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 時代が進んで成熟したばすの社会にも自然の摂理である弱肉強食が持ち込まれる。だけど人類が変わったのは、少なくとも人が同じ人を虐げることは撲滅しようとした。

 あらゆる生物種の塩基配列を機械学習させたモデルとタンパク質の機織りで、人間に姿形が酷似しているが全く別の生物種を創造した。百年前に現れた彼女らはドローグと呼ばれ、人類の新たな随伴者になった。

 ヒトの群れの中でドローグは一目で見分けがつく。まず耳は四足歩行の動物のように毛で覆われて、物音の方向に自由に動かせる。論文によればゲノム自体はイヌ科に近いが、RNAプロセシング装置の違いがもたらす スプライシングバリアントが彼女たちを形作っている。

 たとえ帽子などで耳が隠されていても特異な装束を見れば明らかだ。彼女らは遺伝的な欠陥から皮膚バリア機能が低く、首から下をぴっちりと覆う黒光りするスーツに身を包んでいる。普通の毛羽立った繊維でできた服を着せると細かい擦過傷から炎症を起こす。それまでならいいが感染を起こせば致命的な転帰をたどる。一方で粘膜に関しては、却って人間より強くできている。

 いまの二十代なら物心ついた頃からドローグに慣れ親しんでいるはずだ。少なくとも公立学校なら各クラスに一匹ずつ配置されて一緒の学校生活を過ごしている。大手を振って社会のリーダーを気取るような連中はだいたい、ドローグをスケープゴートとして色々な捌け口にしただろう。

 二十年前はそれが行きすぎて学内でドローグを死なせたことがあったが、今は滅多にない。もしそんなことになったなら全国ニュースになるくらいだ。

 別に道徳は高まってなんかいない。ドローグの知能が二十年前と比べて格段に向上し、人間に近付いて感情移入できてしまうからだ。ペットの犬や猫くらいには拳を振り下ろすのに気が引ける。

 ドローグを殺して器物損壊罪に問われるくらいはあったが、法整備で愛護法ができた。だがドローグは人間からのあらゆる行為を是として受け入れ、今や自分で証言して罪に問えなくする。

 私の部屋にもドローグがいる。都会で一人暮らしをする私を心配し、身の回りの世話役として実家が送ってきたものだ。事前の知らせもなく、大学から帰ってきたら部屋にドローグがいて腰を抜かした覚えがある。

 彼女にはナタリアという名前を与えて、身に纏うゴム製のメイド服に似合う家事炊事をやらせた。

 結論から言えばナタリアが来たおかげで私の生活状況は著しく改善した。地層を形成していたシンクは金属光沢を取り戻し、食生活は規則正しくバランスが整ったものになった。悩まされていた夜間の喘息発作も彼女のこまめな清掃でほぼ消え失せた。

「コーヒーを淹れました。ここに置いておきます」

 机に向かう私の傍らにナタリアがやって来て、サイドテーブルにマグカップに入ったコーヒーを置く。命令に従うだけでなく自分で考えて勝手に行動し、所有者である私の欲求を満たしてくれる。便利と言えば便利だが私にはいくらか空恐ろしく感じられた。

 元から私はあまりドローグにいい感情を持っていない。理由は複雑だが、一言でまとめるならドローグが私のオナネタだからだ。

 目覚めは小学生の頃で、ドローグについて調べ学習をしたときだ。授業時間を使って図書館で本という物理媒体を扱う術を学ぶことが目的だった。勉強熱心だった私は家に帰って情報端末を使ってドローグを調べた。

 深掘りすると翻訳済みの古い文献がいくつも見つかった。現代と比べると、彼女らの処遇はあまりにも惨めだ。かつては言語による意思疎通が難しかったようだがずっと感情表現は似通っていて、苦痛に顔を歪めるし快楽に惚けることがある。

 男の視点で物言わぬドローグを犯して慰み者にする話が多かった。だけど中には、女の視点でそのドローグに成り変わる話もあった。人間がドローグは別種で後天的に変化することはないから創作に違いないが、初めてそれを読んだときは心臓を貫かれた気分だった。

 数百年も前になるがドローグの役目は同じ人間が担っていたという。一切の自由を奪われて所有者の欲求をぶつけられる存在は性奴隷と呼ぶらしい。今の一部のドローグとまるきり同じだ。

 私もそうなりたい。何もかも手放してドローグのように欲求をぶつけられたい。ただ小学校を卒業する頃にはその欲求が社会理念に反するという自覚を持ち、できることなら忘れようとして大学まで進んだ。

 しかし幼少期についた爪痕は消えない。親元を離れると踏ん切りがついたみたいに、およそ六年間の欲求不満を晴らそうと私はその世界に顔を突っ込んだ。

 ドローグになりきるロールプレイが存在している。ラバー製のつなぎを着てファー生地で動物の耳を形作ったカチューシャを被ったりしてドローグを装い、ご主人様か何かに奉仕する。

 もっと踏み込むと従属の印として首輪をしたり、辱めるために淫具を着けたりする。私の興味もそんな方向にある。

 最近読んだ小説だと、貞操帯を着けられたまま催淫剤を盛られて発情に身を焦がすというシチュエーションが良かった。掻きむしるから必要な防護措置、という味付けは奥深いものだ。ドローグの感情を無下にしている。


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