新作の進捗.1 (Pixiv Fanbox)
Published:
2021-10-13 10:32:01
Imported:
2023-01
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「なあ、早瀬渚って知ってるか?」
講義と講義の間に空いた90分の空き時間を潰している時分、友人が僕に問いかける。
その言葉に、僕はパックジュースのストローから口を離して、馬鹿にしているのか、と返事をした。
まあ、流石のお前でもそうだわな──と、友人がベンチの背もたれに体重を掛けた。
彼は、僕の事を過分に世間知らずだと思っている節がある。
確かに僕は、彼のように流行りのファッションがどうのとか、芸能人の誰と誰が結婚したとかのゴシップなどには聡くない。
インターネットに触れている者なら誰もが知っているはずの、動画サイトの再生回数を見ればカンマが2つも3つも付いている曲のサビすらも聞いた事がない。
それでも、この大学に通っている限り、あの早瀬渚の事を知らないなんて事があるはずが無い。
インターネット上でも有名人だからとかそういう次元の話ではなく、一度その姿を見たらそれを忘れる事など不可能だという意味で。
そう言うと、彼は僕よりも幾分太い、日焼けした腕で僕の肩を小突く。
「何だよ、干物みてーな顔しといて、意外とアイツの事狙ってんのか?」
まさかお前がロールキャベツ系男子だったとはねぇ、なんて一人呟いて、彼はスマートフォンをポケットから取り出す。
どうせまたSNSで女の自撮りでも見ているのだろう。飽きない男だ。
僕は干物でもなければロールキャベツでもない、そんなに食って美味い男なはずがないだろう。
自虐半分に言い返して、僕も同じようにスマートフォンを取り出した。
手持ち無沙汰ついでに、友人の揶揄の意味が何となく気になったからだ。
ロールキャベツとやらの意味はよく分からないが、どうせ褒め言葉ではないだろう。
それに、あの早瀬渚に関する話であれば、大方意味の想像はつく。
……やはり、そうだ。
彼女に関する事で、かつ男がする話なんて、たった一つに限られる。
生殖適齢期の雌の、豊かに実った肉を美味しく食べる。
なるだけ魅力的な、あるいは人畜無害そうな皮を被り、相手を油断させて。
彼女を取り巻く男は皆そんなものであるから、むしろ料理に例えられるのは彼女の側なのではないだろうか。
しかし、そんな風に身体を狙われるばかりで、誰にも内面を見られないのは少しだけ哀れだなと思ってしまう。
衆目のある大学の構内ですらあからさまにボディタッチを狙う男に、セクハラそのものの会話しかしようとしない男。
彼女の周りにはそんな男しか見ないものだから、それもまともな男を寄せ付けなくしている原因なのかも知れない。
それに関しては、可哀想だなと思う。
しかし、同時に理解もできてしまう。
彼女を付け狙う男の心理、また彼女に性欲を狂わされる理由が。
──早瀬渚。
僕と同じ大学に通っていて、学年も同じく三年生。
とはいえ、僕と彼女は何の関わりもない。
僕から彼女に話しかけようとしたことも、ましてや話しかけられたことも無い。
彼女の服装はいつも奇抜で、所謂パンク系──僕はファッションに関しては全く興味が無いのでよく知らないが、確か彼女の取り巻きの誰かがそんな事を言っていた──のものをよく着ているのを大学内でも見かける。
またその顔立ちも、一月に何億と稼ぐようなトップモデルに負けないほど整っている。
吸い込まれそうなほどに大きくて綺麗な黒い瞳に、瞳に負けじとはっきり存在を主張する長いまつ毛。
すらりと高い鼻立ちに、艶々と瑞々しい真っ赤なリップ。
中性的なその風貌は、女性アイドルどころか男性アイドルなどと比べても匹敵するような、性別すら超越した美しさと言えるだろう。
その甘いルックスから、彼女のSNSアカウントには数万人のフォロワーが居るらしい。
