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「文化祭、ですか?」

「はい」


 おぼろげなわたくしの意識から遠いところで聞こえていた会話に、興味を引かれる単語が混ざったのに気づいて、わたくしの意識は急激に覚醒しました。

 ああ、そういえば今は朝のホームルーム中でしたわ、などと思いつつ、わたくしは眠気を覚まします。


「学園では毎年この時期に文化祭を行います」

「……まだ入学したばかりなのに」


 トリッド先生の言葉に対するメイの発言は、そのままクラス全員が感じていたことでした。

 文化祭のような大きなイベントは、もっと皆が学園に馴染んでから行うものというイメージがありますのに。


「学園には、収穫記念祭の時期に別に学園祭もあります。今回の文化祭は、どちらかというと新入生歓迎のイベントとご理解いただければいいでしょう」

「ど、どういう意味でしょうか?」


 リリィ様の質問に、トリッド先生はつまりですね、と一つ咳払いをしてから続けました。


「文化祭は各新入生クラスの結束を高めよう狙いがあるのです。文化祭というひとつの目的に向かって協力して取り組むことで、学園に慣れて貰おうというわけですね」

「なるほど、そういうことね」


 シモーヌは納得したように頷きました。


「文化祭と言いますけれど、具体的には一体何をするんですの?」

「クラスごとに出し物をするのが一般的です。初期の学園では研究発表などが行われていましたが、今では模擬店などをすることがほとんどのようですね」


 研究発表をするのも悪くはないのですけれどね、とトリッド先生は少し昔を懐かしむような目をしてから続けます。


「喫茶店やお化け屋敷、教室内迷路など、内容は皆さんにお任せします。食料品を扱う場合は許可が必要ですから、予め申請をしてください……と、その前に」


 トリッド先生は一度言葉を切ってから、教室にいる生徒たちを改めて眺めました。


「クラスを代表する級長を決めておきましょう。文化祭でも学園との折衝役になる人です」


 教室が少しざわめきました。

 中等学校までにもクラス委員のようなものはありましたが、それはどちらかというとお飾りの雑用係という側面が強かったのです。

 ですが、この学園の級長とやらは、クラスの実質的な顔役のようなもののようです。


「あなたやりなさいよ」

「え、無理だよ。自信ない」

「だよねー」


 お互いに探り合うような視線が行き来します。

 興味はあれども、自分から立候補するほどではない――そんなところでしょうか。


 しかし――。


「はい、トリッド先生。わたくし、級長に立候補しますわ」


 わたくしは空気を読まずにそう言ったのです。

 教室中の視線がわたくしに突き刺さります。


「アレアさんですか。確かにあなたなら級長として申し分ないでしょう。他に立候補者はおられますか?」


 トリッド先生は軽く頷くと、他に誰かいないか教室の一人一人を見やりました。


「何も遠慮することはなくってよ。他にもやりたい方がいらっしゃるのであれば、堂々と決着をつけましょう?」

「……アレア、それは逆効果」

「アレアと差しで勝負しようなんていう物好き、そうそういないわよ」


 わたくしは偽らざる本音を述べたまでなのですが、メイとシモーヌに呆れられてしまいました。

 リリィ様はいつものように困ったように笑っています。


「いらっしゃらないようですね。では、アレアさんが級長になることを承認する者は拍手を」


 まばらな拍手が起きました。

 積極的に肯定したいわけでもないけれど、わざわざ否定するまでもない、といった感じでしょうか。

 まあ、今はこんなものでしょう。


「では、ここからは級長と代わります。級長、文化祭でのクラスの出し物を決めてください」

「かしこまりましたわ」


 わたくしが教室前に設えられた壇上にあがると、クラス全体が一望出来ました。

 寄せられる視線には、興味、当惑、疑念、反感……色々なものがあります。

 いいですわ、わたくしが級長として認められるのはこれからですわね。


