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23:そして、残された世界の片隅でヒトは静かに未来を想う…… 「ぐぎひっぎぎぎひひひひひひいひひひひひひひひひひひひ、えげへへへへへへへへへ、はぎっっっ!? いぎぎっっ! っひひ……ぃひひ……ひぃひ……」  身体中の皮膚が断裂しているかのような焼き付く痛みと、ヒビの入った骨に鞭打つかのような容赦のない関節の痛み……  笑いが続けば続くほどその痛みは酷くなり続けているのだけど、私にはどうしても笑う事をやめる事が出来ない。  自分の身体がどんなに壊れそうになっていたとしても、くすぐりの効果を何倍にも引き上げるガスの存在と身体中を襲う猛烈なくすぐったさが私を笑いのループに落とし続け、私の身体もその笑いに引き摺られるかのように勝手に抵抗しようとしてしまい傷を自ら深くさせていってしまう。  笑えば苦しくなるし身体が痛くなるのは分かっているけど……それでも私は自らの意思では笑いを止める事は出来ない。  くすぐったい刺激が全身を駆け巡って脳に電気信号を届ける頃には……それ以前に届けられた「くすぐったい」と感じた刺激によって笑わされている。  まるで……笑いたい衝動が順番待ちしているかのように、くすぐりの刺激を知覚した瞬間にはまた別のくすぐったい刺激を知覚して笑いがお腹の底から湧き上がってくる。  笑ったら次……笑ったら次……笑ったら次……と、絶え間ないくすぐったさのループが私を延々と笑わせ続けている。  もう……笑えるような体力などとうの昔に尽きてしまっているのに……  すでに笑う為に動かす筋力など残ってすらいない筈なのに……  関節の至るところが麻痺して動かせなくなってきているのに……手足の感覚さえも無くなるという末期症状まで現れ始めているというのに……  私は……身体にそのような壊滅的なダメージを受けている事を理解しながらも、まるで自分の身体が壊れていくのを楽しむかのようにゲラゲラと笑い続けてしまっている。  楽しい事なんて一つもないというのに……  可笑しい事など何処にもない悲惨な現実に晒されている筈なのに……  私は楽しそうに笑っている。  笑い続けて……自分の身体を自分自身で壊そうとしている。 「ひっぎぎひひひひひひひひひひひ、うぎひひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ、だははははははははははははははははは、えげへ、へげへへへ、うへへへへへへへへへ、ひぎぃ~~っいぎぃぃっっひひひひひひひひひひひひひひひひひ、かはははははははははははははは……」  くすぐりによって引き起こされる笑いは、自分の意思ではなく生理現象のようなものだ……と、何度も自分に言い聞かせて来たけれど……  ここまで“くすぐり”という刺激に笑わされ続けると……その考えにも疑問が浮かんできてしまう。  本当に私は“笑いたくない”と心の底から思っているのか? 本当に可笑しい事象など無くてくすぐりだけで笑わされているのか?  ……などという疑問が苦しさに紛れて脳裏に過ってくる。  私は“笑いたくない”と口では言っているが……本当は“笑いたい”と思って笑っているのではないか?  自分に「可笑しくないから笑うな」と言い聞かせているようだが、実はこの自分の悲惨過ぎる状況が……可笑しくて堪らないから笑っているのではないか?  疑問はやがて自分の言葉すらも否定する幻聴となって私の脳に語り掛けて来る。  可笑しくない筈なのに笑っているというこの状況こそが可笑しくて……それで笑っているのではないか?  笑ってはいけないのに笑っている自分が滑稽で……。笑いを我慢できない自分が惨めで……。機械に身体中をコチョコチョ弄られて嫌がっている自分が情けなさすぎて……。その状況を思い浮かべてしまって笑いが込み上げてきているのではないか?  実はもう……くすぐりとは関係なしに笑いが我慢できなくなってしまっているのではないか?  今の自分は“機械に笑わされている”と本当に言えるのか?  