人形化のある日常 (Pixiv Fanbox)
Published:
2020-12-16 11:41:14
Imported:
2023-05
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「咲村くん、人間を人形にできるって本当?」
隣のクラスから、高身長の女子がやってきて、俺に言った。
「ちょっとやって見せてよ」
「いいけど。小百合ー」
「何?」
「見たいんだって。人形化」
「おっけー。いいよー」
俺は小百合の肩に手をかけて、人形化能力を発動した。小百合は全身真っ白に発光したかと思うと、徐々にそのシルエットが縮んでいく。数秒後、床の上には30センチ足らずまで縮んだ小百合の姿があった。
「うわっ、マジで!? すごっ!」
高身長女子はその場に屈み、興奮気味に小百合を観察していた。小百合は少し照れながら、頭を掻いている。俺はそいつの両脇をつまみ、机に持ち上げた。汚いから靴は脱がしておく。ちっちゃいからよく無くすんだよな、靴は。俺も屈んで椅子の下にミニチュアの靴を置く。
立ち上がると、小百合と高身長女子の会話が弾んでいた。他の女子も数人加わっている。「可愛いー」と撫でられる小百合。これも見慣れた光景になってきた。ただ、俺の机近くに陣取られるとちょい困る。
「これ体どうなってんの?」
「触る?」
「失礼ー」
俺が人形化した時は大体フィギュアっぽくなる。肌も服も、樹脂みたいな質感で体温もない。顔もアニメ調にデフォルメされることがほとんど。ボサボサの小百合のショートヘアも、人形になっている間はフワフワで触り心地のよさそうな髪型に見えてくるから、かくもデフォルメというのは都合がいい。
「あっすご、髪、髪じゃん」
「そうそう」
フィギュアみたいに、最初からその形で成型された一塊のパーツみたいに見える髪。触ってみると普通に指が通るのだ。髪型も変えられる。どういう物理なのかは、俺もわからん。
そのうち休み時間が終わったので解散となり、机の上に足を伸ばして座る小百合だけが残された。次は国語か……まあ大丈夫だろ。
先生が入ってくると、小百合は欠席かと訊いた。
「あ、います」
「はーい!」
俺と小百合が答えると、先生は呆れたような口調で「まだ授業あるんだからやるな」と注意し、そのまま授業を始めた。
小百合は教科書を机に立てて、その裏に寝っ転がった。そういえばまだ国語では試してなかったか。
教科書の裏に隠れて昼寝しているのがバレるのに六分。結構保ったな。
「あとでノート送ってねー」
「あいよ」
俺はスマホで自分のノートを撮った。これで今日の授業は終わり。人形化から一時間。戻せるな。
「戻すか?」
「え? うーん」
小百合は大袈裟に頭をひねる仕草をしてから、わざとらしくぶりっ子ポーズをとり「運んで♪」と俺に頼んだ。
「ったくもー」
俺は鞄から運搬用の箱を取り出した。ちょっとしたトランクだ。毎日これを無駄に持ってないといけない俺の身にもなれっての。全く。
中は膝を折れば30センチの人形がすっぽり入れるようになっている。傷つかないよう、蓋を含め全ての面を柔らかい布や綿で覆ってある。
「ほれ」
俺がトランクを小百合の机に置くと、そいつはいそいそと中に入り込み、膝を抱えて丸まった。絵面が良くないので中学ではかなり揶揄された。今もちょいちょいされるが。
蓋を閉め、トランクを俺の鞄に仕舞い、そして小百合の鞄も俺が中身を詰めて、家まで運ばなければならない。っち、なんで俺が。もう元に戻れるのに。まあ従う方も従う方だが。
二人分の鞄、それも片方には30センチの高密度フィギュアが入っている大荷物。いつものことだが、重い。同クラの女子に半分冷やかしで応援されながら、俺は教室を出た。
家が近いおかげでまだ助かっているが、離れていたら流石にここまでは付き合わなかったろう。小百合とは小学校以来の仲だが、ここまで俺の力に入れ込んでくれたやつもいなかった。今日みたいな休日になると大体遊びに来て、俺の部屋に転がり込む。
