隣の人形お姉さん (Pixiv Fanbox)
Published:
2021-12-21 12:15:54
Imported:
2023-05
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大学生。初めての一人暮らし。当初は引っ越しのゴタゴタで隣近所のことなんか目にも入らなかった。今時、挨拶して回る時代でもねえし。隣の部屋が何かおかしいことに気づいたのは、数日経ってからのことだった。ドアの下部にドアがある。それも、明らかに後付けの。うちの部屋と同じデザインのドアだから間違いない。後から強引に穴をくりぬき、小さなドアをそこにはめ込んで埋めた……。そういう風に見えた。四十センチぐらいだろうか。犬か猫用のドア? でもアパートのドアってああいう風に改造していいもんなのか? わからん。まあ金払えばいいのかもしれない。しっかしなんであんな不格好な、素人目にも無理やり改造したとわかるような強引なやり方で小さいドアなどわざわざ作る必要があるのか、さっぱりわからない。
そう疑問に思いつつも、新生活に慣れるまでの間に小さなドアの謎はすぐに霞んでいった。顔も知らない隣の人の事情など知るか。自分のことで手一杯だ。
謎が解けたのはオリエンテーションから帰った時。俺の部屋の前に小さな、それは小さな人影があった。三十センチにも満たない程度の……人形? いや違う。動いてる。それは大きな荷物を抱えながら左右にふらつき、非常に危なっかしく前進していた。俺の部屋の前を通り過ぎ、隣の部屋の……小さなドアの前で立ち止まり、小さな取っ手を回してドアを開いた。その瞬間、あの小さなドアは彼女のためのドアだったのだと悟った。でもあの小さな女性は一体?
俺が見ていることに気づいたのか、彼女はこっちに顔を向け、ペコリと頭を下げた。それからえっちらおっちらと荷物を部屋の中に引きずり込んだ。俺はあっけにとられながら、小人の出入りを最後まで見物していた。
隣の部屋に住むお姉さんと会ったのはそれが最初で、それからちょくちょく見るようになった。粗雑な作りのテープで留める服、おそらくは人形用の服を着て、ぼさぼさで固そうな黒い髪を背中まで伸ばした彼女はいつ見ても大変そうだった。階段の上り下り(一階に住めばいいのに)、荷物の持ち運び、全身で息をしながら懸命に働いていた。気の毒になった俺はエンカウントした際に手伝ってやるようになった。最初はびくびくと怯えながらぎこちなくお礼を言うだけだった彼女とも次第に打ち解け、身の上を話してくれるようになった。彼女は縮小病という珍しい病気を患い、体が身長三十センチ足らずまで縮んでしまったらしい。そういえばニュースで聞いたことある。女性だけが罹る奇病で、今のところ治療法はないんだとか。身寄りのない彼女はその小さな体で、一人で生きていかなくてはならない。何とも気の毒の話だ。年齢は二十五歳で、発症するまでは普通に働いていたのだが、当然そこは首となり、新しい仕事も見つからず、日々貯金を切り崩しながらなんとか生活しているのだという。バイト先を決めてきたばかりでその話を聞いた俺は、なんとなく居心地が悪かった。
そのうち家にも招かれるようになったが、見るからにその苦労が伝わってくるような状態だった。必死に組んだであろう階段がお風呂やキッチン、照明のスイッチ等、あらゆるところに設置してあり、俺はかなり気を付けて歩かねばならなかった。どれも触れただけで崩れそうな粗雑ぶりだが、あれで本当に大丈夫なんだろうか。
彼女の容姿はお世辞にも整っているとは言えなかったが、この暮らしぶりを見れば理由が痛いほどよくわかる。メイクは無理だし、髪も肌も手入れなど出来ようはずもない。風呂に入るのも、食事を用意するのも、トイレに行くのも大変な時間と労力を消費しなければならないのだ。服も着せ替え人形のものだが、チクチクザラザラしていて着心地は最悪らしい。テレビやネット越しで見る縮小病患者の暮らしぶりとは全く違う生々しさが伝わる。決して遠い世界の出来事ではなく、壁一枚隔てたたけの場所で起こっている現実なのだということが。
