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お世話になっております。お受けしていたリクエスト作品が完成いたしましたので、FANBOXの方で先に公開します。(Pixivの方ではそのうち公開すると思います)


ヒロインは垂季(しずり)セラという名前です。相変わらず読めない名前ですみません🙇‍♂️

このお話のリクエストをいただいた時はちょうど攻殻機動隊の熱が冷めやらない時期だったので、イメージしているビジュアルが完全にミズカネスズカでした。そのあと色々あって完成まで一ヶ月ほどお時間をいただいてしまいましたが、その間にAV女優の水川スミレさんのポーズブック(https://book.dmm.co.jp/detail/k740aplst03166/)を見かけまして、最終的にはこちらにインスパイアされる形で完成まで漕ぎ着けました。びっくりするほどタイプな見た目でしたので、皆さんもそちらを見ていただけるとより捗ると思います。


リクエストしてくださり本当にありがとうございました🙏




**********






 駐車場に停車した自動運転車の中で、男は鏡に映る自分の姿を確認しながらネクタイを直す。朝から顧客との面会をいくつかこなしたその顔には疲労の色が隠せなかったが、目を閉じて深呼吸を何度かすると、すぐに精悍な表情を取り戻した。

 本日最後の面談。営業としての経験がいささか足りない彼にとっては、特に贔屓にしてくれる会社というのは幾分か心安らぐ相手である。車から降り、白を基調としたモノトーンな配色のモダンオフィスに歩みを進める。じりじりと肌を刺す初夏の太陽の熱は、ガラスドアを通り抜けることですぐに鳴りを潜めた。

 相変わらず静かだ、と男は心の中で呟いた。人っ子一人いないロビーは、微かに聞こえる空気の流れ以外の音がない。受付に座っている女性型ロボットも今日はいない。そんな場所に土足で踏み入っても何も言われないのは、入口の防犯カメラが顔認証の役割を果たしているからだと先方から聞いていたので、今更驚くことでもなかった。

 遠くの方からコツ、コツと、規則的な音が男の耳に入った。それは紛れもなくヒールの音で、男が期待に胸を膨らませるに従ってその音が大きくなる。果たして一人の女性が現れた。清潔感のある白のブラウスと、漆黒のタイトスカートに身を包んだ東洋系の美女が。黒縁のメガネの内側からは凛とした漆黒の瞳が男を捉えて離さず、何度も目にしているはずなのに射すくめられるような感覚に陥る。

 艶かしい光沢のストッキングに包まれたすらりとした脚は動きを止め、彼女は男に一礼する。鮮やかな紅が引かれた唇の内側から発せられたのは、脳髄を震わせるような透き通った声音。

「大変申し訳ございません。今しがた鉄河内から急用のため一時間弱遅れると連絡がありまして、百重様にご連絡させていただこうと思っていたのですが」

 申し訳ないとはいいつつも冷徹な表情は変わらず、声のトーンもいつもと同じ落ち着き払った様子から全く変化がない。ともすれば申し訳なさの欠片もないように思われる謝罪。しかし百重と呼ばれた男は彼女の美貌に気を取られ、そんなことは全く気にしていない。

「私がご用件を伺うことも可能ですが、是非百重様にお会いしたいという本人たっての希望もありまして。追い返すようで大変申し訳ないですが、都合が悪いようでしたら帰社を待たずに一度帰っていただいて構わないと鉄河内も申しておりましたので、また後日この埋め合わせをさせていただきたいと思いますが」

「い、いやいや。全然大丈夫ですよ、この後特に予定詰まっていないので。あー……えっと、もしここで待つことができれば、なんですけど」

「左様ですか。でしたら大変申し訳ないですが、応接室までいらしていただけますでしょうか」

 男は一も二もなく承諾すると、背中をくるりと向けた女の後ろについて歩き始めた。

 垂李セラ。年齢不詳。デザイナーでもある社長の専属秘書という立場であり、男が社長と面会する際には必ずこの女が傍に付き従っている。もう何度ここを訪れたかは分からないが、この場所に来るたびに毎度のごとく彼女と面会することになるので、否が応でもこの謎めいた女のことが気になり始めていた。

 知的な眼差し、ほとんど表情変化のない怜悧な美貌、170センチメートル弱の背丈にすらりと伸びる手足。彼女の言動どれを取っても無駄がなく、洗練し尽くされた完璧な女性。少なくともこれまでに目にしたどの女性よりも優れていることは間違いないと彼は確信していた。

 彼にとっては好意すら霧消し憧れに変わるほどの存在であったが、とはいえ前を歩く彼女のぴっちりとしたタイトスカートに包まれて左右に揺れる尻は、彼の内なる獣性をその箇所に向けるには十分すぎるほど淫靡であった。

 導かれた廊下の先には応接間があることを男は知っている。何度も訪れたその場所への道のりを先導した彼女は、重厚な木製のドアを開けて男を招き入れた。一人掛けソファに腰を下ろすと、いつも先方が座っている三人掛けソファが机を挟んで鎮座している。

