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 魔族とヒトの戦いは終わった。決着はいくつかの紙切れだ。ヒトの最高戦力とされる勇者が命がけで魔王の元に持ち込んだ書類一式で調停が進み、いくつか小競り合いがあるばかりで総力戦はなくなった。

 そんな停戦の功労者は今、瀟洒な内装の部屋に閉じ込められていた。連れて来られたのはつい数日前のことで、実行犯は魔族達だ。ヒトを代表する英雄が連れ去られては、そろそろヒト側の緊張が高まってくる。停戦に持ち込んだのに、これがきっかけで再開してしまっては元も子もない。

 破ろうと思えば破れる程度の警備だった。もちろん暴れれば怪我人は出る。魔族であろうと彼はそれを看過できなかった。

 流石に焦りが出てきたところで不意にドアが開いた。1日に3回、周期的に食事が運ばれてくる。もう夕食の配膳は終わって洗い物も渡して朝まで開くことはない。風呂もトイレも備え付けだから出る必要がない。

 現れたのは下着姿の女だった。睡眠欲と食欲は十分に満たせる部屋で、唯一足りないのは性欲だ。むやみに扇情的な衣装からして、その意図は明らかだ。彼には意図が汲みかねるから、ただ困惑するばかりだった。

 その女には角だったり翼だったり尻尾だったりと人ならざる魔族の器質を持ち合わせていた。

 彼は彼女と会うのは初めてのはずだった。なのに、どこか懐かしさを覚えた。

「どこかでお会いしました?」

「無理もないか。我はあの大沼地の毒竜だ。覚えてるか?」

 彼はそれに聞き覚えがあった。しかし記憶の中の大沼地の毒竜は広大な毒沼に独り立つドラゴンだ。彼は生まれつきあらゆる体液が他の生物にとっての猛毒であった。ただ勇者を除いて。

「どうしたんだ。その格好は、なんというか、サキュバスみたいな」

 紫色の髪の毛とウロコ、そしてラピスラズリの顔料を擦り込んだような瞳。胸こそいくらか控えめであるが、対して腰つきはやや豊満だった。

「もう聞き飽きたな、それは」

 彼女は深い溜息を吐いた。毒竜としては呪毒に冒された勇者に血清を渡して以来の再会だ。

 あの後で毒竜はヒトの勇者を助けたとして逮捕、更迭された。拘禁されている間に戦争が終わったが、解放されることなく刑期は続いて恩赦を受けた。

 その条件の一つが今の姿だった。生まれの性別は雄だから、今は反転していることになる。彼にはそういった呪術や魔術があると知っているし目の当たりにしたこともあるが、見知った毒竜がそれを受けるとは思っていなかった。

「結論から言うと我を孕ませろ。成就するまで貴様はここから出さん……というのが魔王からの命令だ」

 魔王が考案した計画だった。地上最強の人間の子種で魔族にも勇者と呼べる存在を産み出そうとしている。手法は古典的な色仕掛けだった。

「それでお前が一番手なのか」

「不服そうだな。幹部として最初に戦ったのが我というのもあるだろう」

 彼が勇者として魔王の元に向かったとき、幹部として初めて戦ったのが毒竜だ。彼はその体質を見込まれて魔王の住処の防衛を担っていた。

「不思議だな。本当に毒竜なのか」

 一度は拳を交えたが、毒が効かないと分かると言葉を交えることになった。そこで一晩ほど語り合って毒竜は勇者を通した。

 時間こそ短いがお互いに腹の底をさらけ出しあって全種族の平和という願いを交わした仲だ。命を救ってもらった恩もある。そんな毒竜が女の姿で彼に迫っている。

「何が不満なんだ? 貴様の好みに合わせたのだが」

「元のままでも魅力的だったぞ」

「……流石に男女種族問わず買って性欲を満たしていただけあるな」

「それは別に良いだろ」

 また文句を垂れようとして彼は突き飛ばされた。馬乗りになった彼女は身を屈めて無理に唇を奪う。抵抗はなかった。

 舌の上にピリピリした痺れが走る。それこそサキュバスとキスをしたときと何ら変わりない感覚だ。

「お前やっぱりサキュバスじゃないのか」

「持ってる毒が致死毒から媚毒になっただけだ。サキュバスと同じといえば同じだがな」

 魔王の計らいだ。それも毒竜が初手に任命された要因にある。一週間ほど溜めさせて媚毒を盛ればどんな堅物も男である以上堕ちると考えたらしい。

 そうしてまた彼女は唇を奪う。そうやって沢山の唾液を送り込んで、彼の体に疼くような熱を与える。しかしものの数秒で引いてしまう。勇者の耐毒は媚毒にも有効だ。

「っは……俺の耐毒は知ってるよな」

 やっと唇を離してもらって彼は尋ねた。

「もう呪毒すら効かないな」

 当たり前に彼女は知っている。毒竜自ら血清を生成して勇者に渡したのだ。それは彼に完全とも言える毒への耐性を与えた。

「自分の毒を媚毒にして勇者を堕とすとかいう魔王の計画、最初から失敗だと知っていてなぜ受けたんだ」

 しばらく硬直した後で彼女は彼からサッと身引いてベッド端まで逃げる。自分の下腹腹に当たった熱源に驚いたからだ。

「お、おち、おちんちんを硬くしておいてよく言えるな」

「禍々しい毒竜がおちんちんなんて言うな」

 彼女の言うとおり、彼の豪傑は寝間着の薄い生地を突き破らんばかりに怒張していた。

「や、やっぱりっ、効いてるんだよな? 嘘をつくな」

「好みの女に迫られて勃たないほうが変だろ」

 また彼女の思考が止まった。



「名前、教えてくれ。ずっとお前呼ばわりはなんだかな」

「無いものは教えられん。あんな体質だったから生まれてすぐあのドブ沼に棄てられた」

「ならなんて呼べばいい」

「好きに呼ぶがいい」


「……ラズ」



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