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次の日、しきりに茉菜にあいさつしようとする母親を振り切って、登校した茂音。休み時間になって、スケッチブックを鞄から取り出してみるものの、自分には到底表現できそうもない絵を茉菜が簡単に描いてしまったのを思い出して、また鞄にしまってしまう。


「どうしたのよ、モネ」それを見ていたらしい瑠衣が、茂音に近づいてきた。「いつもあんなに熱心にやってたのに」


「今日は、ちょっと気分じゃなくて」

「(なにムキになってんのよ)」と、茉菜が少し呆れ気味の声を出す。


「うるさいな!」


茂音は自分の絵のことをコケにされたのを許せる気分ではなかった。ただ、茉菜に対する怒りは、周りから見れば独り言、いや、瑠衣への怒りに見えてしまった。


「なに、え、え!?」

「あっ……えーと、今のはそういうんじゃなくて」取り繕おうとする茂音だが、いい言い訳が思いつかない。頭の中に別の人格があってそれがしゃべりかけてくるなんて、信じてもらえない。


「……まあ、モネにもそういう日があるってことね。今日はそっとしておくわ」瑠衣は茂音が不安を抱えて、心が落ち着かないのだ、とでも思ったらしい。気の毒そうな顔を浮かべて、そのまま立ち去ってしまった。

「ご、ごめん……あーもう、茉菜のせいで……」

「(あたしのせい!?)」


茉菜も納得できないとばかりに大声をあげてくる。だが、茂音は周りの目線があるところでは茉菜に反応しないのが得と理解した。


「……」

「(ったく、声に出さないとあんたの考えてることが分からないなんて、めんどくさいったら……)」心底面倒そうな声を上げる茉菜。だが何かに気づいたらしく、言葉を止めた。


「(あとさ、あのちっちゃい子、ずーーっと茂音のこと見てるけど?)」

「?」茂音が周りを見渡すと、光流が茂音の方を見つめていた。だが、茂音が視線を返すと、また逃げ出してしまった。


「(なに、あの小動物みたいな子)」

「……わかんない……」周りに聞かれないようにボソッと返す。「……ていうか、ボクの見てるもの、見えるんだね」

「(ふふん)」得意げな笑みが見えるようだ……実際には茂音は茉菜の顔を見たことはないが。


「なんだよモネ、お姉さんの所に行ったんだろ?今日は絵を描くのはおなかいっぱいってか?」今度は隆哉が近づいてきた。

「えーと、まあね」

「そうか……で、どうだった?何教えてもらったんだよ」


「えっと……」言葉に詰まる茂音。高井戸の家に行ったはいいものの、そこで茉菜に『入れ替わって』しまい、茂音自身は会話することすらできなかった。


「(消しゴムの使い方)」茉菜が助け舟を出す。茉菜自身が昨日苦しめられたプラスチック消しゴムの恨みも込めてだろう、と茂音は思った。


「えーっと……」茉菜の助けはできるだけ得たくない茂音。だが、つじつまを合わせるためにしかたなく折れた。「消しゴム、どうやって使うかって……」


「へぇ、そんなところからかよ。まあ本当に教えてもらえてよかったじゃん」

「えへへ」

「(はぁ……)」と茉菜のため息が聞こえるような気がした茂音。その日は何事もなく終わると思っていた彼だったが、問題は5時間目、美術の授業中に起きた。



美術、といっても、画用紙に鉛筆と水彩絵具で描くような初歩的なもので、指導というべき指導もあまり行われない。


いつもの茂音なら、張り切って先生も理解できないような奇怪なものを作り上げる。だが、今回は最初の3分間は画用紙を見つめていただけだった。


「(どうしたのよ、早く描きなさいよ、ねぇ)」茉菜が煽りに煽ってくる。嫌いだが、画力はとんでもなく上の茉菜が。そのせいで、自分でも下手と分かりつつあった絵を描き始めることすらできなくなっていた。


「手だけ貸してよ……」できるだけ小声で、茉菜に助けを求める茂音。昨日のように、手だけ茉菜になればいいものができるかもしれない。


「(はぁ……あんたねぇ、絵が上手くなりたいんでしょ?あたしにかかせてたら、いつまでたっても上達しないわよ)」

「……」茂音は黙りこくってしまう。

「(あんたが描きたいもの言いなさい、少しヒントをあげるから)」


「……ヒマワリ」

「(せめて、周りにあるものにしてくれない?あんた、ヒマワリの形覚えてないでしょ、っていうかまず本物のヒマワリ見たことないんでしょ?)」


茉菜の言う通り、都会で生まれ育った茂音はヒマワリを見たことはなかった。ただテレビや、有名な油絵でちらっと見たことがあっただけだ。


そのうち、隣に座っていた瑠衣の絵がだんだんと形になってきた。まだ色を塗る前だが、一目見ただけで、教室の風景を絵にしようとしているのが分かった。



ボクも、瑠衣くらいには絵が描けたら……と思った瞬間だった。


ドクンッ!!