確かに、彼女のその顔立ちと美的センスは、何か強引に人の目を奪うものがある。
彼女の持つ世界観というか、纏っている独特な雰囲気というか、誰にも出す事ができないオンリーワンな空気感は、強烈にパンチがありながらも下品では決してない。
彼女の持つ魅力を引き立てるその美しさは、思わず足を止めて見入ってしまいそうなほどだ。
全くファッションに疎い僕ですらそうなのだから、その方面に興味がある人間なら尚更なのだろう。
事実として、有名雑誌の編集者にスカウトを受けて読者モデルとして採用されていた事もあるそうだ。
ネットニュースでもその美貌が話題になっており、SNSでもしばらく彼女の話題で持ち切りだった事を覚えている。
そんな風に、彼女の美しさは、今や誰もが疑いようもないほどに認められている。
しかし、もしも。
もしも、そこに一つだけ。
ただ一つだけ文句をつけるとしたら──
「……おい、見ろよ、あれ」
──友人が、突然ひそひそと声を落として僕に話しかけた。
そして、僕だけに見えるように、屈めた体で隠しながら、中庭のメイン通路の方向を指差す。
いつも豪快な、悪く言えばデリカシーに欠ける彼が、何かから隠れるように声をかけるとは珍しい。
そんな事を考えながら、指先を追うようにして首を動かすと、そこには。
「フーン、フーン、フフーン……」
──くるり、くるり、とバレエのステップを踏むように。
軽快な鼻歌を歌いながら、一人の女性が現れる。
雪のように白く染められた髪に、一房編み込まれた黒いエクステ。
頭には黒革のキャスケットを被り、つばの部分にはサングラス、帽子の内側にはヘッドフォン。
オフショルダーかつへそ出しでモノトーンの半袖シャツに、半ばホットパンツじみた丈のショートスカート。
彼女が着こなしているのは、まるで大学という場所に相応しくない、派手で奇抜なパンクファッション。
それ故にか、その周りには誰も居ない。いや、まともな神経の人間であれば、あれに並び立つ事などできない。
それは揶揄するような蔑む意味ではなく、むしろその全く逆。
彼女という存在の持っている、奇異ながらもカリスマ性のある魅力のためだった。
彼女の登場によって、ただの休憩所、学生の溜まり場と化していた中庭が、映画のワンシーンのように変わり始める。
木々からの木漏れ日をスポットライト浴びて、まるで中庭全てが彼女の独壇場かのような。
そんな空気を纏いながら、くるくるとターンして、ゆっくりと遊歩道を闊歩する。
もしも彼女以外がそんな事をすれば、頭のおかしな奴が馬鹿馬鹿しい真似をしていると総スカンを食らうに違いない姿。
しかし、それは早瀬渚がするからこそ、スーパースターの路上ショーのように成立していた。
「……すげぇな」
──凄い。
別に隠す必要もあまり無いが、何やら邪魔してはいけないような気がして、自然と声を抑えて話す。
例えるなら、ミュージカルの舞台を見ている時に、マナーを知らなくとも雰囲気で大声を出してはいけないとすぐに理解するような、そんな感覚。
「いや、マジで凄いわ……」
──……ああ。
そして、もう一つ。
そこにプラスして含まれるのが──盗撮を働いているかのような、やましさ。
彼女の姿を眺めるだけのその行為が、何かひどくいやらしい淫行をしているかのような。
そんな感覚を、どうしても覚えてしまう。
彼女が躍り跳ねれば、同時に豊かすぎるほど豊満な媚肉が跳ね回る。
ぼかさずに具体的に言うのなら──乳が、尻が、太ももが。
それはそれは、全身の肉という肉が、どこに目を向ければ良いのか分からなくなるほどに踊り狂う。
早瀬渚は、スタイルがいい。
それは、彼女を知る人間ならば誰もが頷く言葉である。
実際に、彼女を知らない人間に彼女の事を紹介しようとする人間は、そう言うのだろう。
しかし、実際のところ、その表現は正しくない。
包み隠さずに、迂遠な表現を避けて言うのならば。