隣人として手伝える時は手伝ってやりたいが、俺も俺の生活がある。アパート近くで遭遇した時に運んでやるぐらいが精一杯だし、それ以上は踏み込めない。結局はただの隣人であり、家族でも旧来の友人でもないのだから。
ある日、大学のみんなでゲーセンに行った時、フィギュアをゲットした。特にそういう趣味はなかったので、これが初めてのフィギュアだった。家に帰って箱から取り出すと、隣の花咲さんのことを思い出した。ちょうど同じぐらいの等身だ。でも決定的に違う。これはただの樹脂の塊であり、向こうは生きた人間。伸びっぱなしでボサボサの黒い髪は、このフィギュアの塊のような黄色い髪とは似ても似つかない。
後日、飲み会で部屋のフィギュアが邪魔だという話から、オタクが参戦し、フィギュアの手入れについて聞いてもいないことを延々と聞かされる機会があった。
「んで……そのクリームを塗っておけば面倒なことはほとんどなくなるってわけで、それで~」
(ふう~ん)
大半はどうでもいい内容だったが、フィギュアクリームという整備用品に関してだけは妙に記憶に残った。それをフィギュアの全身に塗っておけば、手垢や汗を始めとした汚れを自動的に分解してくれるので、気軽にべたべたとフィギュアに触れても大丈夫だし、掃除も必要なくなるらしい。ちょっと折れたり欠けたりしても、クリームが修復してくれるとも言っていた。
家に帰ってから調べてみると、そのクリームを人間に使っている人の情報も出てきた。縮小病で縮んでしまった人の中には、自らそれを全身に塗って生活している人もいるそうだ。汚れを分解してくれるから、お風呂に入る必要もない。股間に厚く塗っておけば、トイレすら行かなくてもよくなるのだという。動画で明るく話すその人は、同じ三十センチ足らずなのに、花咲さんとは打って変わって明るかった。そして、その見た目。俺はうっすらと埃を被る自室のフィギュアの方を見た。これと全く同じ。動画の人は樹脂のような質感の肌。顔もどことなくデフォルメされていて、フィギュアが生きて動いているみたいに見える。髪の毛も違う。フィギュアや彫刻のように、一塊のパーツに切れ込みや形状をつけて髪を表現している、そんな感じだ。一本一本の毛の集積には到底思えない。それでも、動画内の彼女はさらりと髪に手を通し、髪型も変えて見せた。まるで現実にCGアニメが顕現したかのようで、少し不気味にも思える。けど、花咲さんのボサボサの髪と暗く沈んだ表情とは雲泥の差があった。
俺は思った。綺麗になった花咲さんを見てみたい。あと、彼女の生活を楽にしてあげたい、とも。健康に悪影響はないらしいし、試してみるだけならいいんじゃないか。まあ、決めるのは彼女自身だし、今度会ったら提案してみようか。
後日、郵便受けの前で悪戦苦闘している彼女に、フィギュアクリームについて教えてみた。どうやら知らなかったらしいが、反応はあまり芳しくなかった。まあ、そりゃそうか。フィギュア用のクリームを生身に、それも全身に塗りたくるなんて怖いよな。
「でも、あれ塗ったらすっごい綺麗になるみたいなんすよ。綺麗な花咲さん見てみたいなあーと思って」
「へっ!? あっ、そ、そう、ですか……」
部屋の前まで運んであげてから分かれるまで、彼女は顔を沈めたまま一言も発しなかった。うーん、やっぱダメかな。トイレとか行かなくてよくなると楽になると思うんだけどな。まあしょうがないか……。
一週間ほど経った後。大学から帰ると部屋の前にフィギュアが落ちていた。誰かの落とし物だろうか? しかしむき出しでフィギュアなんて忘れていくだろうか? 近づいて腰を屈めると、そのフィギュアは顔を俯け、赤く染まった。俺はフィギュアが動いたことに驚き、思わず「うぉ」と声が出た。
「あ……やっぱり、変、ですよね……」
フィギュアは頬を染めながら顔を上げた。俺は重ねて驚かされた。そのフィギュアは花咲さんだったのだ。艶々とした長い黒髪は一塊のパーツのように見える。荒れていた肌も曇り一つない肌色一色に染め上げられ、樹脂のような質感を放っていた。俺の部屋のフィギュアとまるで同じように……。彼女は俺の助言を受け入れ、フィギュアクリームを全身に塗っていたのだ。
「い、いや変じゃないです。ちょっとビックリして」
「あっ、す、すいません、お騒がせして……」
