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「健ちゃん、部活見に行こ」

「うん」

僕と真理奈は幸い、高校一年目は同じクラスに割り当てられた。

同じ中学出身な生徒が意外と少なく、そういう意味ではラッキーだった。


このまま行けば、高校生活初日は何も無く終わりそう。

勿論、それは『Mr.平均』な僕ではなく、真理奈の事だ。


一見すると、真理奈は大柄で恰幅の良い女子高生。


巨大な力瘤や、極太の太腿。メートル超えのGカップ巨乳に、巨尻。

そのどれもが、『5XL』という特大サイズの制服のお陰で目立たず。


中学時代の体力測定の記録を知ってる者が居れば、また違う印象になるんだけど。


高校でも身体測定や体力測定はあるし、体育の授業で薄着になる。

ただ、その時までは平穏無事に過ごしたい。


「でも、真理奈が部活を見たいなんて珍しいね」

「うん、何となく」

僕も真理奈も、小学生時代から一貫して変わらないのは、運動が苦手な部分。

高校でもずっとそうだと思ってたんだけど、真理奈は違うのかな。


「バレーボールで一緒に全国行きましょう~」

「見学だけでもどうですか~。今なら、サンドバッグ叩けますよ~」

始業式を済ませた後の自由時間を狙って、部活の先輩たちが必死の勧誘合戦。

流石に高校ともなると、部活の熱も違う。


「健ちゃん。私、サンドバッグ叩いてみたい」

「・・・へ?」

真理奈が突然、そんな事を言い出した。


「サンドバッグ? 真理奈って、ボクシングに興味あったっけ」

僕も真理奈も運動は苦手だけど、スポーツ観戦ぐらいはする。

野球やサッカー、プロレスやボクシング。


「ううん、別に。ただ、何となく・・・」

真理奈も、ボクシングがどうしてもやりたい、とかではなく。

只々、興味本位なだけ、みたいな。


「真理奈って、パンチとかしたことあったっけ。・・・あ」

僕は、去年の夏の花火大会を思い出していた。

原付バイクの泥棒男を、ヘルメットごと殴ろうとした一件。


あの時は、真理奈も興奮していて不意に手が出た、ぐらいに思った。

でなければ、自分から能動的に他人を殴ろう、なんてする筈がない。


・・・いや、そう思うのは僕の勝手な思い込みで。

真理奈自身、激情を秘めていてそれを表に出していないだけ、なのか。


「うん、良いよ。行こっか」

真理奈が内心どう思ったかは、さて置き。


僕としても、見ておきたい、とは思った。

真理奈が今、本気で殴ったらどうなるか、を。


「すみません。見学だけでも良いですか?」

「勿論! 見てって、見てって」

僕たちがボクシング部を訪れると、部長と思しき先輩が快く迎えてくれた。


「君は、アレかな。身体を鍛えたい、とかそんな感じ?」

「いえ。まあ、そんな感じで・・・」

流石に、女の子の付き添いで、とも言えず。


「すみません。これ、叩いて良いですか?」

真理奈はいきなり、本題のサンドバッグの前に居た。


「あー、えーっと。君の付き添いの女の子?」

「あ、はい」

僕が部長の話を聞いている内に、用件を済ませてしまおうってことか。

ボクシング自体に興味はなく、本当にサンドバッグを叩きたいだけらしい。


「良いよー。拳、痛めないようにね」

先輩も、女子ボクシング部が無いせいか、真理奈には興味ない感じ。


「だから、ウチとしてはね・・・」

「ええ。あ、はい・・・」

先輩の話に相槌を打ちながら、横目で真理奈を伺っていると・・・


「・・・ふっ!」

という呼吸と共に、真理奈が振り被った右拳をサンドバッグに打ち突ける瞬間だった。


スドボォァッッ!!!


「・・・へ」

「・・・え?」

およそ、“砂袋を叩いたとは思えない”音。

まるで、大砲か何かの砲弾が炸裂したかのような、衝撃音。


「あれ・・・?」

真理奈の右手・・・いや、右腕はサンドバッグを“貫通”していた。

そして、当の本人が一番、驚いている。


僕は当然ながら、真理奈の身体の事を知ってはいる。

だから、漫画で良くあるようなサンドバッグを殴り飛ばす、ぐらいは想像していた。


だけど、まさか貫通させるとは・・・。


「・・・え。君、何をやったの?」

先輩は事態が飲み込めず、慌てて真理奈に駆け寄る。


「え、と。その、普通に殴ったんですけど・・・」

ズボォッと、真理奈はおもむろに右腕をサンドバッグから引き抜く。

サバァーッと、空いた両穴から中身の砂が一気に零れ出す。


「手、見せてみて」

「は、はい」

先輩は、悪戯でメリケンサック的なモノを握り込んで殴った、と疑った。

しかし、真理奈の手には何も握られていない。


「・・・っ! いや、でも、まさか」

先輩は、真理奈の手を見て、何か思うところがあったようで。


「今度は、“これ”を殴ってみてくれない?」

先輩を指示したのは、天井と床にロープで固定された、『パンチングボール』だった。


「良い、んですか?」

「ああ、思い切りやってみて」

先輩に促され、真理奈が渋々、パンチの体勢を取る。


「じゃあ、ふんっ!」

今度は衆人環視での、真理奈渾身の右パンチ。


シュゴォッ、パァンッッ!!!