──早瀬渚は、もう立ってるところを見てるだけで気が狂いそうになるほどちんぽが苛つくような、全身エロ肉まみれ交尾専用クソエロオナホ体型の、歩くだけで猥褻物陳列罪になるようなセクハラ誘発待ったなしの、男に媚びすぎたボディラインを見せつけてくる天性のドスケベ女である。
……と、どうしたってそういう言葉になってしまう。
遊歩道を歩く彼女を、覗き見するように横目で眺める。
歩くだけでむちっ♡むちっ♡と音がしそうなほど、エロ漫画から飛び出したとすら思えるような、所謂『雌』の部分をひどく強調した体型が目に毒だ。
彼女を見て精通を引き起こした子供が果たして何人居るのだろうか。
あるいは、彼女の見るからにもちもちと抱き心地の良さそうな、雌の魅力をひたすら濃く凝縮した身体に性癖を狂わされて、並のグラビア程度では勃起すらも出来なくなった男の子はどれほど存在するのか。
最早言うまでもなく、巨大かつ柔らかな乳。
彼女の小顔と比較するのはもちろん、男の大きな頭と比べたってまだ乳の方が大きいとすら思えるほどの馬鹿みたいな質量は、まるで乳牛のよう。
たっぷりと、まったり蕩けるほどクリーミーな脂肪を蓄えて、ひたすら視覚で男に媚びを売る。
その雌として極まった柔らかさは、見た目からしてすぐに理解できる。させられてしまう。
とろとろとした感触はまるで何日も煮込んだ肉の脂身のようで、触れば力を込めずとも指の隙間にすら満ち渡るのが本能的に分かる。
何故ならば、その短すぎてカーテンのように服の下。
そこに位置する乳肉が、動けば動くほどに、弾んではたわむ。
歪むとか揺れるとかの次元ではなく、余りすぎた駄肉が、【ひしゃげて段差を作る】のだ。(・をルビ振りする)
見ただけで分かる、余裕でメートル越えの胸。
そんな乳肉がただ存在するだけで、男なんてどうしようもなく狂わされてしまうのに、彼女ときたらそれだけではない。
重たそうに、だっ……ぽ♡だっ……ぽん♡と、歩行などの動きから一呼吸置いてもったりとした動きを見せる、質量兵器のような乳肉。
そして、それを支える下半身は、もちろん。
それ相応に、太く逞しく、ダンベルのような重量に持ち堪えるための肉が付くというのが定めなのだろう。
彼女の下半身は、明らかに太かった。
男性である僕と比べても、尻も脚もふた周りほど太くて分厚い。
だが、それは決してデブだとかそういう意味ではない。
生物として正しく、眩しいほど健康的に肉が付いた結果だと言えるだろう。
何故ならば、彼女のボトムスから見える太もも。
それは柔らかくむっちりと脂肪が付きつつも、艶々と輝くようなハリがあり、活発さを感じさせるしなやかさも兼ね備えていた。
若い女性特有の瑞々しい肌の艶めきや、脚に力を込めた時の筋肉の動きなども、彼女の持つ快活な脚力を示すものに他ならない。
だが、しかし。
筋肉もあり、動くことに支障はないが、そこには胸の大きさと比例するように、確かに柔らかな脂肪がたっぷりと付いている。
脚を閉じれば、太ももと太ももがむっちりとくっ付いて、むちむちと犇めくくらいには、たっぷりと。
そこにニーハイなどを履けば、もう凄まじい。
美脚効果だの何だのと知らないが、恐らくは元々キツめになるようになっているのだろう。
それを彼女が履けば、繊維がぐいっと引き伸ばされて、黒色の薄い生地に彼女の肌色が透けてしまう。
更にそこに乗りかかるようにして、締め付けられた駄肉が、ニーハイの上からぷにゅりと溢れる。
もっちりと柔らかく、しかし筋肉質な、雌っぽさと健脚を奇跡的なバランスで同居させた御御足。
すべすべと頬ずりしたくなるようなそれの魅力がソックスによって引き立てられ、男はどうしてもむしゃぶりつきたくなるような衝動にかられてしまう。
しかも、彼女が好んで履くのは超のつくミニスカートやホットパンツであるため、それを常に晒しているのだ。
