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ガラァンッ 「うぐっ……」 手にしていた剣が音を立てて石造りの床に落ちる。 苦悶の声とともに、勇者である青年は膝をついた。 「もう限界のようね」 相対しているのは、彼よりも大柄な女性。 たわわに実った乳房に、蜂のように細く括れた腰。正面からも分かる尻の肉量に、むっちりと肉を詰め込みつつハリも共存した太腿。 女体の魅力を濃縮したようなプロポーションにくわえて、男女関係なく見惚れるだろう美貌を兼ね備えている。 ピンクと紫を混ぜたような髪色も併せて、この世のものとは思えない妖しい色香を放っていた。 容姿だけでいえば絶世の美女といえるだろう。 「さっきの猛攻、ちょっと危なかったわ。私も冷や汗かいちゃった」 勇者の剣を拾い上げて部屋の隅に放りつつ、軽く安堵したように息を吐いている美女。 しかしその姿は、一目で人間ならざる者だとわかる部分もあった。 背中から生えている艶やかな黒色をした羽と腰から伸びる尻尾は、黒く艶やかで悪魔を思わせる形状をしている。 身体のラインを余す所なく見せつけるような漆黒の衣装も魔族の特徴といえるだろう。 そして股間からは女体とは相反するように立派な男性器が生えており、それすらも想定していると言わんばかりに衣装が肉棒を包み込んでいた。 ここは魔王城。 彼女は高位の魔族である淫魔を統べるふたなりサキュバスであり、魔王だ。 長きにわたる人間と魔物の対立、その決着をつけるための戦いが、勇者が剣を落とすつい先ほどまで、繰り広げられていた。 格闘や剣術で勝負できるなら、勇者に分があっただろう。 ただ戦闘は彼女の高い魔力を用いた防護魔術を貫き、その刃が彼女に届くかどうかの勝負となった。 全力を尽くした勇者だが、しかしその魔力は強大であり彼の剣は彼女に届くことなく膝をついた。 魔王である彼女も少しばかり息は上がっているが、勇者のようなダメージはないようだ。 「くそっ……」 敗北に悔しさを滲ませながら歯噛みする勇者。 人類の希望が負ける……あってはならない事態ではあるのだが、想定されていないわけでもない。 「……俺を殺しても、また勇者がお前を討ちに来るだろう」 苦々しげに吐き捨てる。 人類側としては、1人に命運を任せて終わりというわけにもいかなかった。 勇者が役目を果たせないまま道半ばで倒れれば、新たな勇者が生まれる……そういった補完的なシステムとなっている。 現に今までにも勇者は存在し、魔王を討つ前に旅を終えていた。 魔界の内部に目撃者などいないため詳細な情報はないが、既存の勇者の消息が途絶えて新たな勇者が誕生した時点で、彼らの安否は絶望的とみられている。 「ほら、さっさと好きにしろ」 魔王の目の前まで迫ったのは惜しいが、もはやここまでだ。 人類の勝利は先延ばしになるが、後任の勇者に任せよう。 敗北を受け入れ、うつむいてその時を待つ。 ……しかし彼女は動かず、とどめを刺す気配がない。 「この場で切り捨ててもいいけど……血生臭いのは嫌いなのよね」 無抵抗の勇者を見下ろしながら、攻撃するでもなく腕を組んでいる魔王。 彼女はしばらく考えるような素振りを見せた後、ぽんと手を打ち、にこやかに告げた。 「じゃあ今夜一晩、私と一緒に過ごしてくれる? そしたら自由に身にしてあげるわ」 「なっ……!?」 あまりにも破格すぎる条件に、驚きを隠せない勇者。 魔王という存在に迫った人間を、みすみす逃がす……あまりにも愚かな行為だ。 淫魔という性に乱れた種族ゆえに、勇者だろうと誘惑しなければ仕方ないのか? 何かの罠かと警戒しつつ魔王を見上げるが、彼女からは一向に動く気配がない。 そもそも無抵抗な彼を前にしたこの状況で、わざわざ嘘をついて騙し討ちする必要などないのだ。 「……わかった。従おう」 「今夜が楽しみだわ♪」 勇者に、選択肢はなかった。 もし無事に帰還できるなら、魔王の情報を持ち帰ることもできる。強大な魔力を破るための対策だって立てられるだろう。 彼にできることは、魔王の気が変わる前に承諾することだけだった。 「決まりね、じゃあ私は準備して寝室で待ってるから……貴方たち」 「「お呼びでございますか」」 魔王が合図すると、勇者の後ろ、先ほど彼が入ってきた大扉からメイド服を身にまとった淫魔が2人姿を現した。 