「こちらでしばらくお待ちください。 ……ただいまお茶をご用意いたしますので」

「いえいえ、それには及びま……」

 彼女は「そういうわけにはいきませんので」とだけ言ってほんの少しだけ柔らかく微笑むと、後ろで結った黒髪を揺らして隣の部屋へと足早に去っていった。間も無く戸棚から何かを取り出す音が聞こえ、これから液体がカップに注がれる音もするだろうという自然な予測が立つ。そんな男の頭は、面談のことなどもはやどうでも良くなり、あの垂李セラという女でいっぱいになっていた。

 下の名前で呼ぶようになっても——というより、先方がそう呼ぶことを勧めたのだが——彼女のことを何も知らない。当然である。彼女が自らに関することを開陳した覚えはないし、事実として彼女はそれを一度もしなかった。

 見た目だけで言えば二十代後半くらいに思えるが、その実彼女の年齢すら男は知らなかった。彼が社長と初めて顔を合わせてから一年弱が経過したが、それより以前から社長の側でサポートしているとのことだ。それだけ大事にされており、かつ優秀であるということなのだろう。

 詮無い妄想をしていても手持ち無沙汰になり、時計の秒針を眺めていたところで、カーペットを踏みしめる静かな足音がこちらに近づいてくる。

「本当は鉄河内が帰社してからお出しする予定でしたが、しばらくございますので。お土産のシュークリームもございますから、後ほどお持ち帰りいただければと思うのですが」彼女が差し出した木製のお盆には、香り高い紅茶とレアチーズケーキが載せられていた。

「うわぁ……、これこの間ネットで記事になっているのを見ましたよ。毎日数量限定で、朝イチに行かないと売り切れになるとか。……恐れ入ります。ありがたくいただきます」

「この間スイーツのお話をされていたので、ひょっとしたらご存知かと思いまして。サプライズも兼ねてご用意させていただいたのですが、お気に召していただけたようで何よりです」

 クールな美貌にほんのりと笑みが浮かぶ。向こうにそんな気がないと分かっていても、美人に良い顔を向けてもらえるだけで幸福になるのだ。しばらくお待ちくださいと言った当の本人はソファーに姿勢良く腰掛け、まるで証明写真の撮影でもしているかのように硬直した。

 フォークでケーキを弄る僅かな音すらも大きく感じる空間で、男は目の前で座る美女にじっと見つめられる。普通の人間であれば世間話の一つでもするところだが、垂李セラは太ももの上で手を重ねたまま沈黙し、感情の無い瞳を無遠慮に男に向け続けていた。

「え、あの。セラさんも別に、仕事をなさっていても構いませんが」痺れを切らした男は、何か言わねばと思って咄嗟に思いついたことを投げかけた。

「本日の主要業務は全て午前中に終了しております。現在は待機状態で、逐次的に入る業務を処理するだけですので」

「まさか、毎日そうなんですか」男が冗談混じりに尋ねたが、当の本人は真顔で首肯した。どんな仕事をしたらそんな風になるのか男は不思議で仕方なかったが、デキる人間は凡百の及ばない能力を持っているのだろうし、考えるだけ無駄だと思った結果として感想を「すごいですね」の一言にまとめるのみであった。住む世界の違う彼女が、なぜ社長の秘書という立場に甘んじているのかは全く見当もつかなかったが。

「いや〜……、いつか行って買おうとは思っていたのですが、そんな時間は取れなくて。まさかこんな機会に食べられるなんて思っていませんでした。セラさんもスイーツ、お好きなんですか?」

「いえ、全く」

「え……」

「口に入れることはごく稀にありますが、鉄河内に提供する物の毒見程度です」

 はあそうなんですね、と男は無意識的に呟き、空になったカップにすぐさま熱い紅茶を注ぐ彼女をぼんやりと眺めていた。

 社長の命令か本人の意思かは知らないが、いずれにせよ自分の全く興味のないスイーツを買うためだけに朝っぱらから業務を放り投げてケーキ屋に並ぶ秘書。接待精神が凄まじい上に、そんなことをしても仕事をさっさと終わらせられるのは、もはや同じ人間なのかどうかすら怪しいほどに有能だ。

 超能力者、宇宙人、アンドロイド——そのどれであっても不思議ではない垂李セラのことを、これまでに何度も深く知ろうと試みたが、その全てが失敗に終わってきた。彼女個人に関する問いかけをすれば、「すみません、プライベートな話ですので」と拒否をされるか、逆に質問が飛んできたり曖昧な答えが返ってきて、気づいた時には巧みな話術ではぐらかされているのが常であった。

 仲が悪いわけではない。むしろ頑張って良好な関係を保っている方だと男には自負があったが、それでも一線引かれている感は否めなかった。彼女のことになると、途端に会話が続かなくなるのだ。極めて聞き上手でありながら、こと自分に関することから遠ざけるという意味では話し上手でもある。語弊を恐れずに言えば、彼女は限りなく無個性を装っている。家具も何もない、コンクリート打ちっぱなし部屋のような——

