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先に導入をあげていた本にしたいTS小説本の序盤、約9000字です。 全体では5万字くらいいきそう。徐々に進めていきます。 ~~~~~~~~~~~~~~~~ 「おりゃああぁっ!」 薄暗いダンジョンの奥深くに、気迫のこもった声が響く。 分厚い石材で構築された空間は広く、その中央に一人の青年が立っていた。 彼を囲んでいるのは、赤黒い狼のような魔物の群れ。 それぞれが青年とじりじりと距離を詰めつつ、今にも飛びかからんと低く身構えている。 傍からみれば絶体絶命のようにも見えるのだが……形勢は真逆だった。 ザシュッ、グサッ、ズバァッ! 襲いかかってくる魔物たち、その武器である鋭い爪を紙一重で躱しつつ、お返しとばかりに斬撃をお見舞いする。 彼の得物である直剣は、一太刀で魔物の急所を捉えていた。 身にまとっている装備は胸当てやアームプレートのみでかなり軽装なのだが、そもそも攻撃が当たらない。 見た目の年齢に反して熟練されたその動きは、手練れの戦士を連想させた。 銀色の軌跡がきらめくたび骨肉の断たれる鈍い音がわずかに生じ、魔物たちの唸り声は怯えと苦悶の声に変わっていく。 『ガァァ……ッ』 そして最後の魔物が断末魔をあげながら息絶え、立っているのは彼一人となった。 「ふぅ……」 青年は息を吐きながら剣をしまい込む。 ダンジョンに本来の静寂が訪れたところで、この空間に続く通路の方から足音が響いてきた。 「おー、もう片付いてるじゃん」 「はぁっ、はっ、やっと追いついた……!」 彼が駆けてきた後を追うように、遅れてやってきて声をかけたのは2人。 日に焼けた褐色肌を勇者以上に露出した小柄な男子と、息を整えながら渋い顔をしている聖職者の装いの青年。 「無茶しすぎですよ、勇者の身に何かあったらどうするんですか!」 呼吸を整えてすぐ、青年に向けて説教する聖職者。優男な印象の整った顔立ちを精一杯に歪めて、怒りと威圧感を伝えようとしている。 勇者……人間と魔物が対立するこの世界において、人類にとっての希望。 そして先ほどまで大立ち回りしていたこの青年こそが、魔王を討つため女神に選ばれた勇者なのだ。 そんな彼は1人でここにいるわけではなく、彼ら2人と魔王を討つためパーティーを組んでいる。 本来なら3人で協力して戦うはず……なのだが、早く探索しようと先んじた勇者が前方に魔物の群れを発見し、単身で突っ込んでいった結果今に至る。 「でも、1人で大丈夫だったろ?」 そして人類の希望である当の勇者は、屈託ない笑みを浮かべていた。 魔物の群れに飛び込み、その身を危険に晒してなお反省の色はない。 結果的には時間を無駄にすることなく倒しきったのだから問題ないと、周囲を示しつつ2人のもとに戻ろうとする。 「……腕、見せてください」 ただ、その動きが一瞬だけこわばったのを魔導士は見逃さなかった。 近づいてきた勇者の腕をがしっと掴み、引き寄せる。 「あっ……ちょっと爪がかすっただけだよ」 大丈夫だと言った手前、気まずそうにする勇者。 よくみると、二の腕のあたりの布が5センチほど裂けていた。 立ち回っている際に、魔物の爪がわずかに触れてしまったのだろう。 切られたそこから露わになった肌にも、うっすらと赤い線が走っていた。 「すぐに治療します」 聖職者の装いをした彼が、傷に向けて手をかざす。 回復魔法の白く緑色の混じった光が彼の腕を包み込み、みるみる傷が癒えていく。 手から光が消えたころには、勇者の二の腕は完全に綺麗な肌へと戻っていた。 「毒の類もなかったので、これで大丈夫です」 「あぁ、ありがとな」 彼は白魔導士であり、パーティーの中でも後衛、ヒーラーだ。 