「食べ終わったから人形にしていいよー」
お菓子を完食した小百合はあっけらかんとした口調で告げた。
「はいはい」
頭に手を置き、能力発動。白い光に包まれながら縮み、彼女はフィギュアになった。少しの間を置いて動き出し、部屋の隅に設けられたパステルピンクの空間へ直行する。俺は机で宿題をやりながら小百合の様子をチラチラと観察する。淡いピンク色のプラスチック製クローゼット。あの中には人形化した小百合用の衣装が入っている。俺の部屋にあんな女児みたいな代物がデデンと鎮座しているのも、こいつが頻繁に遊びに来るからだ。
「どうどう?」
小百合は日曜朝にやっている子供向けの魔法少女に扮して出てきた。手にはピンク色のポニーテール型のウィッグ……いや、フィギュアの髪パーツを抱えている。
「お前なー、高校生でそれはどうよ」
「何さー、いいでしょ別に。人形ならさ」
彼女はピンク色の髪パーツを頭にはめた。完璧にプリガーのフィギュアみてーな姿になって、俺の机に登ってきた。
「で? どう?」
「……んー、まあ、いんじゃね?」
「なにさー、もう、照れちゃってぇ」
ニヤニヤしてこっちを見上げてくるのがイラっときたので、俺は小百合を掴んで、辞書の隣にあるフィギュアスタンドにはめ込んだ。
「あーん」
腰をガッチリとホールドされた小百合は、そこからは抜け出せない。
「そこで飾ってろ」
「やっぱ可愛いって思ってるんじゃーん」
「……」
俺はフィギュアの叫びを無視しながら宿題を終わらせ、そのあと小百合をぬいぐるみの海に放り投げた。
一時間経ったので、俺は小百合を戻そうとしたが、そいつは「んーもうちょっと」と言いながら、熊のぬいぐるみに背中を預け、だらしなく頬を緩ませていた。
全く。人形でいることの何がそんなに楽しいんだか。
だがまあ、正直言って、生きたフィギュアが可愛らしく着飾っている様は、結構可愛いと思う。言うと増長するから言わねーけど。
数日後、廊下で高身長女子とすれ違った時、声をかけられた。
「あっ、咲村君、ちょっといい?」
「いいけど、何?」
「後でちょっと……。ライン教えてもらえる?」
用件を教えてもらったのは、その日の夜にやっとだった。自分も人形になってみたい、それも人目のつかない所、つまり学校以外で。
減るもんじゃないし、俺は別に構わない。了承して明日の放課後に取り決めた。場所は近くのカラオケ。
しっかし、そんなに人形ってなってみたいもんかね。小さくて無力な存在になるっていうのに。
「悪役の能力だよね~、中盤の話進まない回で一話で処理される感じの」
とは小百合の言。イラつくが、まあ、正義のヒーローって感じではないわな。それだけに、なんでわざわざ人形になりたがるが不思議に思う。小百合は「楽しいから」としか言わんし。
まー、普段見てる景色がまるで違って見えたら面白くはあるだろうが。ジオラマ世界を探検とかできたら、楽しいだろうな。
でも、自分には使えないんだよな、コレ。やれやれ
放課後、当然のように一緒に帰ろうとしてきた小百合に「今日は栢森さんと用事あるから」と言うとしつこく問いただされ、面倒になった俺は本人に投げた。
「あっ、じゃあ、それならウチ行こうよウチ! 可愛い服いっぱいあるよ!」
「人の家を自分ち呼ばわりすんな」
「えっ、でも……」
栢森さんはちょっと戸惑っていた。まあ見知って数日の男子の家は抵抗あるんかな。
「ほらほら見てコレ」
「えっこれ明庭さん!? うそー、超カワイイ……」
小百合は自分のコスプレ写真を栢森さんに見せた。恥ずかしいんじゃなかったっけ? それ。
彼女は何故だか心揺さぶられた様子で、見入るように小百合のスマホを見つめていた。
「じゃ、じゃあ……迷惑じゃなければ……」
俺に確認をとってきたので、俺は了承した。仕方ない。ま、安く済んだということで一つ。
俺の部屋に二人を上げてから、早速実演にかかった。最低一時間かかるしな。
いつものように小百合を縮めて人形に変えた。制服も樹脂みたいな質感に変わっていて、ジッとしているとまさしくフィギュアのようだ。