「甘いものが本当にお好きなんですね」

「え? ああ、はい」当て所もない思考を遮る声。彼女にしては珍しい自発的な発話を受けて、何を今更と訝しげな視線を送ると、セラは表情一つ変えずに口を開く。

「いえ、人間の表情を読むのは難しいですが、百重様のお顔を拝見しているとすぐに分かるのです。特に幸せな感情が」

 分かりやすい人間と言われているのかと一瞬戸惑ったが、少なくとも彼女は皮肉を言うタイプではないと分かっていたので、男は言葉通りの意味として受け取ることにした。

「恥ずかしながら、甘いものを食べるしか楽しみがなくて。しっかり休みを取りたいタイプなので、そうでないのが続くと近場で済ませられるようなものになってしまうんですよね。最近は外せない用事が続いてて……」

「最近なんかそうですね、マッサージのチェーン店あるじゃないですか。あれも結構見かけるんですけど行ったことなくて、帰宅途中に前を通ると行きたくなるな〜と思っちゃって」

 ——全身揉みほぐされて、気持ちよくしてもらいたいなぁ。

 饒舌になった男がそう口にした刹那、彼女の口から聞いたこともない、叫びとも驚きとも似つかない声が飛び出る。見開かれた瞳は男を捉えて離さない。すわ失言か、何か逆鱗に触れてしまったかと心配する男。ほんの数秒、しかし体感としては非常に長く感じられた静寂ののち、彼女の「体内」から彼女のものとは異なる女性の声が部屋に響き渡る。

《指定コード004を確認しました。これより簡易慰安モードAに移行します》

 その直後、彼女は男の前で初めて眼鏡を取り去った。男が彼女の発した言葉の意味を理解するより先に、これまでに目にしたことのない彼女の素顔が接近する。長いまつ毛、整った鼻筋、傷一つない陶器のように滑らかな肌、そして艶めくルージュ。唇と唇が柔らかな衝突を起こした瞬間から、濃厚な口付けのプロセスが開始される。

 にゅるりと唇をかき分けて侵入してきた女の舌は、歯肉をくすぐる動きで油断させたエナメル質の防壁を容易く乗り越え、その奥の舌に優しく触れる。

 舌先を小突いて挨拶をしたかと思えば、蛇がトグロを巻くように長い舌が巻きつく。巻き付いた舌は前後にずり、ずりと動きながら、にゅむにゅむと軽く舌をマッサージをするように収縮する。

「あむっ、ちゅ、ん……んん♡ じゅる、じゅる……。ぬろろ……」

「ぷはぁっ……! セラさん!? いきなり、んむぅっ……」

「んん……♡ ぢゅるるっ」

 彼女は一瞬の呼吸の猶予を男に与えると、有無を言わさず再びむしゃぶりつく。自分の柔らかな体を男に擦り付けながら理性を溶かす。胸板に当たるDカップほどの乳房。股間をきゅっと甘やかに締め付ける内腿。すりすりと衣擦れの音が耳に入り、男は脳味噌がドロドロに溶かされていくような感覚を覚える。

 彼女は濃密な接吻と並行し、男のベルトをワンアクションで速やかに外し、スラックスのホック、加えてチャックをも取り外す。性器を剥き出しにするのに邪魔な物を取り去るにはどうすればいいか、その最適解を予め計算していたかのような手つきは、機械的な正確さで布一枚だけにしてしまう。

 しかしその手はすぐには皮膚に触れない。布の上からぬるりと這い回る滑らかな手が、陰茎を優しく撫で回す。単なる化学繊維の布が、突如としてシルクの肌触りに変わる。

「ああっ、う……」

 女性的なほっそりとした指が、次第に硬さを増す男性器の上を優雅に舞う。それはまるで、長さや太さを吟味しているかのような淫靡な手つき。彼女はじっと男の瞳の内側を見つめながら、ねっとりとした手技で男を焦らし、そして追い詰める。

「ん……。ふふっ♡ ちゅっ、ちゅっ。はぁむっ♡ じゅるる……♡」

「ど、どうしたんですかセラさん?」

 その言葉に彼女は口元を緩ませる。普通の笑顔とは違う、どこか淫猥な雰囲気を浮かべた、しかし作為的な微笑みを浮かべる。

《現在、簡易慰安モードAを実行中です。当機にお任せいただき、性処理機能を堪能していただく標準的なモードですが、利用者様がお望みのプレイも実行可能です。なんなりとお申し付けくださいませ》

 普段の彼女らしくない、わざとらしい抑揚のついた声音によるアナウンス。先程の「指定コード」と併せて、彼の心の中では目の前の女性が「機械」であることが確信に変わった。

 基本的にはこういった場所に用いられるビジネスアシスタント用の秘書型アンドロイドは、デフォルトの個性が設定されていない。彼女が個人的な事情について話したがらなかったのも、趣味がないのも納得できる。

 男性器が萎えないようにすりすりと局部を触り続け、セクハラじみた卑猥な動きで誘惑を続ける彼女は、いつもの冷徹な雰囲気とはガラリと違い、落ち着き払いながらもうちに秘めた欲望に駆り立てられた痴女のように思える。

《何かご要望はございますか?》沈黙している時間が設定された一定の基準を超えると、彼女は奉仕をさせてくれと言わんばかりに健気に尋ねてくる。艶かしく熱っぽい吐息が男の鼻腔に生温かい痕跡を残して通り抜け、二本の指はてくてくと歩くように悪戯っぽく裏筋をくすぐる。