高い魔術のスキルを持ち、治療やバフをメインに勇者たちを支えている。 3人の中でもっとも知性が高く、戦略を練るのも彼の役目だ。 だからこそ、勇者の行動に頭を悩ませているのだが。 「まったく……そんな戦い方では、命がいくつあっても足りませんよ」 治療を施した後も、苦言が止まらない魔導士。 確かに勇者は能力も戦闘スキルもある。 しかし単身で突っ込むというのは、あまりにも無謀ともいえる戦闘スタイルだ。 パーティーの一員として、思わず忠告してしまうのだ。 「しょうがないだろ、いちいち止まってたら終わんないし」 魔導士の諫言にも反省の色は一切なく、口答えする勇者。 とにかく先を急ぐのが優先だと主張するのはいつものことだ。 緊張や警戒といった要素を微塵も感じさせない、街で買い物をしているときと変わらないトーン。 ここがダンジョンの奥地だということも、まるで日常の一部かのような口ぶりだ。 「もし死んでも、また戻ってくればいいんだしさ」 さらっと恐ろしいことを言う勇者だが、それを聞いた2人の顔色は変わらない。 ただ、どこか呆れたような様子で見つめていた。 それは、勇者の加護という特権だった。 パーティーの面々にも付与されたそれは、万が一にも勇者を失ってはならないという神からの餞別である。 勇者たち全員がどこかで力尽きたとしても、最寄りの教会にて復活することができる。 つまり、旅をやめることがなければずっと戦いを続けることができるのだ。 この加護には、彼らも何度もお世話になっていた。 もちろん命に関わるような状況に追い込まれるというのは、加護で復活するとしても好ましいものではない。 そのときの記憶だって、普通は思い出したくはないものだ。 しかし、勇者にはそういった抵抗はないらしい。 捨て身の戦法を取っても恐れる必要がない……そのぐらいの受け止めなのだろう。 「よし、問題ないし、先に進むか」 服についた土埃を払って立ち上がり、切り替えるように2人に声をかける勇者。 さきほどまでの魔導士の忠告が効いた様子はない。 「かなり深いんだし、さっさと調べて帰ろう」 「お宝はオレんとこに寄越せよ、ちゃんと鑑定すっから」 ずんずん先に進んでいく勇者と、その後ろをついていく褐色の少年。 彼は元盗賊であり、細く引き締まった体躯と褐色肌を大胆に露出していて勇者以上に軽装である。短く乱雑に切られた銀髪も合わせて彼の快活さを象徴しているようだ。 この一行に加わってからは人々に害をなすような稼業は行っていないが、経歴ゆえに索敵や隠密行動に長けており、たびたび勇者たちを助けてきた。 行商人としてのスキルも高く、装備やアイテムに関する知識や鑑定スキルは抜群だ。 今はダンジョン探索の方に興味が向いているらしく、勇者と同様にあまり危機感は感じていないらしい。 「はぁ……」 2人の後ろ姿を眺めつつ、嘆息する魔導士。 勇者の猪突猛進ぶりにはたびたび悩まされてきたが、やはり直りそうもない。 しかし好意的にみれば、女神の加護を十全に活用できる、折れることのない強靭な精神ともいえる。 考えて足が止まるものと、ひたすら前に進み続けるもの……どちらが良いかは分からないが、少なくとも勇者の素質があるのは彼なのだ。 それに、これまで様々な難所や敵を突破してきたのも事実、長所と短所は表裏一体ともいえるだろう。 危うさは確かにあるが、自分が支えよう……そんなことを考えながらついていく魔導士だった。 「……しかし、妙に敵が少ないですね」 内部を進みつつ、不思議そうに首をかしげる魔導士。 未開拓のダンジョンともなれば、魔物の巣窟となっていてもおかしくない。 魔王陣営の拠点や、幹部たちの住処ということもある。 しかしこの遺跡はモンスターは確かにいるのだが、強いパーティーならすんなりと通れるような微妙な数と強さをしていた。 