笑い過ぎて脳がおかしくなって……くすぐり以外の部分で笑い続けているのではないか?  本当はくすぐりなどとうの昔に止まっていて、頭がイかれたせいで笑ってしまっているだけなのではないか?  などという投げかけが……私の脳にこびりついて離れない。  私はその投げかけに……的確な反論を返す事が出来ない。  実際……今何によって笑わされているのか……自分でも判断できていない。  何処のどういう刺激がどれほどくすぐったいか……などと返すことが出来ない……むしろ、今何処をどのようにくすぐられているかも認知できていないのだ……。  今私が何で笑っているのか……分からない……。分からなくなってしまっているのだ……。  その時点で……私の脳は現実感を失ってしまっているというのが自覚出来てしまう…… 「はがひひひひひひひひひひひひひひ、ぃひひひひひひひひひひひひひ、えげへへへへへへへへへへへへへへへへへへ、けへっ、けへ! ゲホ! ゴホっほほほほほほほほほほ、くひはひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ……いへへへへへへへへへへ、うへへへへへへへへへ……」  終わりだ……  私の脳は……こうやって破壊されていってしまうんだ…… 「へけっへへへへへへへへへへへへへへ、ぐほほほほほほ、ごほほほほほほほほ、おごほほほほほほほほほほほほほほ……へひ、えひ、けひ……へひひひひ……っひひひ……」  もう……笑う力すらも尽きてきた……  身体を暴れさせる代わりに笑いを吐く事だけに力を使い続けてきた今しがただけど……  もはやその力すらも回すことが出来なくなってきたようだ…… ――ドクンドクン……ドクンドクン……ドクン……  胸に耳を当ててもいないのに心臓の音が大きく聞こえ始める。 ――ドクン……ドクン……ドクン……  その心音も……少しずつ動く力を弱めていっているのが分かる。 ――ドクン…………ドクン…………ドクッ……  自分の笑い声すらも聞こえなくなってきた。  もう……終わりなんだ……  自分の命は……こんな……情けない最後を迎える事になるのか…… ――ドックン………………ドク…………  心なしか……息苦しさが……なくなってきた。  心音も徐々に聞こえなくなっていく……  私はもう……笑っていないようだ……  声も出していないみたいだし……手足も動かせていない…… ――ドクン…………ドクン…………  でも……何だろう? この心地の良い感覚は……?  死ぬ前って……こんなに気持ちが良いモノなのだろうか?  苦しいことから解放されたかのような……清々しくて……何とも言えない爽快な気分……  最後にこんな瞬間を味わう事が出来たなんて…… 「――い! ――シャ! ぉい! しっか――しろっ! ミシャ!!」  遠くの方で私を呼ぶ声のようなものが聞こえる……  誰だろう? マリア博士だろうか? それともクラリスさん? 「――ミシャ! 生きているか? しっかりしろ! ミシャっ!!」  あぁ……この声は、ジェシカさんだ……間違いない。 「目を――ませ! ミシャ! 生きているなら返事を――ろ!」  こんな所で最後にジェシカさんの声を聴くなど思いもよらなかった……  もしかして私より先に機械の殺されてしまっていて……天国から呼びに来てくれたのだろうか?  だとするなら……ルカさんに託した作戦は……結局上手く行かなかったようだ……  それで作戦に失敗したジェシカさんはその場で殺されて……先に天国送りにされてしまったのだろう……  そうに違いない……。だって……彼女の声がこのような場所でする筈がないのだ……  彼女達の攻め込む時間は……23時ピッタリにと……決められていた筈……  私の体感では……23時など達していない事になっている……だから……この声は最後の走馬灯の様な幻聴の…… 「しっかりしろ!! 目を覚ませ!」 ――バシッ!! バシッ!! 「――ッっは!? 痛っ!? はひっ!? あ、あ、あれ!?」  朦朧としていた意識を一気に覚ませてくれたのは、彼女による軍隊仕込みの強烈な往復ビンタだった。  