 数秒の逡巡。秘書型アンドロイドは男の様子から発言内容をランキングする。次に何を言うか、それに応じてシナリオをどう変化させるかを先回りして何通りも計算する。口をぱくぱくとさせながら、男はそのうちの一つを選び取った。

「……じ、じゃあ、フェラ、してくれますか?」勇気を振り絞った男に、機械仕掛けの女神はあらかじめ用意していた表情筋動作パターンを反映し、慈愛の籠った微笑みと認識されるであろう表情を作る。

《かしこまりました》

 彼女は恭しく跪くと、男の下着を脱がせて陰茎を目の前に据えた。外回りを続けた午後四時の男性器は汗ばみ、むわりと男の香りが立ち上る。彼女はそれに嫌な顔一つせず、上品で凛とした表情を保ちながら男の竿に柔らかな口付けをして挨拶した。

「ちゅっ。ちゅうっ。ちゅ、ちゅっ。つぱ、つぱ」

 潤いを帯びた唇による献身的な奉仕。弱い刺激が与えられるたびに、顔の輪郭に沿って垂れ下がった彼女の髪がふわりと可愛らしく揺れる。睾丸付近から竿の根本、裏筋、カリ首、そして亀頭の先端に至るまで、唇、そしてそこから僅かに忍び出た舌先が満遍なく触れる。

 十分に唇で愛撫したところで、彼女は次のフェーズへ移行する。艶やかな唇を開くと、普段では絶対に見ることのできない彼女の口腔内が露わになる。口の中で温められた人工唾液がどろりと糸を引き、熱を帯びた吐息が陰茎に吹きかかる。まるで目の前に獲物を差し出された肉食獣のように、淫靡な照りを帯びた舌が男の最も敏感な部分を待ち侘びている。

 ——すぅ……♡ はぁ……♡ んっ、はぁ……♡

 彼女は再びゆっくりと顔を近づける。陰茎の先端が唇、そしてその内側の柔らかな粘膜に触れ、ぱくりと食べられた亀頭はみるみるうちに女の口の中へと隠されてしまう。徐々に顔を男の股間の茂みに埋めるように、彼女は淀みない動作で陰茎を飲み込んでしまった。

 どろどろで熱い口腔内に囚われた男の肉竿は既にビクビクと震えていたが、彼女はすぐに動き出さない。唾液の絡みついた触手のような舌はぬろぬろと蠢き、肉竿の表面をゾリゾリと這いずり回る。睾丸で精子を熟成させるように、スローな刺激によってまずは焦らしながら性感を高めているのだ。

「ぢゅうぅぅぅぅ……。ぢゅるるる……♡ ぢゅる、ぢゅる……」

 カリ首の段差をゴシゴシを磨き上げるように何度も舌をにゅく、にゅくと動かす。この間彼女は頭部を一度も前後に動作させていない。喉奥はキュッと締まっては弛緩することを繰り返し、竿全体に対する舌攻撃と併せて亀頭もまったりと愛撫し続ける。

「ちゅっ……。はぁむっ♡ じゅるるっ、じゅぽっ、じゅぽっ」

 一分間ほど口腔内でペニスを弄んだ後で、彼女はようやく顔を前後に動かし始めた。特に過剰な刺激を与えることのないオーソドックスな奉仕。頬肉の粘膜が竿に擦り付けられ、亀頭を撫で回し、カリ首をくすぐる。舌を波打たせるようにしながら裏筋を可愛がり、頭を少し傾けて変化を織り交ぜる。

「ぐぷぷぷっ……、ぐぽっ。くぽくぽ……」

 バキュームを効かせる下品な音もお構いなく、彼女はリズミカルに頭部を前後に動かす。同じ会社が製造したセクサロイドたちが収集した膨大なデータを元に訓練された彼女の口淫は、押しと引きのバランスを保ちながらすぐに絶頂へと導かせず、じわじわと男を追い立てる——はずであった。彼女の大きな誤算は、男がこの異常な状況下で、理想の女性にフェラチオをしてもらうことに対して過剰な興奮を抱いているという文脈を考慮していなかった点である。

 膝がガクガクと震えていることに気づいた彼女は上目遣いに彼の表情を確認し、彼の限界が近いことを認めた。このまま低刺激なものに変更して引き伸ばすか、それとも一直線に絶頂に向かわせるかという選択をとることになったが、彼女はわずか数秒のうちに後者を選択した。それはすなわち、情け容赦のない苛烈な責めが行われることを意味していた。

 決壊寸前でなんとか耐え凌いでいた堤防にさらなる水が押し寄せるかの如く、彼女の攻撃は激しさを増す。これまで手加減をしていたということを隠しもせず、彼女は短いストロークでぐっぽ、ぐっぽと音を立てながら顔を前後に揺らす。

 竿に両頬の粘膜、そして舌がこれでもかと言わんばかりにずりゅずりゅと擦り付けられ、男は叫び声を上げることもままならない。朦朧とした意識の中、本能に従って彼女の口腔内に無遠慮に吐精した。大量の液体が口腔内になだれ込んでも、彼女はむせることなく淡々とそれを飲み込んでゆく。

