哭倉村異端~暁に、みずのえ消え果てず (Pixiv Fanbox)
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くちっ……つぷっ……と水音を立てて、舌が己の膣へと差し込まれていく。
愛液が溢れだす快感、血が股間に集まっていく感覚……沙代は「あぁ……♥」と甘い声を上げて、真っ白なシーツを逆手に握りしめる。
愛する人に愛撫されることの、なんと心地よいことだろう。性行為とは、愛情の確認の為にも行われるのだと、当たり前のことを思い出させるような優しい時間。
じゅるるるっ……と濡れた秘所が啜られる音がして、沙代は自分が思った以上に感じてしまっていることを自覚する。
つぷっ、つぷっ、つぷっ……と、舌と一緒に指が一本、何度も秘所へと出入りしているのが分かる。白く泡立つほどに大切な場所が掻き混ぜられ、沙代は身をくねらせて甘い疼きに身を委ねる。
「(ああ……私、なんていやらしい……♥ こんな姿、誰にも恥ずかしくて見せられません……♥ 私は、淫蕩な性分なのかしら……♥)」
ほぉ……♥ と甘い吐息を吐き出しながら、沙代は愛しい人の黒い髪に手を伸ばし、わしゃりと梳くようにしながら、少しだけ自分の秘所へと押し付けた。
もっと舐めて下さい。もっと愛してください。もっと……感じてください。
そんな願いが通じたように、激しくなっていく愛撫。
沙代は顔を火照らせ身をよじって、愛しい人の立てる水音に耳を傾ける。
なんて幸福、なんて感動。
「ああ……好き……好きです……愛しております、水木、様ぁ……♥」
沙代の囁きに、相手は静かに口を開いて──。
※
──この村は、変わらない。
数年前、それまでの常識では考えられないような怪獣が日本を襲った時も、この村だけは騒ぎになることすらなく、明日も同じ日が続いていくだろうと誰もが当たり前に捉えていた。
ネウロイよりも更に巨大で、強力な熱線まで吐くという……龍賀沙代がそんな日本を震撼させた怪獣について知ったのも、父である克典が大慌てで哭倉村へ戻って来て教えてくれただけで、この村の大人たちは日本存亡の危機にすらまるで興味を抱いていない風だった。
「(この村の人たちは、日ノ本のことなど、どうでもいいと思っているのだわ。いいえ、この小さな……そして、お祖父さまだけが日ノ本だと、大真面目に思っているに違いない)」
幼い沙代はこの時に、自分に何が降り掛かろうと、この村は変わらないのだと、そう思い知ったような気がする。
怪獣も結局退治されてしまったそうで、この国は揺るがなかった。それはそれで、同盟国の扶桑のウィッチたちが頑張ってくれた結果なのだろう。敗戦国である日ノ本に、それだけの力があるとは思えない。
怪獣に変えられないのなら……きっと、沙代にも変えられない。
祖父である龍賀時貞に組み伏せられながら、沙代はすっかり諦めの境地に至っていた。
この村の女は、全て祖父のものだ。母も通った道を、沙代も押し付けられている。
母である乙米と、哭倉村の村長である長田幻治がこちらを見ている。
二人の距離感で分かる。長田は乙米の妹である庚子と婚姻したことで龍賀一族入りしているが、乙米との仲を引き裂かれたのだろうと。
長田は奇妙な術を使うのだと、沙代が抵抗した際にはという前置きで見せられていたが、そんな超人めいた彼ですらも、共犯であると同時に時貞の被害者に過ぎないのだ。
祖父であり本当の父親の、狒々のような悪意に満ちた笑顔。沙代を蹂躙できる以上に、乙米と長田に見せつけているのが楽しいのだろうと、聡明な沙代には理解できた。
「(それでも、お母様には……娘を傷つけられる怒りを、僅かでもいいから感じて欲しかった。あの目は、肉親の情の通ったそれじゃない……自分も通った光景を、自分の産んだ娘も取らされている、今以て支配されているのを痛感させられる恥辱と苦悶……そして、その役目を私に押し付けられることと、これからも村の日常が続いていく安堵……この人は、何処までいっても、村の女)」
着物がはだけられ、沙代の柔肌が露になる。乙米の目にも長田の目にも感情は無く、時貞の狂喜だけが薄闇のなかで燈る。
「(私は──どこにも、行けない)」
そう痛感し、初めて涙が一筋落ちた。ぴゅっぴゅっと太股に温い何かがかかる。沙代が悲しんでいる、痛みを感じているのを理解して、祖父の肉竿が射精していた。
絶望の中で……沙代は数日前に出会った、とある女性のことを思い出してた。
「(水木様……)」
