稲荷ずしが好きすぎて (Pixiv Fanbox)
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「ねぇねぇ、あそんでよー」
「お前どこまで付いてくるんだよ……」
僕には秘密がある。幽霊が見える、という単純なものだけど、誰も信じてくれないそんな秘密が。実際、後ろをふわふわと付いてくる狐……この街の神社の守り神らしいけど、それがずっと視界に入ってこようとする。
「だって私が話せるのは君だけなんだからー」
「ああ、不用意にしゃべりかけるんじゃなかったよ……」
何週間前だろうか、つまらなそうに境内に座っている狐に話しかけたらこれだ。ずっと付きまとわられて、家にも入ってくるし、ベッド際で話しかけてくる。声枯らして、女性……というより、女の子らしいが、正直うっとうしかった。普通は、幽霊は変な鳴き声や、うめき声を上げてふわふわしているだけで、こんなに興味を示されたのは初めてだった。
「そんな事言わないでさー……あっ」
「え?」
いつの間にか、お惣菜屋さんの前に来ていた。猫の餌だろうか、軒先に、稲荷ずしが置いてあった。
「私、あれ食べたい!」
「でも、守り神様が普通の食べ物を食べるなんて、無理だろ?お供え物すら食べられないのに」
「そんなこと無いよ、君の体を乗っ取ればいいのさ!」
「え!?」
いきなり変なこといい出したぞ、この狐。でも、拒否権はなさそうだし、本当に乗っ取ることはできそうだった。女の子に乗っ取られるってどんな感じなんだろう。オカマっぽくなったりしないか不安だ。
「じゃあいくよー、えい!」
「ちょ、ちょっと……あっ!!」
僕の頭に、ガツンと衝撃のようなものが伝わってきた。それと同時に、体が燃え上がるように熱くなった。
「んんんんっ!!」
僕の口から、いつも狐が出していた女の子の声が出た。喉を抑えると、喉仏がない。まさか、この狐、僕の体を……。
「(そうだよ、女の子の体に作り変えるの!すぐ終わるから!)」
「な、なんでそんなこと!ひゃうっ!」
頭の上から、何かがニョキッと伸びた。その後すぐ、頭にかかる重さが急激に増えて、僕の体の周りを髪の毛が覆った。
「きゃんっ!!」
そして、上半身にギュンッと圧迫感を感じると、視界の下で胸がバンッと前に飛び出すように盛り上がった。下半身も、何かに押し込められたような窮屈さを感じる。触ってみると、お尻がまんまると膨れていた。狐が言っていたとおり、女の体になってしまった……って、手が勝手に稲荷ずしの方に伸びていく。
本当に体を乗っ取られてしまったようだった。体重バランスが変わって変な感じがするけど、狐がちゃんと体を操っているみたいで、よろめくことなく、女の子になってしまった僕の体は、稲荷ずしに近づいていく。
「じゃあ、いただきまーす」
口も勝手に動く。店員さんが見ている眼の前で、ネコの餌の稲荷ずしに手を伸ばす。
「(だめ、それは食べちゃ……!)」
「あーんっ!」
口の中に稲荷ずしが入ってくる。普通においしい。
「んー、おいしー……生き返るみたい……」
「ちょ、ちょっと、あんた……」
店の前を歩いていた少年が、突然爆乳の……しかも多分狐耳の……少女に変わった衝撃から立ち直ったらしい店員が、やっと注意してきた。
「あ、ごめんなさい……とても美味しそうだったからつい、お代ならちゃんと払いますから……」
稲荷ずしを食べながら対応されたからなのか、ムッとした店員の前に手をかざす。その手のひらから、青い光がほとばしると、その光は店全体を覆った。
「何の、光……?」
「商売繁盛のおまじないをかけましたから、これで許してください」
「そんな事言われても……」
当然だけど、いきなり商売繁盛のおまじないとか言われても、子供の言い訳程度にしか信じられない。だけど、その効果はすぐに出た。まわりからたくさんの人がぞろぞろと集まってきたのだ。一分も立たないうちに、店には長蛇の列ができた。
「な、何だこれ……おまじないが本当に効いてる……?」
客の対応に追われ始め、嬉しい悲鳴を上げる店員を後に、僕は家に帰ることにした。いつの間にか、僕の意思で体を動かせるようになっていた。
「で、さぁ……」
「(なーにー?)」
数時間後、長い髪をいじり、重い胸を机の上に乗せて、頭の中に話しかける僕。そう、体は元に戻っていなかった。
「僕の体を元に戻して、頭の中から出ていってくれないか?」
「(さっき神通力使っちゃったじゃん?だから無理)」
「はぁ!?」
部屋に響く声も、やっぱり、女の子の高いもののまま。当分、元に戻れないと、こいつは言ってきていた。
「(悪いことだけじゃないよ?病気はしない、不老不死、いろんな運に恵まれて……しかも今の君、かなりかわいいよ?)」
「うっ……」
「(周りにも変に思われないようにしたしさー)」
正直、いいこと尽くめだ。それに悔しいけど、鏡で見た自分は、タイプの女の子だった。
「まあ、確かにそれでもいい、かな……」
「(でも体の維持には、これまでの私の仕事をしなきゃいけないよ)」
「お前の仕事……?」
嫌な予感がしてきた。
「(悪霊退治だよ!大丈夫、怖くないから!これからがんばろうね!)」
もう、頭を抱えるしかなかった。