在る、とある街のビル。その上層階に、そのジムは在った。
その名も、『ニ久宮ジム』。通称、“肉ジム”。
大手の『プラチナジム』には及ばないものの、高重量の取り扱いもあり中々評判の良いジムだ。
俺はその評判の良さを聞き付け、肉ジムに通い始めることにした。
「おい、“今日”も来たぜ」
「おぉ、待ってたぜ」
周囲がザワつく。
「こんにちはー」
黒髪をポニーテールに結わえた、童顔の可愛らしい女性。
筋肉マッチョな男だらけのジムに、どちらかといえば似つかわしく無い女性が、軽やかな挨拶と共に来訪した。
「何だ、あの人・・・っ!?」
「何だい、君。このジムは初めてなのかい?」
近くに居たオジサンが、俺に話し掛けて来た。勿論、このオジサンもかなりのマッチョ。
「彼女は、“ニコ”さん。本当の名前は『二子(ふたこ)』さんって言うらしいけどね」
「いや、そうじゃなく・・・っ」
彼女は、俺が今まで見たどんな女性よりも、あらゆる面で“デカ”かった。
「ニコさん、今日もデカいねー」
「もー、ヤメて下さいよぉ♪」
常連に話し掛けられて、ニコと呼ばれた女性はにこやかに答える。
ユサッ、ユサッ。
俺は、彼女の“胸部”に釘付けになっていた。
「ははっ。まあ、先ずはアレに目が行くよな。それが男のサガってもんだ」
「い、いや・・・そんなつもりは」
彼女の胸には巨大なバスケットボール・・・いや、確実にそれ以上はあるであろう爆乳がスポーツブラを揺らしていた。
「あれ、アンダー136cmのZカップらしいぞ」
「Zカップ!? って、アンダー136!!?」
“アンダー”とは勿論、『アンダーバスト』のこと。男で言えば、胸板の下あたりの胸回りのサイズ。
一般的な成人男性でも、80~90cmが関の山。それよりも、優に50cmは胸板が厚い。
しかし、胸板というよりは・・・。
「ニコちゃん、今日はデブいねー」
「もうっ! そんなこというと、『チャレンジ』させてあげませんよっ」
揶揄(からか)われるのも日常茶飯事なのか、“ニコ”というニックネーム通り、彼女はにこやかな笑みを絶やさない。
「ひょっとして、彼女を見るのは今日が初めてかい?」
「え、ええ」
ニコさんの身体は、全てにおいてデカかった。
爆乳だけではなく、腕周りも脚周りも、胴周りも。俗に言う、肥満体。それも、超が付くぐらい恰幅が良かった。
そして、横だけならまだしも、ニコさんは縦にもデカかった。バスケットボールとか、バレーボール選手並の長身。
「彼女はいつも、“今日この時間”しかジムに顔を出さないんだ」
「“今日”って確か・・・」
今日は、29日。『肉の日』とか言われることもあるけど、特に祝日でも記念日でも無い。
「29日って、このジムで何かあったりするんですか」
「いや、別に。ニコちゃんがいつもこの日にしか来ない、ってだけだよ」
ふぅん、と俺は適当な相槌を打つしかなかった。とにかく、今日見たばっかり彼女・・・ニコさんのことを何も知らないのだ。
「そういや、さっき『チャレンジ』って言ってましたけど」
「・・・ああ、それね。んー、まあ君にはまだ早い、かな」
その時期が来たら教えるよ、とオジサンは言った。
――それから数ヶ月。
ニコさんは本当に毎月、29日にしかジムに顔を出さなかった。
ジムのマッチョな常連たちも、たまに話題に出すものの、それ以外は至って普通のジムの風景。
「おお、君。今日来たのは僥倖だぞ。“良いモノ”が見れるかも知れん」
「“良いモノ”・・・?」
確かに、今日は29日だが・・・。ジムを訪れてから数回目のニコさんとの対面。
まあ、対面といっても、遠巻きに見ているか、たまに近くでトレする時に挨拶を交わすぐらい。
身体が大きいという特徴を除けば、彼女は素晴らしい女性だった。
トレーニングの所作は凄くスマートだし、どんな時も笑顔を絶やさない。ジムの常連みんなに愛されるのも今ならわかる。
「ニコさんっ! 今日、『チャレンジ』させて下さいっ!!」
高重量でトレーニングしているニコさんに、常連のマッチョ男が勢い良く頭を下げた。
