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 魔法具は右手から離れ、鈍い音と共に地面に転がった。足場を自由に操作できる相手に策も無しに近付いたのは彼女の誤算だった。腕に打ち込まれた麻痺毒の効果範囲は神経が遮断された冷たさで感じられた。

「クックックッ……どうやらここまでのようだな。コメットテール!」

 少女に相対する異形の怪物は泥を掻き回す音に似た声で勝ち誇った。普通の人間ならとっくに全身に回って死んでいてもおかしくない毒だが、彼女の強化された身体はどうにか持ちこたえていた。

 彼女はただの人間ではない。とある存在から才能を認められて変身能力を獲得し、日夜別の次元から現れる妖魔から日常を守る戦いに身を投じてきた。

 今までは順調だった。それだけにある種の慢心があったのかもしれない。

 小さく薄く身軽な体を生かして、跳ねるように戦うのがコメットテールのスタイルだ。俊敏性を重視するために防御も最低限でレオタード、タイツ、チュチュとほとんどバレリーナと同じコスチュームだ。これまで一度も攻撃を当てられず傷一つ無い衣装は彼女の自慢だった。

 地面を蹴ったり空中で翻ったりして、最初は圧倒できていると思った。彼女を追いかける触手はいつもワンテンポ遅れた。

 窮地に陥ってから、そうして誘われていたと悟った。仕留めるタイミングで着地したら、アスファルトの地面は粘着性を得ていて彼女を文字通り足止めした。

 即座に靴を脱いで脱出したが、触手の針を刺すには十分な隙が生じた。胸ではなく腕に命中したのは彼女がすんでの所でガードできたからだった。

 左手で武器を拾って構える。三十センチメートル程度の長さの磨き上げられた金属棒でリーチは短いが、触れた対象と運動量を交換する武器だった。光に迫る速さで相手の懐に飛び込んで触れ、任意の方向に吹き飛ばすのが彼女の必殺技だ。

 ダラリと垂れた右腕は邪魔だった。切り落とせば身軽になった上に毒の回りを止められると思ったが、そんなことを実行するほど彼女に胆力はない。

 改めて地面を蹴って、怪物に必殺の一撃を加えようとする。しかし靴が片方脱げていることを失念した彼女は力の要れ具合を間違って顔面を足下に擦りつけることになった。

 地面は怪物の力でドロドロになっていて衝撃は緩和された。しかし燃え盛るような橙色の髪や白いコスチュームは黒い粘液で塗れて酷く汚損された。臭いは腐敗に由来するだろう酸っぱさと苦さが鼻を突き刺した。

 嘔吐く前に粘液は勝手に彼女の口に殺到して掻き回す。臭いの通り味も最悪で余計に吐き出したくなったが、上回る力で喉を超えて胃まで到達した。

 内臓を掻き回される不快感で彼女は絶叫したが、口を塞がれては声にならなかった。口と繋がる鼻からも、ドロドロが逆流してあふれ出す。悪臭は消えたが、代わりに耳管の内圧が上がった。

 脳が破裂するような錯覚と共に彼女の天地が反転した。振りほどこうとする左手は見当違いの虚空を切った。

 黒い粘液はやがて彼女の体を完全に覆った末に硬化した。予備動作がなくては彼女は速度を生み出せなかった。怪物はコメットテールを内包した黒い眉を回収するとその場から消えた。

 暗闇の中で彼女の意識は酸欠によって消えた。しかし死んだわけではなく一時的な仮死状態だった。蘇生こそされたが、それは地球上にあるとも分からない敵の基地で行われた。

 変身状態が解除された訳ではないが、コスチュームは剥ぎ取られて全裸にさせられた。意識を取り戻した彼女は年相応の恥じらいを見せながら体を隠そうとして、手足が台に括りつけられていると気がついた。