「かなり古代の遺跡っぽいし、魔王軍も知らないんじゃねーか?」 盗賊が周りの石材を確かめながら言葉を返す。 確かに戦ってきた魔物たちも、魔王の手先のような印象はない。 街から離れた辺境のため、長らく放置されて魔物が勝手に住み着いたような印象だ。 「普段より少ない気はするけど、そこそこの強さだからな。他のパーティーじゃ入れないだろうし、探索しがいがあるってもんさ」 期待に満ちた声音で語る盗賊。 一行が調べた限りでは、少なくともここから誰かが帰還したという報告はあがっていなかった。 だとすると、未知の宝が発見できる可能性も高い。 こういった遺跡には強力な遺物が残されていることも多く、冒険の助けにもなるだろう。 「宝石の一つでもあれば相当……いや、レアな装備や古代のアイテムなんかも……」 語りつつ、これから発見するものを想像して悦に入っている。その目にはお金のマークが浮かんでくるようだ。 パーティーの財布事情も引き受けているため、ここでひと稼ぎできれば後の旅路が楽になるというのも彼にとって大事なのだろう。 くわえて、より強力な装備が見つかる可能性だってある。 人知を超えた力を持つ装備は、こういったダンジョンでしか見つからない。 取りこぼしを防ぐためにも、できることなら一番奥まで調べておきたいだろう。 魔術師は自分の考えすぎかと結論づけて、2人とともに先へ進んだ。 3人はこれまで、強敵を相手にも復活を繰り返し、倒してきた。 培ってきた力量は、人間の中で比肩するものはそういない。 加護とともに積み上げられた経験値、戦闘スキル、そして純粋な力……それらはすでに、魔王軍の幹部を屠れるまでに成長している。 万が一、全滅することがあっても復活できるし、対策を練ったり十分な強化をしてから再挑戦することができる。 そうして挑み続ければ、最終的には勝利が待っているのだ。 いわゆる「負け」がないゆえに、彼らは自信に満ちていた。 ……それが、どうしようもない落とし穴になるとも知らず。 「そろそろ最深部か……?」 探索を続けた一行は、ついに広い空間に出た。 これまでもいくつか部屋らしきものはあったが、入ってきた通路の他に出口は見当たらない。 どうやら行き止まりらしく、遺跡に残る装飾や造りも一番手が込んでいる。 探索した時間や深さからしてもここが最終地点だろう。 「お、宝箱だ!」 そして部屋の一番奥に鎮座しているのは、紛れもなく宝箱だった。 周囲を見渡しても敵のモンスターはいない。 仮に一気に飛び出してきたとしても、これまでのように倒しきれるだろう。 長時間の探索の末に見つけた喜びと興奮が、勇者の全身を満たしていく。 「よし、取ってくる!」 「あ、ちょっと!」 「俺が鑑定するんだからな!」 これまでと同じように真っ先に駆け出していく勇者と、後を追いかけるように走る2人。 相変わらずの行動に半ば呆れつつも、魔導士も最深部のお宝とあって顔は期待で緩んでいる。 そのときだった。 ガコッ 「ん?」 走っていた勇者の足元に、何かを踏んだような感覚と軽い衝撃が走る。 反射的に下を向くと、ちょうど踏んだ部分の床のタイルが沈み込んでいた。 パアァ……! 「っ!?」 直後、床にピンク色の光を放ちながら勇者の立っている位置を中心に丸く緻密な紋様が広がりだした。 それは高難度の呪文が編み込まれた魔法陣だと、冒険者としての経験が告げている。 敵意も、予兆もない。ただ「踏むと起動する」というシンプルな機構。 「トラップだ!」 緊迫した顔で盗賊が叫ぶ。 おそらく、遺跡に最初から用意されていたのだろう。 不意打ちのそれに虚を突かれ、棒立ちになる勇者。 そして魔法陣の効果が発動しようとするそのとき—― 「危ない!」 