彼女はぎこちない足取りで小さなドアに向かった。その後ろ姿は痛々しい小人ではなく、綺麗なフィギュアのように見えた。俺はとても綺麗になったと思ったままのことを伝えたが、特に返事は得られぬまま、彼女は自分の部屋の中に消えた。
家に帰ってから、俺は彼女の顔を思い浮かべた。確かに綺麗に……可愛くなっていた。まるでアニメの世界から抜け出てきたみたいな。ああも化けるとは思わなかった。鬱々として暗い表情が多かった普段の彼女からは中々想像できない仕上がり。染みや黒子、体毛、血管、そういうものが全てクリームの中に埋没し、均質な肌色一色に統一されたせいか、だいぶ幼く見えた気がする。顔の細かな特徴もスポイルされて、デフォルメが効いたような印象に。ほんの僅かだったが、生きたフィギュアを見ているみたいで稀有な体験だったな。
俺は自室のフィギュアを眺めた。その金髪はカチンコチンで動かない。当たり前だが。等身も体の質感も同じなのに、こっちが動かないのが今や不思議なことのように思えてしまう。
それから、徐々に花咲さんを見る頻度が増えた。すっかりフィギュアみたいになった彼女も、最初は外出がだいぶ恥ずかしかったようだが、次第に慣れてきたのか、依然と同じぐらいに……。いや、かなり見る機会が増えた気がする。
彼女と話をすると、クリームを教えたことを感謝された。本当にお風呂やトイレが不要になったらしいのだ。おう、マジか。すごいな。俺もめんどいからナシにできねえかな。
活動が増えたのは時間と労力を節約できるようになったからか。それとも……再び容姿に自信を持てるようになったからだろうか? 以前より頻繁に声掛けされたり、家にお呼ばれされたりすることも増えた。まるでもっと自分を見てほしいと暗に言っているようだった。これまではもっとオドオドしていたのに。
そうして明るい顔も見せるようになった花咲さんだが、そうなると一層目につくところが出てきた。服だ。粗雑な作りで見るからに着心地悪そうな服。特に寒い季節は大変だろう。寒さを凌ぐ構造になっているようには全く見えない。着せ替え人形の服だから当然と言えば当然だが。フィギュアの体となった彼女に、着せ替え人形の服をふわっと纏わりつかせているのは大変奇妙な状態に見える。ミスマッチというやつ。俺の部屋のフィギュアと比べるとその差は歴然。本物のフィギュアは体と同じような質感と色合いを持つ樹脂製の服を身に着けているのだから。最も、樹脂の塊だから厳密には服ではないが……。仮にこれを削り取って彼女にはめ込んでも服としては機能しないだろう。固いし動かないし。
フィギュアの身体に調和するような質感で、かつ服としても機能するもの……。そんなものがあればいいけど。普通の服をオーダーメイド……は無理かな。相変わらず仕事には就けずにいるようだし。フィギュアみたいな容姿になったせいで、ますます働き口は見つけ辛くなったかもしれない。あちらを立てればこちらが立たず、か……。
大学の講義で、俺は3Dプリンターの中に人形の改造に、それも樹脂ではなく繊維をプリントする機種があることをしった。講義の中では技術の応用例としてサクッと触れられただけだったが、俺は聞き逃さなかった。早速調べてみると、おあつらえ向きの情報が見つかった。人形をセットして特殊な繊維を噴射することで、ジャストフィットする衣装を形成することができるらしいのだ。それも見た目は服というよりは樹脂に近い質感だった。だが、硬くて動かないというようなことはなくて、普通の着せ替え服のように使えるらしい。これだ。これしかない。
しかし値段が高い。バイト代を貯めれば手が届かないでもないが、そこまでする義理はないからなあ。生活そのものには関係ないし。これも本人に情報を教えるだけにしておくか。
半月ほどすると、大きな荷物が隣の部屋に運び込まれようとしている現場に遭遇した。廊下の隅で花咲さんが見上げている。こっちに気づき、少しばつが悪そうにはにかんだ。どうやら注文したらしい。服を作る機械を……。しかし勧めておいてなんだけど、あれ人間に使えるんだろうか。クリームと違い、縮小病の人間に使ってどうかという情報はなかった。もしもムダ金だったら……。収入がまるでない状態で買わせた俺のせい、ってことには……なるか……?