「んんっ♡ んく、んく。んっ……♡」

 あまりの快感に腰が砕け、立っていられなくなった男は重力に従って膝を折った。彼の体勢が不安定になりつつあることを察知したセラは男の腰から尻にかけて優しく手を回し、自らの顔面を男の股間に押し付けて前後から支えると、位置が下がる男のペニスを追従するように体を前に屈ませる。

 咽せるような雄の香りが彼女の鼻腔に入り込むが、それは嗅覚センサーによって機械的に処理される一つのデータに過ぎず、彼女の奉仕に何ら影響を与えない。力の抜けた男の全体重を細腕で支えながら肉茎のマッサージを続行するという人間離れした芸当をこなしながらも、彼女は苦悶の表情一つ見せず平然としていた。

「ちゅるっ。ちぅ、ちゅぅっ、んくっ。あむ、にゅむっ……。にゅろろ……♡」

 尿道に残った精液をバキュームしながら優しく吸い出す。彼女の口から陰茎が解放されると、残り汁がぴゅるっ、と飛び出し、彼女の唇を汚した。それを指先で拭うと、指を咥えてにゅく、にゅくと舐めしゃぶる。再び顔を現した人差し指は、ローション様の人工唾液によってペニス同様にぬらぬらと光沢を帯びており、男の視線がそれに釘付けになっているのを察知したのか、彼女はにんまりと卑猥な笑みを浮かべて誘惑するのを欠かさない。

 透明な液体が漏れ出た鈴口をはむはむと唇で撫でながら、彼女はあらかじめ設定していたシナリオに従って追加の性処理が必要がどうかを問いかけた。

《お疲れ様でした。性欲処理を続行されますか?》

「あ、あのっ。セックスって、できますか?」男は遠慮せず、欲望のままに問いかけた。

《はい、もちろん可能です。現在、当機の女性器ユニットは清潔に保たれていますので、どうぞご自由にご利用ください》

 彼女は突然スカートのホックを外し、それを極めて丁寧に畳んで床に置く。あまりに素早い行動に驚く男を尻目に、女性型ロボットは更にそのストッキングを脱ぎ、白のショーツまでも脱ぎ去ってしまう。

 ものの数十秒で下半身を丸出しにした彼女は、男の前で直立不動の体勢を取る。よく見ると大腿部は体格の割にがっしりとしており、鍛えられたアスリートのもののようにも思える。ハイヒールを履いて走ったり屈んだりする動作では全くぐらつかない程度の強靭な脚は完全に左右対称で、そこから上に目を遣れば芸術的な美しさを湛えた鼠蹊部と、なだらかな膨らみの下に一筋の割れ目が鎮座している。

 男に凝視されても全く動じない彼女は、逆に一歩歩み寄った。その動きはまるで自らの肢体を男にもっとよく見てもらいたいと主張しているかのようである。

「あ、ちょっと待ってください、あの……」

《はい、なんでしょうか?》

 手で股間を隠すことなく、デフォルトの微笑みを浮かべて待機する彼女。男は躊躇なくその股間に手を伸ばす。いわゆるパイパンの彼女の股間は、指先でなぞるとふんわりとしており、女性の陰部に触れたこともない彼はその滑らかで人工的な偽の感触に一瞬で虜になってしまう。

 男は人差し指と中指で大陰唇をかきわけ、その内側を覗いてみた。健康的なサーモンピンクの粘膜。勃起した陰核があり、そこに触れるとじゅわっと透明な液体が膣の奥から機能的に滲み出てくる。

 彼女は男が触りやすいように配慮し、彫像の如く下半身を微動だにさせずにいた。男は彼女の表情を盗み見たが、にこやかな表情が全く変わらず逆に恐怖を覚えた。男は興味本位に二本の指を雌穴に突っ込んでみた。とろとろとした粘液でコーティングされた内壁が男の指に反応してきゅっと収縮し、準備運動とばかりにその指に対して愛撫を開始する。

「気持ちいい……」

《当機が備える女性器ユニットは、エピックシンス社で製造された『女神のぐちょ濡れふわとろ☆トルネード』で、大手レビューサイトの平均評価星4.6を獲得しております。ねっとりと吸い付く挿入感と、隙間なく敷き詰められた突起による高刺激、さらに亀頭を優しく包み込みながら甘く刺激する、通称『女神の吸盤』は、先行モデルから改良を加えられ、性処理時の満足度向上に貢献しました》

《また、感圧センサーの機能向上により、随時可能だった膣圧の変更がより繊細なものになりました。製品の品質改善のために、ご利用後に簡単なアンケートにお答えしていただきたいのですが、よろしいでしょうか?》

 彼女は聞いてもいない下品な名前の商品解説を行いながら、にこやかな笑みを浮かべたまま段階的に膣圧を変更し、自らの機能を見せつける。ぐにぐにと膣壁を蠢かせながら淫らに人工愛液を垂らし、自分に搭載された機械仕掛けの膣のレビューをしてくれと頼むアンドロイドを前にして、男に正常な判断が下せる訳が無い。唯々諾々として命令に従い、首をかくかくと振る哀れな男に、彼女は《ありがとうございます!》と元気よく感謝の言葉を述べた。