「もぉ、しょうがないですねー。でも、わかりましたっ」
ニコさんがウェイトを下ろし、マッチョ男の前に立った。
マッチョ男よりも、ニコさんの方が背が高い。筋肉と脂肪の差はあれど、身体の迫力はニコさんの方が遥かに上回っているように見える。
「では、失礼しますっ!」
「はい、頑張って下さいねっ」
リラックスして立つニコさんに、マッチョ男が取り付いた。
「ぬぅぐぐぐ・・・っ!」
マッチョ男は、ニコさんに脹脛(ふくらはぎ)に左腕を添え、一気に力を篭める。
「何を、して・・・」
「これは、ね。賞品を賭けた“ゲーム”なんだ」
「ゲーム?」
「ニコさん、彼女のあの巨体を10秒間、“お姫様抱っこ”出来れば『1日デート権』がゲット出来る」
デート!? 何それ、俺も欲しい・・・。ではなく。
そもそも、あの巨体だ。抱っこするのも並大抵では無いだろう。
「ぐぅっ! ぐ、あぁぁぁっ!!」
マッチョ男の全身に血管が走り、凄まじい力が篭められているのが後ろからでもわかった。
―しかし。
「残念っ。時間切れ、でぇす♪」
ニコさんはニコッと微笑みながら、マッチョ男を“お姫様抱っこ”して見せた。
「おおっ、さすがニコちゃんっ!」
「ああ、今回もダメだったかぁっ」
実は後から知った話だが、この『チャレンジ』の成否は“賭け”の対象になっているらしかった。
ジムのマドンナによる、ジムの常連全員が盛り上がる一大イベントなのだった。
「お、俺がっ! 来月、『チャレンジ』しますっ!!」
俺はつい、ニコさんに向かって、そう叫んでいた。
「「「っ!!?」」」
ざわ・・・ざわ・・・と、ジム全体がザワつく。というより、一気に緊張が走ったような・・・。
俺みたいな新入りが『チャレンジ』するのは何か不味かったのだろうか。
これでも数ヶ月、このジムに通い詰めて鍛えに鍛えた自負がある。さっき失敗したマッチョ男にも負けない自信がある。
「一ヶ月あれば、きっと貴女を持ち上げて見せますっ!」
俺は冷えた空気を敏感に感じ取り、却って退けなくなってしまっていた。
「来月・・・」
「しかも、“持ち上げ”るだって・・・?」
更に、周囲がザワつく。俺、また不味いことを言ったんだろうか・・・。
「『来月』、『持ち上げ』ですね。わかりました」
ニコさんから一瞬、笑みが消えたような気がした。
「おい、君。本気かいっ!? 『来月』はヤメた方が良い。それに、『持ち上げ』だなんて」
「男なら、“お姫様抱っこ”だけじゃなく、『持ち上げ』てこそだと」
ニコさんに“男”を見せて、あわよくば“良い関係”に、なんて邪心があったことは否めない。
それが、まさかあんなことになろうとは・・・。
一ヶ月後。
俺は早めにジムに入り、入念にウォームアップしていた。身体も大きくなり、常連マッチョ男たちにも引けを取らなくなっている。
ジムには徐々に常連たちが入って来るが、みんな口数は少なめだった。そこはかとない、緊張感。
「君、本気かい? 今ならまだ、間に合う。機会を改めても・・・」
「もう、遅いようですよ」
心配するオジサンをよそに、ドア越しにいつもの可愛らしいニコさんの顔が見え・・・。
「・・・・・っ!!!!!?」
一瞬で喉の水分が全て飛び、乾いてまともに声が出なかった。
「こんにちは」
いつもの軽やかさのない、落ち着いた挨拶でニコさんがジムに入って来た。
「・・・っ」
「すげぇ」
「さすがだ」
唾を飲む音。驚く声。常連たちの様々な反応。しかし、軽口を叩く者は只の一人も居なかった。
「こんにちは」
ニコさんは改めて、俺の前に来て挨拶をした。
「こ、こんにち・・・は、ははっ」
挨拶と共に漏れる、俺の乾いた声。
目の前に立っているのは、一ヶ月前のニコさんでは無かった。正確には、ニコさんの身体は、正に肉体。肉の身体・・・いや、肉の塊となっていた。
「“こんな身体”でゴメンナサイね。『今月』は“仕上げ”だから」
そう言って、彼女は『ポーズ』を取った。
肩の高さで両腕を曲げる『ダブルバイセップス』。
Zカップの爆乳に匹敵する、スイカ大の超特大の力瘤が上腕をギュギュギュッと埋め尽くした。
