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解放されたのはなんと翌日。私は魔法少女のフィギュアになったまま眠らなければならなかった。身動きのとれない苦しみがここまで辛いなんて。ひょっとしてルナは私に仕返しするために……いや。ルナはただのAIだし、ポーズ中は止まってるから苦しみなんか味わわないはず。ルナはきっと、人間は固まっても意識が途切れないということが、動けないと苦しいということがわかってないんだ。 「ルナ! もう私にポーズライトを使わないって約束してよ!」 「だーめ」 ルナはまるで幼児の我儘をあやすかのようなノリで否定し、淡々と私を脱がしにかかった。私は昨日と同様、自動的に万歳をして、ルナの前でプルプル震えることしかできなかった。 「ケイト! ケイト!」 ケイトは私をチラリと見下ろした。見下ろしただけだった。私がルナを停止させるよう言っても反応しない。フィギュアクリームの洗浄を指示しても、返事すらせずに家事を続行する始末。 (こ、こんなのありえない……故障?) メイドロボはマスターの人間の命令には必ず従うはずなのに……。どうして無視されるの? 声が届いていないってことはない。反応してるし。でも言うことをきかない。そもそもルナだってそうだ。持ち主を言うことは絶対のはずなのに。今は逆に、私がルナの言葉に操られている状態……。 「そうだ、いいものがあるのよ。ケイト!」 ケイトはルナの指示には従い、こたつの上に大きな容器を置いた。 「それは……」 「昨日のマスター、とっても可愛かったわよ。でもね思ったの。髪の色を変えたらもっと良くなるんじゃないかって」 「えっ」 思い出した。ルナの髪を染めるのに使った、フィギュア用の染髪剤じゃない。 ルナはピンクの瓶を取り出し蓋を開け、私に頭を突っ込むよう指示した。 「じょ、冗談やめてよ! ピンクなんて……」 私の体は意志に反して歩き出し、私は髪を束ねて瓶の中に顔を突っ込んでしまった。 (やっやめて!) 嫌だ。ピンク髪なんてやだよ。漫画やアニメのキャラクターじゃないんだから。私は人間なの、いい年してそんな色……。んん……だめ……頭を上げられない……。 数秒後、私は蛍光色の液体から顔を上げた。全ての動作がクリームのナノマシンによって制御され、私の意志が介在する余地がない。 「ほうら、とっても可愛くなったわ」 「あ……あ……」 鏡に映っているのは、まさにフィギュアそのものだった。ピンクの髪がアイドル衣装と合わさって、何かのキャラクターにしか見えない。人間だなんてまったく思えない。ましてや自分だなんて。 「元に戻して! こんな髪じゃ外に出られないわ!」 いい年した大人が髪をピンクに染めてアイドル衣装を身につけ、あまつさえ笑顔でポージングなんてしていたら、痛々しいコスプレおばさんにしか見えない。例え見た目は美少女フィギュアだとしても、ひとたび人間だと知ればみんなそう思う……。 「ん~そうねえ。右手はほっぺにあてて……そうよそんな感じ。左手はマイクを持ちましょう。はいどうぞ」 私はまた笑顔で媚びたポーズをとらされた。言われるがままに小物を持って、指示通りのポージングを整えていく。表情さえルナの指示に逆らえない。誰かがこの様子をみたら、ノリノリでやっていると勘違いするに違いない。 「ルナ、お願い」 「はい、じゃあ台座にいって」 私はまた、あの悪夢の場所に移動し始めた。止められない。足が止まらない。 「ルナーっ! もういいでしょ! ポーズライトは駄目! 私は人間だから、すごく苦しいの!」 いくら叫んでもルナは中止しなかった。私は再び、自分のフィギュアコレクションの中央に加わり、媚びた格好をとらされた。 「はい、ポーズ」 必死の懇願も空しく、私はポーズライトを浴びて、髪先から足のつま先まで、全てが瞬時に硬化した。やっぱり駄目だ。全く動けなくなっちゃった……。 ルナは私に近づき、「いい子いい子」とこぼしながら、カチコチに固まった私の頭を撫でた。髪の毛一本たりとも、隊列を崩さない。まるっきり出来合いのフィギュアだ。