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俺は今、"処刑場"に向かって歩いている。


形は、かつて古代にあった帝国の闘技場を模したらしいが、俺にはただの"処刑場"にしか見えない。

そこから、歓声が聞こえる。今も、先に出た俺のお仲間が闘っているのだろう。


ただ、お仲間といってもホンの少しの間、同じ牢屋で臭い飯を食ったってだけだ。

みんな俺と同じ犯罪者だったり、中には敵国のスパイなんてのも居た。

そいつらもみんな、この薄暗い通路を通って行った。その後の消息は知らない。だが、容易に察しは付く。


この国には、隣国にまで轟くほど、恐ろしく強い王女様が居る。

聞くところによると、最初はその辺の大木や岩が"相手"だったらしい。


だが、それでは飽き足らず、次に"力自慢"な者を呼ぶようになった。

そして、その次は敵国兵の捕虜への拷問。そのいずれにも共通したのは、一切、無事に戻らなかったということだけ。

そして、遂にはこんな闘技場紛いのモノまで作らせた。


もう、わかるだろう?


俺たちは死を待つ死刑囚。そう。"勝てば"生きてここを出ることが出来る。しかも、その後は無罪放免で釈放される。

だが、今まで"その後"があった者など、ただの一人も居ない。相手は勿論、あの王女様。


さぁ、通路の先に闘技場が見えて来た。


今、ちょうど3対1で闘っているらしい。闘技場の中央辺りで王女を3人で取り囲んでいる。

1人につき1つ。武器を取ることが許されている。その内の一人、棍棒を持った男が殴り掛かった。

しかし、王女はそれを何なくかわし、男の背後に回るとその豪腕で男を頭をロックした。

あっという間に男の頭がひしゃげていく。


グシャァッ!


その巨大な力瘤でプレスされた男の頭は、地面に落ちたトマトのように潰れた。

顔中の穴から血が流れ出し、目玉が飛び出ている。この王女様には、いわゆる"締め技"は存在しない。

その化け物じみた筋力で全て"圧し潰す技"になってしまうのだ。


2人目の小柄な男は鉤爪を身に付けていた。

王女は時折、腕輪でガードしている。その小男の鉤爪攻撃を躱(かわ)し切れないのだ。


なるほど、力には速さで対抗するのもアリか。俺がそう思った矢先。何と、ついに小男の攻撃が王女の土手っ腹にヒットした。


「「おおっ!」」

と、物珍しさで集まった貴族で埋まる観客席から感嘆の声が漏れる。


しかし。鉤爪はホンの数ミリ、先端を刺した状態で止まっていた。

王女のお腹を覆う皮膚、その薄皮を一枚貫いただけ。その強固な腹筋を貫くには至らなかったのだ。


小男は呆気に取られる。その隙を見逃す王女ではなかった。

腹を突き刺しているその腕を取ると、左手一本でその小男を軽々と持ち上げた。小男が高々と宙吊りにされる。

そして、残る右手で貫き手を作ると・・・一気に男の腹目掛けて突き刺した!


ドグチャッ!


王女の右手・・・いや、右腕は小男の腹に深々と突き刺さっていた。

モズの早煮えのように、右腕一本で高々と差し上げられる小男。既に絶命している。


残る1人はその光景を見て、もう完全に震え上がっていた。手にしていた剣を地面に落とし、腰を抜かして命乞いをしている。

小男をその辺に捨てた王女様は、その男にゆっくりと近付く。

おもむろにその男の片足を掴むと、持ち上げて逆さで宙吊りにする。

・・・そして、男を軽々と天高く振り被ったかと思うと、一気に地面に叩き付けた!


ドゴォォォン!!


