Home Artists Posts Import Register

Content

――【チャクラ】の一件から、一週間ほどが経った頃。


「ねぇ、パパ―」

小夜子が椅子から立ち上がり、剛一郎に向かって歩いて来る。


「小夜子、お前・・・っ」

この一年、小夜子は“立って歩く”という動作が出来なかった。

脚の筋肉が衰弱して、その当たり前の事が出来なくなっていたのだ。


「いつから、歩けるようになったんだい?」

「うーん、わかんない」

脚の筋肉が戻り、歩けるようになったということだろうか。


「おなか、すいたぁ」

「ご飯は、さっき食べたばかりじゃ・・・」

食事したことを忘れて・・・ではないことは直ぐにわかった。

小夜子は、単純にお腹を空かせていた。


「・・・いや、わかった」

剛一郎は、小夜子の身体が快方に向かっている気配を感じていた。

“あれ”から、明らかに体質が変わったかのような反応。


「直ぐに用意しよう」

小夜子が、自分からご飯をねだることは今までなかった。

今まで受け付けなかった栄養の分だけ、余分に採ろうとしているのだろう。


剛一郎はその時、そう思っていた・・・のだが。



――そして、更に半年後。


「ねぇ、パパー」

「どうしたんだい、小夜子」

父親は、書斎で書類仕事に励んでいた。


資産家ということもあり、不労所得で家族三人暮らして行けるとはいえ。

資産を管理する上での書類整理は、どうしてもやらなければならない仕事。


「パパはお仕事で忙しいから、また後で・・・て、えぇっ!?」

「“ヘンなオジサン”をつかまえたよ」

小夜子は、右手で“何か”を引き摺っている。

“それ”は、目出し口出しのマスクを被った黒ずくめの男だった。


「は、放せっ」

「もう、うるさいなぁっ」

小夜子は、掴んでいる男の右足を“思い切り握った”。


ボギャッ。


「うっぎゃあぁぁっ!」

小学校に上がる前の、六歳の幼女が。

大人の男の足首を片手で、一呼吸の元に握り潰してしまったのだ。


「と、歳取った夫婦と小さな娘しか居ないって聞いてたから、入ったのに・・・」

黒ずくめの男は、言う迄もなく泥棒だった。

もし、家人に見付かれば、そのまま押し入り強盗に変更。


「小夜子・・・。その男は、一体・・・」

闖入者が泥棒だとか押し入り強盗だとか、はこの際どうでも良い。

問題なのは、年端も行かない筈の小夜子が、大人の男を取り押さえていること。


「いきなりマドからはいってきて・・・ちかづいてきたの」

泥棒男は、押し入って早々に小夜子に見付かり。

黙らせようと抑え付けに掛かり、逆に捕まってしまったのだ。


「あなた。まさか、ウチに泥棒が入るなんて・・・」

「防犯サービスが、どうも定期点検で作動していなかったらしい」

資産家ということもあり、良からぬ事を考える輩は多い。

清神家は、防犯には充分に気を遣っていたのだが・・・。


「しかし、だ」

警察へ泥棒を引き渡した後、改めて小夜子を見遣る。


一年前、同年代の子供と比べて一回りは小さく、華奢だった娘が。

六歳になる頃には、同年代の平均身長に追い付くかのように成長した。


「小夜子、何とも無かったかい?」

「うん、ダイジョウブだよ」

身長『115cm』の小夜子は、大柄な剛一郎のお腹ぐらいの背丈になる。

こんな小さな子供が、大の男を本当に一人で抑え付けたのだろうか。


「どーれ、久し振りに抱っこしてあげよう」

「わーい、やったぁ」

身体の何処かを、殴られていないか。何処かに、傷を負ってはいないか。

剛一郎は念の為、確かめようと小夜子を抱き上げる。


ズシッ。


「・・・ん」

「どうしたの?」

いや、と剛一郎は口籠る。

少し前に抱っこした時より、明らかに重い。