無表情のまま膝をついている勇者の左右に立ち、メイドらしく両手を前に待機した姿勢で魔王を見つめている。 「この子の身体を清めてくれる?」 「「かしこまりました」」 恭しく一礼して、満身創痍の彼の両肩を支えるようにして立たせる淫魔メイド。 そのまま両者が戦っていた部屋を出て廊下を進み、どこかへと連れていく。 勇者はただ、運ばれるしかなかった。 「こちら、浴場となっております」 案内された先には、大浴場があった。 最初の印象としては、ひたすらに広い。小さめのホールくらいはありそうな空間の中に、何十人と入浴できそうな巨大な浴槽が鎮座している。 装飾がふんだんに施された壁や天井は豪奢の一言では足りないほどで、黒々とした石造りの浴槽にはなみなみとお湯が張られている。 あまりの規模に圧倒されかけたが、魔界のトップである存在が過ごすだけのクオリティを確保した結果なのだろう。 「ふぅ……」 裸になって、浴槽に身体を沈める。 治癒効果があるのか、全身の傷や痛みがみるみる治っていく。 (まさか魔王城で湯につかるとはな) 戦う前は、こんな場所で入浴など考えもしていなかった。 それも、魔王に敗北してこうなっているのだ。 自分の情けなさに、泣けるどころかむしろ笑えてくる。 (チャンスがあるなら、何としてでも生き延びないと) どれだけ恥をかこうと、屈辱を受けようと、人類の希望として最後まで諦めてはならない。 勇者の精神は高潔だった。 「……終わったぞ」 先ほどまでの戦いによる汗や汚れが流れ落ち、綺麗になった身体。 体力なども完全に回復はした勇者だが、裸のまま城の内部で暴れる気はなかった。 実力差を見せつけられた今、何の策もなく戦ったところで勝ち目はない。残念だが客観的な事実として、今の勇者に魔王を倒せる見込みは皆無だった。 約束を違えた上で再び負ければ、今度こそ命はないだろう。 「こちらをどうぞ。洗浄しておきました」 浴場を出てすぐ、メイドたちから勇者の服を渡される。 先ほどの戦闘で汚れていたはずだが、魔法によるものだろう、埃一つなく新品のようだ。 「寝室までご案内します。すでに魔王様がお待ちです」 服を着て大浴場を出ると、そのまま魔王のもとへと案内された。 行きとは違う方向へと進んだ廊下の先、部屋の前だろう場所で立ち止まり、メイドが振り向く。 「部屋に入る前にこちらを飲んで頂きます」 そして胸元から取り出した、手のひらに収まる大きさの小瓶を渡された。 中に入っているのは白濁した液体でドロドロとしており粘性がかなり高い。 「これは……?」 「精力剤です」 端的な説明。つまり、夜を過ごすためにこれを使えということだろう。 ただ、勇者からしてみればあまりにも怪しい品だった。 魔王たちの陣営から渡される正体不明の液体……どうしても抵抗が勝ってしまう。 大丈夫だと拒否して、このまま部屋に向かうべきだろうか? 「敵意によって勃たず、行為もままならなければ、魔王様の不興を買うだけでしょう?」 「ぐっ……」 メイドに言われて言葉に詰まる。 魔王の容姿は最上位の淫魔らしく絶世の美女だが、その実は人々を弄んできた人類の敵だ。望んで一夜を共にしようという気持ちはない。 しかし、無事に帰還するためには背に腹は変えられなかった。情報を持ち帰ることだって重要なのだ。 勇者は覚悟を決めて小瓶の栓を開ける。 「うっ……」 口元に近づけると、生臭くねっとりとした匂いが鼻腔に押し寄せてくる。 しかし、これ以上眺めていても仕方がない。 覚悟を決めて、一気に飲み干した。 「んっ、ぐっ……まずっ」 予想通りの匂いが鼻に抜け、ヌラリとした感触が舌や粘膜にまとわりつく。 思わず顔をしかめる勇者だったが、効果はすぐに現れた。 股間がムクムクと膨らみだし、ズボンの布地を張り詰めさせる。 効いているのだろう、飲み下した液体から何かが全身に染みわたっていくような感覚もある。 これなら、魔王の前で不興を買うことはないだろう。 「開けてくれ」 準備ができたことを伝えると、2人のサキュバスメイドが扉の左右の取っ手をそれぞれ掴み、ゆっくりと開けていく。 「「どうぞ、良い夜をお過ごしください」」 勇者が入ってすぐ、重々しい音とともに扉が閉じられた。

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