凄まじい轟音と共に、砂煙が上がる。両腕両脚は変な方向に折れ曲がり、身体の厚みは半分ぐらいになっていた。

・・・男は、地面とキスをして、血の華を咲かせて死んだ。男3人を葬るのにものの数分と掛からなかった。



ついに、俺の番だ。3人1組らしく、俺以外にも2人居る。顔に大きな傷と持つ男と、山のような大男だ。

この2人には見覚えがあった。戦場でも有名な傭兵だ。


傷の男は、槍使いで右に出る者はなく、大男は見た目通りの力自慢で名を馳せていた。

この2人は好戦的なことでも有名だ。こいつらを囮にすれば、王女の隙ぐらい付けるかもしれない。


俺たち3人が通路から闘技場に差し掛かったところで、兵士が大きな台車を引いて来た。

その台車には、古今東西のあらゆる武器が積まれていた。


王女が、果ては東洋の小国から取り寄せたというサムライソードなる、やや湾曲した細長い剣まである。

ここでの武器選びは重要だ。それこそ、生死に直結するといっても過言ではない。


王女は見ての通り、鋼の筋肉を纏っている。生半可な武器では、さっきのように薄皮一枚を切るのが関の山だ。

殺傷力があり、且つ頑丈な武器でないと・・・。


そうして俺が迷っていると、傷の男はハルバードを選び取った。

いわゆる斧槍と呼ばれるもので、槍の特徴であるリーチと斧の特徴である頑強な刃、その両方の特性を兼ね備えている。

その分、扱いは難しいが良い選択だろう。


一方の大男は、手甲を選んだ。

鎧の一部として見に付ける守備用の手甲ではなく、拳部分にスパイクが付いた明らかに攻撃用の手甲だ。

確かに、手甲も頑強さでは申し分ないが相手はあの王女様である。掴まれればほぼ死が確定するような相手と殴り合う気なのだ。


しかし、大男の方が王女よりも背は高い。故にリーチも、大男の方が長い。

そういう意味では、ハルバードを選んだ傷の男と同じ作戦なのかもしれない。


そう、掴まれれば終わる相手なら、掴まれなければ良いのだ。


そして俺が選んだ武器、それは・・・・・。



闘技場の死体が片付けられ、俺たち3人が闘技場に通される。


「「おおーーっ」」

「お前らー、少しは頑張れよー!」

本当に貴族なのかと疑いたくなるような、歓声と怒号と野次。


「さぁ。いつでも居らして構いませんよ」

王女は悠然と、闘技場のど真ん中で待ち構えていた。


「・・・・・っ」

俺は、思わず生唾を飲み込んだ。


誰もが羨む美貌。戦いの邪魔になるからか、ポニーテールに纏められた金髪も美しい。

胸元には、スイカほどの大きさもある乳房。キュッと括れた艶かしい腰。

隣国にも並び立つ者が居ないという、噂に違わぬ絶世の美女。


しかし、顔と乳房以外は、女どころか人間とすら思えぬ身体付きをしていた。

何処をどう鍛えれば、"こう"なるんだろうか。


有名な彫刻家が大理石に彫ったかのような、綺麗に六分割された腹筋。

乳房よりも更に巨大な、人間の頭ほどもある二の腕の力瘤。

古代の大神殿を支える、石柱を思わせる極太の太腿。


単純な上背なら、手甲の大男の方が大きいだろう。

だが、見に纏っている筋肉のレベルが違う。


王女が見に纏っているのは、胸元には小さな胸当て、下腹部は腰巻き。

防御というよりは、どちらかというと秘所を隠す程度のモノでしかなかった。

豪奢な装飾がなければ、下着と見紛うほど。後は、腕輪と足輪ぐらいか。


だからこそ露わになる太い首、大きな肩、盛り上がる腕、広がる背中、膨らむ脚。

全ての筋肉に血管が迸(ほとばし)り、無駄な贅肉が全くないことを容易に想像させた。


例えるなら、虎のような大型の肉食獣を前にしたかのような。

更にそれを、何十倍にもしたかのような驚異的な威圧感。



「先手をくれるってんなら、遠慮なく行かせて貰うぜ」

傷の男は斧槍を構える。


「うおぉぉぉっ!」

傷の男は助走を付け、一気に駆け出すと王女に斬り掛かった。


ガキィンッ!


傷の男の体重を乗せた一撃。王女はそれを、左手の腕輪で受けた。


ガィンッ、ガキャンッ。


「おおっ」

と会場が沸く。


王女相手にここまで、こんな"何合"も打ち合えた対戦者が居ただろうか。

俺も、隙あらば王女を狙おうと"構えていた"が、その隙が無い。


傷の男は見掛けに寄らず、試合巧者だった。いや、戦闘慣れしているというべきか。

攻撃は重く、且つ王女の手が届かない範囲から。王女が手を出す素振りを見せると、退いて距離を取る。


「なるほど。貴方、なかなか強いのですね」

「へっ、このまま手を出さずに居たら、"それ"が保たなくなるぜ?」

傷の男は、王女の腕輪に目をやった。王女も、それに気付いていたようだ。


「・・・ですね。貴方は他の方よりは少しは強いようです。では、"これ"は失礼にあたりますね」

王女は、ヒビが入り、今にも割れそうだった腕輪をバギィッ!と割った


ドゴンッッッ!!