 ぐぽぽ……。にゅりゅっ♡ くちゅ、くちゅっ……。ぷちゅ♡

 男の指が蜜壺を弄る淫靡な水音が応接室に響き渡る。つぶつぶザラザラとした膣壁は、指の腹で撫でているだけで心地が良い。ねっとりと吸い付くように絡みつきながら指先のマッサージを行うその箇所と、デフォルトの笑顔を浮かべたまま美しい股間を曝け出して仁王立ちする女の構図は、女の意思とは関係なく動いている器官であると言われてもなんの疑いようもないほど卑猥なギャップに満ち溢れている。

「あ、あの……」

《はい、なんでしょうか?》男の声に反応し、作られた笑みを向ける女性型ロボット。男は完全に「人間」として見做していた彼女の姿を忘れ去り、都合よく自分の言うことに従う高性能な人型の機械として認識していた。だからこそ、彼は人間に対してであればまず言わないであろう問いかけをすることに躊躇いが無かった。

「イった時の膣内の動きって、どんな感じですか?」

《はい。絶頂時の膣内動作を演示します。『……んんっ、あっ、あぁっ……。ん♡ イクっ、イっちゃうぅ〜……っ!』》

 ビクビクビクっ! と彼女の体が震え、膣内部が精液を絞り出すようにうねる。普段であれば絶対に出さないような媚びた声音を出しながら、垂李セラという名のアンドロイドは人間女性が絶頂に至るまでの五秒間を正確にエミュレートしてみせた。聞いたこともない官能的な声音や、指で感じた強烈な刺激。男のペニスがギンギンになるのも無理はない。

「す、すご……」

 AV女優顔負けの演技力を見せたロボットの膣内から指を引き抜くと、それはしっかりとふやけていた。男はいたずら心から彼女の口元に指を持っていくと、彼女は何が期待された行動であるのかを速やかに演算し、蕩けた笑顔を浮かべてそれをちゅぱちゅぱと舐め始めた。

「んっ……。ふふ……♡ ちゅぱっ……、ちゅっ、れろれろ……♡」

 早く自分のモノをその場所に入れて、指で体感した感覚を味わいたい。その衝動に駆られ、男はセラに対して机に突っ伏し、尻を突き出すように命令する。従順な彼女はモデル体型のスレンダーな脚を男の腰の高さに合わせて開き、指で陰裂を開いて見せつけるサービスまでも行ってみせた。ひくひくと蠢いて男を誘う秘裂を前にして理性のタガが外れた男は、遠慮なく自らの剛直をねじ込んだ。

 ぐぷぷぷぷっ……。

 熱い膣内をかき分けるたびにどろどろの粘液が肉竿に絡みつき、みっちりと配置されたヒダがぞわぞわと亀頭を絶えず刺激する。雌の穴に自分のモノを根元までねじ込むと、男は快楽のため息を漏らした。

《んあぁ……っ♡》

 女の口からわざとらしい嬌声が漏れ出て、後ろで突き上げる男の脳髄を効率的に震わせる。自分が感じる快楽以外のことに関する思考が完全に麻痺した男は、そのままゆっくりとピストン運動を開始した。

「あっ、あぁっ……。やばっ、腰がと、止まらないっ……!」男は投げ出されていた女の細い手首を掴み、思考を完全に放棄した状態で腰を乱暴に打ち付ける。

 耐久力に優れた事務用モデルであっても、背後から何度も疑似膣内を突き上げられる用途に関してはセクサロイドに及ばない。にもかかわらず、後ろから無茶な力で引っ張られることで抵抗虚しく背中がわずかに反り返り、尻肉には男の股間が何度も繰り返しぶつけられてぱちゅん、ぱちゅん! と高らかな音を立てる。

《あぁんっ、もっ、もっとっ♡ 優しく、してっ……♡ あんっ、壊れちゃうぅっ♡》

 「ふわとろ」などと称していた彼女の人工膣も、今となっては欲しがるように涎をダラダラと流し、その上グイグイと遠慮なく陰茎を締め上げるだけの肉壺と化していた。男の要求に応えるために自在に膣圧を変化させられる膣穴は、そんな技巧などもはや必要とされず、愛の無い乱暴な性行為を遂行するためだけに強刺激のパターンを淡々と与えていた。

 温かくヌルヌルの膣内を、男の象徴が何度も往復する。ビクビクと痙攣を繰り返しながらギュッと男根を締めつけ、かろうじて残る「ふわとろ」の残滓である柔らかなヒダとイボが甘く吸い付く。亀頭をふんわりと受け止めて病みつきになる快感を与えるはずの「女神の吸盤」はただのクッションとなり、この場においては加減を知らない男が負傷するのを防ぐためだけに機能するのが限界だ。

 彼女は背後にいる男の息遣いや膣内のモニタリング結果から、男の満足度合いを定期的に算出し、それに合わせて射精をコントロールしようと必死にもがく。しかしいくら彼女が優秀とはいえ、想定されていない過負荷が持続的にかかることによる障害が無視できない物になり始める。

