短編小説つきイラスト 触手仮面 The Tentacle Mask (Pixiv Fanbox)
Published:
2019-06-21 09:45:39
Edited:
2022-04-06 06:52:20
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「テンタクルマスク……触手の仮面です」
迷い込んだ細い路地の奥。誘われるように入った骨董品店で、不思議な白い仮面を見つけた私に、店主と思しき黒ずくめの老婦人が告げた。
「思い人に手に取らせることができれば、仮面の触手でその人を思いのままにできる……そんな伝説のある品でございます」
「お、思いどおりに……?」
「さようでございます。ただし、対象は女性のみ。思いのままにできるといっても、自在に操れるというわけではありません。被せた人が深層心理で相手に『こうしてほしい』と思っているとおりに、対象の人物が行動するということのようです」
私――アケミが、その話を鵜呑みにしたわけではなかった。
ただそのときの私が、藁にもすがりたい気持ちだったこともたしか。
恋焦がれる同級生の女の子――サトミに、同性であるがゆえ想いを伝えられずにいた私は。
サトミが私の前に現れたのは、小学校の頃。親の転勤にともない転校してきた彼女が、私の隣の席に座ったときだ。
当時からガサツな男の子が苦手だった私は、すぐにサトミと仲良くなり、いつも一緒に遊ぶようになった。
それからずっと、私とサトミは同じ時を過ごしてきた。
中学に上がってから性を意識するようになり、彼女を恋愛対象として見るようになってからも、幼なじみとして振舞ってきた。
しかし、それは今年の夏、終わりを告げる。
サトミの親の再びの転勤が決まり、この夏彼女は引っ越してしまう。
そうなると、私の気持ちを伝える機会は、もう二度と訪れない。
(それだけは、絶対……)
いやだ。
しかし気持ちを伝える勇気もなく、悶々とした日々を送っていたとき、その仮面に出逢った。
繰り返すようだが、店主の老婦人の言葉を信じたわけではない。サトミに仮面を被せることができれば、彼女を思うがままにできると本気で思ったわけではない。
そう、まさに藁にもすがる気持ち。
それをきっかけに、なにかが少しでも変われば――。
そんな淡い期待を胸に、私は店主の老婦人に向かって口を開いた。
「買います。この仮面をください」
「アケミ、これ……?」
翌日の放課後、帰り途に私の家を訪れたサトミが、部屋に入るなりその仮面を見つけた。
「そ、それは……」
なんと説明しようかと一瞬口ごもったところで、サトミが仮面を手に取った。
なんたる僥倖か。
もし仮面に伝説どおりの効果があるとして、問題はどうやってサトミを仮面に手を伸ばすよう仕向けるか。
ひと晩悩んでいい方法を思いつかなかった問題が、勝手に解決された。
そう考えた私は、ほんとうに仮面の効果が現れるか、息を飲んで待つ。
『対象が仮面を手にして数秒、触手が覚醒して内側にびっしりと生え、妖気によって対象の精神を支配します』
老婦人が言ったとおり、仮面の触手が覚醒し、サトミの顔から感情が消えた。
『続いて活性化した触手が対象の粘膜を求め、精神支配により口を開かせ、そこへ触手を伸ばします』
その言葉のとおり、触手が伸びてサトミの口に侵入した。
『口に触手が侵入すると、あとは仮面のなすがまま。なにもせずとも仮面は勝手に顔に貼りつき……』
口中の触手に引き寄せられるように仮面はサトミの手を離れ、顔に貼りつく。
『さらに数秒で仮面は消え、対象の人物は貴女が深層心理で願うとおりの行動を取ります』
その言葉のとおり仮面が消え、再び顔が見えるようになったサトミは――。
「うふふ……」
唇の端を吊り上げて嗤い、それから妖しい光を灯した瞳を私に向けた。
あたし――サトミがその仮面を見つけたのは、1週間ほど前のことだった。
「テンタクルマスク……触手の仮面です。思い人に手に取らせることができれば、仮面の触手でその人を思いのままにできる……そんな伝説のある品でございます」
仮面に目を止めた私に、黒ずくめの老婦人が告げた言葉。
正直、心が揺れた。
小学校の頃、転校してきた小学校で、隣の席に座った女の子――アケミに、あたしは恋していた。
小学校を卒業し、中学。ともに過ごす時間が長くなるほどに、彼女に惹かれる気持ちは強くなっていった。
でも、気持ちを伝えることはできなかった。
女の子が女の子を好きになるなんて、変に思われたらどうしよう。
それでアケミに嫌われたらどうしよう。
そう考えると、彼女に告白する勇気を出せずにいた。
「いかがなさいますか?」
老婦人に問われ、さらに強く心が揺れた。
(この仮面をサトミに被せれば、彼女はあたしの思いどおりに……)
そう考え。
『買います』
その言葉が喉まで出かけたが、結局買わずに店を出た。
そして今日、放課後に訪れたアケミの部屋で、あたしはその仮面を見つけた。
『アケミ、これ……?』
食い入るように仮面を見て訊ね。
『そ、それは……』
アケミが言い淀んだとき、私はなにも言わず仮面を手に取ろうと決めた。
それで、あたしは彼女が望む行動を取る。
アケミがあたしを求めているなら、あたしもアケミを求める。
このまま友だちとして別れることを受け入れているなら、あたしはそのとおりにする。
勇気を持てない自分に代わって、アケミの気持ちに決めてもらおうと、あたしは――。
仮面を手にした直後、仮面に魅入られたように、身体が動かなくなった。
(な、なにコレ!?)
驚き、とまどったのは一瞬。
すぐに気持ちは落ち着き、仮面を見ているのに、目の焦点はどこにも合っていない状態になった。
やがて仮面の裏側に、紅い肉質の触手がびっしりと生えた。
それを見るともなしに見ていると、なぜか口を開けたくなった。
『あーん』
と声を出したつもりでいたのは、あたしだけだろう。たぶん、実際には声は出ていない。
そんなことを漠然と考えていると、仮面の裏側から1本の触手が長く太く成長し、あたしの口を目指して伸びてきた。
それを拒むことは、あたしにはできなかった。
触手の仮面に魅入られて、拒もうと思うことすらできなかった。
そんなあたしの口中に、触手が侵入してくる。
侵入してきた触手が口中を満たし、声を出せなくなったところで、仮面本体が手から離れた。
口中の触手が、仮面を引き寄せているのだ。
そうと理解しても、なにもできない。どうにかしようと思うこともない。
触手がびっしりと生えた仮面の裏側が、あたしの顔に迫る。
でも、怖くはない。
紅い肉質の触手が、あたしの視界を占拠する。
でも、気持ちは落ち着いている。
落ち着いているどころか、アケミが思うとおりに行動できることが、嬉しくて仕方ない。
そう、このときすでに、あたしはアケミの気持ちを知っていた。愛しい彼女がなにを望んでいるか、完全に理解していた。
それを実行できることが、なにより嬉しくて、ワクワクしながら――。
やがて、顔に粘着質な触手が触れた。
それが顔全体に密着すると同時に、視界が闇に閉ざされた。
そして、次に視界が回復したとき――。
心の内なる想いに衝き動かされるように、あたしは唇の端を吊り上げて嗤い、欲情しきった視線をアケミに向けた。
(了)