栢森さんは感心したように小百合を見つめている。その瞳はなんだか輝いて見えた。それは期待の眼差しだった。
「ここここ、これだよ」
小百合は部屋の隅にある自分のスペースに栢森さんを呼びつけ、自分の服をいくつか取り出し、床に並べてみせた。
「あー、どれも可愛い~」
「でしょ?」
小百合は制服をキャストオフして、アイドルみたいなキラッキラの衣装に着替え始めた。栢森さんは俺の方を見ながら、心なしか小百合を隠すような位置に移動した。いや、見慣れてるし、ていうか今の小百合はまんまフィギュアだし、別にそういう興味出ないんだが……。配慮無しに着替えだしたのは小百合の方なのに、まるで俺が悪いみたいなの理不尽じゃね? あーいいよ、見なけりゃいいんだろ見なけりゃ。
俺はあてつけのように、わざとらしく顔を逸らした。
「じゃーん!」
小百合は女児向けアイドルアニメのキャラクターの衣装を着てくるっと一回転した。大きなリボンに派手な蛍光色が煌めく。最後に金髪ロングの髪パーツを被り、変身は完了した。
「あー、可愛いー。いいなぁ……」
「じゃ、次は栢森さんの番!」
「えっ! あっ、えーと」
栢森さんは困惑混じりの笑顔で振り向き、俺を見た。まー、人形にされるってなったらちょっと怖いよな。
「ちょっと遼君、早く早く」
まあ、グズグズしていても始まらない。帰りの時間が遅くなるだけだ。俺は栢森さんの肩に……やっぱ背たけえな。手を伸ばし、最終確認を行った。
「いい?」
「あ、うん。あー、ドキドキする」
俺は能力を発動した。彼女の全身が白く発光し、俺より高かった背が縮んでいき、俺より小さくなったと思うと、あっという間に人形サイズまでそのシルエットを圧縮していく。光が収まると、そこにはフィギュアっぽくデフォルメされた栢森さんが突っ立っていた。
「……っ」
数秒後、動き出し、ゆっくりと周囲を見渡し、両手のグッパを繰り返した。最後に俺を見上げて、アニメみたいに大きくなった目をより一層大きく見開き尻餅をついた。
「大丈夫?」
「あーうん、ゴメン。ビックリした。色々おっきくて」
小百合は彼女に駆け寄り、随分と可愛らしくなったその姿を褒め、俺に撮るよう指示した。スマホで撮って見せてやると、栢森さんはいたく嬉しそうだった。
「うそっ。コレ、私? ほんとに?」
「ホントホントだよ。鏡! 遼君鏡!」
「へいへい」
俺が引き出しから鏡を出して目の前に置く。栢森さんはその前で何度も「信じられない」という風に目を見開き、手足を動かし、目の前に映るフィギュアが自分であることを何度も繰り返し確認していた。
「よーし、ここから本番だよ。ああほら、でてったでてった」
「はいはい」
俺は部屋から追い出された。ちぇっ。本音を言うと栢森さんの服の下はちょっと興味あった。見たことないし。
中々お呼び出しがかからないので、俺はちょっとイライラした。部屋の中からはかわいいーとか、キャーとか声が飛んでくるのだが、俺には見せてくれないらしい。俺の力なのに。
ようやく入室許可が出ると、そこにはフリル満載のロリィタ衣装に身を包んだ栢森さんの姿があった。
目が合った瞬間に真っ赤になって俯くその姿は相当に可愛く見える。似合ってる、と俺は思った。意外だが。
「どう?」
小百合の問いかけに、俺は素直に答えた。
「おー、すっげー可愛いな」
「だって」
「~っ」
栢森さんはその場でおたおたするだけで、会話できるようになるには少し冷却期間が必要だった。
「変じゃない? 本当に?」
「全然」
「だから言ってるでしょー、人形補正最強なんだから」
「何だよそれ」
「あー、んーっとね。……あれ? 話したことなかった?」
「ないな」
「えっとねー、つまりねー。私が元のままこんな格好してたらどう思う?」
「うわっ、ってなる」
「……でしょ。でも今は?」
俺は改めて小百合を観察した。一点の曇りもない綺麗な肌、キラキラのアイドル衣装、アニメみたいな顔。そして妖精のようなそのサイズ。認めるのは癪だがまあ、