ビンタの衝撃で起こした脳震盪と流し続けた涙のせいで視界は歪みぼやけてしまってはいたが、私の目には確かに人間の女性が覗き込んでいる姿の輪郭がぼんやりと浮かび上がり始めた。 「あれ……? ジェシカ……さん? 私は……えっと……今……生きてます?」  私の目の前で厳しそうな視線を送り続ける彼女は……確かにジェシカさんその人だった。  彼女の手には……いつから外されていたのか分からないが、私の目を覆い隠していた筈のアイマスクが握られている。 「なんだ? お前はココを天国だと思っているのか?」 「えっ!? だって……私は……死んだのでは……?」  自分の命がどうなったのか……自分自身でも理解できていない私は、目の前に現れるはずが無いと思っていたジェシカさんの姿を見て一層の混乱を起こしてしまう。  ジェシカさんはそんな目を白黒させて驚いている私にハァと溜息をついて…… 「残念だが……ココは天国なんかじゃない。“まだ”地獄の真っただ中さ……。荒廃した世界という……ある意味死んだほうがマシとも言える“生き”地獄のな……」  と、皮肉めかした冗談で私がまだ現世に生きている事を伝えてくれた。 「生き……? え? じゃ、じゃあ……私は生きているという……事ですか?」 「まぁ、そうなるが?」 「それだったら……なぜジェシカさんが……こんな所に?」 「なんだ? 折角予定よりも早くココに辿り着いてお前を助け出しに来てやったというのに……それは余計だったとでも言いたいのか?」 「い、い、いえ! とんでもない! 助けて下さったんでしたら……ありがとうございます……。で、でも……その……ジェシカさんは予定時間は絶対に変えない……って言ってたはずだから……」 「あぁ……確かにあの時はそうそう約束した。通信も連絡も取れない状況になる事は確実だったのだから、混乱を招かない為にも予定の時刻だけは何があっても変えないとお前には説明した筈だ……」 「だったらなぜ? 予定を早めて……ココへ?」 「それは……お前たちが捕まっていると分かったからさ……」 「私達が……捕まっていると分かった!? そんな馬鹿な! 連絡も取れなかったのにどうしてその様な事が……?」 「そりゃあ……分かるに決まっているだろう? お前達があんなバカでかい“合図”を上げてきたんだからな……」 「バカでかい……合図?」 「あぁ、アレのお陰でお前達が捕まっているという状況も理解できたし、この施設のバリアが破れた事も同時に分かったんだ」 「バリアが……破れた事も分かった?」  私はまだ頭に酸素が行き届いていないせいもあってか、ジェシカさんの言葉に疑問の余地しか生まれない。  私や博士はこの施設の中で外部へ連絡をするためのツールを持たされてはいなかった。だからバリアを無効化する計画が早まった事も彼女に伝える事は出来なかった筈だ……  なのになぜ? このような閉鎖された施設の中の動きを彼女は知ることが出来たのか……? なぜ私達が捕まっている事を……彼女は……?  そんな疑問が巡り、上手く働かない頭が煙を上げてしまいそうになっている私にジェシカさんはクスリと笑みを浮かべて会話の続きを話し始めた。 「彼女に事情は聞かせてもらったよ。お前がなんで計画を変更して時間を早めたか……そしてなぜお前が捕まってしまうという事態に陥ったのかも……」 「……? え? 彼女?」  私は痛む身体に鞭打ってジェシカさんが促す手の方を見ようと寝姿勢から身体を起こそうとした。 「痛っっ! 痛たたた……くぅぅ……」  しかし、腕も脚も自分の身体じゃないかのように力が入らず自分では体を起こすことが出来なかった。 「ほら、あまり無理に身体を動かそうとするな。お前は自分が思ってる以上に身体を壊しているんだぞ!」 、上手く身体を起こせない私の身体をジェシカさんが背中を支えつつ身体を起こし上げを手伝ってくれる。身体を起こし終えた私には、初めて見る廃棄処分場の真っ白な壁と高い天井……そして、私の元に駆け寄ってきている一人の女性を見る事が出来た。 「……ルカ……さん?」  駆け寄ってきた女性は、髪も服も焼き焦げたようにボロボロで顔や腕には火傷の跡が見られたが……彼女は紛れもなくあのルカさんだった。 