「キレてるーっ」「デカい」
周囲から、ニコさんを褒め称える声が飛ぶ。
頭の後ろで手を組む、『アドミナブル・アンド・サイ』。
爆乳の下から押し出された腹筋が、ブロック塀のように盛り上がり。
一ヶ月前はドラム缶ほどあるかというぐらいだったウェストは、その太さはもう見る影も無く、キュッと艶めかしく縊れを作っていた。
俺の胴体ほどもある丸太のような太腿が、股の下で限られたスペースの奪い合いをしている。
「ナイスバルク!」
両腕を身体の前面で折り曲げる『モストマスキュラー』。
扇形に首の後ろを埋め尽くす僧帽筋。脇の隙間から見える、広背筋。
上半身全体が巨大な円を描くような、男とか女とかそういうレベルじゃない、有り得ないシルエットを醸し出していた。
「私、『オン』の時は凄く身体が大きくなるんです。後、ウェイトもそれなりに・・・」
彼女の名は、『ニ久宮二子(にくみやふたこ)』。29歳。
職業は、街のお肉屋さん『肉のニ久宮』店主。
兼、トレーニーご用達『ニ久宮ジム』オーナー。兼、ボディビルダー。
毎晩遅くまで肉屋を切り盛り。夜中、誰も居ないジムで空いた時間を全てトレーニングに費やすという。
29日は月イチの安売りセールなので肉が売り切れてしまい、店を早仕舞いしてジムに顔を出していたという訳だ。
「・・・だから言ったのに。今月は『コンテスト』だから、彼女は身体を作り込むんだよ」
「作り込むって・・・」
そんな、生易しいレベルじゃない。腕も脚も、どんだけ太いんだ。ここ数ヶ月見ていた、脂肪による太さとは違う。見える範囲は、おっぱい以外全て、研ぎ澄まされた筋肉。
一ヶ月前までの肥満でブクブクしていた体型は一体どこに・・・。
「しかも、『今月』だけは、普段は温厚な彼女もあまり機嫌が良く無いんだ」
「何で・・・」
オジサンが言うには。
ニコさんは『オフ』シーズンを見るに、かなり脂肪が付き易い体質らしい。
それを極限の努力で、“ここまで”鍛え上げるのだ。しかし、どうしても体質からか、胸の爆乳が落ちないらしく。
「おっぱいは言ってしまえば、脂肪だからね。『コンテスト』ではマイナス評価なんだよ」
マッチョ男だらけのこのジムの誰よりも、バルク(筋量)があり、カット(筋肉の彫り)もある。
にも関わらず、入賞出来ないというのだ。しかも、脂肪を落とす影響で精神的に余裕がなくなり、機嫌が悪くなるらしい。
「『オフ』の時なら209kgぐらいだから、ワンチャンあったかもだけど」
「209kg!?」
前にチラッと聞いたが、ニコさんの身長は209cmらしい。
身長209cm、体重209kg。
明らかに、元から脂肪の中にちゃんと筋肉が搭載された身体だったということだ。
「私、今は290kgあるんで、頑張って下さいね。まさか・・・」
「290kg!?」
290kgなんて、ベンチプレスですら挙げたことない・・・。
「今更、逃げ出すなんて、言わないですよね♪」
ニコさんの口元には笑みが浮かんでいるのに、目が笑っていなかった。
「・・・それとも。この129cmの力瘤と、腕相撲でもしますか?」
そう言って、彼女は右腕を盛り上げた。
モリモリモリィッ!と、有り得ない大きさの力瘤が上腕を埋め尽くした。
二の腕に、バスケットボールがそのまま載ったかのような錯覚を覚える。
10分後。
「・・・もうっ、や、やめっ、やめ、って、くだ・・・」
俺は、彼女にリフトアップされていた。
繰り返し、繰り返し。しかも、片手で。
100kg近い俺が、彼女にとっては負荷にすらならないのだ。
「う、うわっ、や、やめっ」
たまに捻りを加えられ、お手玉のように手を持ち変えられる。
「やっぱり、“こう”なったか・・・」
オジサンは、遠巻きに俺の醜態を見ていた。
このオジサン、実はこのジムでの最古参だった。
今まで、彼女に『チャレンジ』して玉砕したマッチョ男を何人も見て来たのだ。
「男の脚より太い腕、男の胴より太い脚。あれ見りゃ、誰も勝てる訳ないってね」
そう言って、オジサンは独りごちた。