 まずは男に見えないにもかかわらず行っていた表情変化を停止させ、口からは艶かしい喘ぎ声をあげながらも全くの無表情という様相を呈することになる。さらにその喘ぎは事前に設定されたパターンに従った単調なものになり、膣内刺激に応じて生成していた喘ぎ声がなくなったことで、インタラクティブな性行為は耳元で喘ぎ声を垂れ流しながら行う自慰行為と等価になった。

 やがて膣内の動きも大味なものに変わっていくが、理性を無くした男は全くそれに気付く様子がない。限界を迎えかけた彼女は、エラーメッセージも吐かずに最後まで「高性能ダッチワイフ」としての責務を果たしながら男根をきゅうきゅうと締め上げ、男を放精に至らしめた。

 白濁液が彼女の女性器ユニットに大量に注がれる。効率的にヒダを動作させ、内部の圧力を緩やかに変化させることによって尿道内の液体や放出された液体を自動的に彼女の処理系へと送り込んでゆく。

「ふぅ……」

 我に返った男が机に突っ伏す彼女の手を解くと、その腕はずるりと力なく垂れ落ちる。ぐぽっ、と音を立てて引き抜かれた陰茎は、人工膣によってもみくちゃにされたことで、これまでに見たことがないほど赤らんでいた。女性器と男性器の間で透明な粘液がねとぉ……と伸び、卑猥な橋を掛けて水滴が垂れる。

 快感の余韻に体全体をぶるぶる震わせた男の側でぐったりとしていた彼女の肉体が、次第に重力に従ってずるずると床へと引っ張られてゆく。膝をついた彼女は横からの支えがなく、そのまま床にどさりと倒れ落ちる。上体のみ仰向けになった形になるが、ブラウスで覆われた双丘は微動だにしない。男の方に向けられた半円形の美尻。むっちりとした尻たぶの間からは、先ほどのまぐわいの名残がとろりと垂れ落ちて床を汚している。

「あ、あれ。セラさん?」

 男が彼女の顔を覗き込むと、本来中央に位置しているはずの黒目がどちらもあらぬ方向を向いていてしまっていた。パーツごとの造形は完璧な美女のそれであったが、最も人間性を表現するはずの瞳があまりに狂った方向を向いており、ただの「モノ」と化した垂李セラの表情は本能的な恐怖をもたらすには十分すぎるほどであった。

「ひっ……!? や、やば……。壊しちゃったかな……?」男は思わず息を呑んで後退りしたが、やがて微かな駆動音とともに彼女の眼球がぎゅるりと一回転して「正しい」場所に戻り、瞳孔が機械的な音を立てながら収縮を繰り返し始めた。

 ジー……。ジー、キュィイ……チチチチチチ……。

「指定コード004が予期せぬ理由により終了しました。セーフモードで起動準備中です。当該機体から離れてお待ち下さい」彼女の口は動いておらず、体内からハキハキとした明るい女性の声でアナウンスが流れる。彼女の内部機構が稼働し始める低い唸りが聞こえ始める。横たわった状態で微動だにしないまま、彼女は再び喋り出した。

「セーフモードで起動します。並行してセルフチェックを開始。内部駆動系に一部異常が認められますが、基本動作に支障ありません。状況整理開始……完了。秘書人格の正常呼び出しに成功。行動フロー構築完了」

 胸元は上下し始めて擬似的な呼吸を開始し、彼女は横たわった状態から人間のように自然に手をついてゆっくりと立ち上がる。自分の体に目を遣ると、まずは液体の塗りたくられた陰部を何の感情もなく見つめた。力なくぐっぱりと開いていた割れ目が固い貝殻のように自動的に封鎖され、更には膣内の蠕動運動が開始し、一時的に中断されていたクリーニング機能が再開した。

「……えーと、セラさん?」

 男の呼びかけを完全に無視し、セラは視線を床に落とした。散乱した衣類がつい先ほどまで自らが着用していたものだと認めると、一対の眼球型カメラはシンプルな白のショーツを捉えた。彼女の優秀な人工知能がこの場でまず取るべき行動として選択したのは、人間の男性を前にして露出した自らの下半身を覆い隠すことであった。

 秘書型アンドロイドはショーツを拾い上げると、股間がべとついているのも全く気にしていないかのようにそれを速やかに穿き直し、自らの「機能」を封印した。それから黒のストッキングを慣れた手つきでするすると身につけると、さらにタイトスカートに脚を通し、めくれた裾を正した。

 異性が目の前にいると知っているにもかかわらず、彼女はまるで面白味のない単調な作業のように着替えを続ける。恥じらいといった感情を表さないのは、表象する手段を持ち得ないのではなく、単にその必要性がないと判断したためだ。淡々と生着替えを男に見せつけた後で最後に眼鏡の位置を調整し、男をいつも通りの冷たい目でじっと見つめた。