女ばかりが四人、いずれもとびきりの美人だが、このひなびた村には似合わぬ洋装であり、一人は異国の人であるようにすら見えた。
あからさまに余所者であるのに、彼女たちは拘束されたりする様子はなく、村の中をそれぞれに好き勝手に探索していた。
頭目と思わしい女性は、先の大戦も終わって十年近く経つのに、何故か憲兵の服を着ていた。銀色の髪の、異国人の女性と同じくらいに彼女も近寄りがたく、そうなると沙代が話しかけられそうなのは二人に一人。
赤い髪にメガネをかけた女性と、黒髪の赤い瞳の乙女。
結局、話しかけようと悩んでいる内に、幼い従弟の……本当は弟である……時弥と遊んでいる時に、鼻緒が切れて弱っているのを、直してもらったのだった。
「あ、ありがとう、ございます」
「いいえ、助けられてくれてありがとう」
「???」
自分が助けてもらったのに、逆にお礼を返されてしまい、沙代は大いに困惑したのだ。
「私は水木というのだけれど、あの人……憲兵服を着ていた女性に付いて、人の役に立つ方法を探している最中なの。私は日ノ本の民の役に立つために生まれたから、こうして機会をくれるのが嬉しいの」
「人を助けるのが、嬉しい……ですか?」
「ええ。この胸の奥が、ぽっ……と熱くなるの。私は、この為に生まれたんだって分かる。何のために生まれて、何をして生きるのか……その答えが分かりそうで、嬉しくなる」
眠ってしまった時弥を、その大きな胸を枕代わりにして眠らせてやりながら、水木が笑う。
その価値観は、その考え方は、哭倉村には無いものだった。精々、父である克典が「何を甘っちょろい」と笑い飛ばしそうなくらいで、本当にこの村の住人は誰一人として理解ができないことだろう。
けれど……とても素敵だと、誰かに寄り添った考え方だと、沙代も嬉しくなった。
……それだけに、何度か水木と話して都会の話を聞かされる度、どんどん悲しい気持ちも膨らんだ。
水木は事情があってしばらく日ノ本に居なかったらしく、彼女自身も驚きと感動と共に受け止めたという文化の変容を語られる度、クリームソーダの痺れるような甘さを賛美される度に……どうしてこんな人たちが祖父の手に、と思った。
沙代は彼女たちを、祖父が抱き潰す為に呼び寄せた相手だと、そう思っていた。そうでなければ女ばかりが四人、この哭倉村で自由にできるはずがない。
「(お祖父さまは、私が奉仕を張り切れば……水木様のことは、目溢し下さるかしら)」
あり得ない想像、悪意の化身のような祖父が足ることを知るなど思えない。
それでも自己犠牲を胸に抱けば、少しばかり気が楽になる……泣き笑いで、沙代は時貞の背に手を回しかける。
次の瞬間、沙代の顔の真横をゲートルを巻いた足が振り抜かれ、時貞が顎を蹴り砕かれて吹き飛んだ。
「もがぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
「──調べは済んだぞ、龍賀時貞。やはり貴様は、いや、この哭倉村も龍賀の一族も、この日ノ本には必要ない」
時貞を足蹴にしたのは、あの憲兵姿の女性……ハリカと呼ばれていた女だった。
銀色の髪に、金色の目。ただそこに在るだけで「もしかしたら、この人なら“何か”を成してくれるかもしれない」という、そんな期待を呼び起こす容姿をしている。憲兵帽の下の目は恐ろしく残酷な光を放っているが、それはさながら恐るべき運命に苛烈以て立ち向かうと、そう宣言しているかのようで、不思議な勇気を呼び起こす。
乙米も長田も、何故か時貞が蹴り飛ばされたのに、怒ることも諫めることすらしない。
いや、それどころか……時貞自身が顎を蹴り砕かれて、どろどろと血を吐き出しながら──ハリカに向かって、土下座をしたのだ。
時貞が誰かに礼を尽くしている姿すらも、これまで沙代は見たことがなかったのに、時貞の放つ声は媚びてへりくだった響きがあった。
「そ、それは無体な判断でございます、匂宮の御当主様。日清・日露の戦争は、わしの尽力あってこその勝利で……」
「いつの時代の話をくっちゃべっているか、老いぼれが。先の大戦、そして対ネウロイにおいて、貴様らの“M”は何の成果もあげなかった。貴様がこれまで非道卑劣を見逃されてきたのは、この国に貢献してきたからだ。この国の“役に立つ酷使奴隷”として、末席においてやっていたからだ。それが叶わなくなったのだから、もう貴様なんぞ日ノ本にはいらん」
時貞の肩がぶるぶると震える。恐らく時貞は、自分こそが日ノ本の国、日本そのものだと半ば本気で信じていたのだろう。
それを“立場が上”の何者かに叱責され、奴隷に過ぎぬと切り捨てられ、更にもう不要だと廃棄されかけているのだから……この老人の心境たるや、如何ほどのものか。
