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### 丹後(たんこ)さん

#### 容姿

身長130cm以下

竜娘ロリババア

##### 髪色: #B8DEE6

##### 虹彩: #993E2E

##### ウロコ: #301838

##### ツノ: #211E55


 玄関のドアを開けると、真っ先に小さな靴が僕を出迎えてくれる。留守番をしてくれる人がいて、家に入るのに鍵が要らないのはずっと久しぶりのことだった。

「ただいま」

「おかえり。今日もおつかれさん」

 小さな靴の持ち主である少女がとてとてと軽い足音を立てながら玄関までやって来て、僕のコートとカバンを受け取った。彼女の名前は丹後といい、もう一年以上も同棲している。

 容姿だけで言えば彼女の年齢は十歳に届くかどうかといった所だろう。しかし実際に生きた時間はその三十倍にも及ぶと彼女は言った。僕にそれを確かめる方法はないが、落ち着いた物腰や懐の深さに老獪さを感じずにはいられない。

 年齢はともかく、そもそも彼女は人間ではない。その証左に、彼女の背後には黒紫色の鱗に覆われた先細りの尻尾が揺れて、耳の上辺りからは紺色のケラチン質のツノが生えている。彼女はそのまま買い物に出かけるが、人外の部分は僕以外の人間に見えていないようだった。

 細かい話を抜きにすると、彼女との出会いは僕が日本のある山奥でトレイルランニングをしている最中だった。そしてなんやかんやあって彼女を山から家に連れて帰り、一緒に生活することになった。

 今や僕は彼女によって生かされていると言っても過言ではないだろう。食事は三食ともに色とりどりの栄養バランスがよいものに、スーツは定期的にクリーニングに出され、室内は素足でも歩けるようになった。

 ツノが邪魔するから頭を通して着るような洋服が苦手な丹後さんは羽織って着れる和装を好んだ。だけど今は僕の古いワイシャツとその上からエプロン着ている。丈が合うはずもないから、見ようによっては下半身が裸に見える。

 細長く華奢な、とはいえ来た頃より栄養状態が改善してむっちりとした白く透き通った足は目のやり場に困る。ただ丹後さんは見た目が幼いから、少なくとも僕はそういった欲を催したりはしない。

「丹後さん、今日は何?」

「中華料理だ。調味料の詰め放題をしていたのでな」

 いつもとは違うけれど、とにかくお腹が空く匂いが玄関まで漂っている。丹後さんが夕食の準備をしている間に、僕はスーツを脱いでシャワーを浴びて部屋着に着替えるのが日常だった。

 シャワーを浴びながら、僕はふと丹後さんの誕生日を考えた。思い返せば僕の誕生日はお祝いをしたけれど、彼女のはしていない。ただ誕生日がいつであれ、普段からお世話になっているから今さらでも何かお礼をして然るべきだろう。

 聞いたわけではないけれど丹後さんは甘い物、特にフルーツが好きなようだった。だからデパートの地下にある果物屋のちょっといいフルーツケーキを買って帰ろうと決めて僕は浴室を出た。

 その矢先にガシャンと嫌な破壊音が耳に届いた。音の発生源は間違いなく、洗面所を出てすぐのダイニングキッチンからだった。

 いそいそと体に湿り気が残ったままジャージに着替えて部屋を覗く。無残に割れた食器と散らばった熱々の料理、そしてフローリングの床にぺたりとへたれた丹後さんが見えた。とりあえず無事そうだった。

「大丈夫? 怪我はしてない?」

 だいたい何でもそつなくこなす丹後さんにしては珍しいと思った。呆然と失敗の結果を見つめていた丹後さんはゆっくりと僕の方を見上げる。その目は僕が見えているようで、見ていないようだった。

「……も、申し訳、ありません。すぐに片付けますので」

 丹後さんが謝る場面なんて記憶にない。震えた声で絞り出された謝罪の言葉も何か妙だった。ガラスに比べれば磁器はそこまで鋭くないが、食用油に塗れて滑りやすい破片を慌てて掴めば易々と皮膚を裂く。

 痛いはずなのに彼女は手当たり次第に白い破片を手に収めようとする。床に落ちた赤い血液を見て僕はいたたまれなくなって乱暴ながらも丹後さんの手首を掴んだ。すると堰を切ったみたいにパニックが始まった。

「お願いします、お願いします! 二度と失敗しませんから! 許してくださいご主人様! この能なしで役立たずな畜生にもお情けを……!」

 彼女は身を縮こめ、すっかり怯えきった様子で自分の身を守ろうとする。恐怖が伝染したようで、そっと手を放して彼女から少し離れた。

「丹後さん」

 ハッと思い出したように、彼女が動きを止める。

「その名前は……」

「僕はその、ご主人様じゃない」

 幾分か落ち着いたのか、彼女は回りを見回す。徐々に彼女の顔に不安が映った。

「ここ、どこですか……? あなた様は……? 私の首輪は……?」

 彼女のその言葉を聞いたときに僕はいやに悲しくなった。この一年間の記憶が無くなって、そのうえ彼女が別の何かになってしまったと分かった。

 床に散らばったものより先に彼女の手にできた深い裂傷の手当てをした。桶に張ったぬるま湯に適当な量の食塩を溶かすと彼女に手を入れて汚れを洗い流すように言った。僕のもくろみ通り、冷たい真水よりは傷を痛めないようだった。

 ワセリンを塗ったガーゼを当てて包帯を巻く程度の処置しかできなかった。人間なら間違いなく救急外来での縫合が必要になる深さだが、出自故に彼女を病院に連れて行くのは難しい。ただし出血がほぼ止まりつつあるのは良い傾向だった。

