■エピローグ『贖い』+おまけ:未統合psd (Pixiv Fanbox)
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こちらの小説の後日譚です。
レナータ・アレクセーエヴナ・ツヴェターエワ(14)
生存
イヴ(不詳)
生存
ディアーナ(15)
2156年1月3日黒きものと交戦中、胸部を黒きものの腕に貫かれ即死。
アルヴィナ
2156年1月2日地盤の陥落により形成された穴に落下、行方不明。
ダーリヤ
2156年1月2日複数体の黒きものと単独で交戦。戦死。
ユーリア
2156年1月3日黒きものの攻撃により胴を強打。意識不明の重体。
ーーー生存を確認。
……
けたたましい爆発音で目を覚ました。顔を上げようとするが、まるで鉛のようで、なかなか上手く思うように動かせない。やっとの思いで体を起こし、爆発音のした方向に顔を向けると、そこには巨大な雲が立ち昇ってた。あそこには確か、大型の黒きものがいたはず。地雷で黒きものの足場を破壊し動きを止めたはいいものの、決定打を見出せないうえに黒きものは反抗を止めず、戦闘は膠着状態となってしまっていた。次々と仲間は死んでいき、動けなくなっていった。私もそんな1人になるのだろうと思っていたけれど、どうやら生き残ったらしい……いったい誰が、あんな爆発を起こしたのだろうか。
痛む腹部を抑えながら、廃墟になったアパートの上をよじ登り、そこから黒きものがいる……さきほど爆発が起きた場所を私は見下ろした。現場には大量の灰霧が立ち込めている。どうやら……
「倒したの……?」
黒きものは倒されたようだ。やがて灰霧が晴れていくと、人影が見えた。目を凝らしてよく見ると、そこにいたのは、私と同じくらいの背丈をした細身の銀髪の女の子。右目を禍々しく赤い色に光らせて、まっすぐその場に立っている。
「イヴさん……」
イヴさんは私と同じAクラスに所属している女の子で、今回私たちが参加した実地訓練のグループ分けで同じ1班のメンバーになった子でもある。イヴさんは……Aクラスそして1班のリーダー、私たちの学校で唯一の人間のレーナさんと一緒に2人きりで、実地訓練を離脱した。はずだった。けれど、まだこの街に残っていたらしい……
「でも、レーナさんは、もう、何もしなくていいです」
私がレーナさんに言った言葉を思い返す。ひどいことを言ってしまったと思う。だけど、もしレーナさんが実地訓練に参加していなければ、アルヴィナさんは助かったのかもしれないし、レーナさんを庇うようにして死んでいった仲間たちも、そんなことをしないですんだかもしれない。そう思うと、どうしようもなくて、レーナさんを責めたくないのに、責めてもどうしようもないのに、そしてその場にいたにもかかわらず何もできなかった自分がとても無力で、とても苦しくて、泣きたくなった。
レーナさんは自分自身の研究のために実地訓練に参加したと言っていた。私たち白い神は人間を守らなくてはならないという思考調整を受けているという事実を知りながら……実地訓練に参加して、研究に成果はあったのだろうか。それはみんなの命と引き換えになるものなのだろうか。わからない……
体重を少し動かした途端、足元のがれきが崩れて私は地面へと放り出されてしまった。普段なら難なく着地できるけれど、今はけがをしている上に意識ももうろうとしていて上手く反応できない。結果、胸を強く打ってしまった。傷口が開いたようで、血がにじんでくる。痛い。傷の治りが速いだけで、白い神でも血は流れるし、痛みは感じる。思考を調整するくらいなら、痛みを感じない体にしてくれればよかったのに……
とにかく今は、イヴさんたちと合流した方がいいかもしれない……這いつくばるようにして前に進むと、見たことのある髪色を見つけた。しかしそのきれいだった髪色は赤い色で汚れてしまっている。