「ミシャさん! 良かった……生きててくれたんですね! ミシャさんっ!!」  ルカさんが駆け寄ってきて私の手をギュッと握ると、彼女のぬくもりが手の甲に伝わってくるのをリアルに感じられた。そのぬくもりを感じた瞬間、私はやっと自分が“生きている”という実感を味わう事となった。言葉で言われても湧かなかった実感が、この温もりによってようやく現実味を帯びたのだった。 「ルカさん……よかった……ルカさんも無事だったんですね? 無事だったという事は……成功したんですね? タービンの破壊に……」  私は捕まる前に彼女へ最後の策を託した。  その策が……成就していなければ、彼女はココへは戻ってこなかっただろうし……ジェシカさんも私を助けに来てくれていない筈だ……だから、策が成就した事は彼女の姿を見て確信が持てた。 「はい! ミシャさんの指示通り、通常発電の時間まで身を潜めて……発電がピークになる時間を見計らって音圧の操作を行って、タービンにぶつけてやりました! ミシャさんの想像通り……一撃でタービン区画は天井を突き抜けてぶっ壊れましたよ♥」 「良かった……。本当に思惑通りに行くなんて思っていなかったから……嬉しいよ。でも……なんでそんなにボロボロなの? もしかして……ロボットに攻撃とか……された?」 「いやぁ~それが最後の最後でロボットに待ち伏せされましてね……」 「待ち伏せ!? ま、待ち伏せなんかしてきたの!? ロボットが? もしかして……計画がバレていた!?」  この施設を仕切っていた青いボディのロボット……  私はそのロボットに過酷な尋問を受け、計画を吐くよう迫られていた……  自分では頑として計画の事は口から出さなかった思っていたけど……もしかして私の意思とは別に吐かされていたのだろうか? 全くそんな素振りを見せずに責められ続けたように思えるが……? 「なんか……そのロボット……ちょっと特殊っぽくて……」 「特殊? 他のロボット達とは違ったという事?」 「恐らく……この施設のリーダー役的なロボットだったんじゃないかな? と思ってます……」 「もしかして……私を捕まえに来た青いボディをしたロボット?」 「う~~ん、ボディは確かに青かったんですけどぉ~~。そのロボットよりもスリムで……なんか頭良さそうな見た目してました……」 「頭が良さそう? って事は……指揮官型ロボットの更に上位のロボットって……事?」 「さぁ……そこまでは分かりかねますが……」 「(多分……私を尋問してきたのはそのロボットだった可能性が高いわね……。しばらくしたら私が吐かない事を悟って何処かへ行ってたみたいだし……)」 「そのロボットはどうやら“人間の不可解な行動”に自分なりの解釈を付けたがっていたようでした……」 「喋ったの? そのロボットと……」 「えぇ。でも会話はすれ違いに終わったんですけどね♥」 「それだけボロボロになってるって事は……会話の後に撃たれたのよね? あの電撃銃に……」 「えぇ……問答無用でした♪」 「よく無事に解放弁のレバーを降ろし切れたわね……。食らっちゃったてことでしょ? 電撃を……」 「撃たれましたけど……直撃は避けられましたよ? コレのお陰でね♪」 「……コレ?」  そのように笑顔で答えるとルカさんは私から手を放してボロボロの作業衣のポケットから1本のフォークを取り出して誇らしげに見せてくれた。 「フォーク? それ……」  それには見覚えがあった。  そのフォークはマリア博士が私達に託してくれた……お手製のドライバーだった筈だ。  先端を削り厚さを調整した原始的で簡易的なマイナスドライバー……。それは、捕まる私が持っていてもしょうがないからと彼女に渡し返したあのフォークに間違いなかった。 「それってもしかして……マリア博士がドライバーにするために削って持たせてくれていた……あのフォークよね?」  博士の造った手製のドライバーである事は間違いないのだが……そのフォークは彼女に私返した時よりもボロボロになっていて、パッと見では判別が出来ないほどに変形しきってしまっていた。  