追いつこうと走っていた魔導士が、自らの足にバフをかけて加速した。 そのままの勢いで勇者の身体にぶつかり、突き飛ばす。 「うわっ!」 ドサッ 全速力のタックルにより、魔法陣の外に崩れ落ちる勇者。 ほぼ同じくらいの体躯をした2人。勇者を弾き飛ばすことはできたが、魔導士の身体は勢いを失い止まってしまう。 バアァァッ……! 勇者が起き上がりながら振り向いたときには、もう手遅れだった。 魔法陣の光がいっそう強くなり、立ちのぼる魔力の奔流が全身を包み込んでいく。 勇者を助け出せた安堵と、これから自分がトラップにかかることへの諦観が混じった穏やかな笑みを浮かべ、魔導士はピンク色の光に飲まれていった。 「くそっ、どうなって……」 ワンテンポおくれて盗賊が追いついたが、勇者も彼もどうすることもできなかった。 下手に入れば巻き添えを食らうことになるし、それを治す術を2人は持っていない。 手を出すこともできず、ただ時間だけが流れていく。 シュウゥゥ…… 数秒ほどして光が一気に晴れていく。発動した魔法陣の魔力が底を尽きたのだろう。 先ほどと変わらない遺跡の床に、倒れている魔導士が姿を現した。 見た目にはとくに変化はないが、どうやら気を失っているらしい。 トラップの魔力が完全に消えてすぐ、勇者が魔導士のもとに駆け寄ってその身体を抱え起こした。 「大丈夫か!」 「うぅっ……」 勇者の声に、眉をしかめつつも目を開く魔導士。どうやら意識はあるようだ。 深刻なダメージを受けた様子はないし、トラップらしく辺りからモンスターが現れる気配もない。 「よかった……」 「でも、一体何のトラップだ……?」 魔導士が無事なことにひとまず安堵する勇者。しかし、同時に盗賊の呟いた疑問ももっともだった。 あれだけ手の込んだ魔法陣を掛けられて、何の効果もないはずがない。 しかし魔導士に毒や麻痺、魅了などの状態異常が起きている様子はなかった。 本当に何もなければ、古いトラップゆえに不発だったというかすかな希望も出てくる。 ……しかし魔導士が身体を起こしたタイミング、勇者の目の前でそれは起きた。 むくっ 「えっ?」 魔導士らしく、全身をゆったりとした布で包んだ服装。 その胸のところが唐突に、ふっくらとなだらかに盛り上がった。 何が起きたのか、勇者も盗賊も、そして魔導士自身も理解ができずに固まってしまう。 むくくっ、ぐぐっ! 「なぁっ!?」 そんな彼らの目の前で、さらに膨れ上がっていく胸。 予想外の現象に、魔導士の顔にも驚きと困惑の色が浮かぶ。 反射的に胸を両手で抑えたが、ふにゅりと布の奥に柔らかなものがたわむ感触が伝わってくる。 変化は止まらず手のひらの中でも質量を増していき、ムクムクと両手を押し返していく。 それが身体の一部であることは、魔導士自身の感覚が証明していた。 ぎゅむっ 「んっ、このっ、止まれっ……!」 膨れ上がっていく魔導士の胸。 危機感を覚えて必死に抑えつけようとするが、膨れ上がるスピードはむしろ加速していた。 手には収まりきらないサイズに達し、指の間から布ごとむにゅりと溢れだす。 両腕で抱えるように抑えつけたのだが、それでも膨らみは止まることなく、服の布がギチギチに張り詰めていく。 「あっ、うぐっ!」 胸回りの布に押し潰され、圧力が胸板にもかかっているのだろう。息苦しそうな喘ぎが喉から漏れる。 しかし、その喘ぎ声すらも甲高く変わりつつあった。 よくみれば胸だけでなく、全身に変化が及んでいる。 もぞもぞと動かしている脚もボリュームを増し、丸みを帯びた太腿のラインや、床の上で存在感を増した尻がむっちりとたわみを大きくしていく。 勇者はどうすることもできず、ただ愕然とその様子を見つめていた。 どぷんっ! 