「・・・な」

傷の男の目の前で、王女が付けていた腕輪は地面に"埋まっていた"。


バギバギッ・・・ドギャンッッ! ドゴォッ!


目の、錯覚だろうか。情報の整理が追い付かない。

腕輪や足輪は、外れたのではない。王女が力任せに、"指で裂いた"ように見えた。


傷の男の斧槍の一撃をあれだけ何度も防いだのだ。紙や木で出来た見掛け倒しの腕輪でないことは間違いない。

確かに王女は、鋼鉄製を思しき輪っかを指の力だけで引き千切ったのだ。


「何だ、その腕輪は・・・」

「"これ"ですか? いえ、単なる"鍛練の道具"です」


「た、鍛練だと!?」

防具どころか、装飾品ですら無いというのか・・・。


「私が重いと感じるモノを作らせるのは、本当に骨が折れました」

国中どころか隣国からも名工を集めて、ようやく完成したという。


俺たちの前に死んだ3人。小男以外の2人は、それなりの体格をした者たちだった。

大の男を片手で軽々振り回す怪力。その超筋力を持つ王女が、重いと感じていた腕輪と足輪。


「そっ、そんな虚仮脅しにこの俺がビビると思ってんのかっ!」

「"虚仮"・・・嘘、偽りかどうか、見てみたらどうです?」

待っているのでどうぞ、と王女は促した。何なら、武器にしても構いませんよ、と。


「うぐぅっ、おっ、おおっ・・・!」

あの大きな斧槍を振り回していた傷の男が、腕輪の"残骸"を持ち上げられずに居た。


「何て、重さだ・・・っ!」

「そうでしょうか。精々、男数人分の重さだそうですが・・・もう、"慣れ"ましたので」

王女は差し上げます、と付け加えた。


「くそっ、俺にはこのハルバードがあるっ!」

傷の男は腕輪を持ち上げることを諦め、再び斧槍を手に取った。


俺はまだ、この状況になってすら、傷の男に若干の分があると思っていた。

傷の男は五体満足、武器も健在。一方の王女は、防御に使っていた腕輪を失った。

鍛練用の意味での"重し"も失ったが、たかだか重りを下ろしただけで、人間の動きなんてそんなに変わる訳がない。


刃物を持った傷の男と、素手で半裸の王女。普通に考えれば、どちらが優位かは一目瞭然。


「うおりゃあぁぁぁっっっ!!」

傷の男は、今までにないぐらい渾身の力を篭めた一撃を振り下ろした。


ゴン。


「・・・え」

王女は、"防御"していた。・・・いや、"何処"で?、だ。


「そ、んな。嘘、だろ・・・」

斧槍の刃は、王女の二の腕に当たって、止まっていた。


「っ!? まさか、俺らに渡した武器、みんな"刃"を潰してたんじゃねぇのかっ?」

イカサマだ、と傷の男は見っとも無く喚き散らした。


確かに、もし本当に刃が潰されていたのであれば、鉤爪や斧槍が王女の身体を貫けなかったのも頷ける。


「私はこれでも、正々堂々と努めて来たつもりです」

王女は傷の男に近付き、無理矢理、男の両手から斧槍を奪い取った。勿論、王女は片手で、だ。


「そこで、見ていなさい」

王女は、おもむろに傷の男の目の前で斧槍を振り下ろした。


ズッゴォォォッッッ!!!


「どうでしょう。"これ"でも、武器を疑いますか?」

傷の男の足元で、斧槍が地面に埋まっていた。

柄の部分が辛うじて地面に出ている程度で、刃の部分は完全に埋没していた。


王女の怪力で武器を振るったら、刃があろうが無かろうが関係ない、と俺は思った。


「さぁ、武器を拾いなさい。この私を侮辱した罪、その身で思い知らせてあげます」

「ぬっ、抜けねぇっ・・・!」

地中深く、刃を埋め込まれた斧槍は、とても人間の力でどうにか出来るようには見えない。

武器を失い、王女の逆鱗に触れた。傷の男の運命は、もう決まったようなものだった。


「そもそも、刃物が欲しいのであれば、己が身を刃とすれば良いだけのこと」

王女は手刀を作り、傷の男に振り下ろした・・・ようだった。正確には、王女の手刀が余りに速過ぎて軌道が見えなかった。


スパッ、ズパァッ!