「では、クラスの出し物を決めたいと思いますわ。何か提案のある方、挙手を」


 わたくしがそう切り出しましたが、皆遠慮しているのかそれとも単に目立ちたくないだけなのか、誰も挙手する様子がありません。


「なら、わたくしからいくつか提案をさせていただきますわ。列挙していきますから、途中で何かご意見があれば遠慮なく」


 そう言うと、わたくしは黒板にチョークで出し物の候補を書いていきました。


「剣術ブートキャンプ……?」

「剣術の基礎を鍛え上げる教室的なものですわ」

「プロテインカフェ……?」

「筋肉の元となるタンパク質飲料を色々試せるカフェですわ」

「筋トレゲームセンター……?」

「各種の筋トレを楽しめる、それはそれは楽しい場所ですの」


 わたくしが列挙していくと、何故だか教室の皆から当惑の声が強まっていきます。


「ねぇ、アレアちゃんやばくない?」

「放っておくととんでもないことやらされるよ」

「真面目に考えよう。このままだと文化祭が筋トレになりかねない」


 ぽつぽつと、挙手が始まりました。

 いいですわね。

 自主性があるのは素晴らしいですわ。


「アレアって……凄くアレなのね……」

「で、でも、アレアちゃんが教官なら、多少色物でもお客さんは来てくれると思うんですが……」

「……来るとは思う。でも楽しいのはアレアだけ」

「そ、そうですね。ぶ、文化祭はクラスみんなで楽しむものですよね……」


 何やらごちゃごちゃうるさいですわね。


「ねえ、メイ。アレアのあれって素なの?」

「……素だよ」

「あ、あははは……。アレアちゃん、ちょっぴり脳筋なんですよ」

「誰が脳筋ですのよ。そこ、文句があるなら対案を出しなさいな」

「ひう! す、すみません……」


 わたくしが聞きとがめると、リリィ様は小さくなってしまいました。


 最終的に候補は十ほど挙がりました。

 わたくしが挙げたものの他には、喫茶店やお化け屋敷、ヨーヨー釣りにミニゲームコーナーなどがあります。


「それでは決を採ります。皆、やりたいものに三つまで挙手してください。では、剣術ブートキャンプから」


 わたくしは迷うことなく挙手しました。

 きっとこれは人気があるだろうと確信しています。


 しかし、


「わたくしだけですの? 残念ですわね」


 わたくし手ずから剣術の素晴らしさを説く絶好の機会だと思ったのですが。


「では次、プロテインカフェはいかがでして?」


 またもわたくしだけ。

 あら……?


「次、筋トレゲームセンター」


 これもわたくしだけでした。

 あ、あら……?

 ひょ、ひょっとして、わたくしってあまりセンスがないんでして……?


 結局、クラスの出し物は無難な喫茶店に決まりました。


「……ふぅ、危ない危ない」

「アレアちゃん、しっかりしてるようで危なっかしいね」

「私たちで支えて上げないと」


 なんだか不本意な評価を受けているような気がしますわ。


「それでは、わたくしたちのクラスの出し物は喫茶店と決まりました。続けて、取り扱う食品について話し合います。意見がある方は挙手を。わたくし、やっぱりプロテインドリンクが――」

「紅茶の飲み比べとかどうかな?」

「お茶菓子も欲しいよね」

「文化祭には外部からの来校者もいるから、男性客用に甘くないものもあるといいかも」


 理由はよく分かりませんが、活発に意見が出るようになりました。

 いいことですわ。


「そういえば、喫茶店で思い出したのですけれど、学院では伝統的に男女逆転喫茶なるものがあるそうですわ」

「……アレア、ステイ、ハウス」

「色物企画から離れよっか、アレア」

「り、リリィ、男装はちょっと……」


 あるぇー?


 結局、最終的な出し物の内容は、紅茶の飲み比べと簡単な焼き菓子を提供する喫茶店に決まりました。


「もっと独自性を出すべきじゃありませんこと? やっぱりプロテインバーくらいは――」

「「「アレア(ちゃん)は黙ってて(ください)」」」

「えええ……」


 解せませんわ。

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