「沙代さん! 大丈夫、何もされていない!?」
「み、水木様……!」
「あっ……この狒々爺!」
「モガァーッ!?」
ハリカと共に駆け付けてきたのだろう、水木が沙代を抱きしめてくれる。その際に太ももに垂れている精液で、既に沙代が穢されたと勘違いしてしまったらしく、土下座している時貞の頭部が変形するほどの勢いで踏みつけられた。
「み、水木様! ま、まだです! 沙代はまだ、生娘です!」
「あ、そうなの? それは良かったわ……私は気にしないけれど、大切にした方が良いものだから」
水木が再び、深く沙代を抱きしめてくれる。こんなにも温かな抱擁は両親からも受けたことが無く、沙代は呆気に取られて忘れていた辛さが噴き出し、わっと水木の胸の中で泣きじゃくる。
この世に神も仏も慈悲も無いと、そう思っていた。なのに、ほんの一瞬で目まぐるしく事態は転変していく。
「ハリカ、岩子さんを見つけたよ。まだそこまで血を吸われてなかったみたいだ。これなら、ゲタ吉にうるさく怒られることは無さそうだね」
「その途中で、複数の拉致や失踪に関わっていた原因も押さえた。長にわざわざ逆らった裏鬼道の連中も制圧したぞ」
「ご苦労、フリーレン、オゼット……幽霊族と“血族”は不可侵を誓っていた。そのことを知らんとは言わせんぞ、時貞。貴様のやり口は下劣に加え、“血族”に幽霊族の血が混ざりかねない行いだ。もはや申し開きは利かん」
見れば銀髪の女性と赤髪の女性……それぞれにフリーレンとオゼットという名らしい……が、オレンジの髪のモダンな印象の女性に肩を貸して立っている。女性は少し衰弱している風だったが、目を見張るほど美しい容姿の持ち主だった。
「ごぼぼっ……な、何を甘いことを! “血族”の有力派閥の長とは思えませぬ! そのような感傷的で情に流された判断では、今後のこの国は……!」
「今後のこの国? 貴様がそれを語るか、政財界の支配者を気取った、落ち目の没落成金如きが。情も感傷も無く、単純な利益で測ったとして……貴様が三菱やソニーと丁々発止が出来るとは思えんという判断だ。色々語ってきたが、私個人の怒りを除けば……貴様は単に“損切り”されるのだ、三流」
「い、い、言わせておけば、小娘がぁぁぁぁ~っ! 長田! この雌餓鬼を黙らせいっ!」
遂に取り繕うこともできなくなり、口汚くハリカを罵りながら、長田に指示を飛ばす時貞。
しかし、この村の絶対権力者であった祖父の言葉を、長田は目を細めて鼻を鳴らすだけで流して見せる。
「ハリカ様、それでは手はず通り、私と乙米様はこれにて」
「私が保証できるのは、ここから逃がすまでだ。その後に鬼道衆に囚われようと、私は知らん。個人的には、逃げ切れずに裁かれることを祈っておく」
「それで充分です……乙米様、さあ」
「長田……」
母が、乙米が長田の手を取る。この二人はとっくに、ハリカに取り込まれていたということか。
乙米は沙代の方をちらりと見て……もしかしたら初めてかと思うほどに“母”の表情で「私は好きにするわ。あなたも、好きになさい」とだけ告げると、長田と手を取ってその場を去っていた。
父の克典のことを想えば、胸を傷めるべきなのかも知れないが、事態が急転し過ぎて沙代はどんな感情を抱くべきかが分からない。
先にオゼットが「“長に逆らった”裏鬼道を制圧した」と告げていたのに、事態が理解できない時貞は「なっ、なっ、なっ……」と呻き続けている。時貞にとって、自身の配下が裏切り、自身の“女”も奪われる事態が、完全に想定外なのだろう。
「おのれ、おのれおのれぇぇぇっ! このワシが! この龍賀時貞こそが! 時代の傑物! 血液製剤“M”で以て覇を唱える、永遠の日ノ本の王であったはずなのに! おのれ血族! おのれ、匂宮!」
「下男の立場だったのを、王と勘違いしていただけだ。野良犬がよくやる勘違いだな」
「ハリカ、犬に失礼だよ」
「黙れぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」
時貞がドボドボと血を吐きながら絶叫した次の瞬間、祖父の激情に反応したかのように大地が鳴動し、禁域から無数の悍ましい影が噴き出した。
水木の胸の中で、沙代は噴き出してきたものが蒼炎を纏った髑髏であることを視認し、恐怖の悲鳴を上げる。
「狂骨、か。フリーレン、結界は張りなおさなかったのか?」
「岩子さんを優先したからね、まずかったかな?」
「まあ、まずいな。あの量、戦後で弱った日ノ本なら余裕で滅びるぞ」