「はっ、はっ、はぁっ……」 極めつけに胸が内側から爆ぜるように一回り膨らみ、変化が止まった。 服ごしにもわかるほどにむっちりと肉を詰め込んだ肢体。 魔導士の服装を着てはいるが、どうみても同じ人間だとは思えない輪郭を描いている。 「これは、女性の身体……?」 呆然と自分の身体を見下ろす魔導士。 甘く艶がかった声音も、容姿に見合ったの女性のそれだ。 しかしその口調は、魔導士のそれと変わっていない。 「一体どうなって……」 自分の身体をより詳しく確認しようと目線を泳がせるが、視界の半分を埋め尽くす自分の胸で遮られてしまっていた。 反射的に手をやって下から持ち上げようとする。 ゆさっ 「重い……」 顔をしかめながら呟く魔導士。 とにかく特筆するべきは、その胸の大きさだ。 それが乳房であることは、布ごしに浮かんだ柔らかな輪郭と引き伸ばされて真横に走るシワから一目でわかった。 魔導士らしくゆったりとしていたはずの衣装が、すべて胸まわりを包み込むために寄せ集められ、今にも破けてしまいそう。 腰回りを留めた帯から胸に向かって布がピンと引き伸ばされ、テントを張っているかのようだ。 頂点にはぼってりと肥大化した乳首も浮き上がり、乳輪だろうなだらかな膨らみまで見えてしまっている。 どうみても女性の身体……それも見たこともないようなバストサイズ。 抱え上げることも難しそうな大きさで、身じろぎするたびだぷだぷと揺れる乳袋。 「お前、それ……」 盗賊が目を見開いて、魔導士を指さしている。 女性の肉体に変わったのだから驚くのも無理はないのだが……彼が指さしていたのは胸ではなく、魔導士の頭部だった。 女子にしか見えない顔も、背中まで伸びた髪も様変わりしているのだが、問題はそこではない。 「な、なんですかこれ……」 魔導士が自分の頭に手をやると、親指くらいの太さの短く固いものが触れた。 髪をかき分けて生えたそれは固く、カーブして先端が丸まっている。形状からして動物の角のようだ。 さらにその下、本来は耳がついているはずの場所には、黒く毛の生えた柔らかなものがついている。 下向きにわずかに垂れるようについたそこから聞こえてくる音……どう考えても耳なのは間違いない。 「う、牛……だよな」 盗賊がわずかに震えた声で呟く。 そして、後ろに回って何かを確認し、諦めにも似た表情を浮かべた。 「その服の下、尻尾まで生えてるぜ……」 「なっ……!?」 衝撃すぎて、現実感がない様子の盗賊。 むっちりと張り詰めた尻の少し上から、親指ほどの太さがある尻尾の輪郭が浮かび上がっていた。 勇者も魔導士本人も、大きすぎる胸に目がいって、視界に入っていなかったようだ。 変化の深刻さを認識して、冷静さを保っていた魔導士の顔色も青くなっていく。 「どうなってんだよ……女になって、しかも人外化!?」 思わず叫んでしまう勇者。 魔物がいるように、人間に近しい姿をした種族もいる。 中には人間と親しくしている地域もあるというが、魔王軍と対立している現在、多くの都市で敵対関係にある。 しかし、性別はもちろん「種族を変える」魔法など聞いたこともない。 背筋に寒気が走り、3人とも無言になる。 「治療はできそうか?」 沈黙を破るように、恐る恐るたずねる勇者。 勇者パーティーの一員として、魔術を扱わせれば人類でもトップクラスの技量を誇る……そんな魔導士であれば、たいていの状態異常は解くことができる。 戦闘の柱である勇者が受けるよりも自分が受けた方がずっといいし、自分なら魔術の分析や解呪も簡単にできる。 魔法陣を真っ先に受けたのも、そういう計算のもとでの行動だった。 トラップを踏んでしまい彼を巻き込んだのは勇者の不覚だが、この異常を治せればそれで解決なのだ。 ……しかし、彼の表情は曇っていた。 