フォークは何かに焼かれたかのように所々が黒ずんでいて、先端の方に至っては何かの力が加わったかのようにグニャグニャにひん曲がってしまっている。最初に見たフォークはそこまで大袈裟に曲がっていたり黒ずんでいた利していなかった筈だが……何が起きたら鉄のフォークがこんな風にボロボロになってしまうのか? 彼女の服の状態と言い、激しい戦闘があったのだろうという事は分かるが……それがなぜフォークをこのような状態にしてしまったかまでは彼女の言葉を聞くまで想像出来なかった。 「最後の最後にその賢そうなロボットに阻まれて電撃銃を撃たれたんですけど……撃たれる前にこれを持っている事を思い出しまして……。っで、イチかバチかで投げてみたんです」 「投げた? そのフォークを? ロボットに向かって?」 「はい。正確には……銃口の真ん前を狙って……ですけどね♥」 「銃口の真ん前にって……なんでそんな事を?」 「いや、ほら……雷って貴金属に伝わって流れるってよく聞くじゃないですかぁ? だから雷が鳴ったら貴金属は外しなさいって言われてたのを思い出して……」 「い、い、いや……電気を伝えるのは確かだけど……ソレって雷にはあんまり意味がないのよ? 雷は高い建物や木なんかに落ちる事が多い筈だから金属を狙って落ちるというのは間違った知識の筈……」 「えっ!? そうなんですか!? お母さんとかからはそう教えられたんですけでどねぇ~?」 「恐ろしい間違えを刷り込まれたものね……。そんな間違った知識は……ずいぶん昔に廃れたと思っていたのに……」 「まぁ……ほら、電気が金属に伝道しやすいって言うのは事実じゃないですか♥ 今回はそれを思い出したから助かったわけです。だからその知識も無駄じゃなかったというか……ね?」 「通しやすいって知っていても……フォークで防いでしまおうって考えに至るのは安直過ぎない?  高圧電流をフォーク如きが防ぎきれる訳ないって……思わなかったの?」 「どちらにしても私にはソレしか手段はありませんでしたから……仕方なくですよ? 仕方なく♥」 「確かに手段は限られていただろうけど……それにしても危険すぎな賭けだったんじゃないの? それは……」 「ボイラーは暴発寸前でしたし、時間もなく……しかも避けられる距離でもなかったんです。どうせ撃たれるなら最後の足掻きくらいしてみたいじゃないですか♥ それに……ミシャさんの瀕死な姿もモニターで見た後でしたので尚更……ですよ?」 「うっ! わ、私の事はどうでもいいわ、思い出さないで貰える? 恥ずかしいから……」 「えぇ~照れなくても良いのにぃ♥ 可愛らしかったですよ? ミシャさんの笑い悶える姿ぁ♥」 「て、照れてる訳じゃないわよ! う、うるさいなぁ! でも……そんな事やって、よく無事で済んだわね……?」 「いやぁ~上手い事銃の目の前に投げられたようで……フォークの柄の所から流れた電流はフォークの先に流れた後その先端からあちこちに放電しまくる結果になりましたよ♥」 「その放電した電撃って……結局……ルカさんの方にも向かってきたんでしょ? 電撃を受けてしまったからそんなにボロボロに……」 「確かに少しビリビリは貰いましたけど……電撃が分散してくれたお陰で、威力も分散したようで……私はこの程度済みました♥」 「この程度って……相当なダメージを受けているように見えるけど?」 「いやぁ……電気の大部分は目の前で放電を食らったロボットの方に集まった感じで……」 「ロボットにも当たったのね? その電流……」 「えぇ。殆どの電流は銃を撃った本人が貰う結果になったので、ロボはそのままショートして動かなくなりました♥ お陰で私もダメージは最小限に収まったし、ロボをショートさせる事にも成功したんです。一石二鳥でしたね♥」 「あ、呆れた……何が一石二鳥よ……。上手く投げれなかったら電流の軌道すら変えられずに直撃だったかもしれないのよ?」 「まぁ……あの状況ではアレしか回避する方法を思いつきませんでしたから……最後の手段的なヤツですよ♥」 「本当に運が良かったのね……生きているのが不思議だわ……」  私は安堵と呆れによって力が抜けるような息を一つ吐く。