とんでもない内容を、何故か淡々と語り合うハリカたち。時貞が再び醜悪な笑みを浮かべて、自身を契機にもたらされる破滅の気配に酔う。
裏鬼道である長田がいなくなった今、搾取されてきた幽霊族の怨霊……狂骨を詳細に操作することは、時貞にも出来ないことを失念しているらしい。
「──頼めるか?」
ハリカが、沙代の方を見る。いや、違う。沙代が抱かれている人を、か。
水木は沙代の髪を優しく撫でると「少しだけ、ハリカ様たちと待っていてね」と告げて、たっと素早い身のこなしで庭へと降り立った。
「無駄じゃ、無駄じゃ! あの量の狂骨の怨念を受け止めることなど出来るものか! 幽霊族であっても受け止めきれんわ!」
「──馬鹿め……と言って差し上げますわ」
「な、なにっ!?」
「受け止めるのではなく、祓い、清めましょう。この国を護る盾、牙無き者の為の牙として。英霊たちの血の川を越えて、暁に勝利を希望を刻む為に」
水木の姿が、沙代の目前で変わっていく。
まるで海外のキャビンアテンダントのような、青を基調とした意匠。ふちの部分に装飾が施された白いスカーフに、白襟に黒の手袋。頭には、青い丸帽子。スリットの入った短いタイトスカートに、装飾がついたガーター付きのニーソックス。
そして、何よりも印象的なのは……腹部を両側からホールドし、腰の赤いバルジに接続されている──戦艦を思わせる、三基の“連装砲”。
「──重巡洋艦・高雄! 抜錨します!」
──これがこの世界で生まれた“原初”の艦娘……高雄による、日本国土での初陣であった。
※
──昭和22年、アメリカ合衆国が行った核実験……いわゆる“クロスロード作戦”によって、古代生物“呉爾羅”が変じた大怪獣ゴジラが出現。
ネウロイをも超えうる脅威と化したゴジラを相手に、様々な情勢から各国は手出しを行うことが出来ず、シンガポールで自沈処理待ちだった旧帝国海軍重巡洋艦・高雄が返還され、同盟国である扶桑皇国のウィッチと共に総力戦が展開された。
高雄は一度は艦橋を破壊され、熱線を受けて爆散したが……どのような奇跡が起きた結果なのか、乙女の姿で新生を遂げる。あるいは、共に戦ったウィッチたちの魔力が影響を与えたのかも知れない。
激戦の末に高雄はゴジラを撃砕、彼の巨大怪獣の東京上陸を防ぎきることに成功した。
その際に高雄は、己の砲撃がある種の怨念……恨みや憎しみ、尽きせぬ怒りを浄化する力があることを確認する。
「この力はきっと、日ノ本を含めた世界を、この星を守る為の力に違いないわ」
戦争は終わっていたが、彼女は更なる戦いを望んだ。英霊たちが繋いだ未来を、数多の怨讐から守り抜く道を求めた。
自身の変異を目撃した、復員省のもとで特務に就いている特設船“新生丸”の艇長・秋津淸治に相談し、力を活かす場所を求めた高雄は、彼が世話したという復員兵・水木を紹介される。
水木の母は親戚によって財産を掠め取られたという話なのだが、この親戚というのが明らかに人の変わった様子を見せている……戦争が人を変えたと最初は思われたが、実際には親戚に窮奇(貧乏神)というあやかしが取り憑いた結果であった。
窮奇を打ち倒して財産を取り戻し、水木家の養女として迎え入れられた高雄は、やがて窮奇を倒したことを聞きつけた憲兵姿の女……“この世にあってはならぬもの”を消し去るお役目を与えられた乙女・匂宮ハリカと出会う。
それは長い長い、戦後という痛みに潜む闇の住人たちとの、戦いの始まりであった──。
「──はぁぁぁぁっ!」
艤装から放たれる無数の砲弾が、次々と迫りくる狂骨を粉砕していく。
解き放たれた怨念たちは、哭倉村の住人達にも次々と襲い掛かっていくが、高雄の連射砲撃はそれが命へと届くことを許さない。
高雄はここ数日の調査で、この村の人々も“M”の恩恵を受けていた加害者であり、沙代たちを苦しめていた原因であることを理解している。それでも、彼らに罪があるのならば司法によって裁かれるべきであり、怨念の連鎖によって命が失われるのを、高雄は見逃すことは出来なかった。
「この村はもうおしまいです! 生き残りたければ、村の外へ逃げなさい!」
高雄が本来ならば海上をホバーする為の脚部パーツで地面を滑走しながら、村中に警告して回る。
因習に縛られた村の人々の結束は、所詮は“共犯者”であることで繋がっているだけ……つまりは“加害者”としての連帯に過ぎない。
自分たちが手も足も出ない狂骨の群れを前に、逃亡を阻止する裏鬼道も既にいないとなれば、村人たちが村を捨てて逃げ出すまでには大した時間はかからなかった。