「小夜子。今、体重は幾つあるの?」

食が太くなりつつあるし、本来なら育ち盛りな年頃。

体重が増える事は別段、おかしくはないのだが・・・。


「えーっと、よんじゅう」

「・・・え。『40kg』!?」

一年前に測った記録は、確か『15kg』だった。


5歳 小夜子 平均

身長 100cm 110cm

体重  15kg  18kg

    ↓

6歳 小夜子 平均

身長 115cm 116cm

体重  40kg  20kg


「小夜子。最近、何か変わった事は無いかい?」

たった、一年。正確には半年足らずで、かなりの成長。


「ん-っと、ね。オモチャがよくコワレるの」

「玩具?」

夫婦揃って子煩悩という事もあり、良く玩具を買ってあげた。


剛一郎が、男目線で男児が好むような車の玩具を買い与えれば。

妙子が、母親目線でお人形さんやぬいぐるみを買い与えた。


「何だ、これ・・・」

小夜子の部屋は、まるで泥棒が入ったかのように散らかっていた。

いや、片付いていない訳ではない。所定の場所と思しき所に置かれているのだが・・・。


「小夜子。これ、どうしたんだ」

「なんかねぇ、コワレれちゃったの」

プラスチック製の自動車は真っ二つに割れ、お人形はヒビが入っていた。


「壊れた、って・・・」

剛一郎は、二つ折れになった自動車だった玩具を手に取る。


握り締めても、ミシミシッと音はするものの割れたりはしない。

剛一郎の上背と腕力で以って、床に叩き付ければ割れるかも知れないが・・・。


「具体的には、“どうやった”の?」

「え、っと。“こう”」

小夜子は、自動車の“後ろ半分”を受け取ると、グッと力を籠める。


バキバキッ、グシャッ。


「・・・っ!?」

幼女の手の中で、プラスチックの硬い部品が割れてしまった。


「じゃあ、このぬいぐるみも・・・」

熊さんや象さんの可愛らしいぬいぐるみは、見るも無惨な姿になっている。

丈夫な筈の生地は裂け、中の綿が臓物のように溢れ出ている。


「ん、“こう”」

剛一郎の目の前で、小夜子は“熊さん”のお腹をバリッと引き裂いてしまう。


「・・・・・」

ぬいぐるみの生地であれば、剛一郎でも渾身の力を籠めれば裂けそうだった。

でも、小夜子が“やって見せた”ように、一呼吸では到底出来ない。


「小夜子。握手、してみよっか」

「あくしゅぅ? うん、いいよー」

剛一郎に蝶よ花よと育てられた小夜子は、素直に応じる。

大柄な剛一郎は手も大きく、小夜子は指三本を握るのがやっと。


「パパのおてて、おっきい」

「そうだろう。そうだろ・・・ぅっ!」

突然、剛一郎の人差し指と薬指に激痛が走る。


ミシ、ミシシッ。


「う、ぐっ・・・小夜子。力、入れてる?」

「うぅん、“まだ”だよ」

自分より一回りどころか、二回りは小さい幼女の小さい手。

その手に握られている指は、両端から万力で締め付けられているかのようだった。


「チカラ、いれていーい?」

「ちょ、っと待っ・・・ぐわぁっ!!」

メキメキメキ・・・メギィッ!


剛一郎は若い頃、一流の武道家として名を馳せた事もあった。

既に引退して長い時は経ったが、それでも身体や感覚は訛っていない自信がある。


その武道家としての感性が、危険信号を発したのだ。


そのお陰で、剛一郎は辛うじて指二本の“不全骨折(ヒビ)”で済んだ。

もし、振り解くのが少しでも遅ければ、指三本の“完全骨折”だっただろう。



「小夜子。“これ”、思いっ切り握ってみて」

「これ、なーに。うん、いーよ」

後日、アナログ式の握力計を握らせたところ。

小夜子は、一瞬の内に針を振り切らせたのだった。

Comments

No comments found for this post.