ただでさえ、それだけで垂涎もののポルノ映像であるのに、歩けば脚が地面に付くたびに、むちっ♡左右にぐいぐいと肉が食い込む始末。
そんなものを見させられて、まだ誰も逮捕者が出ていないというのは奇跡である。
そんな風に、ただ立つだけで隙間なく閉じた媚肉が腰振り用オナホに変貌するという、並外れた媚雌の具合。
セックスを象徴するかのようなその肉を上になぞれば、そこには当然、尻がある。
ただでさえ肉の盛られた太ももの付け根よりもずっとずっとエロ雌肉に塗れた肉尻は、まるで淫魔が魅了するかのように種付け欲を煽って仕方がない。
男性の根源にある、子供を産みやすそうなデカ尻への孕ませ欲。
彼女の広い骨盤に乗ったとろとろふわふわの雄媚び肉を見ると、それだけで金玉がぐつぐつと精液を煮詰めて、より濃ゆい子種で確実に彼女を孕ませようとするかのような、それほどの昂りを感じてしまう。
そんな風に、本能のまま腰を叩きつければあまりの肉厚さにばすんっ♡ばすんっ♡とクッションを殴りつけるような音がしそうなほどのそれを、彼女は遠慮もなく振りたくる。
むっち♡むっち♡と張り詰めたスカートに尻の割れ目まで浮き上がらせ、まるで交尾をねだる雌猫のように、やたらと腰をくねらせて歩くのだ。
捏ねたての餅のような孕み頃の極上の雌特有のそれを、どれだけ過剰に乗せれば気が済むのかと言うほど乗せて、見せびらかす。
彼女の歩き姿をオカズに、一体何リットルの精液が無駄になったのだろうか。
そう思わずにはいられないほど、その姿は淫猥そのものだった。
その他にも、語ろうと思えば彼女のエロスなんていくらでも語る事ができる。
例えば、その短い服から覗くヘソだとか。
脚ほどでは無いが、平均的な女性よりかは太めでそこそこ筋肉のある二の腕だとか。
まるっきり服から放り出されたすべすべの肩だとか。
語り始めればキリがなく、そもそも言ってしまえば彼女は全身セクシャルのカタマリなのだから、彼女への欲望なんて尽きるはずがない。
その立ち姿だけで、もっと言えばごく一部のパーツへのズーム画像だけで、マスターベーションを行えと言われればそんなに簡単な事はないと言いきれる。
それほど、彼女の持つ女性的魅力は底なしなのだ。
例えば、もしも彼女のスタイルをそのまま絵に書き起こしたなら、それを公共の場所に公開する事すら出来ないだろう。
そんな交尾するための部位だけに肉を蓄えた、男の下卑た性欲をデフォルメして書き起こしたかのような、都合のいい性奴隷じみた肉体を公に出すとは何事だ。青少年への教育に悪い。まるで女が性処理の道具のように扱われて不愉快だ。
そんな文句が出てきたって何らおかしくはない。
冗談でなく、本気でそう思ってしまうほどのボディは、まさに圧巻としか言い表せない。
と、そんな風に男ばかりから羨望の目線で見られ、同性の人間からは疎まれそうな彼女であるが、実際はそんな事もなく、女性からの人気も非常に高い。
有り体に言えば、同性にもよくモテる。
良さげな男の心を軒並み奪われ、どうしたってその抱き心地が良いに決まっている肉体と比較されざるを得ず、早瀬渚という女が居るだけで恋人探しは困難を極めると言うのに、だ。
その理由は何なのか。
答えは簡単である。
彼女は、脚が長すぎた。
ウエストが細すぎた。
そして何よりも、顔が綺麗すぎた。
彼女の身長は、女性としては格段に高く、僕よりも幾分か高いほどである。
数値にすれば、180センチよりも上。
そして、その身長の内訳は大半が長い脚を占めており、腰の高さなどは僕などと比べ物にもならないほどだ。
そして、全体の豊満な肉付きに反して、ウエストはそれを無視するかのように細い。
もちろん、スレンダーなモデルに匹敵するほどに細くはない。
ほんの少し、キツめに締めたベルトに肉が乗っかるくらい、ぷにぷにとした柔らかさも兼ね備えている。
しかし、その上下に存在する、途方もない大きさの乳肉と尻肉に比べたら、もっと肉を付けてもいいと感じるくらいには細いと思ってしまう。