龍賀一族が、そして時貞が作り上げた王国が、跡形もなく壊れていく……自らが武器として使うつもりだった狂骨でそれが起きているのだから、まったくもって喜劇的な光景だ。
高雄の連装砲は、ある種の霊力によって装填されている為、その弾数は実質的には無制限だ。艦砲射撃をオーバーヒートの心配をせずに放っているのと同然であり、狂骨がどれだけ強大で無数であろうとも、無作為な怨念で動いているせいで高雄に集中攻撃を行うこともできない時点で、少しばかり数の多い的の域を出ていなかった。
遠く、村の入り口の方で怒涛の如く爆炎が躍るのが見えた。オゼットが呼び出した、地獄の業火だろう。
ふみこ・オゼット・ヴァンシュタインは、ドイツ帝国に所属していた魔女であり、アドルフ・ヒトラーが遺した密命に従い、日本に援護行動を行っている。彼女が何故ハリカに協力しているのかを高雄は知らないが、その火力は味方として頼れるものだった。
「オゼット、最低限の援護だけで結構です! この狂骨たちは、元は幽霊族や拉致された一般の人々……出来るだけ救済してあげたいから」
「──ならば精々頑張りなさい、ブリキの英雄。私はこいつらを地獄へ落とすことには、何の痛痒も無い」
オゼットの爆炎は狂骨たちを地獄へと引きずり込んでいくが、高雄の砲撃で粉砕された者たちは違う。
光を帯びて、恐らくは生前に近い形となって、虚空でぐるぐると渦を巻いている。それによって哭倉村は、青い光に空から照らされた状態になっていた。
他の悪霊や怨念の類を討った時の反応とは異なるが、その理由は狂骨のほとんどを粉砕してから分かった。
それらの浄化された魂が、龍賀邸へと飛んでいくのが見える。フリーレンが邪悪なものを防ぐ結界を屋敷の周りに張っているのだが、それらを通り過ぎた光は縁側に寝かされている岩子へと降り注ぎ、その魂たちが無数の霊毛へと変わっていくのだ。
本来の幽霊族は、死する時に一本の髪を残すと言われている。それが叶わなかった彼らは今、岩子の腹の中に宿る幽霊族の子孫へと希望を残そうとしているのだろう……本名は知らないが、高雄たちには田中ゲタ吉とかゲゲ郎などと名乗っていた男から、岩子が妊娠しているかも知れないと高雄たちは聞かされていた。
「死してなお、未来を残す……美しい光景だわ。自分の為に未来を踏みにじろうとしていた龍賀家とは大違いね」
時貞は自分の子供たち、そして孫たちを自身のスペアとして、魂を入れ替える儀式を行おうとしていた形跡があった。候補は長男の時麿か、孫の……本当は息子の……時弥。
もっとも裏鬼道のリーダーであった長田が、実際には次女であり駆け落ちをした丙江を連れ戻す為に外へ出向いた時点で、ハリカに叩きのめされたうえで乙米と共に逃がすことで懐柔されてしまっている為、その儀式は最初から発動できないように適当に組み上げられていたのだが。
時貞自身も鬼道に通じているが、長田に術者としては劣っている事実を村の絶対権力者だと思いあがっていたせいで、透明化していた末路だった。
その野望の終焉を告げるように、最後の狂骨が高雄の連装砲で撃ち抜かれ、浄化された魂は龍賀邸に向かう。魂が最後の霊毛へと変じ……岩子の腹を護るようにかけられる形で、黒と黄色のちゃんちゃんこが出来上がっていた。
ふぅ……と息を吐き出す高雄だったが、今度は地殻自体を砕きながら、幽霊族から血液を吸い上げていた吸血樹……桜の樹妖が姿を現した。
とてつもなく巨大なそれは、まるで触手と鼻で編み上げられた四足獣のような姿に変ずると、高尾に向かって襲い掛かって来る。
「残念……私を相手するには、小さすぎますね」
直後、高雄の体が膨れ上がった。
彼女は今は乙女の姿になっているが、本来は全長203m・基準排水量1万トン越えの重巡洋艦なのだ。
ゴジラを相手にする際は、熱線放射の的となることを避けるために同サイズの50mまで巨大化して殴り合ったが、実際にはその4倍まで高雄は自在に体高を変えられる。
虫けらサイズになった吸血桜が、突進を取りやめて硬化しているのを、高雄はゆっくりと踏みつぶし、完全に生き根を止めてから元の体高へと戻った。
廃村同然となった哭倉村を滑り、高雄は龍賀邸へと戻る。途中で、最後の協力者が運転する車としばらく並走することになった。
「水木さん……!」
「沙代さん、終わりましたよ」
「沙代!」
「お、お父様!?」
高雄と並走していた車は、ハリカたちの最後の協力者……龍賀克典氏のものであった。