それを見ていたジェシカさんは、ルカさんの肩に手を置いて笑いながら彼女の言葉をフォローするような言葉を私に投げかけた。 「まぁ本当に呆れるのは、こんな作戦を考え出したお前の方なんだがな?」  その言葉を聞きドキリと胸を鳴らしつつ私は視線をルカさんから横に外す。  ジェシカさんの言う通り……この変更した作戦はハイリスクハイリターンである事は言うまでもない。本当であれば二人で時間が来るまで隠れていて、バリアの装置を切るだけでよかったはずのローリスクな作戦に終わる筈だった……。それを、博士たちを救いたいという想いと、どうせならタービンごと破壊したいと欲が出た私が変えてしまったのだ。  自分のみならず彼女までも危険に巻き込む様な作戦に切り替えてしまったのは私の判断なのだから……真に愚かなのは私である事は言うまでもない。私が彼女に対して文句を言えた立場ではないのだ。 「呆れはしたが……だが、お前のその変更した作戦のお陰で、発電所そのものの機能を停止する事が出来たし我々の侵攻も早める事が出来たのも事実だ……。それを成功に導いた事に関しては褒めてやってもいい……」  ジェシカさんの言葉に、私はふと……先程言われた“合図”の話を思い出す。 「あ、そ、そう! それ! 作戦を“早めた”と言うのはどういう事ですか? さっきは“合図”がどうのとかも言ってましたけど?」  私は未だその“合図”に関して答えが得られていない……  彼女の言う合図とは何の事だったのか? それを問う為身体が痛むのも構わずに声を荒げてしまった。 「なんだ? あの“合図”は我々に向けてワザと発したモノではなかったのか?」 「え? いえ……その……そもそも、その“合図”とやらが何の事なのかさっぱりで……」 「そうか……。だとしたら、あの合図は作戦成功の副産物みたいなものか……」 「作戦成功の……副産物??」 「お前の作戦はこうだったんだろう? 皆の声が集まる通常発電の時間に狙いを絞って、拡声ボイラーの中で彼女達の声が限界まで高まるまで育て続ける。そして限界まで音圧を上げた笑いを発電タービンにぶつけてそれを破壊する……そういう作戦だったのだろう?」 「えぇ……そうです……」 「だったら……破壊し終えた瞬間の事も思い至らなかったのか?」 「破壊し終えた……瞬間の事?」 「発電タービンを壊すだけの威力を持った音圧が……外に放出される事を考えなかったのか? と言っているんだ……」 「外に……放出されるって……あっ!?」  私はジェシカさんの言わんとする答えに気付きようやくそこで感嘆の声をあげる。  そして彼女が受け取った“合図”が何なのかも同時に理解する。 「高めるだけ高められた音圧はタービンを破壊した後、同時に防音壁までも破壊して外に放出されたんだ。それはそれは天にも届くほどの花火の様に大音量が外に響き渡ったんだぞ? アレを“合図”だと言わず何とする?」 「そ、そうか……皆の高められた笑い声が施設を破壊した後そのまま外に響いていって……それでジェシカさん達は私の作戦変更に気付いたという……事だったんだ?」  発電所から発せられたFuel総勢200人を超える大合唱……いや大爆笑か? それが施設の破壊と共に外界に拡散されたのだったら……施設の中で今何が起きているのか、それを確認しようとするのは当たり前の事だ。  しかも突入まで近くで待機していたであろうジェシカさん達がその破壊された区画がタービンの有る区画であるのを知る事など、四方八方から攻めるために施設を取り囲んでいた彼女達からすれば容易かった筈。  施設の一部が壊れ、バリアも消失したと確認が取れれば……そりゃあ計画の時間を早めてでも攻め入る方針に切り替えるのは当たり前だ。待機している所を見つかるというリスクもあっただろうから、少しでも早く攻めたかったという思いはジェシカさんにもあっただろうし……。 「その笑い声の中に、一際でかいお前とマリア博士の笑い声が混じっていたのを聞き取れたからこそ作戦を早める事に踏み切ったと言っても過言ではない……」 「私と……博士の……笑い声……?」 「その声を聴いた事でお前たちが捕まっているという事が分かったのと、何らかの方法で発電タービンを破壊した事……それらが同時に分かったから作戦を早めたんだ。