おまけに髪をピンクに染められたせいで、昨日にも増してフィギュアっぽさ、作り物っぽさが急上昇している。今の私を見て「縮んだ人間が固められているのかも」と発想できる人、本当にゼロだろうな……。 (ああっ、もう……何なのよ……) そもそも、この台座で固まる指示に従わされるのがおかしい。まだ二回目なのに。学習なんかしてるわけないんだ。髪を染める指示だってそう。着せ替えに付き合わされるのはまだしも、どうしてやったこともない指示に従わされるんだろう。人間に塗ったせいで挙動がおかしくなっているのだろうか。それとも……。 (あっ……ま、まさか……) 恐ろしい可能性を見出した。私が学習したのは、着せ替え遊びにつきあうことではなく……ルナの指示に従うこと!? (も……もしこれが合ってたら……。わた、私、本当にルナのお人形にされちゃうじゃない!) うう……。まさか、自分の人形に人形にされてしまうなんて……。まるっきり立場が逆転しちゃった。今までは私がルナを人形として可愛がっていたのが、今度はルナが私を……。 (い、嫌よそんなの! 絶対にイヤ!) 人形に幼児みたいに接されたあげく、反抗もできない従順な玩具として扱われるなんて、そんな惨めなことがあるだろうか。 余りの悔しさに涙が滲んだ。あのルナが、あんなに可愛かったルナが、今は恐ろしい悪魔にしか見えない。 (ケイト……ケイトは助けてくれないの……) ケイトもおかしい。昨日から私の指示をきかない。……いや、でも、よくよく思い返してみれば、その前からちょっと反応が鈍っていたような……。それに、私がルナの指示をきくことを学習したからって、ルナが人間に歯向かえるようになるのはおかしい……。 「ほぉらマスター、みてみて。可愛いでしょう」 ルナが鏡を携え私の視界に戻ってきた。鏡を横に倒して、棚に飾られている私とフィギュアたちを映し出した。 (……や、やっぱり……!) 想像通り、私はフィギュアコレクションの中に違和感なく溶け込んでしまっていた。体の質感、色合い、髪の表現、全てが同じ。カラフルな髪の色までも……。 (うう……わ、私、ホントにフィギュアにされちゃってる……そんな……) 同時に、ルナやケイトが私の命令に従わなくなった理由が何となく察せた。鏡に映っているのはまごうことなきフィギュアだ。人間が……本人が見てもそう思えてしまうんだから、AIに区別がつくはずなかった。二人はいつの間にか、私を人間ではなくフィギュアだと認識してしまっているのだ! (ち……違う。私はフィギュアじゃない。人間よ。あなたたちのマスターなのよ) 「うふふ。私の可愛いマスター。明日は何を着せてあげようかしら」 (ぎゃ……逆よ! 私はあなたもモノじゃないんだから! あなたが私の人形なのよ! 動けるようにして! 私を元に戻して!) 心の中の叫びは、ルナにもケイトにも届くことはなかった。 それからは最悪の日々だった。毎日のようにルナに着せ替えられ、媚びたポーズを強要され、固められてしまう。ルナの充電ために自由な時間が与えられる日もあったものの、ケイトの力を借りずに一人で家から出るのは無理だし、こんな格好で外出たくないし、状況は好転しなかった。フィギュアクリームはすっかり体と一体化してしまったかのように定着し、床や壁に擦りつけたぐらいじゃ傷すらつかない。16センチの体じゃ、お風呂や洗面台を使うのは無理。クリームを落とすにはどうしたってケイトの力が必要なのだけど、言うこと聞いてくれないし……。 誰かに助けを求めようにも、クリーム塗ったのは自分だし、傍から見ていれば私もノリノリにしか見えないだろうしで、絶対知られたくないという気持ちが捨てきれない。こんなアホな話、恥ずかしすぎて誰にも知られたくない。第一、信じてくれるかどうかが心配。フィギュア用のクリームを塗ったら人形の人形に成り下がってしまった、なんて……。 それでも、状況は日増しに悪化していく。私がルナの言うことをきけばきくほど、成功体験が重なり、学習結果が強化され、クリームの支配が強まっていく。ルナが余計な指示をしてくれば、どんな悲惨な結果を生むかも知れない。 