「お目覚めかな?」

 サージカルマスクと不織布の帽子で容姿の殆どが隠れているが、声からして女性らしい誰かが少女に挨拶をした。背は高く、白衣の上からでもメリハリのついた体型が分かった。

「あなた、誰?」

「そうだね、こうして会うのは初めてかな。私は初対面って感じじゃないんだけど。君たちが戦ってる相手を作っているから、敵なのは確かかなあ。人を助けてるつもりなんだけど」

「助ける? 一体どこが!!」

「ああ、私たちが助ける人らは確かに鬱屈してたり歪んでるね。間違いなく君らとは真逆だ。でも、だからやる価値があると思わない? 思わないか。なんでもいいんだけどね。これから分かると思う。まだ幼いし」

 コメットテールのように悪と戦う少女は他にもいる。勝つことが多いが、負けることもある。負けた少女らがどうなるかはコメットテールも知っている。しかしこの状況は今までにない例だった。

「なにをするつもり? やるなら早くやって」

 未知の恐怖にも彼女は果敢に立ち向かって気丈に振る舞った。女は目を細めた。

「じゃあ、そうさせてもらおうかな。ネタバレしちゃつまらないから、目隠しさせてもらうね」

 彼女の頭に被せるように、様々なケーブルとチューブが伸びるバイザーが取り付けられた。目の前が真っ暗になっただけではなく、耳と鼻にそれぞれ挿入するプローブで嗅覚と聴覚まで剥奪された。

 感覚の剥奪は彼女の心を弱らせた。不意に耳を突いた声に体を跳ねさせてしまうほどだった。

「音量が大きすぎたかな? ごめんね。しばらく視界を奪わせてもらうけど、定期的に光を当てて視力は保ってあげるから、安心して」

 気休めにもならない宣言の後でコメットテールへの処置が始まった。女は右手にゴム手袋を被せると局所麻酔入りの潤滑剤を人差し指と中指に塗った。少女を磔にする台は動き、股間を強制的に押し広げて明らかにする。

「ちょっと! どこ触って――くひぃっ!?」

 指が一本、予告なく彼女の肛門に挿入された。余裕があることを確認してからもう一本も滑り込み、指先を曲げたり手首を捻って未知の感覚を引き起こす。

「そんなとこっ、やめ、やめっ……! 抜いて!」

 女は問答無用で本来は異物を受け入れるようにはできていない器官を弄ぶ。仮に答えたところで耳栓に遮られて、コメットテールが返事を聞くことはない。

 十分にほぐれたところで、指二本分の太さはあるチューブと取って代わられた。片手で脱落しないよう押さえつつ、女がパネルを操作する。

 ダイヤフラムポンプの低い唸りと共に彼女の体内に向けて注送が始まる。管内を通るのは液体よりも回虫のような線形動物類の固形物が多く、目隠しされたのは少女にとって幸運と言えた。

 チューブ内で群を成して蠢くソレは施用者自身にすら嫌悪感をもたらした。ましてそれが体内に入れられたと分かれば年端もいかないコメットテールは卒倒しかねない。

 腸内には感圧器官しかないから圧迫感としてだけ感じられた。それでも終いには排泄を極限まで我慢している状態に近く、嘔気すら催したが胃は空で酸っぱい粘液だけが喉までこみ上げる。

 ポンプが止められるとチューブが引き抜かれたが、腸内に移植された無数の寄生虫は吹き出さなかった。むしろ彼女は肛門を力の限りに閉じようとした。人前で排泄紛いのことをするのはコメットテールの尊厳が許さなかった。

 必死に耐えているところを見て、女は切り出したテープを使うのを待った。幼蕾は数回までの便意には耐えたが、結局はビチビチと恥ずかしげもなく緩衝液と無数の白いヒモをひり出した。

 減った体積と入れ替わるように羞恥が小さな体に満たされる。難燃耐薬シートの床で跳ね回るそれらは半分生物、半分機械で構成された彼女謹製の人工生命体だ。外部の操作に従い、肉体に影響を及ぼすことができる。

 失われた分よりいくらか多めに補充され、今度は素早くテープが彼女の肛門に貼り付けられる。テープ越しの隆起で括約筋の収縮が確認できた。


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