だから今私はココにいる……」  ……通常発電の裏側では私達の廃棄処分も同時に進行していた。  卑しくもその音声すらも発電の一部に回してしまおうとロボットは考えたのであろう、私達の音声も拡声ボイラーに混じっていたのだ……  殺そうとしている人間からも利用できる音声は取ってしまおうと合理性を求めたがあまりに私達の声まで発電に回してしまっていたロボット……。その行動はある意味正しく道徳も倫理も通じない冷徹なロボット的な考えだと思うが、今回に限ってはその合理的な考えが仇となったようだ。 私達の声が混じっていた事でジェシカさん達の奇襲が早まり、施設の陥落もその分早まったと言えるのだから……。 「そういう事……だったんですか……」 「そういう事だ。お前もよく頑張ったな……」 「っ! そ、そうだ! マリア博士は!? クラリスさんもっ! 彼女達も私と同じで廃棄処分を……」 「あぁ……大丈夫だ。二人は医療班に処置させている。どちらも命に別状はない」 「そ、そうですか……良かった……っ痛!? あ痛たたた!! うぐぅぅっ!!」 「ほら、動くな! 二人よりもむしろお前の方が重体なんだぞ? 手足の骨はいくつか折れてるし、肋骨にもヒビが入りまくってるようだし……。体中の筋肉も断裂しかかっているらしく……ここでは手の施しようがないそうだ。今は大人しくしておけ!」 「くぅ~~~~! 安心したら急に痛覚が戻って来て……痛みが……うぅぅ……」 「アイアンフィストの他のメンバーはロボットの排除に手一杯だ……だからお前を看護する人員はまだ割けん……。無茶な作戦を立てた罰だ、それくらいは我慢しろ?」 「うぐ~~! こんなボロボロになってる私を……ジェシカさんはさっき往復ビンタしましたよね? まだ頬っぺた痛いんですけど? 頬の骨折れたんじゃないですかぁ? コレはどう責任取ってくれるんです?」 「そうか……じゃあ、私が応急処置でもしてやろうか? 医療の心得はないが……まぁ、しないよりはマシだろう?」 「やめて下さいよぉ~! これ以上悪化させないで下さいぃ~~!」 「ハハハ……失礼な奴だな。むしろ私に看病されたくなくて普通より早く良くなるかもしれんぞ?」 「私はそんな超人じゃないです! 一般女子ですぅ!」 「いやいや……超人だろう? こんなイレギュラーだらけの作戦を最後まで成し遂げてくれたんだからな……」 「それは……クラリスさんやマリア博士……ルカさんのお陰です……。私はそんな彼女達を危機に陥れる事しか出来てなくて……殆ど何も……」 「謙遜するな。お前は立派に役割を果たし切った……。我々では成し遂げられないであろう任務を最後までやり遂げたんだ! それは謙遜で消そうとするような事ではない! 誇らしい事なんだぞ? もっと喜んでも良いし誇ってもいいことだ!」  「でも……マリア博士があの時捕まっていなければ……記憶は戻らないままだっただろうし……。クラリスさんが居なければ絶対に首輪は外せませんでした……。そしてルカさんが居なければ……タービンを破壊する事も……」 「勿論マリア博士も……他の協力者たちも全員頑張ってくれた。全員が目的の為にそれぞれが身を犠牲にしたから成し得た結果だと私も思ってる! だが、その中に……お前も居るんだよ。お前がその中に居てくれたから……この作戦を達成する事はが出来たんだ!」 「そう……ですか? そう……思ってくれるなら……少し安心……出来ます。ありがとうございます……」 「これからこの崩壊した世界を残った人類で復興させていかなくてはならん。それは一筋縄ではいかない……恐ろしく時間のかかる任務になるだろう……。お前にも手伝って貰わなくてはならない! 体力も気力も必要になるぞ? だから……今はゆっくり休め。身体を治したら……また手を取り合って助け合おうじゃないか……」 「……はい…………」  私は彼女の言葉に甘え、身体をベッドに戻し眼を閉じ力を抜いた。  そして、私は……目を瞑ったまま、走馬灯を見るかのようにこの施設で起きた出来事と……あの青いボディのロボットに言われた言葉を思い出し息を吐いた。  