■序章・前編(小説プロット) (Pixiv Fanbox)
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2155年12月24日
イルクーツク
時刻AM05:00
気温-23℃
灰霧濃度853μg/m3
「東区封鎖完了」
「目標の誘導に成功しています」
「0523に目標07ポイントに到達します」
「ドナート中尉率いる小隊は現地にて待機しています」
「わかった。私もそちらへ向かう」
指令車から出ようとするとピンク色の髪がよく目立つ、エプロンドレス姿の少女が私を呼び止めた。彼女の存在は年齢の幼さもあるがその風貌は現場の雰囲気からとても浮いた印象を受ける。
「ゾーヤさん、外は灰霧の濃度がとても濃いです。フィルターの点検はしておきました。私も同行しますが、本当に気を付けてくださいね……」
「ああ。フィルターを見てくれてありがとうな、ヤナ。久々の高濃度の灰霧下での作戦ではあるが、何度も経験してきたことだ。問題ない。ヤナは灰霧の影響を受けないとはいえ、今回の作戦目標は黒きものではない。ヤナも注意しろ」
「はい」 私は灰霧用のガスマスクを備えたスーツを着用し、幾重もある空気清浄機のゲートを潜り抜け、ヤナとともに外界へと足を踏み入れた。日はまだ上っておらず、周囲一帯は暗闇と静寂に満ちている。
空からはしんしんと灰が降り続け、崩壊した建物には雪のように灰が分厚くのしかかっている。その灰は人類を滅びへと導く、この世ならざる不浄のもの。これを吸引した生物は内臓部から灰に浸食され、いずれ死に至る。その生物の例外たる存在がヤナだ。ヤナは人によって造られた、灰霧の影響を受けることがない新人類。灰に侵され、異形の怪物が跋扈するこの滅びゆく星で唯一の希望の存在と言える。突如として通信が入った。ドナート中尉からの無線だ。
「こちらゾーヤ大尉。どうした」
「こちらドナート中尉。目標の移動速度が急速に上昇、予定時刻よりも20分早い接触となりました。現在交戦中ですが状況は芳しくありません!」
「すぐに向かう。どうにか持ちこたえろ、相手は一人だが油断はするな」
けたたましい銃声がスピーカー越しから聞こえてきた。ドナート中尉は返事をするとすぐさま通信を切った。通信内容を聞いていたヤナは私と目配せし、ヤナを先に現場へと向かわせた。
私が着いた頃の現場はひどい有様であった。ヤナを先に向かわせなければ前線は崩壊していたであろう。目標はヤナと同じ新人類「白い神」だと報告を受けている。白い神は人間より数倍も知力・体力・五感が優れているとはいうが、個体ごとにばらつきはある。この現場の有様を見るに、戦闘力はヤナと同等レベルと推測される。
バリケードに沿って移動していると、ヤナが現れた。
「ゾーヤさん、相手はとても強いです。反射速度も私と同じくらいで……なかなか被弾しないです」
「そのようだな……だが、奴は戦闘能力はあっても戦術はなさそうだ。また戦闘経験も浅く感じる。荒削りの戦い方だ。勝算はある」
「はい……!」
ヤナはAEK971の弾を装填し直すと再び前へと出た。私もAN94を構え、ヤナに続いて前へと出た。すると、動けなくなった戦闘員の山の上に1人の華奢な少女が立っていた。
片手にはどこかで盗んできたのであろうサブマシンガンを携えている。おそらくpp19bizonだろう。少女は銀髪をたなびかせ、深い青色の瞳で静かに私たちを見据えた。
「私たちはお前を保護しに来た。戦う意思はない。今すぐ投降しろ」
「銃口を向けながら保護しに来たって言われても説得力ないんだけど。それにピンク頭、戦場で何浮かれた格好しているのよ、さっきから気に食わない」
「あなたにはわからないでしょうね」
ヤナが冷たい声でそう答えると同時に、私とヤナの間に目にもとまらぬ速さで少女が飛び込んできた。私はすかさず少女と距離をとり、制圧射撃を行った。それに合わせて行ったヤナの射撃は少女の脚に命中した。少女は小さなうめき声をあげた。