龍賀製薬の社長でありながら、一族からも“M”制作からも外されていた彼は、とっくにハリカの所属している“血族”という集団に懐柔されており、今後は“血族”の全面的なバックアップを受けながら、龍賀製薬の全てをその手に収めていくことになっている……当然“M”の製作は闇に伏すことになるが。
「お父様、私は……お母、様も……」
「……なにも言うな、沙代。お前は、私の娘だ」
経営者としては苛烈で、典型的な“強者の暴力”の行使者である克典だが、娘への愛情は本物だった。乙米との関係は冷え切っていても、沙代に対する愛着は確かにあり、それも彼がハリカたちへ協力した理由だ。
時貞は、この期に及んで沙代が本当は自分の種であることを叫ぼうとするが、その体が背後から踏みつけられて黙らされる。
「ぐげぇぇっ……お、お前はぁ……」
「……克典義兄さん、龍賀家の新しい当主として、我が家のすべての利益をあなたに譲渡します。手続きは、こちらの匂宮さんがしてくださるそうです」
「孝三くん!? き、君、正気だったのかね……?」
龍賀家の次男、村の禁忌を破った為に心を失わされたと言われていた龍賀孝三が、時貞の背中を踏みつけにしながら、そこに立っていた。
丙江を連れ戻すのを失敗し、「部下がやり過ぎて殺した。その部下はその場で処した」と報告していた時点で、長田は疾うの昔に裏切り者である。孝三が岩子を逃がそうとした時、裏鬼道の面々は彼に気の触れた演技をするように持ち掛けており、それを今日まで続けながらハリカたちを村へ引き入れたのだ。
当然、既に孝三を“不慮の死”を遂げる予定の時貞の後継者に選ぶ処理も、高雄の義兄が血液銀行と懇意にしている弁護士と共に進めていて、今頃既に完了している。
要するに……時貞の味方は、もう誰も居ない。長男の時麿だけは彼を未だに慕っているだろうが、沙代への“お手付き”が決まって時貞が無防備になった時点で、既にハリカたちに気絶させられて、オゼットの箒で精神病院に放り込まれている。
「さて、龍賀時貞……私のことを雌餓鬼だとか、言ってくれたな?」
「へ……へへへ……そ、そんなことを、言いましたかな? こ、この年になると、頭がボケてきまして……」
この期に及んで、なお媚びた笑みで誤魔化そうとした時貞の前で、ハリカが“イィィィィンッ”と弓を張るような手つきをして見せた。
時貞は喉からごぼっと何かを吐き出すが、それは血ではない……菱餅だ。三色の鮮やかな菱餅を吐き出したことに、時貞はポカンとしていたが、そのうちに次から次へと喉から菱餅が溢れ出し、どんどんその体が若返り、縮んでいく。
自分の“時”を菱餅の形に吐いているのだと気付いた時貞は、恐怖の悲鳴をあげようとしたが……それすらも、孝三に踏みつけにされているので叶わない。
最後には、その体躯よりも大きな菱餅を胎児にまで戻って吐き出した時貞は……ぱっと消えてしまった。完全に生まれる前へと還って、魂まで消滅したのだ。龍賀時貞の存在した痕跡そのものが、此の世から完全に消失していた。
「あぁ……」
恐怖か、それとも安堵か……息を吐き出しながら、倒れ込む沙代。
その体をそっと抱き止め、高雄は背中を優しく撫でていた。
※
──あまりにもあっさりと、沙代は克典に連れ出される形で、都会へと放たれた。
何もかもが否かと異なる空気の中で、沙代は洋装を身に纏い、クリームソーダの刺激的な味わいに舌鼓を打ち、活動写真の鮮烈さに感動した。
その傍らには、常に高雄の姿があった。
「楽しいこと、快いこと、思う存分楽しみましょう。まだ世相は明るいとは言い切れないけれど、それでもその権利があなたにはあるから」
……沙代だけでなく、庚子と時弥も都会へと移り住み、長田のこともあって暮らしがたいのではと思ったのだが、なんと庚子は既にあのハリカという憲兵姿の女性と“ねんごろ”になっており、どうやら“血族”の中で生きていくらしい。少なくとも、長田の隣にいた時は見たことも無いような、穏やかな笑みでその旨を伝えられた。
時弥は都会に来た途端に健康そのものな体となり、すくすく背も伸びているそうだ。ハリカの実家はプロ野球の球団も抱えているとかで、スタジアム観戦に魅せられた時弥は「大きくなったら野球選手になる」と息巻いている。
克典は正式に龍賀製薬だけでなく、龍賀の関連企業の全てを掌握し、遺産も大部分を孝三から譲渡されることになった。
主力商品である“M”は失ったものの「戦争の時代」の終わりと共にその価値は下がりきっており、ヒロポンと同じように非合法化するのも目前だったということなので、商才のある克典は最初から期待していなかったのかも知れない。