正直……これから崩壊した世界に戻る……と考えると気が滅入ってしまう。  何もない世界……  使える資材やシステムがどれだけ残っているのか分からないし、そもそも人間がどれだけ生き残っているのかも謎だ……  そんな崩壊した世界に……未来は見えるのだろうか?   そんな壊れ尽くした世界に……私達はどんな想いを持って向き合わなくてはならないのか?    正直……ロボット達に管理され続ける未来の方が……楽だったのではないだろうか?  そう思えてしまう自分が居て……不安は募るばかりになってしまう。  ……人間は愚かな生き物だ……と、あのロボットは言った。  自分以外の事は全て他人事で済ましてきたから……この世界は崩壊したのだと……アレは言いたげだった。  きっとその通りだろう。  愚かであるにもかかわらず……傲慢で我儘……自分達を最大の支配者だと言わんばかりに地球に君臨し続けてきた……。だから自分達の造った自慢のロボットに疑いを向ける事が出来ず、こうも容易く崩壊の一途を辿ったのだとも思う……  ロボットは計算して答えを出した。  そんな人間が世界の支配者であってはならない……と。  そんな人間が頂点に君臨していたからこそ……我々の住む星は……寿命を早めたのだと。  でも……  そんな人間がまた……これから崩壊した世界を再建しようと歩むことになる。  それは……本当に良い事なのだろうか?  本当に……私達人間が、また世界を作り直して……良いのだろうか?  尽きぬ疑問が不安を駆り立てる。  失った世界の重さが……まるで私の罪であるかのように私に重圧をかけて来る。  この重みに……私は耐えられない。  目を開けばそこに……何もない世界が広がっていると知ると……途端に目を開きたくなくなってしまう。  解放されたはずなのに……また新たな枷に身動きを封じられたかのような窮屈さを覚える。  閉じた目をもう二度と開きたくない……と、願う自分が居る。  でも……この現実は、私が作り出した現実なのだ……目は開かなくてはならない。  記憶を消したまま……生かさず殺さずの発電所生活を過ごしていたら……などと考えてはならない!  辛い現実が待っていようとも……しっかりと現実を受け止めなくては駄目だ。  例え……希望が無いと分かっていても……。 「ジェシカさん……」 「ん? なんだ?」 「また人間達が……この世界を支配する事になったとして……これから……世界って……良くなりますかねぇ?」  目を閉じ震えた声でそのように零した私の言葉に……ジェシカさんは僅かに無言の時間を作り……そして暫く考えた後にこの様に返した。 「皆が納得する世界なんて作れる訳がないさ……」 「だが……お前が理想とする世界なら、お前の手で作る事は出来る筈だ……」 「願わくば……その理想が皆の理想と同じであればと……願うばかりだがな……」 ――――  人間は愚かで我儘な動物だ……  傲慢で我儘であるが故、自分達の住む世界をも壊し……地球の環境までも脅かしてきた……  このまま愚かな行いを繰り返せば……地球にとっての最大の悪になり得るだろう。  ……それがロボットが結論付けた我々の評価だ。  だけど、ロボットは知らない……。  人間が……愚かな行いを繰り返す事によって“学習”し、それを未来の子供たちに伝えて来ていた事を……  ロボットは知らない……  それを伝えられた子供たちが、更にその未来に生まれて来るであろう子供たちの為に未来を想い続け試行錯誤してきたことを……  ロボットは知らない……  その未来の子供たちは……最悪の結末しか見えない現実を突きつけられても、決して諦める事無く足搔く事をやめない事を……  ロボットは知らない……  人間という生物は……  想いを繋げる事によって、不可能を可能にしていく力を得る事が出来る……  唯一の生物である……という……事を……。  ――ディストピア・プラント:2920――             ~~ 終 ~~

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