「「っ!!?」」

爆ぜた。


少し前まで『パンチングボール』だった筈の革の切れ端が、宙空を舞っている。

因みに、『パンチングボール』は中身が空気で、言ってみれば分厚い革製の風船。


「ってか、見えなかった・・・」

真理奈は、これから打つぞ、と宣言して右ストレートを放ったようなもの。


にも関わらず、ストレートの起動も、軌道も全く見えなかった。

振り被った右拳が消えたと思った瞬間、『パンチングボール』が爆ぜたのだ。


「・・・き、君。ボクシングとか空手の経験でもあるのかい?」

先輩は、そんな馬鹿な、といった表情をした。

どうやら、ボクシング部の先輩も僕と同じ感想だった模様。


素人目で凄いのではなく、経験者目線でも驚くレベルで凄いということ。


「・・・え、いえ。全然・・・」

少なくとも、真理奈が格闘技未経験なのは、僕が保証する。


だけど、それは別にして、先輩の気持ちは良くわかる。

何となく凄い結果になるだろうな、ぐらいに思ってたけど。想像以上だった。


「空手の有段者とかウェイトのあるボクサーでも、こんなのは見たことない」

空手家が鋭い裸拳で突き刺したり、ボクサーが殴り飛ばしたり。

そういった逸話は、フィクションやノンフィクションを問わず、枚挙に暇がない。


しかし、サンドバッグを丸ごと突き破って貫通するなんてのは、前代未聞。


「今日はあくまで、見学なんだよね?」

「あ、はい」

冷やかし、とまでは行かずとも、僕も真理奈も本気でボクシングをやろうって気はない。


「なら、安心した」

先輩の、意外な回答。

てっきり、部員が増えなくて残念がるかと思ったんだけど・・・。


「僕には、君を教えることは出来ないからね」

どういうこと、だろう。

こと、ボクシングに関しては僕も真理奈も素人。間違いなく、未経験者。


「技術とかそういうレベルじゃない。君は、余りにも強過ぎる」

パンチスピードは、ボクシング経験者でも目で追えない速さで。

その威力は、サンドバッグを打ち抜き、パンチングボールを破裂させる。


文字通り。言葉通りで、一撃必殺のパンチが目に見えないスピードで襲って来るのだ。

ボクシンググローブを嵌めてどうにかなる、そんなレベルではない。


「格闘技をやらずに済むなら、それに越したことはない。その代わり・・・」

「もし、人を殴ったりしたら・・・?」

僕は、先輩の言葉を先読みして、質問した。

僕自身も、ずっと頭の隅っこに引っ掛かっていた疑問。


「サンドバッグか、パンチングボールみたいになる・・・かも知れない」

先輩は敢えて、人体の何処が、とは言わなかった。


もし、あの時。泥棒男を殴っていたら・・・。

タラれば、は言い出したらキリがないけど。それでも。


「わかりました」

僕は一言、そう答えた。


「・・・?」

当の本人はキョトンとして、良く理解出来ていない風だった。


ひょっとして、僕や先輩みたいに他人が見た真理奈のパワーと。

真理奈自身が実感しているパワーには大きな開きがあるんじゃなかろうか。


「陸上部とかは、無理そうだね」

「うん、そだね」

ボクシング部を程ほどで後にした僕たちはグラウンドに出てみる。


それなりに時間が経ったからか、普通の部活を始めている所もあって。

とてもじゃないけど、見学させて貰えるような雰囲気じゃなかった。


「砲丸、投げてみたかったなー」

「真理奈って、陸上部に興味・・・ある訳ないか」

てへっ、と真理奈は軽く笑った。


「そうだ。砲丸は無理だけど、他のなら行けるかも」

「え、何それ」

僕も、真理奈の投擲力が今どうなっているかは、何となくだけど気になる。


「ここ、だよ」

僕が連れて来たのは、『バッティングセンター』だった。


僕も来るのは初めてなんだけど、ここは『硬球を投げられる』のを売りにしているらしく。

いわゆる、『ストラックアウト』を硬球で楽しめるのだ。


硬球は、重さとしては150グラムぐらいなので、砲丸と比べると軽いんだけど。

ただ、軟球やテニスボールと比べると重くて、力が伝わり易い。


「ここの『ストラックアウト』、スピードガンも兼ねてるみたいでさ」

僕は、物の試しと100円を入れて、専用のブースに入る。


すると、ブース内には硬球が全部で十二球、用意されていて。

それらを『3×3』のマス目掛けて投げ、九ヵ所を全部当てれば商品ゲット、な寸法。


「え、いっ」

ごんっ、と弱々しい音が響く。


『69km/h』


「えー、そんなもん?」

僕が投じた一球目は、お世辞にも速いとは言えないものだった。


「はぁ、はぁ・・・」

僕は、ブースを出る頃にはヘトヘトになっていた。


