『別式』で描いたこと、描けなかったこと(4) (Pixiv Fanbox)
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ツイッターの方で切鵺と類の対決の解説のリクエストがあったので答えてみようと思う。
とは言っても一閃で決着がついている戦い。そうなった事情はくどいのでもう言わない。
だがそれを演出の力で魅せるのがプロの仕事ってもの。
ただ…ひょっとすると解説して欲しいという希望はこの演出部分が理解されていない気もしている。
だとしたらプロの仕事ができていない無念を感じつつ、演出部分も含めて解説する。
第1巻冒頭で類は刀萌から授かった二刀の構え「虎踞位」をセットする。
切鵺は虎踞位を知らない。だが類が刀萌に倣っていることは流石に分かる。
この時類が羽織を脱がなかったのは切鵺の警戒心を煽るため。
居合(抜きざまに斬りつけるスタイル)だということは察知されている筈なので、少しでも腕の動きを隠しているように見せた。
真っ直ぐに走り込む類。一方切鵺は抜刀して後の先を取りに行く。
尚、地形は枯れた草原。画面奥には平地が広がっているにも関わらず、二人は画面手前が傾斜した土手のような場所で対峙している。これは作者的には見栄え的な都合と、この後類が転がり落ちるための都合。本人たち的には変化のある地形を場合によって利用する暗黙の了解があったのではなかろうか。特に切鵺は三次元的な動きの戦法を得意としているので。
※ちなみにこの草原を決闘の舞台としたのは、名作映画『切腹』へのオマージュ。
仲代達矢・丹波哲郎両名が演じる二人の侍が死合うのがこんな感じ(あまり雰囲気出せてない…)の草原だった。
抜刀の直前、類の顔に「左を先に逆手で抜く」という内心が浮かぶ。
※逆手なので類が放とうとしていたのは「翻虎尾」
考えが顔に出てしまうという類の弱点。だがこの時は類自身も想定済みであると切鵺は汲み取った。手の内がバレていてもそれを超えた神速の居合で勝てる自信の表れと踏んだのだ。
この時の切鵺のモノローグは類に対する素直な評価。
だが切鵺にも勝算がないわけではなかった。類の手の内がバレていることもそうだが、「純粋に切鵺は強い」のだ。
最後に木剣で手合わせしたのは一年以上前のことだが、隻眼となった類の術が落ちていることも知っていた。
ただでさえ距離感の掴みにくい隻眼に、オブジェクトの少ない草原を自分から走って接近することも類には不利な条件。
ここで、切鵺の本心はどうであったかも重要になってくる。
切鵺は類に愛を告白し、類を自分の物とするために勝負を挑んだ。そのためには類を殺すことは出来ない。なるべく傷つけたくはない。
だが相手は類。
それも本当に可能かわからないギリギリの裁量。だが「やれるか」ではなく「やるしかない」。
数々の修羅場の乗り越えてきた剣士としてここでは「勝ちのイメージ」しか持っていない。
「腕一本で済ませられるなら」というのは余裕のモノローグではなく、それ。
でも切鵺の本心はそれだけではなかった。
愛の告白と、類からの疑いを否定しなかったのは類に真剣勝負を受けさせる、怒りを焚きつける口実でもあり、切鵺には類に斬られてすべてを清算したい願いがあった。
魁の死後、自責の念に苦しみながら一年かけてそこへ至るマインドセットをしてきたのだ。
自死も考えただろう。だがやはりそれは逃げとしか思えなかった。
性愛という魔物に取り憑かれた弱さもあった。
「エゴを貫く前に色んなものに囚われてしまった」という魁の言葉もずっと引っ掛かっていた。
本物の真剣勝負しか切鵺には残されていなかった。
そのマインドセットを済ませて、切鵺は再び類の前に現れた。
類と逢う前に慎太郎と出会っているが、この時慎太郎は切鵺を見て無意識に鯉口を切ったと類に白状してる。
「果たして切鵺を憎んでいたのか」という慎太郎の疑問は額面通りで、切鵺の「もう命を惜しまない、相手が慎太郎であっても、慎太郎なら、殺されても構わない」という澄み切った念が慎太郎に伝わって無意識に鯉口を切らせていたのだ。ここはそういった念を感じ取れるまでに成長した慎太郎の姿も描いている。
そして穏やかな笑顔で切鵺は類と再会する。
さて、切鵺の「勝ちのイメージ」から頁をめくると…
黒ベタに大きく「別」の文字。
そして左頁では…
驚いて眼を見張る切鵺と立ち止まり項垂れている類。
更に頁をめくると…
「もう切鵺の気持ち(だけでなく、他人の内心)を理解することを諦めた」と言っていた筈の類が涙ながらに「分からせてくれ」と懇願する。
切鵺も涙を流して受け容れる…が、
「式」の文字。再び我に帰る切鵺。
目の前に類が迫る。
和解は切鵺の中の僅かな願望が見せた一瞬の幻のだったのか。ではこの類は…
今度こそ幻などではなかった。
類は二刀の構えを捨てて右でのみ抜刀している。
虚を突かれた切鵺は類の切っ先から逃れようとしながらも薙ぐように剣を振る。そして…
完全にマインドセットが崩れた切鵺の脳裡に様々な想いが浮かぶ。
かつての仲間たちへの詫び、諦めきれていなかった自分のエゴ、そして類という剣士の真の姿を見た敗北感と尊敬の念。
第1話の扉頁とまったく同じ構図でタイトルが大写しになる。
二人の間に血飛沫が飛び散る。
この、タイトルを使った二度の切鵺の我に返る演出が残された尺でこの決闘を描ききる苦肉にして渾身の演出のつもりだったんだけど、もしかして伝わらなかったかなあ。
類はこの決闘に際し、頭には早和の櫛・魁に貰った眼帯・二刀には刀萌と魁の(奇しくも源内の)鍔…と、かつての仲間たちの想い出の装具を身に付けている。
唯一九十九の想い出は…
この時の忠告に応えることで携えたのだった。
僕の伏線回収力凄くない?
弱点を逆手に取った。自分を騙しきる集中力がこの時の類にはあった。
二刀の居合より一刀のそれの方が遥かに抜きやすく速い。居合が速いのは鞘を引くことで刀身を抜く距離を短くできる点にある。
描写は微妙だが鞘を引くマージンを残して帯刀していたと思われる。そこまでは切鵺に見抜かれていなかった。
切鵺が剣を振ったのは無意識の反応か、類の剣を打ち払うためだったのか。それは分からない。
しかしてその剣先は類の左眼に命中してしまう。
傾斜を転げ落ち、視覚を失ったことで動揺しながらも切鵺の気配を探る類。
しかし直ぐに手応えを思い出す。
詮無いことと判りつつも切鵺の名を呼び続け姿を探し求めて地べたを這う類。
画面には切鵺の姿は描かれていないまま、最後の決闘は幕を閉じる。
以上。
尚、その後類は右眼には眼帯、左眼は縫い跡はあるものの隠そうとはしていない。
これは、右眼は義眼を埋めないとならない程の損傷だったが左眼球は瞳孔が裂けた程度で残せたため。
ここ、縫い跡描き忘れてるね…うぐぐ。
〈(5)につづく〉