もちろん単体で見れば普通くらいの細さなのだが、胸も尻もウエストと切り離して見る事が出来ないから、自然と比較してしまって細身に見えているのだ。
以上の要素は、男性だけでなく女性にとってもウケがいいと言える。
事実として、彼女の人気を支える要素になっているのだろう。
しかし、そんなモノははっきり言ってオマケに過ぎない。
彼女の人気の秘訣とは、大半がその顔立ちにある。
ハッキリとした目元は、鋭利に研ぎ澄まされながら軽く吊り上がっており、それだけでスタイリッシュな印象を受ける。
それに付随する長いまつ毛は、猛禽の爪のようにはっきりと濃く、これまた彼女の端正なルックスを彩っている。
均整の取れたすらりと高い鼻梁、鮮やかなルージュの口元と合わせて、彼女の甘いマスクは端麗さを極めていた。
クールでありながらもどこかミステリアスな雰囲気を感じる、見事なまでの眉目秀麗さは、男はもちろんのこと、女性までもを虜にしてしまうのだ。
いや、むしろ彼女のようなシャープな顔立ちは女性こそ好むだろう。
女性の気持ちには些か疎い僕ですらもそう察するほどに、彼女の中性的な美麗さは明らかに異彩を放っていた。
時折、くるりくるりとキャスケットを指で回しながら、彼女はふらふらと歩く。
キャスケットの中にあるウルフカットとヘッドフォンを覗かせて、鼻歌交じりの散歩道。
我がもの顔で歩いきながら、徐々にこちらに近づいてくる。
低めのハスキーなハミングが、木の葉のざわめきと混じって耳心地がよい。
そうして少しばかり聞き入っていると、ふとその鼻歌に聞き覚えがある事に気が付いた。
曲名は思い出せないが、メジャーな曲の一節だったような気がする。
ああ、これは、そうだ、確か。
──モーツァルト。
ぽつりと、そう呟く。
ぴたりと、早瀬さんの足が止まる。
中空を漂っていた彼女の視線はこちらにぴたりと固定されて、じっと僕の目を見つめてくる。
そして、にまりと面白そうに口端を吊り上げて、こちらに向かって一直線。
すたすたと、迷いなく歩み寄る。
座っている僕に向かって、真っ直ぐに。
しまった、と思って、僕は遅れて口を覆う。
何もまずいことは無いのだが、それでも、冷や汗をかくくらいに焦燥してしまう。
なんと言うか、例えるならば、それこそスターの路上ライブを僕の何気ない一言で中断させてしまったかのような。
そんな僕の脳内をよそに、彼女は僕の真正面に立ち、見下ろす。
僕の顔を覗き込むように、その端麗な美貌を惜しみなく近づけて。
そのあまりの美しさに、圧力すら感じて仰け反る僕に、彼女は離れた分だけ顔を寄せて、言う。
「……当たり」
何が、とは言えない。
けれど、多分、その鼻歌はモーツァルトの何かの楽曲だったのだろう。
しかし、そんな事よりも。
──おっぱいでっかい。顔がいい。肌すべっすべ。めちゃくちゃイケメン。下から見ると胸で顔が見えづらい。何センチあるんだ。
そんな事ばかりが頭の中でぐるぐるして、全く何も考えられない。
何せ、あまりにも顔が良すぎる。近すぎる。
そして、ちょっと目線を下にすれば、呼吸で起こる震えすら見えるほどに近く、その爆乳が鎮座している。
「キミ、クラシックとか聞くの?」
心臓が、ばくばくと煩い。
目が回りそうになるほどに混乱して、その顔からただ視線を外さない事にばかり尽力して。
だから、まともな返事も出来ず、首を横に振るしか出来なかった。
あまりに情けない姿。
けれど、彼女は嘲るでもなく、慈母のように、あるいは小悪魔のように、悪戯っぽさと慈愛が同居した微笑みを見せる。
少なくとも、そこからは悪意や軽蔑などは感じられない。
それどころか、むしろ、そこにあるのは。
「ふぅん、そう……」
──面白い。
自惚れでなければ、そういう感情で。
彼女はすっと目を細めてから、おもむろに。
より近く、耳の傍まで、そのぷるりとした唇を、寄せる。