「あら、沙代ちゃん。今日もデートにお出かけなの? 克典さんも、高雄さんくらいに気が利けばいいのにねぇ」
そんな克典は今、沙代の世話をしてもらうという名目で、これまで会ったことのなかった叔母……龍賀の次女である丙江と共に暮らしている。
これが母である乙米でも霞むほどのスレンダーな美女であり、丙江の方は駆け落ちした相手を病気で亡くしてしまったようなのもあり、二人の関係には少しだけ色気づいた空気が流れている。あの村に比べればこの程度、爛れている範疇にも入らないので、沙代は何も口を挟む気はない。
孝三だけは哭倉村に残り、兄の見舞いをしながら遺された金で村の後始末を行っている。
彼はどうやら岩子にほんのりと想いを寄せていたようで、既婚者と知って失恋を経験して以降は、結婚するつもりは無いと断言している。龍賀の一族は、彼を最後に途絶えることだろう。
龍賀の血が途絶えると言えば、高雄の義兄である水木氏が血液銀行に勤めている伝手で、沙代や時弥も一度血液検査を受けたのだが……沙代は克典の子で、時弥は恐らくは長田の子という結果が出た。
乙米と克典はまだしも、庚子に関しては長田と一切の肉体関係が無かったとの話なので、これは本来あり得ないことなのだが……時貞が時間を逆行して消えてしまったせいで、つじつま合わせを世界が行わったのではないかと、銀髪の女性……フリーレンが説明してくれた。なんでも、彼女にも時間に関わる不思議な体験談があるのだそうだ。
かくして、あの村の強固な因習はたった数日の間に完全に消滅してしまい、ここまで上手くいっていいのかと沙代は戸惑う程だった。
もしかして、これは都合のいい夢を見ているのでは? 目を醒ませば、時貞に穢されて破瓜の血を流しながら涙を零しているのでは?
そんな風に不安になることもある。
そんな時は恋人……そんな関係になることを受け入れてくれた高雄を身を重ね、確かに己の体がここにあることを再度確認するのだ。
「──高雄と呼んで、沙代さん……♥ 恋人同士なんだから、名前で……♥」
「は、はい……♥ 高雄さん……高雄、さん……♥」
その豊満な胸の合間に顔を埋め、熱い吐息をつくと、肺腑の奥まで甘く染まるような気がした。
ちゅっ、ちゅっ……と胸の谷間に口づけを落とし、強く抱きしめられて豊満な体に沈む。
時貞に穢されそうになってことは、もうこの甘い記憶の中ですっかりと忘却してしまった。沙代は二度と、女しか……いや、高雄しか愛せないことだろう。
「あっ……あっ……高雄さん……指、入ってぇ……♥」
「沙代さん、イッて……♥ もっと、もっと甘い声を聞かせて……♥ こんなに近くで、私が救った命の声を聞くのは初めてなの……♥ 私が、人を救う者だと……あなたの愛で、証明してほしい……♥」
「高雄、さん……♥ あっ、くぅぅっ……イッ、くぅぅぅっ……♥ 高雄さん、好きぃぃぃっ……♥」
つぷんっ……と何かが高雄の指で貫かれた感覚があった。
甘く、そして少しだけ痺れるような、痛み。
あまりの歓びで泣きだす沙代に、高雄はただその豊満な体で抱きしめ、彼女が幸福を享受しても良いのだと……幸せになってよいのだと伝える。
「(──生きていこう、人を救うこの御方と……私もいつか、誰かを救うことが出来たら……その功績はすべて、この方のものだ)」
沙代は高雄の胸の中で目を閉じ、そして今度こそ……幸福な現実を真として受け止めた。
※
──時は遡り、龍賀邸。
沙代や庚子、時弥らを乗せて克典が都会へと出発し、ハリカたちが村の被害を見て回っている頃。
地面に転がっている菱餅の一つが、不気味な妖気を放っていた。
『ぐぐぐ……き、消えて、たまるかあぁ……わしこそが、この国だぁ……龍賀こそが、日ノ本の……いやさ、世界の王なのだぁ……』
それは完全に消滅する寸前、時貞が最後に意識の一部だけを転写したもの。もはやまともな人格や感情もろくに残っていない、ただの“こだま”のようなものだが、それでもなお……この悍ましい老人は存在を続けようとしていた。
『このまま、ネズミなり虫けらなりにでも食われれば……その意識を乗っ取ってぇ……孝三の体に取り憑いてくれるぅぅ……龍賀は……不滅なのだぁ……』
しかし、もしハリカらが帰ってくれば、この妖気も察知されて菱餅は始末されてしまうだろう。
ほんの短い間に、誰かに喰われるという豪運……邪悪ではあれど、間違いなく運命に愛されていた時貞は、それを引き当てた。
「ひゅ~っ……危ないところだったぜぇ。空き家を荒らすなんてせず、さっさと逃げりゃよかった。お陰で、あの姉さんに踏みつぶされかけたぜぇ」