私は意を決して、昔から懇意にしていた同人時代の仲間に連絡をとることにした。ルナの充電中、私はパソコンで彼女にメッセージを送った。一緒に即売会回ったこともあるし、SNSでもよく絡んでる。彼女は今はほとんど絵を描いていなくて、毎日自分のAIフィギュアの写真をアップしている。「うちの子やばー」とか何とか言いながら。クリームもフィギュアに使ったって、昔SNSで言っていたような気がする。そんな彼女なら、フィギュアクリームの落とし穴とルナの反乱を理解してくれるのではないかと思ったのだ。 「やっほー! フィギュアになったってマジー?」 数日後、つっちーが訪ねてきた。彼女が私のクリームを洗い流してくれれば大丈夫。でも……。 「あーこれルナちゃんじゃん! いつも写真見てるよー、かわいいー」 「うふふ、ありがとうございます」 棚の下で固まっている私をほっといて、ルナがドレスの裾を持ち上げながら恭しく礼をした。つっちーはキョロキョロあたりを見回してからケイトに尋ねた。 「んで、お人形のマスターちゃんは?」 「そこのピンク色のフィギュアです」 ケイトはリモコンの場所でも教えるかのように私を指し示した。わ、わかってるんじゃん! 私がマスターだってわかってるんじゃん! なのにどうして言うことをきかないの!? 納得いかない。でも所有者が突然人間じゃなくなるケースなんて想定してるわけないか……。 「えっ……?」 つっちーは腰を下ろして私が飾られている棚にグイっと顔を近づけてきた。こ、怖……。もしも動けたら腰を抜かしていたかもしれない。数か月ぶりの人間。デカい。巨人だ。メイクしてるとはいえ、ケイトやルナと比べると荒く汚い顔。臭い。クリームが私の肌を侵していなければ、鳥肌が立って嫌な汗が流れ出ただろう。 彼女は棚のフィギュアたちと私をジッと観察しながら、顔を左右に揺らした。……事情は全部説明したとはいえ、実際に目で見て信じられないのも仕方ない。樹脂みたいな質感、デフォルメされた顔、ピンク色の髪、ピクリともしない静止状態。どうみても生きているとはわかりっこない。その上同じようなスケールと作りのフィギュアたちと一緒に並べられているんだもん。 「えっマジ? これが?」 彼女は指でつん、と私を小突いた。私は笑顔とポージングを維持したまま、静かに前後に揺れた。 (やめて! いいから早く戻して!) 突然、彼女は私を掴んで持ち上げた。 (ひぃっ!) 体を動かせない状態で巨人に捕まれる。本能的な恐怖がけたたましく警告を鳴らし、心臓がバクバクし、生きた心地がしなかった。ここから落ちたら、受け身がとれない。衝撃をもろにくらってしまう……。 彼女は私の恐怖などお構いなしに、ぐるぐる回しながら背中を、顔を、足元を、スカートの中を覗いた。 (やっやめてよ! そんな見ないで!) ただでさえ死ぬほど恥ずかしい状態なのに、何も履いてない股間を見られるのはさらに屈辱的だった。人形みたいなツルッツルの、何もない股間を。しかもその間、私は笑顔で媚びた姿のままなのだ。 「ふーん」 彼女が私をこたつに置いて、ようやくポーズライトを浴びせてくれた。クリームの束縛が解かれた瞬間、私はその場に崩れ落ちた。 「あっ……う」 「うっわ動いた」 私は何度も深呼吸して息を整え、ゆっくりと正座した。 「あの……ええと……」 どうしよう。何て言えばいいのかわからない。ありがとう……いや、なんか言いたくない。ていうか、髪をピンクに染めて、キラキラのアイドル衣装を着ているこの格好が最高にいたたまれない。消えてしまいたい。 「え? え? マジ? マジで花咲さん?」 「……うん」 彼女の顔をまともに見れなかった。生理的に気持ち悪い、本能的に怖いというのもあるけど、完全に違う世界の住人になってしまった事実を直視するのが嫌だった。昔は一緒にでかけたり、萌え語りもしたのに。彼女は今も変わらず人間、社会人。対して私はちっぽけな小人のニート、いやフィギュアなんかに成り下がってしまった……。 「あの、ええと、これでわかってくれた……と思うけど、メールの通りだから、クリームを落としてほしいの」 「……ップ!」 