「普通……じゃね?」
「あっそれ。それが大事なの」
「どゆこと?」
「生身の高校生が往来で着てたらドン引きする格好でもさ、人形が着てても別段おかしくはないでしょ?」
「まあ、言われてみれば、そうだな」
「そう! その『許される感』が大事なの!」
そんなもんかね。
栢森さんが落ち着いてきたので、三人で雑談しながら時間を潰した。
「えっ、じゃあ結構気軽にポンポンとはできないんだ」
「そうだなー、体調良い時は四十分とかでも戻せることあるけど」
一度人形化した人は、一時間ほど経過しないと元に戻せないのだ。だから学校とかで人形化すると意外と困る。
(しっかし、イメージ変わるな)
俺は上から栢森さんを眺めた。全身ドピンク、フッリフリの可愛らしい衣装に身を包んだ姿はいつもと全く印象が違う。人間時の栢森さんはかなり背が高くて、何となくクールなのが好きなのかな、似合うなという漠然としたイメージがあった。今の格好は大分意外なのだが、不思議と合わない印象はない。文字通り、人形みたいに可愛らしい。それはやっぱり、小さいからだろうか……。あいつの言ってる人形補正というのは、こういうことなのかもしれない。
「……」
気づくと、栢森さんも俺を見つめ返していた。
「や、やっぱ変?」
「あっいや、ゴメン。そうじゃなくて、可愛いなって」
栢森さんはまた顔を赤くしてそっぽを向いてしまい、俺は何故か小百合に叱られた。
「今日はホントにありがとう。楽しかった」
人形になっている一時間の間、栢森さんは他にもいろいろな格好をしては、小百合の命令で俺が撮影して過ごした。
「また明日ね~」
手のひらに乗せた小百合に向けて、栢森さんが軽く背を曲げた。やっぱデカいな。クールビューティーな感じの方が絶対似合うだろう。可愛い路線は合わないだろうな。人間時の彼女を見て、俺は改めてそう思った。でも、さっきまではすごく似合ってて可愛かったんだよな。
「栢森さん、ホントは可愛いの好きなんだって」
彼女が帰ってから、小百合が言った。
「でも自分にはあーいうの似合わないから無理って思ってて、それで……」
話が途中であちこちに飛んで焦点がぼけたが、こいつの言うことをまとめると、小さい人形になっている間なら可愛い服を着ても大丈夫なんじゃないか、と思って、夢を叶えに来たらしい。俺にはそんな話してくれなかったのに。まあ、いきなり男子にそんな話もできねえか。
俺はちょっと嬉しくなった。初見だと結構怖がられたりキモがられたりすることも多かったこの能力。人間を人形にするなんて、小百合が言う軽口のように悪人みたいにしか使えないもんだと思っていたが、人の役に立てることもできるんだな。
「……まあつまり、私もね、この格好……っ!?」
俺は小百合の人形化を解いた。真っ白なシルエットが見る見るうちに巨大化し、俺と同じぐらいになったかと思うと、派手なアイドル衣装の小百合が玄関に姿を現した。
しばしの沈黙の後、小百合は真っ赤になって俺の部屋に引きこもった。
「馬鹿! なんで今戻すのさ!」
「なんで急に恥ずかしがるんだよ! さっきまで平気だったろ!」
「これだと恥ずかしいのぉ! 馬鹿バカばーか!」
「ていうかそこ俺の部屋だし俺の家だし! はよ開けろ!」
制服が小さいままなので、一旦人形にして登校しないといけないことに気づいたのは翌日の朝、私服の小百合が訪ねてきた時だった。
「ったくもー、次から気をつけろよ」
「遼君が変なタイミングで戻すのが悪いんじゃなーい!」
はー、このやり取りも何回目だ。忘れたころにやっちまうんだよな。
縮めた小百合をトランクに押し込め、二人分の鞄を抱えて俺は家を出た。
(いつ戻せるかなー。今日の一限は間に合わないな。乗り切るしかねえなぁ)
また先生から文句言われるな。あいつらも冷やかしてくんだろうなぁ。ま、いつものことだ、しょうがねえ。
いつもと変わらない一日が、今日もまた始まる。違うところがあるとすれば、ほんのちょっぴり、自分の能力が誇らしく思えるところだ。