「それが、かなり古いもののようで……」 自分の胸にペタペタと手をあてて調べる魔導士。 普通の状態異常であれば、簡単に治すことができる。 しかし遺跡に掛けられていたトラップは、そのどれにも当てはまらなかった。 肉体に異常があれば対処のしようもあるが、牛娘の肉体というだけで、調べてみてもいたって健康なのだ。 これまで様々な状態異常を経験してきた彼らだが、もちろん初めてのことである。 ずっしりと両手から溢れる乳袋の重さの感覚からして、幻術の類でもない。 今まで経験したことのない現象、それを構築する魔術も古く複雑で未知のものだ。 現代の魔術では解析不能な……まさしく「呪い」と呼ぶべき代物。 魔導士も表情にも隠しきれない困惑が浮かんでいる。 「まず、いくつかの術式で反応をみてみましょう」 とはいえ、このまま放置していいわけもない。 少しでも効けば良しということで、ほぼすべての状態異常を治せる万能魔法を掛けてみることにした。 魔導士は勇者の傷を治したときのように両手を自らの胸にかざし、魔力を込めようとしたのだが—― 「ぐっ……!?」 直後、魔導士の顔が苦悶に歪んだ。 効かない可能性は想定していたが、予想外の反応に勇者も盗賊も顔色が変わる。 「どうした!?」 「魔力が……胸に流れ込んで……!」 手から魔法が発動しない。 それどころか、両手から放たれるはずの魔力が、勝手に胸へと吸い上げられていく。 胸の内側に広がっていく異様な感覚を必死に耐える魔導士。 しかし、彼を襲っていたのは苦痛ではない。 「あっ……うあぁっ!?」 快感だった。 服の中にギチギチに詰め込まれた胸から、じんわりと暖かく甘い感覚が湧き上がる。 それらは彼の魔力に呼応するように、胸の内側でどんどん膨れ上がっていく。 熱くもどかしい疼きとなったそれは、まるで出口を求めるかのように胸の前方、乳房の頂点にある肉蕾へと移動して—― 「あぁぁっ♡」 プシッ! 背中を反らしながら、甘い声をあげて上半身を震わせる。 そして浮き上がった両乳首を中心に、何かが噴き出した。 まるでおもらしでもしたかのように、ジンワリと胸元の布に広がっていく液体の染み。 数拍おくれて、ミルクのような匂いが勇者の鼻にも届いてくる。 白みがかったこの液体の匂いで間違いない。 それが人の胸から出ているということは—― 「母乳!?」 服が吸いきれずに流れが見えるほどに、とぷとぷと漏れだしている乳白色の液体。 牛の角や耳と同じように、乳腺まで変質させられているのか……。 魔導士が、魔法を使うことができない。 それ自体も大きな痛手だが、どうやらそれだけではないようだ。 「この母乳、私の魔力にさっきの魔法が混じってる……」 自らの胸から出たそれを指に取りながら分析する魔導士 魔術に長けているからこそ、そのわずかな異変を感じ取っていた。 胸に流れ込んだ魔力にくわえて、呪いと同質の魔力が混じっているようだ。 魔導士の体内に、あの呪いが残っている。 どうやら、身体を牛娘に変えて終わりではなさそうだ。 解除できず、身体を蝕み続けている呪い……これから何が起きるかもわからない。 「……急いで街に戻ろう」 勇者が真剣な面持ちで告げる。 自分が先走ったことへの責任を感じつつ、パーティーのリーダーとして下した判断だった。 街に戻れば、教会での解呪を試みることができる。 それがダメでも聖職者や専門家が多いだろう都市へ向かったりと、少なくとも手段が増えるのは間違いない。 時間が経ったときに、魔導士の体内に残った呪いがどんな影響を及ぼすのか分からない。悠長に構えてはいられなかった。 勇者パーティーは、ダンジョン最奥からの帰還を決めた。

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