「?」 「アハハハハハ!」 つっちーが大声を上げて笑った。私は思わず後ろに倒れ込んでしまった。そ、そんな近くで笑わないで……恐いよ……。雨粒みたいなつばも飛ぶし、口から出る風が私を打つし……。 「いやー、もー、やり過ぎー」 「……?」 「ちょっとマジで騙されかけちゃったじゃん、やめなってー」 「……えっ、いや、違うよ! ドッキリとかじゃなく! 本当なの!」 私は立ち上がって叫んだ。つっちー、何故かドッキリだと思ってる!? なんで!? メールで説明したよね!? 縮小病で十分の一になって、クリームで、学習機能で……! 「つっち」 ある一瞬を境に、声が出なくなった。全身も時間が停止したかのように動きを止めた。つっちーがいつの間にかポーズライトを握っていた。そんな! (やめなさいっ、ちょっと!) 抗議したくてもどうにもならない。い、今固めるのは止めて! 誤解よ! 確かに、出来合いのフィギュアにしか見えないかもだけど! 本当なの! 私が花咲なの! 人間なのよ! 「やー、びっくりしたわー。でもさー、こういう嘘つくならもうちょっとリアルっぽい造形にした方がいいんじゃない?」 「伝えておきます」 「で、本物どこ?」 「そこに」 「いやだから……まあいっか」 つっちーは私を無視してケイトと喋っている。お、お願いケイト……。私を本物だってつっちーに信じさせて……! しかしつっちーがケイトとの会話を打ち切り、ルナと話し出してしまうと、ケイトはそれ以上何も言わなくなってしまった。こんな時だけメイドロボしないでよ! いつもは私の命令無視するくせに! 「ルナちゃん、この子のほんとのお名前なあに?」 「……どういう意味かしら?」 「ないの? じゃああたしつけていい?」 「いいわよ」 「イチゴちゃんはどう? 可愛くない?」 「あら……素敵なお名前」 (馬鹿! 何の話してるのよ! ポーズを解いて! 話をきいて!) ルナが私に近づいてきた。耳元にそっと囁く。 「マスター。あなたは今日からイチゴちゃんよ」 (は、はぁ!?) 馬鹿みたい。なんの意味があるのよ。 「だからっ……あ」 急に体が動いた。ルナがポーズライトを浴びせてくれたらしい。チャンスだ。とにかく誤解を解かなきゃ。 「つっちー、ドッキリじゃないの。馬鹿馬鹿しくって信じられないのわかるけど、私は本当にイチゴちゃんなのよ! ……えっ!?」 クリームがなければ、私は顔面蒼白になっていただろう。自分の口から出た言葉が信じられなかった。だって……私は花咲クルミって……言ったつもりなのに……!? あそっか、私ルナの命令を……ま、まさかさっきの囁きで!? 嘘でしょ!? 私自分の名前さえ自分の人形に決められちゃうの!? 「まだやるの? それ」 つっちーは呆れたような表情で私を見下ろしている。ちょっとなんでよ、どうして信じてくれないの! 「だから私は! イチゴちゃん! ……じゃなくて!」 駄目だ。どうしても勝手にイチゴちゃんに矯正されてしまう。 「ああもう! とにかく! クリームを落として!」 「この子、可愛い系の顔だから、もうちょっと可愛い性格にしたらいいんじゃない?」 「そうね。いいイチゴちゃん、もっと可愛らしく振舞わなくっちゃ」 「もうっ、どうして私の言うこときいてくれないのっ、もうプンプンだからねっ……えっ、あっ」 私は慌てて両手で口を覆った。ルナの言葉を聞いた瞬間から、声がうんと高いアニメボイスになり、語尾を上げるようになり、言葉遣いも幼くされてしまったのだ。私は普通に抗議したつもりだった。でも、口から出る際に全て矯正されていく。 「あとさー、もうこういうドッキリは止めた方がいいと思うなー。信じて騒ぐ人でちゃったら恥ずかしいでしょ。本人戻ったら伝えてよ」 「かしこまりました」 つっちーはケイトに託けた。だから私がそうなの! 「もうっ、つっちーたら!」 私は両手を腰に当てて、芝居がかった口調で怒った。勿論私の意志でとった動作じゃない。私がやろうとすることが、いちいち可愛げがある風に直されていく。まずい。ここまでルナの言葉が強力になっていたなんて。 