「ディアーナさん!!」
ディアーナさんは私と同じ1班に配属された女の子……私は胸の痛みなど忘れて飛び上がるようにしてディアーナさんのもとへ駆け寄った。ディアーナさんの下腹部を見ると、大きな傷……いや、穴があった。ディアーナさんは私の返事に答えない。体はとても冷たくなっている。息もしていない。心臓も動いていない。
「ディアーナさん!ディアーナさん!」
私はディアーナさんを仰向けにして、膝を曲げさせ、それを止血帯で固定し、心臓マッサージをした。私の胸から血があふれ出た。気にせずマッサージと呼びかけを何度も続ける。それを……どれくらいしたのだろうか?わからない。体力の続くまでしたのは確か。けれどもディアーナさんは動くことはなかった。
「うう……」
意識を保つことが難しくなってきた。ふわふわとした浮遊感に襲われ、ディアーナさんの上に覆いかぶさるかのように私は倒れ込んだ。
二度目に目が覚めた時には空から雪が降り注いでいた。あたり一面赤い色だった地面を白く染め上げていく。私はゆっくりと起き上がると、眠っているディアーナさんの顔を見つめた。途端に涙がこみあげてくる。だめだ、今はまだ泣いちゃだめだ。私はふらつく脚に力を込めて立ち上がり、当てもなく歩き始めた。正確には当てはある。私たちの生まれた、生活していた白木へ帰るのだ。けれど、きっとこれは思考調整による意識だと思う。それでも結局私は白い神だから、この意思に抗うことはできない。白木のある方角へとたどたどしい足取りで、廃墟と化した静かな街を歩いて行った。
1時間ほど歩くと街を抜けてきた。それと同時に背後からヘリの音がする。
私は手を左右に揺らしながら上空を飛んでいくヘリに合図を送った。幸運にも私の合図に気づいたのか、ヘリが私のもとへ降りてきた。私はヘリへと駆け寄った。ヘリは近くの空地へと着陸したけれど、どうにも扉は開かない。運転席を見ると、ヘリの操縦者は通信をしているようだった。私は更に様子をうかがおうと、ヘリの窓へと近づいた。するとそこには
「レーナさん……!イヴさんに……ヤニーニャさんも……」
「……!」
レーナさんと目が合う。するとレーナさんは必死の形相で窓ガラスをたたき、何かを伝えようとした。すると突然ヘリのプロペラが回転を始める。私はあわててその場を離れた。レーナさんはヘリの操縦者となにやら話をしている。何が起きたのかわからない。けれど私をヘリに乗せる気はないようだ。そのままヘリは一気に飛び立っていってしまった。ただ私を残して。私はその光景を呆然と見ていることしかできなかった。
当然の結果だよな、と思った。私はレーナさんにひどいことを言った。そういった理由で私を救助しなくても仕方ないと思う。でも、レーナさんは本当にそんな人なのだろうか?わからない……少なくともレーナさんはとても優しくて、まさに善人と呼べる人だった。だけどレーナさんは研究のために仲間たちの命を犠牲にした面もある……何を信じればいいのかわからない……白木には帰りたくない。けれど脚は止まらない。何もかもが……もうわからなくなっていた。泣きながら私は歩いた。
……
私は2週間かけて白木に到着した。私が白木の門番に私の名前、所属、製造ナンバーを伝えた時は、門番と通信先のオペレーターがひどく驚いていたのを覚えている。そのあとは治療と検査を受け、1週間の治療室生活を終えると、以前と変わらない生活がやってきた。周囲の人たちを除いて。
私が白木本部に到着したころには4期生は既に『生まれて』いた。現在の白葉のクラス名簿を確認したけれど、3期生の名前はレーナさん、イヴさん、ヤニーニャさん、そして私以外、クラスのどこにも存在していなかった。