「私たちは敵対すべきでない。報告によるとお前はイルクーツクを中心に放浪していたようだが、さまよい歩いてこの世界の実情に少しは勘づいているのではなかろうか」
「なんのことよ……!」
少女はあくまでも悪態をついている。意思疎通ができるとなればこれ以上戦う意味もない。私は銃を下ろし、言葉を続けた。
「黒きもの。それがこの街、いや世界に蔓延る怪物の名前だ。黒きものは人間のみを襲い、かれこれ50年以上にわたって殺戮を繰り返してきた。そしてその怪物は灰霧と呼ばれる有害物質を放出している。今降り続けているこの雪のようなものがそれだ」
「それと私が何の関係があるわけ」
少女は体勢を立て直した。どうやら銃による傷は癒えてきている。
「お前はその黒きものに対抗できる力を持っている。私には灰霧は毒だがお前には効いていない。なにより、その並外れた運動能力は白い神由来のものと推測できる」
「意味わかんない単語を連呼してんじゃないわよ……つまり、何?私は特別な人間であなたたちの組織に入って一緒に戦ってくれってこと?」
「物分かりが速くて助かる。そうだ。人類の為に、お前の力を貸してほし――」
私が最後まで言葉を言い切る前に少女は一気に私に詰め寄った。気づけば私の首元にはナイフが突きつけられている。ヤナもすかさず少女の頭に銃口を当て、トリガーに指をかけてあと一寸で発砲できる体制をとった。
「私を保護するとか、人類の為とか嘘ったらしい……!嫌気がたつわ……!」
少女は私を鋭くにらみつけた。少女の背後にいるヤナからすさまじい殺気を感じる。
「よくわかったな。嘘だ」
少女はあっけにとられた表情をした。その瞬間を逃さず、私は少女を足で蹴り上げ、地面に伏せた少女を拘束した。
「だが、私たちが敵対する意味はあるまい。それはわかるだろう」
「そう……だけどっ……私があなたに従う義理もないわ……」
「物分かりが悪い子だな」
少女の頭を持ち上げようとすると、少女が突然呻き始めた。
「ゾーヤさん!離れてください……!この雰囲気は覚醒だと思います……!」
ヤナに言われた通り私は少女から距離をとった。覚醒、それは白い神に起こる現象の1つだ。覚醒を重ねることで、白い神としての力はより増していく。しかし、白い神の力は高まれば高まるほど人の肉の器はその力に耐えきれなくなる。よって2度以上の覚醒を乗り越えた白い神はほぼいない。ヤナ1人を除いて。ともあれ、覚醒時は約1時間ほど意識がもうろうとし、対象を誰かれかまわず破壊行動をとることが確認されている。現在非常に危険な立場であることは変わりない。だがこちらにはヤナがいる。少女の右目が禍々しく赤色に光り始めた。
「う…く……あなたたち……離れないさい…よ……っどっか行かないと……危ない……」
「これも仕事のうちだ」
「何言って……ううっ!!」
少女は急にうめき声を出さなくなると、うつむいたまま私とヤナに飛びかかってきた。ヤナがすかさず私の前に出て、少女の捨て身の猛攻から私をかばう。ヤナも攻撃態勢に入り、少女へと攻撃を繰り出す。人を超えた人ならざる者同士のすさまじい戦闘であった。私は物陰から制圧射撃を続け、ヤナが有利に戦えるよう補助を行う。ヤナの渾身の攻撃が少女のみぞおちに命中し、少女はそれきり動かなくなった。
「はぁ……はぁ……ゾーヤさん……勝ちました……」
「ああ、お疲れ様、ヤナ。よくがんばったな」
ヤナは満面の笑みを浮かべると、エプロンドレスについた灰をぱっぱと落とした。こんなにも疲弊しているヤナは初めて見た。ヤナは白い神の中でも一番の戦闘力を誇っている。そんなヤナと互角に戦えるこの少女はいったい何者なんだ……?
「う…く……」
少女が小さな声を上げた。表情を見るに、覚醒による破壊衝動は抑えられ、戦意ももうないように見える。私は屈みながら少女を見下ろした。遠方からエンジン音が聞こえる。おそらく増援だ。迎えの車かもしれない。
「お前はこれから白木と呼ばれる組織に所属することになる。私たちと共に戦ってくれ」
「かってに……決めてんじゃ……ない……わ……よ……」
「大丈夫だ、悪くはしないから。一緒に世界を終わらせよう」
少女はそこで意識を失った。