『この声は……いいぞぉぉ……こやつなら、意地汚いので、わしを食うかもしれん……』
それは、龍賀が雇っている下男のような少年であり、いわゆる半妖怪として飼っていた者の声だった。
この少年はいぎたなく、がめつく、そして欲望に正直だ。彼は龍賀邸を覗き込むと、時貞のこだまが望む通りに、菱餅を発見した。
「うほおぉ~。なんでこんな、山のように菱餅が転げてるんだぁ。これ、地面に落ちてるし誰も食わねえよなぁ……」
『そうだ、食えっ! ここから再び、龍賀の、わしの栄光の再開だぁぁぁっ……!』
……さて、まことしやかによく囁かれる言説に「人間が一番恐ろしい」というものがある。
これは比較対象が幽霊や妖怪であることが多々あるが……しかして、これらの存在の詳細を果たして比べる側が理解しているかと言うと、大抵は大海の一部だけを見て「ウチの井戸の水の方が多い」と言っているだけの場面が多々ある。
具体的に言えば……時貞はこの下男の少年の、不潔さを完全に甘く見積もっていた。
『んぎゃぁぁぁぁぁぁっ……!? な、なんじゃこいつ、なんでこんなもんを食って……は、腹の中に、なんてものを……ふごぉぉぉぉっ……か、感覚などないはずなのに、臭いぃぃぃぃっ……!?』
「んぐぅっ!? は、腹がいてぇぇ……こ、この俺様が腹痛起こすなんて、なんだこの餅ぃっ! 最悪だぁぁっ……!」
『ま、待て、何処に行く……げろぉぉぉぉぉっ……だ、ダメだ、集中できん……乗っ取れ、ないぃぃ……ひぎぃぃぃぃっ……』
龍賀時貞の最後の想念が、ぼっとん便所の中へとひり出されていく。
糞便と混ざってしまったそれはもう、こだますら内包しておらず……己の身内すらも利用し、苦しめ抜いた魔人は──厠の底で完全に滅び去ったのだった。
※
──その日、事件記者である山田は、名倉村という小さな集落を訪れていた。
かつては哭倉村という何とも不気味な地名の付いていたそこは、今は何の変哲もない限界集落に過ぎない。
その中でも、ひと際古いが立派な建物が……目指す龍賀邸である。
「しかし、まさかお前さんがまた此処で暮らそうという気になるとはなぁ」
「孝三おじ様の尽力で、ひなびてはいても風光明媚な田舎になりましたから……都会にも少し疲れたので、晩年は故郷でと。嫌な思い出ばかりの土地ですが、それでも人生で一番良いことは、ここで起きたんです」
縁側に座って、本当に老婆なのかと疑うほど若々しい……けれど、確かに真っ白な髪の女性が、山田と顔見知りの一家と話しているのを目撃し、山田は驚く。
父、母、息子の三人家族も、山田の来訪に驚いたようだった。子供は、黒と黄色のちゃんちゃんこを着ている。
「山田記者……またわしらを追いかけてきたのか?」
「い、いや、今日はゲゲゲの一家ではなくて……本当です、本当!」
「怪しいわねぇ。そう言って何度も取材を迫られたし」
三人にじとっと見つめられ、特に息子の両方揃った目で睨まれると山田は弱い。
それで、あまりに若々しく見える老婆に向かい、助けを求めるように話しかける。
「ど、どうも、忌憚月報の山田と申します。水木沙代さん……で、よろしいですよね?」
「あら……孫や娘と間違われることも多いのですが、しっかりと調べてらっしゃる記者さんのようですね」
こぉろこぉろと鈴を鳴らすような声音で、優しく微笑む老婆……この龍賀邸痕に住まう家主、水木沙代。
ゲゲゲ一家と懇意にしているだけに、彼女も一筋縄ではいかない人物やも知れないが、山田は質問を投げかける。
「とある鎮守府……舞鶴鎮守府の分署なのですが、そこで新進気鋭の提督と、艦娘の部隊が話題になっています。沙代さんはその、提督さんの身内だと聞いたのですが」
「ああ……曾孫のことでしたか。ええ、ええ……あの子は両親を亡くしていますし、“血族”の中でも降格されたお家ですから、心配して共に住まないかとも言っていたのですが……まさか、あんな風に活躍するようになるとは思いませんでした」
沙代は、自身のひ孫にあたる少女のことを想う。
真っ白な肌、真っ白な髪、赤い瞳。
沙代の伴侶の血を強く引き、孫に乞われて名を一字与えた、可愛い身内のことを。
「ああ、せっかくゲゲ郎さんたちに訪ねていただいたのに、申し訳ないですねぇ……私は身内のことになると、ついつい話過ぎてしまうから。それじゃあ、お話ししましょうか……あの娘のこと。私の奥さんと、ようく似ている──海道沙帆提督のことを」
※
悪意が巡るように、善意も巡る。
これは、とある正義が此の世に生まれる物語。
世界をいずれ救う光が、誕生するに至るまでの挿話。