小気味いい破断音。勿論、傷の男の身体が分断され、細切れになって行く音だった。

手刀を目で追えなくても、男の肉が切れ、血が飛び交うことで、どう斬ったかはわかった。


先ずは逃げ出そうと背を向けた男の脚を落とし。見苦しく命乞う腕を落とし。

筋肉隆々の絶世の美女が、人間の人体をどんどん輪切りにして行く様は、見ていてこの世のモノとは思えなかった。


残るは、俺と大男。


大男は、何度か機を伺っていたようだったが、手を出せずに居た。

それも、当然だろう。動きが目で追えないのだ。唯一の弱点だと思われた速度、それもただのハンデでしかなかった。

そのハンデも、傷の男がその身を犠牲にしてご破算にしてくれた。


「おい、手を組まねぇか」

俺は最後に賭けに出た。


「どうするつもりだ」

大男も手が出せないことにはジリ貧なのは、わかっているようで乗って来た。


「俺が、"武器"で動きを止める」

「どうやって?」


「説明してる暇はない。気取られれば、成功する目が完全に消える」

「・・・しゃーねぇ。どうせ、俺の武器は"これ"だからな。どのみち、行くしかねぇ」

大男の武器は、手甲だった。斧槍のような、リーチは無い。


俺が動く動かざるに関わらず、大男は行くしか無いのだ。

グズグズして、王女が痺れを切らせば俺たちなんて文字通り、瞬殺される。


「うおおぉぉぉっ!」

大男が、王女に向かって一気に距離を詰める。


王女は余裕からか、相手の初手は必ず、"見る"。最小限の動きで躱(かわ)す。

つまり、足元は動かない。俺は、その隙を付いた。


ビシュッ、ビシュッ。


「・・・やはり、貴方だったのですね。"先程"からの攻撃は」

王女は、大男の打撃のラッシュを躱(かわ)しながら、俺に向かって言い放った。


「何だ、バレてたのか」

「傷の男の相手をしている時から、何かやって来ているのは気付いていました」

殴り掛かる大男をあしらいながら、俺と王女の会話が続く。


「おい! "もう直ぐ"、王女の動きは止まる。そうなったら、急所を狙え」

王女の筋肉ボディが如何に刃すら通さない頑強さでも、人体である以上、必ず急所はある。

眼球、口の中、耳の中。尻の穴や秘所。筋肉を通らずに、内臓を攻めるポイントは幾らでもある。


「・・・それで。どう、動きを止めると?」

「もう直ぐ、だ。もう、直ぐ・・・・・」

何だ、何かがおかしい。もう、"効果"が出ても良い筈だ。


「貴方は上手く隠していますが、ボウガン程度の武器でどうなると言うのです」

そう、俺が選択した武器は、『ボウガン』。


しかも、小型のボウガン。武器としては、確かに小さい。当然、放たれる矢も小型。

だが、それで良かった。俺の、"本当の武器"を使えるから、だ。


「そんな小さなボウガンの矢に塗れる程度の"毒"で、この私がどうにかなると?」

「・・・なっ!?」

気付いていた、のか。


『仕込み毒』。


人間、急所の数だけ"隠し場所"がある、ってのが俺の持論。いざ、って時の為に持ち込んだ、毒。


「象が卒倒するぐらい、強力な毒だぞ!? 幾らお前がバケモノでも、直ぐに立っていられなく・・・」

この私が象に効く程度の毒でどうにかなる、と本当に思っていたのですか」

そんな、馬鹿な。だが、確かにもう毒の効果が出てもおかしくないぐらいの時間は経過している。


鍛え上げられた健全な筋肉に、毒など効きません

「・・・なっ」

俺はてっきり、子供の頃から毒の耐性を付けるべく訓練をした、といった昔話が出て来るかと思った。


天性なのか、鍛え上げた結果、本当に毒の耐性を身に付けたのか、本当のところはわからない。

しかし、俺と大男、2人の運命がこれで決まったのは間違いなかった。

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