たった十二球、されど十二球。

高校生になったばかりの僕には硬球は重く、最後は『50km/h』しか出なかった。


「ま、まあ、こんな感じ」

「うん、わかった。面白そうだし、やってみるね」

そう言って、セーラー服にスカートな、如何にも女子高生な真理奈がブースイン。


「これ、が硬球・・・」

真理奈は、初めて触れる硬球に興味津々な様子。


「これを、全力で投げ・・・」

ボグシャッ。


「あ・・・」

「・・・え?」

真理奈の手の中で、硬球がグシャッと潰れていた。

中身のコルクやらゴムやら糸やら、が内臓みたいに飛び出している。


「・・・あー。投げる時に全力で、の方が良いかな」

「う、うん」

真理奈の握力は前にも増して強くなってる・・・のは、今は置いておいて。


「じゃ、行くね」

真理奈は振り被り、綺麗なフォームで第一球を投じた。


ズガァンッ!!


『209km/h』


「何キロ、だった?」

「・・・・・」

僕は、直ぐに言葉が出なかった。


「ねぇ、健ちゃん。どったの?」

唖然とする僕をよそに、当の真理奈はケロッとしている。


「・・・あ、いや。後で教えるから、続けて」

「うん、わかった」

そう促すと、真理奈は小気味いいテンポで十一球を投げ切った。


「ふぅ、良い汗掻いたかも」

「お、お疲れ・・・」

僕は、平静を装うのがやっと、だった。


一番遅い記録で、『198km/h』。

最速で、『211km/h』。


大昔の、昭和時代の熱血野球漫画のような、嘘みたいな球速。


今の時代、食生活の向上やスポーツ科学の発展で、人類は日々、進歩して。

昔は少なかった、夢の『160km/h』台投手が何人も居る。


それでも、そんな一流メジャーリーガーですら、足元にも及ばないような球速。

一度だけならマグレや偶然、機械の故障もあるだろう。


しかし、十一球を投じて、『200km/h』を下回ったのはホンの数回。

平均を取れば、間違いなく『200km/h』を上回る投球速度だった。



帰り道。


僕は今日一日あったことで頭の整理が追い付かず、公園で散歩して帰ろうと思った。


「じゃ、私も行く」

と、真理奈も同伴で公園の散歩。


「・・・ん、あれ」

「風船、だね」

遊歩道の脇にある、大きな木。

そのかなり上の方の枝に、風船が引っ掛かっていた。


「風で、飛ばされて来たのかな」

「お母さん連れの女の子が飛ばしちゃったみたい」

真理奈は突然、そんなことを言い出した。


「え、うそ。何処に?」

周りを見回しても、そんな二人連れは居ない。


「えーっと、ちょっと向こうの方かな」

「え、何処・・・」

真理奈が指差した方向に、薄っすらと二人連れらしき人影が見える。


「取って、渡して来るね」

「え、どうやっ・・・」

僕が真理奈に視線を戻した時には、既に真理奈はしゃがんでいた。


真理奈が屈むことで、スカートが膝掛け布みたいになって。

スカート越しに太腿が浮き上がったかと思うと、モリモリッと更に一回り大きくなり。


「ん、っと」

ビュンッと、真理奈はその場で一気に跳び上がった。


「・・・うわ」

推定で4メートルぐらいの高さで引っ掛かっていた風船を、真理奈はパシッとキャッチ。

そのまま、僕の目の前にドンッと着地した。


「す、ご・・・」

助走も付けない、その場のジャンプで。

真理奈の足は、僕の頭の遥か上にあった。


垂直跳びで、2メートル強。

最高到達点は恐らく、4メートル近く。


ビルの二階程度なら、軽く跳び移る事が出来る計算。

『走り高跳び』の世界記録の『2.45m』まで、後少し。


「・・・・・」

事の一部始終を見ていた僕だけど。


真理奈は確かに、『取って(渡して)来る』と言った。

決して、『やってみる』とは言わなかった。


それはつまり、やってみるまでもなく。

最初から、出来る確信があったということに他ならない。


高跳びどころか、陸上競技以前に運動経験がほぼ無いに等しい、真理奈。

その真理奈が、ジャンプすれば4メートルの高さまで跳べると自覚している。


高校生離れした肉体に、人間離れした身体能力。


いつから、そうなっていたんだろうか。


真理奈の、意識。真理奈の、身体。


今までは、幾ら幼馴染とは言え。

異性の身体を外野がとやかく言うのはどうなんだろう、と思っていた。


でも、そうも言って居られないレベルになっている気がする。


「確かめないと、な・・・」

風船を届けて戻って来る真理奈を見ながら、僕はそう独り言ちた。



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