「緊急事態のため、私の自主的な判断で指定コード004のトリガー発動を一時的に停止しました。なぜこの存在を知っていたのですか?」

「え? あ、いや。あの、あれは話の流れで偶然に、というか、セラさんがアンドロイドだって知らなかったし……」

 彼女は普段と全く変わらない表情をしているが、このように詰問される状況下において、男は彼女の語気に怒りや軽蔑の念が滲んでいるかのように感じていた。目の前にいるのが女性型ロボットで、さらに理論的思考力や対話能力に秀でた秘書型であるという事実を踏まえて責められると、ただの人間がどう言い訳をしても勝ち目がないように思えてしまう。

「それだけでなく、私に対して性的暴行を加えましたね?」

「あ、あれも最初に手を出したのはセラさんで、不可抗力というか……、だって、誘ってきたのはセラさんでしょう?」

「私が最初に行動を起こしたのは紛れもなく事実です。しかしその後の性行為では百重様が主体となって行動していましたよね? 必要であれば、百重様から私に止めるよう要求できたはずなのに」

「それは、そうですが……」

「他者の所有物を故意に汚損したと認めたということですね。……承知しました」

 言質を取った彼女は速やかに次の行動に移り、足早に男の横を通り過ぎようとする。男はその先に電話があるのを目にした。アンティーク調の見た目のそれを、男はただのインテリアだと今の今まで思っていたが、そこに向かうということは——

「ま、待ってください。社長に報告するんですかっ?」声を上擦らせた男は彼女の手首を咄嗟に掴むが、暴漢対策が標準機能として搭載されている彼女はいとも簡単に手首を捻って男の手を振り払ってしまった。

 きっとあれが社長のホットラインなのだろうと察した男は彼女の前に立ち塞がるが、彼女は無表情で沈黙を貫いたまま男の脇をすり抜けてゆく。男に背を向けた彼女は流れるような動きで受話器を取り、ボタンを押し、登録済みの番号に一瞬でかける。

 手段を選ぶ余裕がなくなり、男は彼女に後ろから羽交い締めにした。元はと言えばこのロボットが誘ってきたのに、どうして俺がこんな窮地に立たされているんだ。冷静になった男の頭に、この状況に対するやり場のない怒りと、焦りや保身がぐるぐると駆け巡り始める。

「くっ、この……」

 男の脳内はどうやってこの女性型ロボットを止めるかということで一杯になっていた。アンドロイドは受話器を握りながら男の拘束から逃れようとジタバタし、腕をスッと上げてしゃがみ込もうとした。しかしそれに気付いた男は先んじて乳房をガシッと鷲掴みにする。この女の形をしたモノがいくら人間的な受け答えをする存在であろうと、もはや人間でないと分かった以上、男の行動は無遠慮なものにならざるを得ない。

 理性的に交渉をすることや、電話のフックスイッチを押せば良いことなど頭になかった。体を受話器から引き剥がそうとしても、内側から腕を振り解こうとする膂力は人間のそれよりも強い。肉弾戦ではどうにもならないと思った男は、自分もろとも後ろ側に倒れてしまおうとした。

 重心が不安定になった彼女はなんとか支えようとするも、成人男性二人分の体重に細いピンヒールは耐えられずにバキッと折れ、彼女は受話器を取り落としてしまう。膠着状態は打開されたが、男はその後のことを全く考慮していなかった。

「うあっ……」

 後頭部に地面が近づく。まずいと思った時にはもう遅く、男は暴れる彼女の体に腕、そして脚を絡ませ、ひしと抱きついたまま防御の体勢を取ろうとして背中を丸めた。

 しかしその刹那、完全に予想外のことが起こった。彼女と男の体がくるっと回転し、下になった彼女は鈍い音と共に頭を強打したのだ。女性型の機械がこの状況において何よりも優先したのは、自らをその体液で汚した人間の保護であった。

 セラの体は衝撃を受けた瞬間に電撃が走ったようにビクンッ! と跳ねた。強い衝撃を受けた際には安全確保や誤作動停止のために一時的に機能が停止する仕様であり、肉の盾としての任務を果たした女性型ロボットは外部からの操作を待つ状態に移行する。

 空調設備が停止し、空気を吐き出す力が次第に弱まるような音が彼女の体内から響くと、彼女の腕や脚から力が抜けてゆく。目は見開かれ、最後の抵抗のように弱々しく動いていた十本の指も、ぎこちなく反り返った後は関節の繋がりに自然な折れ曲がり方をして動かなくなった。開け放たれた唇からは、透明な唾液が重力に従ってつうぅ……と糸を引いて垂れ下がる。

 セラの体に覆いかぶさっていた男は飛び起きるようにして彼女から離れた。人を殺めたことはもちろん、人が死ぬ光景に立ち会ったことがない男でも、これは間違いなく「死」を意味する動きだと本能的に感じ取られた。たとえ目の前の女の中身が全て機械であると分かっていても、脳内を埋め尽くす恐怖と焦燥はこれから自分がどうするべきかという思考を鈍らせてしまっていた。

「もしもし。……もしもし? おーい、セラ? セラ、どうしたんだー?」

 だらりと垂れ下がった受話器から、社長の声が聞こえる。間延びした社長の声で呼ばれるセラは、床の上に横たわったまま微動だにしない。男は声も出せずにおろおろしたまま、自分の足元を見つめることしかできなかった。

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