資料室で第一次実地訓練のデータを確認すると、訓練に参加した3期生のABクラスの生徒はレーナさん、イヴさん、ヤニーニャさん、私以外は全員戦死・行方不明と記載されていた。まだ現場にはけがをしながらも生きているクラスメイトはたくさんいた。そんなはずは……それに後方支援を担当していたCクラスも全員死亡したことになっている。
「ここにいたのね、ユーリアちゃん」
「レーナさん」
私は思わず立ち上がっていた。
「ここだと、周りの生徒に迷惑だから、私の部屋へ行きましょうか」
レーナさんの言われるがままに私はレーナさんの後へとついて行った。
レーナさんの部屋に行ったのは初めてだった。白を基調とした気品のある部屋で、とても豪華な装飾が施された家具や小物がきらびやかに並べられていた。レーナさんのことだから、きっと立派なお部屋で暮らしているのだと思っていたけれど、想像以上に豪勢な部屋でひどく気圧されてしまった。まるでお姫様の部屋のような生活感のない浮世離れした部屋に見入っていると、レーナさんは申し訳なさそうに、私にソファに座るように勧めてきた。
「……悪趣味な部屋でしょう」
「そっそんなことは……」
レーナさんは私をソファに座らせると、部屋の奥の方で紅茶を淹れ始めた。ソファはとてもふかふかだった。
「ミルクは入れるかしら」
「いっ、いらないです……」
「ありがとう。これは私の特製ブレンド茶葉なの。ミルクを入れないで、茶葉本来の香り、味を堪能してもらえれば嬉しいわ……これに合うジャムも添えておくわね」
レーナさんの運んできたティーポット、ティーセットも非常に精巧な草花の模様が描かれていて、これもとても良いものに違いないと思った。漂ってくる香りはとても上品で、優しい匂いがした。
「サモワールはそれだから。もしお茶が濃かったら自由に調整して頂戴ね」
「はい……あっこれ、サモワールだったんですね……!」
レーナさんの指さしたそれも、非常に凝ったデザイン・装飾が施されていて、サモワールということが一瞬分からなかった。
「うふふ、ユーリアちゃんったら……でも、そうね。こんな話をしたくてあなたをここに呼んだわけではないわ」
「です……よね……」
レーナさんは紅茶を一口飲むと、話を続けた。
「まずは退院おめでとう。そしてここまでよくがんばって来たわね……道中大変だったでしょう……」
「いいえ……そんな……でも……」
「ええ、あなたの言いたいことはわかるわ。あのときどうしてヘリにユーリアちゃんを乗せなかったのか。よね」
私は黙ってうなずいた。レーナさんの顔を見ることはできなかった。レーナさんは音もなくソファから立ち上がった。
「もし……あの場にいたのがあなた、ユーリアちゃんだったから乗せなかった、と言ったら。あなたはどうするかしら」
「!」
「私怨であなたを乗せなかったのよ。私は」
レーナさんはただ淡々とそう言った。
「そんなはずはないです!レーナさんはそんな人では……」
「でも私はあなたたち白い神に守ってもらえるから実地訓練に参加した浅はかな人間よ」
私はなにも言返せなかった。
「私はあなたたちの命より、研究を優先したの。それをユーリアちゃんに暴かれ、私はあなたに恨みを抱き、あなたを見放した」
「レーナさん……」
そんなことは信じられなかった。けれど、けれど……
「どうして……そんなことを言うのですか……?」
レーナさんは寂しそうに笑った。
「あなたは優しいのね……恨むことも、怒ることもしれくれないんだ」
レーナさんの懺悔するような小さなつぶやき。それは五感の鋭い白い神でなければ聞こえなかったかもしれない。西日が部屋に差し込んできた。オレンジ色の光が真っ白な部屋に乱反射して、部屋全体を輝かせる。
「もしそれが本当だったとしたら、私はレーナさんを許せないです。仲間を見ごろしにした上に、私を個人的な理由で見放して……でもレーナさんがそんなことを理由に私を憎んで見放すとも思えないんです……!」