いよいよ喉元に刃を突きつけられたような、処刑寸前の罪人にも似た極度の緊張で、頭の先から足の指まで鉄みたいに固まってしまう。
彼女の吐息すら聞こえるほど、彼女の顔が傍にある。
最早、目線なんて追えるはずがない。
ただ、目をぎゅっと瞑って、今から起こるであろう、何かに耐えようとする。
もしかして、もしかすると。
何度も何度も、有り得ないシミュレーションが胸中を駆ける。
彼女の真っ赤な唇が、僕の、僕を。
しかし、絶対にそれは有り得なくて、何故ならば、そんな理由なんてどこにも無くて。
でも、それなら、彼女は、何でこんなにも。
きっと、誰がどう見ても、僕は分かりやすく混乱していただろう。
そんな僕を見てか、耳元で、くすりと妖艶な笑い声が聞こえた。
そして、その後に続く、音。
それはもちろん、ちゅっというリップ音──などではなく、全く別のもの。
かき鳴らされるエレキギター音と、女性の高音シャウト。
彼女のハスキーボイスとは似ても似つかない声と、突然の荒々しい音に、僕はすっかり拍子抜けしてしまう。
肩からがくりと力が抜けて、訝しむような目で、音の発生源であるすぐ隣を見た。
そこにあったものは、くすくすと口元を軽く抑えて可笑しそうに笑う彼女の顔と、片側だけ耳から持ち上げられたヘッドフォン。
抑えるものが無くなったスピーカーから流れた曲が、僕の耳に聞こえていたらしい。
唖然とする僕を後にして、彼女はすたすたと歩いてゆく。
ヘッドフォンをつけ直し、上からキャスケットをもう一度被って、とんとんと軽く跳ねながら。
やがて彼女が見えなくなると、広場に喧騒が戻り始める。
声を潜めて噂をするように、ひそひそと、ざわざわと、動揺と混乱を隠しきれないような、疑問形ばかりの声色で。
そんな彼ら、または彼女らは、一つの方向に目を向けて何かを話している。
目線だけではなく、時折指すら差しながら。
その方向とは、もちろん僕の方。
彼女のワンマンショーであるはずの舞台に、あろう事か何故か男が上げられたとあっては、疑問が尽きないのも無理はないだろう。
だって、僕ですら何故彼女が話しかけてきたのかも分からないのだから。
そうして、ここに居る全員が全員僕の方を向いて噂話にふけるという、最高に居心地の悪い状況が出来上がる。
しかし、ここから離れる気にはなれない。
本当に、死ぬほど疲れたから。
何故かは分からないが、フルマラソンを走った後くらいに疲れた。
素性の知れない、何を考えているか分からない美女に迫られるというのは、かくもくたびれるものなのか。
精神が衰弱したように、へろへろとベンチに腰掛けた尻がずり下がった。
「おい……お前……!」
そうして精神力を使い切ってベンチにもたれる僕を、友人はゆさゆさと容赦なく揺さぶる。
「あの早瀬渚が、男に、自分から話しかけたぁ!?お前、何したんだ!」
鬼のような喧騒の友人に、いよいよ襟首を掴まれぶんぶんと振り回される。
知らない、そんなこと僕が聞きたい。
そう言い返す体力もなく、彼のされるがままにがくがくと頭を上下される。
「おい、聞いてんのか!一大事だぞ!早瀬渚が、男に興味を持ったんだぞ!これがどれだけ凄い事か……!」
──やめろ、シャツがちぎれる……。
何とかそれだけ絞り出して、僕はぐったりと力を抜いた。
そして、彼女との会話を反芻する。
ああ、やっぱり、どうしても。
興味が無いようなフリをしても、こうして彼女に話しかけられると、やっぱり好きにならざるを得ない。
だって、卑怯だ。
あんな色気と、美しさと、可愛らしさをぶつけられたら、無理だろう、そんなの。
「おい、おいったら!」
相変わらず発狂する友人をよそに、ふと思い出す。
──そう言えば、モーツァルトを鼻歌で歌ってたのに、ロックを聞いてたのか?
それはまた、音程もリズムも全然違うのに器用だなぁ……と朧気に思い、僕はそろそろ彼の手を振りほどく事にした。