まあいい。効果があることを祈るばかりだ。
翌日、俺は花咲さんから相談を受けた。昨日届いた人形の服を作る機械だが、あれは一人では動かせないので、手伝ってほしい、と。
(あー、そっかあ)
対象の人形……この場合は彼女を中に入れてしまったら、誰も装置を動かせないわけだ。
その日の講義が終わった後、俺は彼女の部屋にお邪魔して、装置の操作を手伝った。ただ一つ問題点があるとすれば、装置に入れる際花咲さんは全裸にならなければならないこと……。そうしなければ形成される服がおかしくなってしまうからだ。俺たち二人とも直前までそのことに気づかず、大変気まずい空気が流れた。
彼女は真っ赤になりながらも、服を脱いだ。「く、クリーム塗ってますからね、ほんとの裸じゃありませんし」と小声で言い訳しながら。年上としてのプライドか、少なくない金を払ったのを無駄にしたくなかったのか、引き下がれなかったようだ。
彼女の裸体は……想像通りのものだった。フィギュアと同じように、どこを見ても同じ質感と色合いで均質化した肌。胸には乳首がない。クリームが覆い隠してしまったようだ。マネキンのようにツルツルで、何もない股間。トイレに行かなくてもよくなるように、厚くしっかりと塗ったのだろう。元から何も存在しなかったかのようにその股間は平坦だった。
彼女は真っ赤になりながら、もはや隠す物もないはずの胸と股間を両手で抑えながら、装置の中に入れるよう俺に頼んだ。両手が塞がっているからだ。別にもう隠さなくてよくね、と思うが。本当にフィギュアそのものの体で、一切欲情はしない。まあ自室にあったら眺めるかな、ってぐらい。
傷つけないよう円柱状の容器の中に入れて蓋をし、俺は装置のスイッチを入れ……入れる前に衣装データを選択しなければならないようだ。どれも数字や日付、略称っぽいアルファベットで表記されたデータばかりで、どれがどういう服だかさっぱりわからなかった。適当に選び、俺はスイッチを入れた。
多数のノズルから容器の中にカラフルな霧が噴射された。あっという間に花咲さんを覆い隠し、容器内は繊維のシャワーで満たされた。大丈夫かな。うーん。
しばらく待っていると、次第に霧が収まってきた。進行度も百パーセントに達し、装置の工程は無事全て完了した……が、霧の中から現れた彼女の姿を見て俺はギョッとした。淡いピンク色に染まった長髪、胸元に広がる大きなリボン、白とピンクで彩られた派手なドレス、肘まで覆う長手袋、可愛らしい装飾のブーツ。
女児向けアニメに出てくるような魔法少女フィギュアと化した彼女が、先ほどよりも真っ赤になって震えていた。
その後何度か繰り返して十着ほど衣装を作ったが、そのどれもが派手で可愛らしいコスプレ衣装ばかりで、日常に使えそうな服はできなかった。全裸どころか思わぬコスプレショーを披露する羽目になってしまった花咲さんは耳まで赤く染めつつ、小学生でも着ないような少女趣味のピンク色のワンピースを着ながら俺を玄関まで見送ってくれた。
「あ、あの……その、今日はどうも……ありがとうございました……」
声も体もプルプルと震えている。髪色は相変わらず淡いピンク色に染まったままだ。フィギュアみたいな体と相まって、本当にアニメキャラみたくなってしまった。
何とも気まずい空気だったが、俺は精一杯フォローした。可愛いと思います、どれも似合ってましたよ、と……。
「や、やめてください……私もう二十五なんですから……」
と口では言いつつも、その表情にはどこか満更でもなさそうな感情がこもっていた。
流石にいい歳して魔法少女やら制服(それも派手)で外出する勇気はなかったらしく、外で見るときは新衣装を着ているところは見なかったが、たまに俺を家に誘う時などはピンクのワンピース姿なことがあった。デザインは最悪だけど、着心地は抜群にいいらしい。退院してから初めてまともに服を切れた気がする、と彼女は語り、改めて俺にお礼を述べた。……ということは自宅では着ているのか。あの魔法少女衣装……。
大学二年生になったころ、彼女は深刻そうな顔で俺を招いた。どうやらいよいよ貯金が底をつき、ここも出なければならなくなったと……。しかし行く当てもない。このままでは行倒れか、怪しい施設行になってしまうと。
俺は心底彼女を気の毒に思った。できれば力になってやりたいが、こればっかりはなあ……。俺の家に……とも思ったが、ここは一人暮らし専用だったから無理か。それに、もしも引き取ったらいつまで面倒を見なきゃいけないんだ? 流石に一生は無理だぞ。大学出るまで……出るとき誰に引き渡せばいい? 一度引き取ってしまったら俺の責任になるよなあ。
結局、彼女はあるNPO団体に引き取られることになった。縮小病の治療法を研究しているらしいが、特に成果はないようだ。所詮、一介の大学生であり隣人でしかない俺に、彼女の人生をどうこうする義理も勇気もなかった。俺は彼女の持ち物が日を追って次々と処分されていく様を横目に見ながら、彼女を勇気づけるのが精一杯だった。
そうしてとうとう、彼女は旅立って行ってしまった。講義があったので立ち会えなかったのが心残りだったが、しょうがない。アパートに帰ってみると、隣の部屋からはもう何の音も気配もしなくなっていた。
花咲さんの達者を願いつつ、俺はその日なんとなく少し高い酒をあけた。
そして翌日からも俺の生活は何事もなかったかのように続いた。昨日までと同じような日が。大学の友達たちと遊び、飲み、月日が経つにつれて、一年間隣にいただけの人のことは、ゆっくりと俺の脳裏に現れなくなっていった。
社会人になってから初の単独出張。行き先はあの懐かしい出身大学のある市だった。僅か二年前とはいえ、ずいぶんと遠い日々だったように感じる。仕事を済ませて空いた時間で、俺は軽い思い出巡りをしていくことにした。アパート、よくいった飲み屋、そしてちょくちょく足を運んでいた中古店……。そこで俺はあるフィギュアに目が留まった。円形の白い台座の上で可愛らしいポーズをしている魔法少女フィギュア。その顔に見覚えがある気がした。特にそういうアニメを見ていた覚えはないけど、なんだったっけ……。
(ああ!)
