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(写真は福岡市役所上空)

さて、2日野宿して・・・

と、いいたいところですが、手持ちが少々あったので、

3時以降はネカフェでかわしました。

ほとんどすべて無くなった、と言いつつ、

ノートPCに、スマホ、多少の現金と、

いま考えたらなかなかに豪華です。

この多少の手持ち財産がまた私に気づきをくれます。

それは、

人間が決めた物質的価値というものは、

どれだけ、減ろうとも、

どれだけ、増えようとも、

「失う不安」は絶対に消えないということです。

天気もよく、雰囲気的に、特に怖い感じでもなかったので

そのまま公園で寝ようかなと思ったのですが、

(ここで、このノートPCを失ったら、ほんとにアウトだ)

(スマホも、財布も、、、)

そんな気持ちが残っていて、

結局、野宿することが(熟睡してしまうことが)できない自分がいました。

でも、ホームレスのおじさんたちは普通に寝てる。

(僕もホームレスだけど)

自分はできない。

この差はなんだ??

と、しばらく考えていたのですが、はたとひとつ気がつきました

あ、そうか、何も持ってないから?

もちろん、おじさんたちもなにか持ってて平気なかたも

いらっしゃると思いますが、

自分は、手持ちを失うのが怖かったんですね。

なるほど。

この人間の決めた、物質的価値を僕が握っているかぎり

どこにいようと、何しようと一緒だ、と思ったのです。

そして二日目は、

人はどうして生きているのか(重っ)

生きてるだけで「価値がある」とはどういうことなのか

公園のハトをじっと見つめながら、

ずっと考えていました。

かなりやばい人です 笑

結論として、頭ではわからない、と。

それはそうだろうと思います。。。

というのも、

頭で、考えて理解できる「価値」とは、

人が考えだした、

人間の基準による「価値」です。

これは、どんなに少なかろうが、多かろうが、

失う恐怖が付きまとい、恐れから、作る、守る、行動になってしまうのだ、と。

そうではなく、人が思考しはじめる前の、

言葉がないころの、

ハトも、猫も、犬も、

地球にとって、生きているだけで十分な

「価値」

とはなんぞや??

そんなもの、

頭で考えたってわかるわけがありませんものね。

ただ、なんとなく、

地球と宇宙と、みんな生きていくうえで、

生命エネルギーとしてのつながりがあるんだろうな、

ということは感じたのです。

深夜の公園に集まる人たち、

笑い合い、なにやら警察ともめて?たり、踊ったり、

みな、それぞれ、おのおののエネルギーを、

地球と宇宙からもらい、そして、地球や宇宙に返します。


なにもしてなくとも、あったかい、やさしい

・・・・・・

ほんとうに、なにをしてもいいよ

どこにいってもいいよ

そしたらどうする?

この放り出された感じのとき、

意外と何も思いつかない。

なんてこった。

早朝、天神をぐるぐるしながら、

こりゃ、このままぐるぐるして終わってしまうなと。

そして、

気が付いたら、

秋葉原にいたのでした。


もしかしたら10年以上たってるかも、

ひさりぶりな秋葉原は、なんだかやさしく、おだやかに、自分を迎えてくれました。

駅で「このへんに公園ないっすかね?」ってお尋ねしたおじさん

「いやー、ないんじゃ?」と首をかしげながらも、

「もしかしたら、○○駅の横にあるかも?」

「おー!、行ってみます、ありがとうございます!」

「なかったらごめんね!」

って、申し訳なさそうな、、けど笑顔。

ありがとうございます^^

紫乃のアップデートはまだ時間がかかるようです。

お待たせしてるみなさまごめんなさい。

少々お待ちを。。。

秋葉原製作所で書いたほんとのほんとのワンドロ絵。

一時間だけじゃ、設定とかもろもろ、きっつい(笑

まだがまん。


途中の富士山がまた、パワー半端なし


・・・ to be continued

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