「うっ……くぅっ」

「(う、噓でしょ、あんたこんなところで!?)」


茉菜への変身が始まろうとしている。それに気づいた茂音はよろよろと立ち上がり、周りの目線を気にせずに教室の外へと向かっていく。


「どうしたのモネ?まさか……」瑠衣が引き止めようとするが、茂音にはとどまる余裕などない。


「茂音くん、トイレに行くんですか?」扉の手前まで来たところで、それを見つけた女性の先生が慌てて茂音に近づいて肩に手を当てる。「それならそう言ってくだ……」


その瞬間、グンッ!と茂音の背が伸びる。周りからは見えづらいが、体に触れていた先生はその変化を感じ取った。


「ご、ごめんなさい、と、トイレ行ってきます……」体が作り変えられる感覚に耐えつつ、なんとか言葉を絞り出す茂音。その下で、ミチミチと音を立てて胸が膨らみだす。


「ど、どうしたの、胸が……」

「ちょっと、アレルギー……が……」ただの腫れでは説明できないほど大きくなって、シャツを伸ばしていく胸の膨らみ。続けざまに、髪が伸び始めた。


「か、髪……!?」生徒の非現実的な変形に、もはや言葉が出なくなりかけている先生。

「ご、ごめんなさいっ!!」


これ以上変身が進む前に、茂音は制止を振り切って廊下に飛び出した。幸いにもトイレはすぐ近くだが、廊下を進む間にも、どんどん胸は膨らみ、シャツの下からあふれ出していく。


「ぐっあぁっ」


全身の骨格が成長し、引き伸ばされたウエストがギュッと引き締まる。バランスを崩した茉菜になりかけの茂音は、トイレの手前で転んでしまった。


「いったぁ……」


床と体の間の空間が、ムチッ、ムチッと成長し続ける乳房で埋め尽くされる。


「どうしたね、君!?」

「やば、隠れなきゃっ!」


用務員の声が廊下の遠くから聞こえる。茂音と入れ替わった茉菜は、痛みも無視して気合で立ち上がり、女子トイレの個室に駆けこんだ。


「せ、せまっ」


茉菜の胸がギリギリ入るような幅の個室。大人の女性が利用することが想定されていない個室に、何とか入れた茉菜。だが、その下半身はまだまだほっそりとしていた。


「ぐっ、あ、だめっ」


とどめとばかりに、ズボンをビリビリと破き、茉菜の脚に皮下脂肪がのっていく。そして、その幅は個室のそれに届き、さらにそれを押し広げようとするように肉感的になっていく。


「うご、けない……」


やっと成長は止まったが、個室の中はミッチリと茉菜の胸と尻と太ももで埋まってしまい、茉菜は身動きが取れなくなった。鍵を閉められたのは、不幸中の幸いかもしれない。


「どう、すんのよ、これ……!?」

「(ごめんなさい、絵が上手くなりたいって思っちゃいけないのかな……)」

「あんたが思ってたのは、絵が上手くなりたい、じゃなくて、絵が上手かったらなぁ、でしょ……つまりあたしが持ってるものを望んだってわけ……って、今はここから出るのが先決!」茉菜は、茂音の体に戻るために小さくなりたいと考える。だが、一向に変身は始まらない。

「(ボクに戻ればいいんじゃないの?)」茂音は、茉菜の思考が読めないらしい。

「今やってるっ……な、なんで?」


「おーい、大丈夫かね!」トイレの外で、用務員の声がする。

「(た、大変だ)」

「あーもう、どうすれば……って、うわぁ!」個室の側板が、茉菜の体からの圧力に耐えられなくなったらしく、バキッと割れてしまった。「ありゃ……でも、これで動ける」


茉菜は、少し思考を凝らす。そして、少し大きい声を出した。


「あの、ちょっと、怪我しちゃったみたいで、立ち上がれなくって……来てほしいんですけど」

「なんだって、今見てあげるからね」用務員が、トイレに入ってくる。そして、破壊された個室に少し固まった瞬間、茉菜は飛び出して思いっきり彼の頭を自分の谷間に押し付けた。


「むぐ!?むぐぐーっ!!」

「ごめんなさいねっ!!」


そのまま、逆側の個室の扉にダッシュし、彼の後頭部をガツンっとぶつけた。そのままバタンと倒れる用務員。血は出ていないようだったが、完全に気絶していた。


「これで、服の調達はなんとか……」

「(えぇ……)」

「も、茂音のせいでもあるんだからね、この人は……多分大丈夫でしょ」


着ていたジャージやらを剥ぎ取り、身に着ける。ヘソは出て、尻がパツパツ、胸のチャックは上がり切らないが、何とか露出狂のレッテルは張られないレベルになった。


誰かに気づかれる前に、茉菜は学校を飛び出した。その間にも、何回も茂音に戻ろうとするが、それができない。結局、家に帰るほかなく、とぼとぼと家の玄関まで帰ってきた。真音は帰っていないらしく、鍵は閉まっていた。


「あ、鍵、鞄の中か……」

「(学校に置いてきた……)」


途方に暮れる茉菜。だが、その後ろから、突如として聞き覚えのある声が聞こえた。


「忘れものですよ、茉菜さん?」


それは、茂音のクラスメイト、瑠衣だった。にっこりと微笑みながら、茂音の鞄を、ゆっくりと茉菜に手渡した。


「(え、ルイ?)」

「あ、ありがとう?」


茉菜は、事の異常さを瞬時に感じ取った。瑠衣は、茉菜のことなど見たこともないはずだ。それに、茂音の忘れ物を茉菜に渡しに来たのだ。


「いえいえ、私の方こそ。これから協力してもらうんですから」


意味の分からない言葉を紡ぐ瑠衣。いつもからは感じられない雰囲気を漂わせる彼女に、茉菜は背筋を凍らせる。


「きょ、協力?」

「えぇ。元に戻れなくなって困ってるんでしょう?茉菜さん、いえ、モネ?」


瑠衣が目を見開くと、その表情は狂気へと豹変した。


「お話、しよう?」


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