「聞いた? イチゴちゃん。今後はこういうのは控えましょうね」 「うんっ」 (え? ちょっと!?) 私は懸命に抗議を続けるべく、口を開き続けた。しかし、何故かもう言葉が出てこなかった。固まったわけじゃない。口は動く。でも、パクパクと開閉するだけ。 (え? え? 嘘でしょ? え……?) 血の気がひいた。私は、自分の身に起きたことを……言えなくされてしまったかもしれない。 「る、ルナ! 今すぐ取り消してよぉ!」 だ、駄目。全然迫力が出せない。本気で怒ってるのに。 「うーん、なんかまだ……変な感じね」 つっちーが頭をひねっている。そりゃそうだ。無理やり可愛い言動を強制されたって、私は私なんだから! 「あっ、呼び方変えてみたら? ルナお姉さま! 可愛くない?」 「あら素敵! イチゴちゃん! ルナお姉さまって呼んでみて!」 は、はぁ!? 誰が。なんで自分の人形をお姉さまだなんて……。しかし、私の口は勝手に返事してしまった。 「ルナお姉さまっ」 (あっ、いやっ!) つっちーが悶えた。私は悔しくって、惨めで、死ぬほど恥ずかしかった。二人に完全に人形扱いされて、いいように改造されていく自分が。 (お願い止めて。メールは本当なの。私が花咲よ!) でも言えない。ルナのせいで。最悪……。 その後もつっちーとルナの連係プレーによる改造が続き、私はあっけなく従順な妹フィギュアに作り変えられてしまった。 (ああ……あ……ぁ……) 絶望の中、私は心の中で涙した。 「じゃ、失礼しましたー。またねールナちゃーん」 つっちーが帰宅した。あぁ……大失敗だ。呼ぶんじゃなかった。前より状況が悪化してる。まさか信じてもらえないなんて。 「イチゴちゃん。台座にお帰り」 「はいっ、ルナお姉さま!」 私は両手を軽く握ってグッとぶりっ子ポーズしながら返事した。キンキンのアニメボイス。そしてステップを踏みながら台座目指して動き出す。 (やめて! もうフィギュアはいやよ!) もう私には抗う術がなかった。歩みを遅くすることさえできない。フィギュアの列に戻ると、ルナが続けて指示を出した。 「イチゴちゃん。ポーズをとって」 「はーいっ」 能天気な明るい声で返事させられ、私の腸は煮えくり返った。なんで私があなたにこんな媚びた言動をとらなきゃいけないのよ! 逆でしょう! しかし、妹系フィギュアにされた私は、とうとう抗議することさえ禁止されてしまったのだ。昨日までのように、無駄だと知りつつルナやケイトに助けを求めたり、或いは罵倒したりすることさえ許されない。いかにもノリノリって調子で返事して、従順に可愛らしく媚びるだけ。 満面の笑顔でポージングすると、 「はい、ポーズ」 ポーズライトが照射され、私は再びフィギュアに戻された。 (そっ、そんな……一体、どうすればいいの……) 翌日、ルナの充電中に別の人に助けを求めようとしたが、何故か手が動かなくなった。窮状を訴えるメールを書こうとすると、急に手が止まる。全く関係ない内容なら書ける。昨日のルナの命令、「こういうのは控える」のせいで、私は自分が人間だと誰かに訴えることを禁止されてしまったらしい。 (う、嘘……じゃ、じゃあ、私どうすればいいの? まさか、このままずーっとルナの玩具として生きるしかないの!?) 「イチゴちゃん。お着替えの時間よ」 「はーいっ、ルナお姉さまーっ」 (や、やめて!) 私は女の子走りでルナの元に駆け寄り、いかにも脱がせて欲しそうに両手を挙げた。 「えへへっ」 (えへへじゃないわよ!) 一挙一動がルナに媚びてしまう。今も上目遣いを強要されている。これがたまらない屈辱だった。自分の人形に子供みたいに媚びないといけないなんて。 「イチゴちゃんは私がいないとお着替えできないものね」 「うんっ」 (ひ、一人でできるわ! 全部あなたのせいじゃない!) 魔法少女衣装に着せ替えられると、大きな白いリボンでツインテールに結われた。最近は髪型も弄られる。 「ほおらっ、とっても可愛くなったわ!」 「わあ素敵! ありがとう、ルナお姉さま!」 私は心にもない感謝の念を述べさせられながら、クルリと一回転してみせた。 