 彼女の応急手当を済ませると今度は床の汚れだった。僕が割れた食器を拾い上げると彼女が代わろうとした。

「そっ、それは私がしますので!」

 もちろん僕はそれを許さなかった。

「これは僕がやるから、丹後さんは見てて」

 チラシに残骸を包んでガムテープにグルグル巻きにし、そして床の汚れも大量にティッシュペーパーを使って処理をした。原状復帰が済むとやっと部屋にもいくらかの落ち着きを取り戻した。

「お手数をおかけしました……私のせいで……」

 まだ元に戻っていないようだった。いったいどうなってしまったのか話を聞かなくてはならなかった。

「これくらい何でも。丹後さん、だよね」

「それは、その……五百とか六百年くらい前に呼ばれてた名前ですね……」

 僕が聞いていた話だと、彼女は三百年の間小さな村の長を務めていたが気がついたらこの世界に居たことになっている。今の丹後さんにも村を治めていた記憶はあるが、その三百年の後は立場がまるきりひっくり返って奴隷の身分に堕とされたのだという。

 僕は時系列を整理する必要があった。まず丹後さんの実年齢は三百歳どころか千歳に近く、僕が知るのは最初の三百年までの記憶を持った彼女で、今は出会ってからの記憶と入れ替わるように封じられていた五百年の記憶が表に出ている。

 その五百年がどんな時間だったのか、僕は好奇心混じりに尋ねて後悔した。この近代化が進んだ社会では聞くだけでも吐き気を催すに十分だった。彼女の不老長寿で頑丈な体は本当なら祝福のはずなのに、誰かの所有物になった後は呪いになった。

 僕は彼女から聞き出した分を返すように、この世界について説明をした。最初に丹後さんと出会ったときにした説明より洗練されていた。疑問に思いそうな、というか実際に聞かれた部分を前もって教えることができた。

「ここに私が仕えていたご主人様はいないのですね」

 別の世界だからその通りだ。てっきり僕はそれで奴隷の身分から解放されるのだから吉報だと考えたけれど、思い詰めたように彼女の鈍い橙色の目は鋭く僕を見つめた。

「それでは、私の所有者様になっていただけませんか?」

 この世界では地上の殆どの場所で奴隷制がないことも僕は伝えないといけなかった。逆にそんなことをしたら為政者によって罰が下されるとも教えた。

 そうすると、自身の首を切り落とすように言った。どこにも誰にも所有されていない奴隷に存在の理由などなく、死あるのみというのが彼女の弁だ。不老不死に近くとも、完全ではないから首を切り落とせば彼女も死ぬことができる。

 誰かを殺すことを頼まれると、意外に打算的な考えが浮かんだ。死体の処理はどう考えても問題だった。答えはもちろん、彼女を死なせるよりマシな選択肢を選んだ。仕方ないという言葉は僕の罪を軽くしてくれそうもなかった。

「……それでは首輪を、お願いします」

 身分を保障するために首輪が必要だというが、ここはペット禁止の賃貸住宅だから持とうと思ったことすらない。着けなくても僕は構わないと思いつつも、彼女はそれを必要としているようだった。

 手近な代用品を考えて、僕はベッドの下で埃を被っていた非常用持ち出し袋を引きずり出した。中をかき回し、手に掴んだのは救急三角巾だった。対角に合わせて何回か折り返すと、スカーフの要領で彼女の首に巻き付けうなじのところで結び目をつける。

「これでいい?」

「はい、ありがとうございます、ご主人様」

 そう呼ばれるのはどうもこそばゆい具合だった。僕は彼女にダイニングテーブルに着くように言って、わりかし久しぶりにキッチンの前に立った。ダメになった料理の代わりを作ろうと思った。

 冷蔵庫の中を覗くと食材が詰まっていた。丹後さんが組み上げていた献立計画を崩すようで申し訳なく思ったが、その内のいくつかで料理を作った。

 料理とは名ばかりで、ただ野菜と薄切りの肉を煮沸して可食にしただけの代物だ。味付けはソースやタレで後付けする。

 丹後さんは賢者を自称するだけに学習能力が高かった。最初は部屋に置いてある本とテレビから知識を吸収し体系化すると、次にパソコンの操作まで習得した。世間知らずだったのは最初の一ヶ月だけだった。

 今は当時に元に戻るどころか悪化して、食べるように促すと手で掴んだ。箸はまだ早くて、スプーンとフォークが必要だった。

「食事を恵んで頂きありがとうございました」

 流し込むように食べて、彼女の皿は空になった。もっと食べるかどうか聞いてみると、予想に反して彼女はそれに乗った。食べられるときに食べておく生存戦略が垣間見えた気がして、次からは聞かないようにした。

 彼女にはしたいことをしてしたくないことはしなくてもよいと命じたのを最初で最後にして、僕は決して彼女に命令しないと密かに誓った。

 それでも一挙一動に怯えが見え、ご機嫌取りと思わしき媚びた行動が度々見受けられた。どこまでも僕が知る丹後さんとは違っていた。

 インターネットで記憶喪失の治し方を検索しても、なにか実験的な方法の他にはなにもない。思い出せなくなっている記憶喪失と、記憶そのものが消える記憶喪失があるという。前者なら希望はあるけれど、後者なら全くどうにもならない。

 だけど素人考えで、僕はいくつかの元に戻す方法を考えた。それらは時期を見て実行されたが、ことごとく意味を成さなかった。彼女を当惑させたり、申し訳ない気持ちにさせるばかりだった。

 一緒に過ごすうちに僕にも慣れが生じた。彼女も人が違えど知力は健在で、見るもの全てが新しいはずの現代社会に巧みに慣れた。

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