俺は大学一年目で隣の部屋に住んでいた人のことを思い出した。ああ、花咲さん! このフィギュアの顔は彼女によく似ていた。瓜二つだ。そうそう、こんな顔してたっけ。コスプレもしてた気がする。でもこのキャラじゃなかったな。今何してるんだろう?
俺はその中古フィギュアをよく観察してみた。見れば見るほど、あの時の記憶を思い起こすフィギュアだった。等身とサイズ感もこんくらいだった気がする。ビックリするほどどこも似ている。違いがあるとすれば、生きていないという点。彼女はフィギュアみたいな容姿だったが生きて動いていた。このフィギュアはまあ、ただの樹脂の塊に過ぎない。しかしこんな偶然があるもんだな。なんのキャラのフィギュアなんだろう?
店員に訊いてみると、去年のアニメのキャラらしい。じゃあ知らないな。だがスマホで調べてみると、ちょっと違和感があった。このフィギュアと同じ髪型、ポーズ、衣装のフィギュアの写真が出てくるんだが、顔が違う……ような……?
不良品ってやつか、或いは前の持ち主がちょっと改造に挑戦してみたんだろうか? 角度や写真うつりで済ませるには大きな違いに思えた。不良品にしては顔のバランスが整い過ぎている。顔の作り自体におかしなところはない。なんというか……「中の人」が違うって印象を受ける。同じキャラのコスプレをしている違う人みたいな……。
俺はまた花咲さんのことを思い出した。本当にそっくりだ。いやそうだろうか? 記憶を塗り替えてないか?
(うーん……)
モヤモヤしつつ店から出ようとすると、足が止まった。さっきの中古フィギュアが頭から離れない。何故だか後悔しそうな気がした。
(手持ちは……)
財布の中を確認してから、俺は店の中に引き返した。俺は昔の知り合いにそっくりな、不思議な魅力を持つ中古フィギュアを購入してしまった。全く何を考えてるんだ俺は、出張中に。
レジを通して梱包されるそのフィギュアの顔から、さっきまでとは違った印象を受けた。樹脂の塊でできた顔は一ミリも動いていないはずなのに、妙に嬉しそうに見えたのだ。
家に帰ってから、俺は箱からフィギュアを取り出した。店で見たときと何も変わらないはずだが、やはり纏う雰囲気が違う気がする。フィギュアってこんなもんか? いや……。大学生の時にクレーンでとったフィギュアがまだ残っているが、特にそんなことはなかったような……。
箱の中から昔とったフィギュアを取り出し、俺は二体のフィギュアを並べて飾った。両方とも同じスケールと質感なので並べても違和感がない。
(しばらく飾っておくか)
俺は大学時代の懐かしいフィギュアと、知り合いによく似た顔のフィギュアを棚の上に飾り付けた。そういえば花咲さんにこのフィギュアを見せたことあったっけ? 覚えてないな。このフィギュアを見ていると、どうにも彼女のことばかり思い出されてしまう。うーん、捨てづらい。買うべきじゃなかったかもしれない。
(まあいいか)
出張の疲れを癒やすべく、俺はその日早くに床に就いた。その日見た夢は、懐かしい大学時代の夢だった。魔法少女のコスプレをした花咲さんは、恥ずかしがりながらも楽しく歓談し、最後に「今日はこれまでね」と言ってポーズをとって固まった。そしてその姿は、俺が昨日買ったあのフィギュアに瓜二つだった。