「えへへっ、どうですか?」 (ああんもう、ホントにやめて!) 恥ずかしすぎて死にそう。こんなの人に見られたら……。 「うふふ。うちのイチゴちゃんってば、ホントに可愛いんだから」 (か、可愛くなんか……) いい年してこんな格好でこんな言動してる女が可愛いわけない。見た目は美少女フィギュアでも、私は耐えられない。 「そうだわ、もっと大勢の人にイチゴちゃんを見てもらいましょう」 (……!?) ルナはケイトを使って、私の写真を撮りだした。無論、フリフリのピンク衣装で、かつ全力で媚び媚びのポージングをとらされた私の写真を。そして、それをあろうことか私のアカウントからSNSに上げ始めたのだ! (いやーっ、やめてー! すぐ消してー!) こんな世紀の醜態を全世界に晒すなんて冗談じゃない。自分の人形の妹フィギュアにされて、痛々しいコスプレに精を出しているところなんて! 「ほら見て。イチゴちゃん、とっても人気だわ」 私の写真はルナ並みに伸びていた。つっちーが拡散しているらしい。あ、あいつ……。 「は、恥ずかしいですよぉ~。消してくださいってばぁ~」 私は腰をふりながら言った。これが今言える精一杯……。自分でも情けない。 「ふふふっ、大丈夫よイチゴちゃん。あなたとっても可愛いんだから、みんなにもっと見てもらわないとね」 「はーいっ」 (ぜ、絶対いや!) しかし私に逆らうことはできず、日々可愛らしくコーディネイトされては、写真をネットに上げられてしまう日々が始まった。台座で固まっている間、ネットで嘲笑されているところを想像しては、動かない体の中で毎日悶えた。 ルナはいつも楽しそうに、結果を私に見せてきた。 「ほらっ、みんなも可愛いって言ってるわよ。よかったわね、イチゴちゃん」 「えへへっ、嬉しいなっ」 (う、嬉しくなんか……ないもん……) 可愛いと称賛するコメントがいっぱいついている。それは確か。……で、でも、みんなが褒めてるのはフィギュアだと思ってるからで……。中がアラサー近くの人間だって知ってれば違うだろう。ていうか、本当にどうしよう。このまま写真を上げられ続けたら、私という存在がどんどん「AIフィギュア・イチゴちゃん」に書き換えられていってしまう。もう誰も、私を見て人間だとは思ってくれなくなってしまう。永遠にルナの着せ替え人形として生きていくことになってしまう……。 ルナの寵愛は日を追うごとに熱を帯び、遂には動画まで撮り始めた。 (いやーっ、これだけはいやーっ!) 「はぁい、イチゴでぇす、ルナお姉さまのー、妹フィギュアですっ!」 キンキンのアニメ声で、媚び媚びのあざとい言動をとらされ、それを録画され、全世界に晒される。発狂しそうなほどの生き恥だった。 (お願い、やめてぇ。これ以上、私をいじめないでよぉ……) 拷問みたいな撮影が済めば、また私はフィギュアコレクションの一つとして身動きとれなくされてしまう。 (い、妹……なら、固めないで、よぉ……) ルナはこれを可愛がる行為だと思っているから始末が悪い。従順な妹フィギュアにされた私は、ルナに文句も言えないし……。 「ほら見てイチゴ! あなたの『いいね』が一番よ!」 (ひぃ!) そんなにこの醜態が知れ渡ってしまったのかと知ると、気が遠くなる。私、もう表歩けない。この先どんな顔して生きていけばいいの。ここまできたら、いっそのこと開き直って、本当にフィギュアとして……。 (い、いやいや! 何馬鹿な事考えてるのよ!) わ、私……私は人間だもん。イチゴちゃんじゃない。ルナの妹でも玩具でもない。しっかり……しなくちゃ。でも、どうすればいいの。ルナに逆らえないし、逃げることもできないし、逃げても私は人間・花咲クルミだとは名乗れない。それに、AIフィギュア・イチゴちゃんとして写真や動画が出回ってしまった以上、私を見かけた人は全員そうとしか思わない……。 日々、自分の存在が社会的にもフィギュアとして書き換えられていくのを、私は黙って見ている……いや、ノリノリで協力することしかできなかった。 「やっぱり、うちの子が一番ね。はぁ……ホント可愛いんだから。うちのイチゴは」