それに。ヘリが飛び立つ前にレーナさんが必死の形相でヘリの窓ガラスをたたいて、私がプロペラに巻き込まれないように、ヘリから離れるよう私に伝えてくれたのを知っている……
私も気づいたら立ち上がっていた。せっかくレーナさんが淹れてくれた紅茶は一口も飲まないまま、すっかり冷めきってしまっていた。
「……そう……じゃあ……また会いましょう。ユーリアちゃん。今日は急に呼び出して悪かったわね……明日から授業に参加するのでしょう。また同じAクラスのクラスメイトとしてよろしくね」
「レーナさん……」
私はレーナさんの部屋を去った。
これからどう生きればいいのだろう。レーナさんはあれきり、いつも通り接してくれるけれど、どこか心に影が取り付いているようで、心配だった。でも私にそれを晴らすことなんてできなかった。それに……白木はもう信じられない。けれど体は思考は私の意見を無視して白木の命令を聞こうとする。私はどうすればいいの。ディアーナさん。アルヴィナさん。ダーリヤさん。
……いっそあのとき私も仲間たちと死んでいればよかったと、何度思ったことだろう。
◇◇◇
「レーナって変態なの?」
突然ベッドから聞きなれた声が飛んできた。ベッドのカーテンを開けるとそこにはクマのぬいぐるみをつついているイヴがいた。
「全部聞いていたのね。イヴ。いつからそこに隠れていたの?まったく悪い子ね……」
イヴは黙ってベランダを指さした。イヴの指さした方向……ベランダの入り口を見ると扉が少し開いていて、カーテンが風で揺らめいている。この子ったら……
「そんなにこのベッドの寝心地がいいのなら私と一緒に寝る?」
「な、馬鹿言ってんじゃないわよ!そんなの願い下げよ!」
イヴはベッドから飛び上がるように起きると、耳まで赤くして、私にクッションを投げつけてきた。そんなことよりも……そう言ってイヴは表情を戻すと、私をじっと見つめてきた。
「そんなにユーリアに憎まれて償いたいわけ」
思わずため息が出てしまった。
「相変わらずイヴには何でもお見通しなのね……」
私はベッドに深く座った。するとイヴの手と私の手がぶつかってしまった。イヴはすばやく手を引っ込めた。その様子がかわいらしくて、思わず笑ってしまった。
「本当のこと言ってあげればよかったのに」
ポケットに手を入れながらイヴは不満げに呟いた。
「私が本当のことをユーリアちゃんに言ったところで、あの子の胸のつかえがとれるわけではないから……」
「それで今回も自分の『悦』を優先したわけ」
私はイヴに微笑むことしかできなかった。
「でもあの子は私を恨んではくれないみたいね。優しい子だから……悪いことをしたわ……失敗しちゃったわね」
「失敗しちゃったわね、じゃないわよ……なんでそう、敵を増やすようなことするのかな」
「たとえ私が何をしたとしても、イヴがそばにいてくれるからって……言ったらどうする?」
イヴは手をひらひらさせると、ベッドから立ち上がり、部屋の中を歩き出した。
「何度来ても嫌味ったらしくて悪趣味な部屋」
「同意よ。でもあなたに言われるまでは悪趣味な部屋だなんて気づかなかったわ。割と気に入っていたのだけど。今ではガラクタがごちゃごちゃと並んでいる部屋にしか見えないわね、ふふ」
イヴはミニテーブルの上に置いてある紅茶と茶菓子に気づいたようだ。
「これ、飲んでもいい?」
「うーん。ユーリアちゃんに1度出したものだし、それに冷えてしまっているわ……どうせ飲むなら新しく淹れたほうにして頂戴な」
仕方ないわね……とイヴはぼやくと、ソファの上に座り込んだ。
「見かけは悪いけど、割と……良い座り心地じゃない」
「特注だから」
私は立ち上がると、食器からティーポットを取り出し、それに茶葉を入れた。
「イヴは私を恨まないのね」
「別に……でも恨まないほうが、逆にあなたにとって良い『贖罪』になるのかもね」
「かもしれないわね」
私は苦笑した。