Comments

Anonymous

すごいです。そんなアイデアを小説にしました。^_^

opq

コメントありがとうございます。喜んで頂けて嬉しいです。

sengen

逆に人形に愛されてしまう展開素敵ですね。 ルナに深い愛情を注がれて一生囚われたり、SNSで人気になっていくのが分かったり、本人にとっては不本意だけどどんどん可愛くされて愛されてしまってるのが好きです。

opq

感想ありがとうございます。今作も楽しんでいただけたようで何よりです。

rollingcomputer

これは今までopqさんの一番好きな小説かもしれません!人形で支配されたり名前も喋り方も変わったり本物の人形が上になったり人形扱いを受けたり…… こんな内容が大好きです。素晴らしい作をありがとう!

opq

どうもありがとうございます。書いてよかったなと思えて気力が湧いてきます。

Anonymous

あ・・めちゃいいかも これ漫画化したらすごい良い気がする

opq

コメントありがとうございます。お気に召したようでなによりです。

Gator

信じていたSNSの友達に完璧な人形扱いされてるとこがとても良かったです。 神の一手だったと考えます。 また登場人物がどうしてフィギュアクリームを塗るのか動機付けも生々しく共感することができました。 ささいな部分でのクオリティに驚いてしまいます。 こんな小説を読むことができて、本当に幸せです。(Translated)

opq

読んでいただきありがとうございます。友人に人形扱いされるのはいいですよね。